32 / 38
【32】決戦 その1
しおりを挟む三百年の大結界に匹敵する大オーブの結界をどう破るか。
しかも、結界は三百年分をおよそ五十年単位に圧縮されて、より強固なものとなっている。
「この結界を破るには同じく強大な魔力をぶつける必要がある。たとえば私の全魔力と生命力……って、おい……怖い顔をするな」
別宮の二人くつろぎのサロンにて、大結界を破る方法をヴォルドワンに説明しかけたとたん、怖くなった目の前の端正な顔に、ぺしぺしその頬を軽く叩いて。
「さすがに今回、私は命を賭けないさ」
「当たり前だ」
「だいたい、結界破ったあとにカイを助けなきゃならないだろう。そのときまでは私は生きてなきゃならない……って、また、怖い顔になるな!」
「あなたがいつも自分の命を切り売りするようなことを言うからだ」
「……悪い癖だな。気をつける」
三百年前、いつ死んでもおかしくはなかった。精霊に愛された申し子であり、魔法王とよばれたリシェリードとて死を覚悟したのは、一度や二度ではない。
だから、自分の命を粗末にしてきたつもりはないが。どこかで自分の死を切り離して考えていたのだろう。
目の前の男にも何度も助けられた。彼が居たからあの暴君と魔女にも勝てた。
さらにはその彼と手酷い別れをして、さらには帝国建国などという重荷を、その背に負わせた。
よく考えなくても、自分はかなり酷かったと今さら思う。
なので。
「安心しろ、死ぬつもりはないぞ。今世はお前と一緒に生きて行く」
深い緑の目を見て告げる。我ながら結構、感動の誓いなんじゃないか?と思ったが。
「言葉はうれしいが、信用は出来ない。なにしろこのあいだ、魔力を使い果たして三日間倒れていたのは、どこのどなたかな?」
「いや、それはお前を救うためだろう!」とリシェリードは言い返したが、むっつりと切れ長の瞳がこちらを見据えてくる。
このことに関しては自分は全く信用がないのだな……と実感する。まあ三百年前、やらかしたことがやらかしたことだ。
「だから大丈夫だ。策は考えてある。そのために魔法研究所の優秀な魔道士達を、今回連れて行くのだから」
昼間の帝宮の大議場にて。先日の選帝侯達との議場よりも、広い大臣も将軍達も揃った場だ。他の者より数段高い上にある皇帝の黄金の椅子の、となりにリシェリードの白銀の椅子が置かれた。
オドンの言葉どおり、リシェリードの姿をみるなりあの三馬鹿……もといドボー家のコシュにヤンカ家のフィクトル、ナジー家のボクサは青い顔となり、始終大人しかった。普段は必ず横やりを入れるらしい三人が沈黙していることに、大臣や将軍達は時々彼らをちらちら見ていたぐらいだ。
ともあれオドンが率先して、会議をまとめてくれたことで、順調に話し合いはすすんだ。
「結界を破るのに大オーブを十年かけて作る必要はない。民生用の魔道具用の小さなオーブと魔道士達さえいればな」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
三百年の大結界を破るために、巨大なオーブが必要だったのは、その魔力の純粋さが必要だったからだ。小さなオーブの寄せ集めでは、属性の差によって魔力の流れを一つにまとめる装置を開発するのが難しく、その触媒として巨大オーブの精製技術が開発された。
しかし、この巨大オーブを作るのもかなり繊細な作業で、大量の予算をかけたこの十年のあいだいくつものオーブが砕け散り、出来上がったのがたった二つ。
一つは先の遠征で三百年まえリシェリードが張った二重結界の外側の一部を破るのに使われて、砕け散った。
残る一つはピムチョキンの身体を乗っ取った魔女がカイを連れ去るときに、一緒にラルランドへと転移し、再びの強固な結界を張るために使われた。
つまり帝国には巨大オーブはなく、大結界を破るために開発された兵器はつかえないことになる。
リシェリードはそれを民生用の小さなオーブと、魔道研究所の優秀な魔道士隊で補うことにした。カイを少しでも早く救いたいのだから、新たな兵器など開発してる余裕はない。
だから、あるオーブと人とを応用することにした。
転移にて帝都より一瞬で跳んだ、目の前には三百年前リシェリードが張った二重の結界内側。石積みの羊壁が延々と緑の丘陵に連なっている。
壁といっても、羊が乗り越えないようにだから高いものではない。帝国がまだ出来る以前、騎馬民族だった彼らの侵入をふせぐために、リシェリードは二重の大結界で国を覆った。外側の結界と内側の結界のあいだ。いばら野とのちに呼ばれる荒野にリシェリードは人が住むことを禁じた。
それゆえに、この地は羊や牛などの家畜の放牧地としてのみ使われ、その彼らが内側の畑に侵入して荒らさないように、つくられたのが石積みの低い壁。すなわち羊壁だった。
魔女は外側のいばら野を放棄して羊壁にのみ結界を張った。二重としなかったのは、二つに分割すればそれだけ結界が薄くなると判断したのだろう。三百年の結界を五十年に圧縮したうえに、一つの強固な結界とした。
実際、その結界の強固さは、目でさえも見えた。羊壁の向こうの風景が、磨りガラスに覆われたように全く見えない。
火と水と風と土と……四つの属性に分けたオーブとそれと相性が良い魔道士達を、自分を真ん中にして、リシェリードは己の周りに配置する。
そして、自分はサラマンダーにウンディーネ、シルフィードにドワーフの精霊達を呼び出す。魔道士達がオーブを手に念じれば、その増幅された魔力を精霊達がそれぞれの属性をまとめてリシェリードへと集中させる。
今回は人力で展開したが、リシェリードがいなくとも、このような装置を作ることは可能だと、魔道士達の問いに彼は結界を破る方法を説明したときに話していた。
結界を破るのではなく、展開する国土防衛の装置としてもつかえると。
その話を聞いたとたん魔道士達の瞳は輝いた。精霊魔法のことも含めて、皇妃様には色々とご教授願いたいと、彼らは前のめりに話していた。
リシェリードは育った魔道士達の村を思い出して、懐かしい気持ちとなった。三百年たった帝国の人間でも、魔道を志す者の探究心はどこでも変わらない。
魔道士達とオーブの魔力を精霊達が練り上げたものを一つにして、リシェリードの手から虹色の光が結界に向かって放たれる。
磨りガラスのようなそれに大きなヒビが入り、それは大きく砕け散った。その向こうの畑と遠くに村が見える牧歌的な風景がたちまち目前に展開する。
「やけにあっさりと破れたな」
ヴォルドワンの言葉にリシェリードは口を開く。
「魔女が想定していたのはオーブの力によっての結界突破だ。そこに魔道ではなく、魔法の力が加わるのは予想外だったのだろう」
「お前がいるのにか?」
「これも魔女の予定では、私はあっさり片付けるつもりだったんだろう。お前がかばったせいで、そのもくろみは見事に破れたけどな」
カイを使って自分を刺そうとした。そのことを思い出してリシェリードは、瞬間、胸の奥が怒りに熱くなる。
人の一番弱いところを利用し、それを踏みにじることに快感を覚える。その魔女は三百年から変わらない。
ヴォルドワンもまた、あのときのことを思い出したのか。眉間にしわが寄る。
「カイを助けるぞ」
「ああ」
リシェリードの言葉にヴォルドワンがうなずいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
羊壁を越えた帝国軍を迎え撃つための、ラルランド軍は一騎も出て来なかった。王都までの街道を一直線にすすむ万の騎馬軍に、途中過ぎる村や町の人々は、家の中に引きこもりその扉を固く閉ざして、やり過ごしていた。
これは先に伝令を走らせていたからだ。帝国軍にそなたたち民を害する気持ちはないこと。ただここを通らせてもらえればよい。家にいて大人しくしていろと。
「しかし、敵襲に国軍がなんの備えもないとはな」
馬上、ヴォルドワンがつぶやく。リシェリードは彼の鞍の前に相乗りしていた。
自分とて馬に乗りたかったが、前世では騎士ほど巧みでないにしろ、行軍ぐらいにはつきあえたが……。
今世、この白豚王子様にはまったく乗馬経験がなかった。まあ、その太った身体を見ただけで馬が乗せたくないのはわかる。
そんなわけで今回、ヴォルドワンの馬に同乗することになった。これが終わって帝国に戻ったら、乗馬の訓練をしようと心に誓ったリシェリードだったが。
「三百年、結界に守られてなにもしなかった結果だ。この国に軍なんてものは存在しない。あるのは王城を警備するお飾りの衛兵だ」
リシェリードは苦々しい思いで口にする。自分が人々を守ろうと命を賭して大結界を展開した、結果がこれか……と。
「あなたのせいではない。この国をどう守り導くかは、残された人々の役割だ」
ヴォルドワンが揺れる馬上でリシェリードの手をそっとにぎりしめた。以前にも同じ事を言われたな……とリシェリードは微笑んだ。
31
お気に入りに追加
859
あなたにおすすめの小説
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました
高瀬ゆみ
恋愛
侯爵令嬢のフィーネは、八歳の年に父から義弟を紹介された。その瞬間、前世の記憶を思い出す。
どうやら自分が転生したのは、大好きだった『救国の聖女』というマンガの世界。
このままでは救国の聖女として召喚されたマンガのヒロインに、婚約者を奪われてしまう。
その事実に気付いたフィーネが、婚約破棄されないために奮闘する話。
タイトルがネタバレになっている疑惑ですが、深く考えずにお読みください。
※本編完結済み。番外編も完結済みです。
※小説家になろうでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
平穏なβ人生の終わりの始まりについて(完結)
ビスケット
BL
アルファ、ベータ、オメガの三つの性が存在するこの世界では、αこそがヒエラルキーの頂点に立つ。オメガは生まれついて庇護欲を誘う儚げな美しさの容姿と、αと番うという性質を持つ特権的な存在であった。そんな世界で、その他大勢といった雑なくくりの存在、ベータ。
希少な彼らと違って、取り立ててドラマチックなことも起きず、普通に出会い恋をして平々凡々な人生を送る。希少な者と、そうでない者、彼らの間には目に見えない壁が存在し、交わらないまま世界は回っていく。
そんな世界に生を受け、平凡上等を胸に普通に生きてきたβの男、山岸守28歳。淡々と努力を重ね、それなりに高スペックになりながらも、地味に埋もれるのはβの宿命と割り切っている。
しかしそんな男の日常が脆くも崩れようとしていた・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
メランコリック・ハートビート
おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】
------------------------------------------------------
『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』
あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。
-------------------------------------------------------
第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。
幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。
魔王になんてぜったいなりません!!
135
BL
僕の名前はニール。王宮魔術師の一人だ。
第三騎士団長のケルヴィン様に一途な愛を捧げる十六歳。
僕の住むラント国に異世界からの渡り人がやってきて、僕の世界は変わった。
予知夢のようなものを見た時、僕はこの世界を亡ぼす魔王として君臨していた。
魔王になんてぜったいなりません!!
僕は、ラント国から逃げ出した。
渡り人はスパイス程度で物語には絡んできません。
攻め(→→→→→)←←受けみたいな勘違い話です。
完成しているので、確認でき次第上げていきます。二万五千字程です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる