【完結】白豚王子に転生したら、前世の恋人が敵国の皇帝となって病んでました

志麻友紀

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【28】皇妃様(仮)大激怒の殴り込み

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 リシェリードが選帝侯会議に向かうために、別宮を離れてしばらくして、ローブ姿の集団が現れたのだという。
 警備の近衛や使用人達を次々に眠らせて、乳母のマーサとともにいた、カイを攫ったのだと。

 選帝侯会議にリシェリードが参加すると、それを知ってのことに違いなかった。シルフィードに呼びかければ、どんな遠くの事柄でも見聞きすることが出来るリシェリードではあるが、それは彼がそちらに注意を向けたときだけだ。すべての事柄が遮断も出来ずに見えたり聞こえたりしたなら、さすがにうるさすぎる。

 それに皇帝の議場は強力な結界に遮断されて、さすがのリシェリードでも中をのぞき見るには、魔道士達に気付かれずにやるのはかなり手間がかかる。逆も同様で議場の中にはいってしまえば、外の出来事を簡単に見聞きすることはできない。
 別宮に異変が起こったと、シルフィードの呼びかけにリシェリードが気付かなかったのは仕方ない。

 完全に穴を突かれた。

 リシェリードは早足で議場を出る。後ろでブウブウ、ヒヒン、コケッコケッと騒がしいのを、戸口で振り返って告げる。

「心配しなくとも、三日で人間の言葉を話せるようになる!」

 本当はすぐに魔法はとけるのだが、そうしなかったのは自分に対する非礼というより、自分とカイに関して品性下劣なことを口にした仕返しだ。

 元々子供は可愛い。
 近くにいて共に過ごせばなおさら情は移る。

 さらにはヴォルドワンの子で、事情があったとはいえ、その父親に放置されていた。それがリシェリードと三人で過ごすうちに、壁のあった親子もようやく打ち解けて、あの少年は素直な笑顔を見せるようになっていたのだ。ヴォルドワンも不器用ながら、カイに愛情を見せるようになっていた。

 その可愛いカイをさらっただと!
 リシェリードは冷静沈着に見えるが、わりと頭に血が昇りやすい。
 正体不明のローブの集団というが、その正体など分かりきっている。
 部屋を出たとたんにリシェリードは転移をした。

 その瞬間に誰かに腕をつかまれた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「なんでお前もついてくる!」

 攻撃魔術が通じないヴォルドワンであるが、他の転移などの魔術はつかえる。とくにリシェリードの魔法に関してはそれが顕著で、治癒魔法は受け付けるのに攻撃は受け付けないってずる過ぎるだろう?と思ったが。
 今も自分の腕を掴むことで、ともに転移したのだ。魔法研究所の前に、リシェリードとヴォルドワンは降りたっていた。
 皇帝の議場と同じく、この研究所そのものが強固な結界に守られている。その中に転移するのはさすがに無理だった。

「逆にあなた一人で行こうとするからだ」
「皇帝陛下こそ、御身の安全が第一。ここでお待ちください」
「いまさらとって付けたようなことを言わないでくれ」

 リシェリードの言葉など、当然ヴォルドワンは無視して横に並ぶ。
 固く閉ざされた魔法研究所の鉄の門扉を、吹き飛ばす。一瞬、修理費という言葉が頭をよぎったが、この帝国すべてが隣を歩く皇帝の“持ち物”なのだ。いくらだって壊してもいいだろう。
 研究所に足を踏みいれたとたん、待ち構えていた魔道士達から、火球やかまいたちの魔法が飛んでくる。それをリシェリードは瞬時に張った結界でやすやすとはねのける。

 ヴォルドワンが腰の魔剣を飛ばす。魂がはいった彼にしか従わない剣は、自在に空をきって魔道士達を薙ぎ払っていく。その腹を風圧でえぐり飛ばす。
 床にたたきつけられた魔道士達のすべてが、げほりと口から、あの魔女の種を吐き出す。それをリシェリードはすべてサラマンダーの業火で燃やし尽くした。

「この分だと研究所の魔道士すべてが種を呑まされていそうだぞ」

 リシェリードの言葉に「前々から準備していたということか?」とヴォルドワンが訊く。それに「いや」と答え。

「見たところ、すべて昨日飲まされて今日発芽したばかりの成長具合だ。おそらくは昨夜、全員で口にしたものに混ぜられていたか」

 あとで正気にもどった魔道士から聞いたところ。昨晩、日頃の研究成果をねぎらって……とヴォルドワンの名で酒がふるまわれたという。もちろん、ヴォルドワンにも、帝宮側もそのような振る舞い酒を出した覚えはない。
 皇帝陛下の名で出された酒ということで、飲めない者も、一口は飲んだと。

「種が体内で発芽したとたん、その者の意識は乗っ取られて、魔女の意思に従うだけの人形となる。研究所の魔道士達が全員そうなっては、すぐに異変に気付かれる」
「だから前日飲ませたか?」
「そうだ。だが、これだけの魔女の種を用意できるということは、前々から準備していたには違いない。……嫌な予感がしないか?」
「大いにするな」

 二人とも思い出すのは三百年前の“決戦”だ。
 旧王城の玉座の間。魔女の種を飛ばす“あれ”には兵士どころか魔道士達も近づけられず、結局リシェリードとヴォルドワンでトドメを刺した。
 はたして、魔法研究所の地下。最初、案内された大結界を破る装置の巨大オーブがある部屋にピムチョキンの姿があった。

「カイ!」

 それだけではない。そこにはカイの姿もあった。こちらに背を向けるピムチョキンの後ろ、椅子に座りぐったりと意識を失っている。

「たった二人で来るとは、皇帝陛下と将来の皇妃様はずいぶんと勇敢なこと」

 くるりとピムチョキンが振り返る。

「お前が“招待状”を出したのではないか?魔女よ」

 リシェリードが答える。自分が別宮を離れた、そのスキを狙って、カイをさらうだけで目的は達成出来たはずだ。それをわざわざ、選帝侯会議に手練れの魔道士達を暗殺者として送りこんだ目的はひとつだ。
 魔女の種を吐きだした彼らを見れば、リシェリード自身がかならず乗り込んでくると。

「あら、罠とわかっていらっしゃるとは」

 「ほほほほ……」と口に手を当てて笑う魔女に、ヴォルドワンが「ひとつ良いか」と呼びかける。「なに?」と魔女。

「ピムチョキンの姿で、その言動ははっきりいって気持ち悪い。去勢されてぶくぶく太った雄鶏を見ているようだ」

 「な」ととたん怒気に顔を赤くするピムチョキンの姿をした魔女と、思わず眉間に指をやって頭が痛いとばかりのしぐさをするリシェリードと。
 そうだった前世でもヴォルドワンはモテた。モテたが同時に悪評も高かった。別に女癖が悪いわけではなく、自分に秋波を送った女性に対する言動が朴念仁を通りこして、まったく酷いことで。

 リシェリードには素直に「あなたは美しい」だの「我が最愛」などと呼びかけるくせに、それ以外のどんな美しい女でも、目が二つあって鼻が一つに口が一つの認識しかないのがこの男だった。
 まあ、それ以前に小太りで、頭髪がだいぶヤバい中年の男が「ほほほ」と笑うところなぞ、リシェリードも見たくはなかったが。

「わ、私だって、こんな身体に入りたくはなかったわよ!だけど、この身体は濁っていても魔力だけは充実していて……」
「つまりえり好みしている場合ではなかったわけだな。三百年でずいぶんと好き嫌いが無くなったようだ」

 三百年前の魔女の身体は、暴君が滅ぼした国の絶世の美姫と言われた娘の身体だった。それはもう男ならば陶然と見とれるような。

「ええい!おしゃべりはおしまい。いまいましい魔法王、あなたを殺して顔だけはいい、その皮をいただくことにするわ!」

 ピムチョキンの姿をした魔女が叫ぶと、ぶわりとその身体が変形した。紫の派手派手しい色のロープは破れてただの布きれとなり、中から現れたのは。
 「やはりあれか?」とヴォルドワン。リシェリードは「三百年前よりはだいぶ小ぶりではあるが、種を飛ばすには十分だ」と答える。

 そうピムチョキンの姿は、三百年前の暴君と同じ、いや、それは大分小さいが、ぎょろぎょろと一つ目の巨大な頭に、無数の根の触手が生えた魔女の種が成長した姿となっていた。
 ここまでになると、今度は種を作れるようになる。その種を昨日研究所の魔道士達全員に飲ませたのだ。

 ピムチョキンが種に侵されても、人形とならずに普通に動き回っていたのは、そこに魔女の魂が入っていたためだ。自らの宿主の身体に種を植え付けるとは、まったく、手段を選ばなくなったものだ。
 怪物の姿となったピムチョキン、いや魔女というべきか……はこちらに種を飛ばし、襲いかかってきた。

 種はリシェリードの張った結界によって防がれ、ヴォルドワンが魔剣を飛ばして、こちらに伸びる触手を刈り取る。
 床に落ちた種から、あらたな魔女の種達がうじゃうじゃと発芽して不気味に蠢くが、それもリシェリードの放った業火によって焼き尽くされる。

 触手を刈り取られて丸坊主になった本体に、飛んで戻ってきた魔剣を手にしたヴォルドワンが迫る。その一つ目に剣を突き立てる。
 きぇえええええええええええええっ!と耳障りな絶叫が響き渡る。そこにリシェリードがひときわ大きな火球をたたきこんで、火柱があがり、化け物は影形もなく消滅する。

「また、逃がしたか……」

 リシェリードは舌打ちした。ピムチョキンが化け物の姿に変容したとたん、魔女の魂が抜け出ていたことに気付いていた。残ったのは凶悪な本能だけでこちらに攻撃してきた化け物だ。

 あまりにもあっさりとした最後。
 あっけない魔女の退散に、本来なら警戒すべきだった。

 しかし、意識を失っていたカイが「う……」と目を覚まして、こちらを見たとたんに「リシェリード!」と駆け寄ってきた。その彼の無事にリシェリードも喜びの笑顔を浮かべて、自らもかけより両手を広げる。
 「リシェリ!待て!」というヴォルドワンの声も聞こえなかった。

 笑顔のカイの手に光るナイフが握られているのを見て「え?」と声をあげる。
 そして、ヴォルドワンの大きな背が自分をかばい。

 飛びこんだカイの手に握られたナイフが、ヴォルドワンの腹を突き刺した。





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