【完結】白豚王子に転生したら、前世の恋人が敵国の皇帝となって病んでました

志麻友紀

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【34】決戦 その3

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 玉座の間。三百年前、リシェリードも座った椅子に、カイ……いや、カイの姿をした魔女は座っていた。その口許に浮かぶゆがんだ笑みで、中身がリシェリードの知る少年ではないことがわかる。

「……魔道士達を殺したのか?」

 五段高くなった玉座が置かれたきざはしの下。台の上の大オーブの周りには魔道士達が倒れ伏していた。いずれも土気色の顔はリシェリードも見知ったラルランドの宮廷魔道士達だ。その中には、あのいばら野で皇帝暗殺をしかけた、リシェリードの見届け人として、供をした二人も含まれていた。

「さあ、死んでいるか生きているか、わからないわ。なけなしのカスみたいな魔力をすべてオーブに注ぎこませたから」

 カイの顔なのにその表情も口調も魔女そのもので、リシェリードは生理的な不快さと憤りに、その形のよい眉根を寄せた。
 石積みの羊壁の結界が破られ帝国軍が王都に迫る中、魔女はラルランドのすべてを切り捨てて、魔道士達とこの玉座の間にこもり、その魔力を搾り取って強固な結界を築かせたのだ。

 シルフィードに働きかけたところ、倒れている彼らは辛うじて息をし、その心臓は脈打っているようだ。生きてはいるがそのまま放置すれば衰弱してやがて死ぬだろう。
 カイと同じく早くに助けた方がいいのは変わりない。リシェリードが無言で頷くと、自分を後ろから抱きしめたままのヴォルドワンが、口を開いた。

「魔女よ、その身体から出て行け。俺の息子を返せ」
「あら、今さら父親面?父様は僕のことなんてどうでもいいんだ。僕は捨てられた……って、この子は泣いていたわよ」

 その言葉にヴォルドワンの眉間にしわが寄る。魔女の言葉はまったくの嘘ではない。カイと身体を共有してる今、その意識の深層に閉じこめた彼の感情は手にとるようにわかるのだろう。
 まして、魔女は人の心の闇を読み取り、操るすべに長けている。その身体を乗っ取る際は、相手の心の弱みや傷を暴いて、そのときの悪夢を繰り返し見せて絶望したところに、魂をその奥底に封じ込めて、自らが身体の主となるのだ。

 幼いカイがどんな恐怖と悪夢を味わったのか、考えたくもないが……魔女は少年のその孤独につけこんだのだろう。
 父親からは無視され、乳母だけが味方だった帝宮での暮らしを。

「それでも一応の確認だ。カイの身体から大人しく出ていくのならば、お前の魂の行方をあえて追うことはない」
「ずいぶんとお優しいことね。でも“今”は追わないってことでしょう?」

 三百年前からの付き合いだ。魔女もよくリシェリードのことを知っている。お互いの狡猾さも。

「もちろん、お前が今後、人に悪さをしないことが条件だ。北限を越えた氷原の地でも行って、永遠に出てくるな」

 北限その名の通りの帝国領土の北の果ての地。永遠に大地が凍り付き、人も住めない地のことだ。その言葉に魔女はとたんに声を尖らせた。

「人間達を弄ぶことがわたしの楽しみだっていうのに、魂だけで人っ子一人いない氷ばかりのところで震えていろと?相変わらず、性格の悪い男ね!」
「お前に言われたくないな」

 この存在が世界に害悪を与えるというだけでなく、元からリシェリードと魔女はまったく合わない。合わないというより、認めたくないが性格の根本的なところで似ているのだ。目的の為には結構手段は選ばない点であるとか。

 しかし、リシェリードは世界の破滅も、人の気持ちを弄ぶことにも愉悦など感じはしない。ヴォルドワンに言わせれば「だからあなたと魔女は似ていない。まったくの正反対だ」と三百年前に言われた。
 性格の悪いあれのことが手にとるようにわかるのは、自分もまたそうだからだ……と愚痴ったときだった。頭を撫でられて、慰められたのか?
 そして、今も。

「リシェリの性格は悪いが悪くはない。お前のようなドブネズミ色の心の女とは違う。本当は純粋でまっ白で、実は健気で可愛い……」
「ヴォーそれ以上は言わないでくれ。こっちのほうが恥ずかしくなる」

 相変わらず抱きしめられた腕の中で、リシェリは頬に熱を感じた。魔女は「三百年前から変わらず、男同士でなに乳繰り合っているのよ!」と叫ぶ。

「だいたい、三百年前もあなたを世界の王にしてあげると私が言ったのに、そんな顔だけは綺麗な男を選んだ、あなたの好みが壊滅的よ!」

 そう、三百年前、魔女はヴォルドワンにご執心だった。暴君を捨ててヴォルドワンとともに世界を支配しようと誘惑するほどの。

「私の誘いを断る男がいるなんて信じられないわ」

 三百年前、魔女はどんな堅物の男でもよろめくような、絶世の美女であった。くわえて彼女の精神を操る誘惑の言葉によろめかなかった男がいたなど信じられなかっただろう。
 ヴォルドワンには、自分の身を害する一切の魔が効かないというのがあるが。

「俺のほうこそ、三百年前からお前のその自信がどこから来るのか不思議だ。誰にでも好みはある。
 ドブネズミ色の心が透けて見えるような者など、嫌悪を通り超して近寄られるだけで気持ち悪い」

 「三百年前と同じ言葉を一文字一句違わずに繰り返すなんて、ひどい……」と魔女は呆然とつぶやく。
 手酷く振られた魔女はヴォルドワンへの執着の裏返しとばかり、暴君の耳元であることないことささやいて、彼の親類縁者すべてを虐殺した。

 ヴォルドワン自身を殺さなかったのは、一人生き残った彼への見せしめからの、自分に屈服させようという執着だ。
 しかし、ヴォルドワンは魔女と暴君の追っ手から逃げ、リシェリードの反乱軍に合流。ここから彼らの大反撃が始まったのだから、魔女自身が破滅のカードを引いたともいえる。

「本当に、本当に憎らしい男。いいわ、でも許してあげる。
 ここまで来た大事な息子さんの身体を返して欲しかったら、あなたの腕の中にいる、そのいけ好かない魔法王の生まれ変わりを絞め殺しなさい。
 死んだその身体にわたしが取り憑いて、あなたの愛を受け入れてあげる」

 「断る」ときっぱりとヴォルドワンは告げた。

「この身体にリシェリの魂があってこそ、俺には価値がある。それに俺にリシェリを殺せなどとよくも言えたものだ。
 その身体がカイのものでなければ、たちまちこの魔剣で二つに引き裂いていたところだ」

 むき出しの殺気をぶつけられて、魔女が青ざめて玉座の上で身じろぐ。リシェリードは己を抱きしめるヴォルドワンの大きな手に自分の手を重ねる。

「こ、この子供の身体がどうなってもいいの!?」
「お前には“切り札”である、その身体を傷つけることは出来ない」

 魔女の脅しにリシェリードは告げる。

「その大オーブを操り結界を維持するには、精霊使いの力が必要だ。だからお前はその身体を捨てられない」

 元の魔女は醜い女だったという伝承がある。若く美しい女を嫉み、その身体を乗っ取る術を得、誘惑した男達を破滅させ、次々と宿主を変えるうちについには一国を滅ぼす災厄までになったと。

 魔女にとって、宿主の身体など使い捨てだ。だが、今の身体は百年に一度生まれるかどうかの精霊使いのもの。それに大オーブから強大な魔力を得て、自らを守る結界を維持するには、カイの身体は安易に捨てられず、傷つけることも出来ない。
 自らがその檻に囚われていることを魔女はまだ気付いていない。
 もっとも、その魔女の魂をカイの身体から追い出さねばならないのだから、リシェリードたちも葛藤を抱えている。
 「もしも、カイを助けられない、そのときは……」というヴォルドワンの言葉にリシェリードはきっぱりと「助ける」と言い続けた。

「そのときは……なんて考えない。あの子を見捨てるなんて選択肢はない」

 ヴォルドワンは苦笑して「あなたはそう言うと思った」と告げた。

「だから、お前もカイに呼びかけ続けろ」
「七年間も我が子を放置していた父の呼びかけに、意味はあるのか?」
「それでもお前はあの子を本当に見捨てていたわけではない。あの子の安全のためにそうしていたんだろう?」

 息子に関心のない皇帝のふりをし続けた。しかし、それはカイが生き延びるためだったのだ。

「幼いあの子にそれが伝わってるなんて思わない。
 それでも、短いあいだだけど一緒に朝食を食べて、街に三人で出かけたとき、あの子は嬉しそうだった。お前に買ってもらった、おもちゃの兵隊をあの子は枕元に飾っている。
 だから呼べ、あの子が戻ってくると信じて呼べ」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「カイ!カイ!カイ!俺の声が聞こえるか?」

 リシェリードを抱きしめたまま、ヴォルドワンが叫び続ける。それに魔女の「あはは!無駄よ!」という笑い声が重なる。
 話し合いなど初めからないが、決裂したと見るや、魔女は大オーブの力を使い、猛攻を開始した。風と火が荒れ狂い、氷のつぶてが襲い、床から岩の杭がつき上がる。
 それも、ヴォルドワンの身体に触れる前に霧散するが……彼の自分を害するすべての魔を無効にする体質故に。

「まったく得がたい身体よね。そのうえに顔も身体もわたし好みと来ている。今からでも遅くないわ。さあ、その腕の中の男を殺して、わたしに跪きなさい」

 その魔女のたわごとには答えず「カイ!」と呼びかけ続ける父親に、魔女は苛立ち叫ぶ。
「無駄だというのがわからないの!この身体の魂は、あなたにも世界にも絶望して闇に堕ちた!二度と這い上がることなど出来ないわ!
 そこの魔法使いだって、なにも出来ないじゃない!」

 ヴォルドワンの腕の中で目を閉じているリシェリードを魔女は嘲笑する。

「それにこの身体を盾にしている限りは、あなた達はわたしに攻撃も仕掛けられないで…しょ……?」

 カイの身体を乗っ取った魔女の言葉が、唐突に途切れた。






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