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【24】選帝侯会議 その1
しおりを挟む数日後、すべての選帝侯が集まっての会議が開かれた。皇帝専用の議場である赤の間の奥には、玉座に準じる黄金の椅子が置かれ、その横にも少し小ぶりな白銀の椅子が置かれた。
先に選帝侯達が部屋にはいり、奥の黄金の椅子を中心に、左右に分かれた卓、それぞれ肘掛けのない椅子に腰掛ける。この席次にも順番があり、筆頭だったジュチ家はいまや最下位の扉近くとなって、若い当主がいささか肩身が狭そうに腰掛ける。同じく当主すげ替えとなった他の二家の当主達も、その扉近くの席だ。
代わりに皇帝の席に一番近い右側に、長老格であるオドンが座していた。
少し遅れての皇帝ヴォルドワンの入場に、一同立ち上がり敬意を示す。が、オドンの白髪交じりの灰色の眉がひそめられたのは、皇帝の後ろではなく、その横に白に黄金の姫君のドレスのごときレースで裾広がりの宮廷服をまとった、蜂蜜色の髪に青空の瞳の王子の姿があったからだ。
それも皇帝たるヴォルドワンに姫君のごとく手を取られて、奥へと。黄金の椅子には当然ヴォルドワンが、そして隣の白銀の椅子にリシェリードが腰掛けた。
皇帝の黄金の椅子には肘掛けがあり、選帝侯達の椅子には肘掛けがない。肘掛け付きの椅子に座れるのは公式の場では、この帝宮では皇帝と、その配偶者たる皇妃だけだ。次の皇帝と定められていない、皇帝の息子たる皇子達にもその権利はなく、肘掛け無しの椅子だ。
リシェリードの座った白銀の椅子には肘掛けがあり「なぜその椅子なのですか?よろしくありませんな」と挨拶も省いて、オドンが声をあげた。
「その方のお立場ならば、背もたれがない椅子が妥当かと思われますが?」
背もたれがない椅子とはダブレと呼ばれる、婦人用のものだ。男子であり他国の王子であるリシェリードを女扱いしたうえに、さらにはその者は皇妃ではなく、背もたれのない椅子に腰掛けるのが似合いの皇帝の愛妾……つまりはただの愛人だろうという、意味にもとれる。
「リシェリード殿下は皇帝たる余の客人であると、方々には通達してあったと思うが?その客人をこの椅子に座らせることのどこがおかしい?」
客人ならば皇帝と同格の椅子を用意するのが当然であると、ヴォルドワンが返せばオドンは「では、なぜ陛下のお隣なのですか?」とさらに訊ねる。
「今回の会議に“招聘”した殿下のお席ならば、そちらにございましょう!」
指さしたのは、ヴォルドワンとリシェリードが並んで座る奥の反対側。戸口側である。皇帝が最奥、選帝侯が両わきに並んだあとの戸口側。つまりは末席も末席だ。
どこまでもリシェリードを小国の王子であり、皇帝の愛人にすぎないと侮りたいのだと、その態度を隠しもしないオドンに、しかしヴォルドワンは眉一つ動かさずに「繰り返すが」と口を開く。
「リシェリード殿下は余の客人である。本来ならばそなたらの“招待”など応じるのも不要と、余が申し上げたのも関わらず、わざわざ、別宮からこちらにお越しくださったのだ。
そのように遠くの席では、余がてづからお世話出来ぬではないか」
実際、言いながらヴォルドワンが流れる様に、女官が淹れようとしていた茶器をとりあげて、カップに茶を注ぎバラのジャムをひとさじいれて、銀のスプーンでくるりかきまぜて彼の前に置く。
自分の寝台には三度同じ女性を招かず、家臣に下げ渡してきた皇帝である。若き皇帝は鋼鉄のお心をお持ちである。それが統治者として相応しいなどと言われていた氷の皇帝の、このかいがいしい様子に居並ぶ選帝侯達はあぜんとして見る。
それを当然のように「ありがとうございます」と受け取って、茶を一口飲むリシェリードを忌々しげにオドンはにらみつけて口を開く。
「では、殿下におたずねする」
「まあ、まだ私からご挨拶もしていないというのに、お年寄りというのはせっかちでいらっしゃるのは、どこも変わらないのですね。
それとも、もうすでに名乗らずとも、皆様、私が誰なのかご存知とは思いますけど」
小首をかしげたリシェリードにやんわりとその非礼をいなされて、オドンが渋々とその名を名乗れば、他の選帝侯達も、席次の順番に口を開く。
「では皆様、お楽におかけになられて」とリシェリードに言われるまで、彼らは自分が立ったままだったことに気付いていなかった。
まさか、立ったまま会議をするわけにも行かず、心ならずもリシェリードの“許可”に従う形で彼らは腰を下ろすことになった。
出鼻を完全にくじかれたオドンではあったが、大きく咳払いをして「では、あらためてリシェリード殿下におたずねする」と口を開いたのは、長老の意地か。
「陛下があなたを皇妃にと望まれているのは、ご存じのはず。これをどうお考えか?あなたが陛下のこの国への招待に応じたのは、両国の和平のためと、かの凱旋パレードにて民達の前でおっしゃられたとか?
真に両国の和平を考えるならば、あなたがその“印”としてこの国におられるだけでよいはず。皇妃の地位に昇られることは、帝国に対するいらぬ野心ありと思われるとおもうが、いかがかな?」
「野心とは、ずいぶんとはっきりいわれるのですね」
くすりとリシェリードは微笑する。「帝国におかれては」と続けて。
「皇妃とはただ皇帝の配偶者として、皇帝と同格の敬意をもって遇される。それだけと聞いています。さらに、私は男子で皇子は産めません。さらにいうならばその皇子もまた、かならず次の皇帝となるわけではないことは、ここにいらっしゃる選帝侯の方々がよくご存じかと」
つまり皇妃には政に口を出す権利もなく、ただ皇妃という象徴の身であり、自分は男で子を産めないうえに万が一にも皇子があったとしても、その子が皇帝になるわけではない。
これでどうして帝国に対する“野心”など持てようか?という見事な返しである。
が、ここであっさり引き下がる程度では、リシェリードをこの会議に呼びつけなどしないだろう。オドンは「しかし」と口を開く。
「たとえ皇妃の地位がただの皇帝の妻として、政に直接関わることが出来なくとも、あなたが陛下の耳元でなにやらささやくのではないか?と、皆、それを危惧しているのです」
「閨房政治と言いますからな」とオドンに続いたのは机を挟んで皇帝の左に座る。つまりは筆頭たるオドンの次の地位にある男だ。ドボー家のコシュと名乗った。
閨房とは女性の寝室の隣にある化粧部屋のことだ。閨房政治とはすなわち、君主が色に溺れて愛人やその親族を遇して権力を与え、乱れた政治を揶揄したものだ。
「そうそう、私どもが殿下を歓迎の夜会にて初めてお見かけしたときに、ずいぶんと驚いたものです」
と、口を開いたのはそのコシュの隣に座る、いさか小太りな男。ヤンカ家のフィクトルと先に名乗った。
「あの小国……おっと、ラルランドで言われていた殿下の白豚……いやいやふくよかだというご評判とくらべて、白鳥のようにほっそりとお美しいと。
いまもまあ、童話の眠れる姫君もかくやというお美しさだ」
「ああ、あの童話の裏話を知ってますかな?王子様の口づけで目覚めた姫君は、すぐに寝台にその王子を引き込んで……」と暗にあなたも寝台で陛下に色々と“おねだり”しているのではないですか?と続けようとしたのだろうが、「ここは陛下もおわす会議の場であるぞ」とオドンにギロリとにらまれて、フィクトルは首をすくめた。その小太りの丸い顔がレースの縁取りの衿かざりに埋もれる形となる。
「そうそう、かの海に沈んだとか、東の海の果てにいまもあるという黄金の国のことわざにもあるとか。あまりの美しさの魔性ゆえに、男を滅びにおいやると。たしかに傾城、傾国、そんな言葉でしたな」
オドンの隣に座る男が口を開く。こちらはフィクトルと違い、逆にひょろ長い痩せぎすの男だ。ナジー家のボクサという。
ジュチ家の若い当主は戸口近くの席で沈黙し、左右に座すこれまた若い当主達も同様。同じ選帝侯家でありながら、先の当主が失脚して代替わりした彼らには、会議で口を開くことも出来ないらしい。
「余がこの殿下に惑っていると、だから皇妃にと望んでいると方々が危惧するのならば、前々から言っているはずだ。
退位しても構わないと」
その言葉にリシェリードは息を呑んだ。
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