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【32】決戦 その1
しおりを挟む三百年の大結界に匹敵する大オーブの結界をどう破るか。
しかも、結界は三百年分をおよそ五十年単位に圧縮されて、より強固なものとなっている。
「この結界を破るには同じく強大な魔力をぶつける必要がある。たとえば私の全魔力と生命力……って、おい……怖い顔をするな」
別宮の二人くつろぎのサロンにて、大結界を破る方法をヴォルドワンに説明しかけたとたん、怖くなった目の前の端正な顔に、ぺしぺしその頬を軽く叩いて。
「さすがに今回、私は命を賭けないさ」
「当たり前だ」
「だいたい、結界破ったあとにカイを助けなきゃならないだろう。そのときまでは私は生きてなきゃならない……って、また、怖い顔になるな!」
「あなたがいつも自分の命を切り売りするようなことを言うからだ」
「……悪い癖だな。気をつける」
三百年前、いつ死んでもおかしくはなかった。精霊に愛された申し子であり、魔法王とよばれたリシェリードとて死を覚悟したのは、一度や二度ではない。
だから、自分の命を粗末にしてきたつもりはないが。どこかで自分の死を切り離して考えていたのだろう。
目の前の男にも何度も助けられた。彼が居たからあの暴君と魔女にも勝てた。
さらにはその彼と手酷い別れをして、さらには帝国建国などという重荷を、その背に負わせた。
よく考えなくても、自分はかなり酷かったと今さら思う。
なので。
「安心しろ、死ぬつもりはないぞ。今世はお前と一緒に生きて行く」
深い緑の目を見て告げる。我ながら結構、感動の誓いなんじゃないか?と思ったが。
「言葉はうれしいが、信用は出来ない。なにしろこのあいだ、魔力を使い果たして三日間倒れていたのは、どこのどなたかな?」
「いや、それはお前を救うためだろう!」とリシェリードは言い返したが、むっつりと切れ長の瞳がこちらを見据えてくる。
このことに関しては自分は全く信用がないのだな……と実感する。まあ三百年前、やらかしたことがやらかしたことだ。
「だから大丈夫だ。策は考えてある。そのために魔法研究所の優秀な魔道士達を、今回連れて行くのだから」
昼間の帝宮の大議場にて。先日の選帝侯達との議場よりも、広い大臣も将軍達も揃った場だ。他の者より数段高い上にある皇帝の黄金の椅子の、となりにリシェリードの白銀の椅子が置かれた。
オドンの言葉どおり、リシェリードの姿をみるなりあの三馬鹿……もといドボー家のコシュにヤンカ家のフィクトル、ナジー家のボクサは青い顔となり、始終大人しかった。普段は必ず横やりを入れるらしい三人が沈黙していることに、大臣や将軍達は時々彼らをちらちら見ていたぐらいだ。
ともあれオドンが率先して、会議をまとめてくれたことで、順調に話し合いはすすんだ。
「結界を破るのに大オーブを十年かけて作る必要はない。民生用の魔道具用の小さなオーブと魔道士達さえいればな」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
三百年の大結界を破るために、巨大なオーブが必要だったのは、その魔力の純粋さが必要だったからだ。小さなオーブの寄せ集めでは、属性の差によって魔力の流れを一つにまとめる装置を開発するのが難しく、その触媒として巨大オーブの精製技術が開発された。
しかし、この巨大オーブを作るのもかなり繊細な作業で、大量の予算をかけたこの十年のあいだいくつものオーブが砕け散り、出来上がったのがたった二つ。
一つは先の遠征で三百年まえリシェリードが張った二重結界の外側の一部を破るのに使われて、砕け散った。
残る一つはピムチョキンの身体を乗っ取った魔女がカイを連れ去るときに、一緒にラルランドへと転移し、再びの強固な結界を張るために使われた。
つまり帝国には巨大オーブはなく、大結界を破るために開発された兵器はつかえないことになる。
リシェリードはそれを民生用の小さなオーブと、魔道研究所の優秀な魔道士隊で補うことにした。カイを少しでも早く救いたいのだから、新たな兵器など開発してる余裕はない。
だから、あるオーブと人とを応用することにした。
転移にて帝都より一瞬で跳んだ、目の前には三百年前リシェリードが張った二重の結界内側。石積みの羊壁が延々と緑の丘陵に連なっている。
壁といっても、羊が乗り越えないようにだから高いものではない。帝国がまだ出来る以前、騎馬民族だった彼らの侵入をふせぐために、リシェリードは二重の大結界で国を覆った。外側の結界と内側の結界のあいだ。いばら野とのちに呼ばれる荒野にリシェリードは人が住むことを禁じた。
それゆえに、この地は羊や牛などの家畜の放牧地としてのみ使われ、その彼らが内側の畑に侵入して荒らさないように、つくられたのが石積みの低い壁。すなわち羊壁だった。
魔女は外側のいばら野を放棄して羊壁にのみ結界を張った。二重としなかったのは、二つに分割すればそれだけ結界が薄くなると判断したのだろう。三百年の結界を五十年に圧縮したうえに、一つの強固な結界とした。
実際、その結界の強固さは、目でさえも見えた。羊壁の向こうの風景が、磨りガラスに覆われたように全く見えない。
火と水と風と土と……四つの属性に分けたオーブとそれと相性が良い魔道士達を、自分を真ん中にして、リシェリードは己の周りに配置する。
そして、自分はサラマンダーにウンディーネ、シルフィードにドワーフの精霊達を呼び出す。魔道士達がオーブを手に念じれば、その増幅された魔力を精霊達がそれぞれの属性をまとめてリシェリードへと集中させる。
今回は人力で展開したが、リシェリードがいなくとも、このような装置を作ることは可能だと、魔道士達の問いに彼は結界を破る方法を説明したときに話していた。
結界を破るのではなく、展開する国土防衛の装置としてもつかえると。
その話を聞いたとたん魔道士達の瞳は輝いた。精霊魔法のことも含めて、皇妃様には色々とご教授願いたいと、彼らは前のめりに話していた。
リシェリードは育った魔道士達の村を思い出して、懐かしい気持ちとなった。三百年たった帝国の人間でも、魔道を志す者の探究心はどこでも変わらない。
魔道士達とオーブの魔力を精霊達が練り上げたものを一つにして、リシェリードの手から虹色の光が結界に向かって放たれる。
磨りガラスのようなそれに大きなヒビが入り、それは大きく砕け散った。その向こうの畑と遠くに村が見える牧歌的な風景がたちまち目前に展開する。
「やけにあっさりと破れたな」
ヴォルドワンの言葉にリシェリードは口を開く。
「魔女が想定していたのはオーブの力によっての結界突破だ。そこに魔道ではなく、魔法の力が加わるのは予想外だったのだろう」
「お前がいるのにか?」
「これも魔女の予定では、私はあっさり片付けるつもりだったんだろう。お前がかばったせいで、そのもくろみは見事に破れたけどな」
カイを使って自分を刺そうとした。そのことを思い出してリシェリードは、瞬間、胸の奥が怒りに熱くなる。
人の一番弱いところを利用し、それを踏みにじることに快感を覚える。その魔女は三百年から変わらない。
ヴォルドワンもまた、あのときのことを思い出したのか。眉間にしわが寄る。
「カイを助けるぞ」
「ああ」
リシェリードの言葉にヴォルドワンがうなずいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
羊壁を越えた帝国軍を迎え撃つための、ラルランド軍は一騎も出て来なかった。王都までの街道を一直線にすすむ万の騎馬軍に、途中過ぎる村や町の人々は、家の中に引きこもりその扉を固く閉ざして、やり過ごしていた。
これは先に伝令を走らせていたからだ。帝国軍にそなたたち民を害する気持ちはないこと。ただここを通らせてもらえればよい。家にいて大人しくしていろと。
「しかし、敵襲に国軍がなんの備えもないとはな」
馬上、ヴォルドワンがつぶやく。リシェリードは彼の鞍の前に相乗りしていた。
自分とて馬に乗りたかったが、前世では騎士ほど巧みでないにしろ、行軍ぐらいにはつきあえたが……。
今世、この白豚王子様にはまったく乗馬経験がなかった。まあ、その太った身体を見ただけで馬が乗せたくないのはわかる。
そんなわけで今回、ヴォルドワンの馬に同乗することになった。これが終わって帝国に戻ったら、乗馬の訓練をしようと心に誓ったリシェリードだったが。
「三百年、結界に守られてなにもしなかった結果だ。この国に軍なんてものは存在しない。あるのは王城を警備するお飾りの衛兵だ」
リシェリードは苦々しい思いで口にする。自分が人々を守ろうと命を賭して大結界を展開した、結果がこれか……と。
「あなたのせいではない。この国をどう守り導くかは、残された人々の役割だ」
ヴォルドワンが揺れる馬上でリシェリードの手をそっとにぎりしめた。以前にも同じ事を言われたな……とリシェリードは微笑んだ。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
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