【完結】白豚王子に転生したら、前世の恋人が敵国の皇帝となって病んでました

志麻友紀

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【15】継母?王子と小さな殿下 その3

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「しかし、魔剣が認めたとはいえ、よくお前が皇帝になることを周りは認めたな」

 いくら初代皇帝の定めがあるせよ、なんの後ろ盾もない若者が、皇帝となることを七つの選帝侯の家をはじめに周りが納得するとは思えない。

「初代の定めだ。“表向き”奴らは渋々それに従い、俺は皇帝となった。が、その若き皇帝が帝位についてすぐに、不幸にも亡くなるなんてことも、ないことではない」
「当然、お前に刺客が放たれたか……」

 よくあることといえばよくある……いや、やはりあまりあって欲しくないことだが、リシェリードはため息をついて「それで?」と先をうながす。

「お前が生きているんだから、放たれた刺客はことごとく失敗したか?」
「ああ、帝国で刺客としてよく使われるのは魔道士だ。初代皇帝が開いた研究所のおかげで、帝国では魔道も盛んでな。その負の遺産だ」

 確かに毒殺に呪殺と魔道士は暗殺者に向いている。しかし。

「お前は魔術の攻撃をいっさい受け付けない体質だ」
「俺のこの体質を刺客を差し向けた者達は知らなかった。もっとも、身分の低い女を母に持ち、騎士の家に預けられていた、ぽっと出の若造だ。よくも知らなくて当然だがな」

 ニヤリとヴォルドワンが笑う。その笑みはなんとも人の悪いものだった。

「俺の暗殺に一番熱心だったのは、選帝侯の筆頭の家柄であるジュチ家だ。その当主のリガルドは俺が居なければ一番、皇帝の椅子に近かった。
 魔術が効かない俺の度々の暗殺が失敗すると、ついには実力行使に出た」
「叛乱か?」
「というほど大規模なものではない。手のものに命じて皇帝の寝所に私兵を差し向けた」
「それは立派な叛乱というのだぞ」
「たしかに皇帝謀殺の証拠はそろった。なだれこんだ兵士達が見たのは空っぽの寝台だ。
 その頃の俺は信頼出来る小数の側近を率いて、逆にジュチ家のリガルドの寝室を“訪問”した。
 奴の名誉のために自死を命じたのだが、馬にも乗れぬ太った身体で寝台から転げるように逃げようとしたのでな。仕方なく魔剣を飛ばして首を刎ねた」
「……皇帝てづからの処刑だ。逆に名誉なことだっただろうさ」
「たしかにそういうことになっているな」

 選帝侯の筆頭家が崩れたことは、他の家にも衝撃が走った。というより、この一件でヴォルドワンにすり寄り、皆が皆、他家を告発し合う泥仕合となったというから、なかなかに帝国も腐り果てている。

「結局七家のすべての当主の首がすげ替えとなった。もっとも、実際に身体と首が離れたのはリガルド一人だったがな」

 「趣味の良い冗談ではないな」と相変わらず人の悪い微笑を浮かべたままの、ヴォルドワンにリシェリードは顔をしかめた。
 そこでさらに背筋が寒くなるようなことを思いつき、確認する。

「ヴォー、今世でのお前の母も、カイ殿下の母親も早世したと聞いたが」
「……謀殺された。両方ともワインの中毒死とされているがな。寵姫を始末するのに昔から帝国ではよく取られている手段だ」
「…………」

 皇帝の子を産めば、当然その女性は多少なりとも影響力を持つ。また皇帝の愛を受けたい、女達の嫉妬もあるのだろうが。

「それでカイ殿下の身も危ないのではないか?」

 次の皇帝となることは確定していないとはいえ、彼は現皇帝の唯一の男子だ。

「カイには常に影をつけて、周囲に危険がないか見張らせている」
「しかし、あの子はお前の息子だろう?」

 父親としてその無関心はどうなのだ?とリシェリードが顔をしかめれば。

「親らしいことをしろと?そうなればあの子の命は逆に危ういことになる」
「どういうことだ?」
「皇帝とて人の子だ。自分の血を受け継いだ息子を次の皇帝としたいと思う。それで数々の悲劇が生まれた。
 俺以外の兄はすべて亡くなったと言っただろう?逆に俺は母親の身分も低く、無関心に“放置”されたが故に生き延びた」
「…………」

 ヴォルドワンがカイにかけらでも関心を寄せれば、逆にそれが宮廷の者達の疑心暗鬼を生んで、あの子供に暗殺者が差し向けられるかもしれないと、ヴォルドワンはそう言っているのだ。

「あれが次の皇帝になりたいと望むならば、己の力でつかみ取ればよい。平穏に暮らしたいと願うならば、この帝宮の片隅で目立たぬように暮らし、次の皇帝が決まったときには、しかるべき領地をもらって、そこの領主として穏やかな余生を過ごせばいいのだ」

 帝国の皇帝となるのは血塗られた修羅の道。ならば、そこから外れて平穏な暮らしを手に入れたほうが幸せではないか?それが無関心を装っている息子への、父親であるヴォルドワンの不器用な愛情のように見えて、リシェリードはなにも言えなかった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 それからカイは、翌日からリシェリードのいる別宮を訪ねてくるようになった。お茶とお菓子を食べて、たわいのない話をして別れる。
 そんな日が、三日も続いただろうか?

「殿下!」

 女性の尖った声に、庭でのお茶会にてリシェリードと楽しくおしゃべりしていたカイは、肩をすくませた。
 「カテリーナ……」と怯えた目をカイが向ける。リシェリードもそちらを見れば、乳母にしてはずいぶんと若い女がいた。

 着ているドレスも使用人の地味なものではなく、貴族の婦人らしいそれなりに豪奢なものだ。もっとも乳母というのは子供の養育を任せる女性であるから、まして皇子を預かるとなればそれなりの身分の女性であることは多い。
 彼女はつかつかとこちらにやってくると、カイの手をぐいとつかんで、椅子から引き摺り下ろすようにして立たせた。いささか乱暴な行動にリシェリードが口を開こうとすると。

「殿下がわたくしの許可もなく、勝手にこちらにいらっしゃって、そちらの“お客様”にはまことに失礼いたしました。殿下はお立場がお立場ゆえにご訪問をお断りに出来なかったのでしょう」

 と、リシェリードは皇帝に招かれてこの宮殿に滞在している“客人”だと。こちらに口出しするなとやんわりとけん制し。

「カイ殿下の教育に関しては、わたくしは乳母として陛下より一任されております」

 とさらに重ねて、自分がカイの乳母だと強調して、「もう二度と殿下がこちらに参られることはないでしょう。さ、参りましょう、殿下」
 ぐいとカイの腕をひっぱり連れて行っていってしまった。そのあいだ、カイは怯えたように押し黙り俯いたまま、彼女に引きずられていった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「乳母であるわたくしに隠れて、あのような男妾おとこめかけに会いに行くなど、さすがは準騎士などという貴族でもない下女のお母上を持つ殿下ですわね。いやしい血は、いやしい者に惹かれるということかしら?」

 カイの私室。ここの主人であるカイは立ったまま、カテリーナはまるで女王のように猫足の椅子に腰掛けて、少年をにらみつける。

「別宮にはけして近寄ってはならないと、わたくしは殿下にいいましたよね?あの見目ばかりよい悪魔が皇帝陛下をたぶらかし、あろうことか男の身で皇妃の位を望んでいると。
 あの悪魔が皇妃となったなら、即刻、邪魔なあなたの首を刎ねるように、今度は陛下におねだりするでしょうとも」
「あ、あの方は、そんな方ではない。優しく僕の話を聞いてくれて、カテリーナが食べたら頭が悪くなるからって食べさせてくれない甘いお菓子も『たくさん食べたら昼食や夕餉に差し支えるけど、少しならばお楽しみですね』って、いつも出してくれて」
「その毒婦の甘い言葉と甘いお菓子に釣られたというわけですか。まったく卑しい方ですわね!」

 カイが反論したことにカテリーナは目をつりあげて、椅子から立ち上がり彼の腕を掴むと、そのシャツをまくり上げて肌をむき出しにして、小卓に押しつける。
 その細い腕には幾筋もの赤いミミズ腫れの痕が残ってた。「このっ!」と手にもっていたムチを振り上げて、新たなるあとを刻み込もうとする。
 「キャア!」と声がして女の身体のほうが、床に転がっていた。同時に、カイは後ろから伸びた腕にふわりと抱きしめられる。後ろを振り返り、カイが大きく目を見開く。

「大丈夫ですか?殿下?」

 リシェリードは優しくカイに微笑んで、そのムチ跡だらけの腕をそっと撫でると同時に、口の中で呪文を唱える。とたちまち、その傷は消えて無くなるのにカイは、ぱちぱちと瞬きする。
 リシェリードは床で無様に転がる女を冷ややかに見る。

「己の憤りのままに子供を打擲ちょうちゃくするなど、乳母である前に大人失格ですね。あなたの乳母の役目を解きます。ただちにこの帝宮から出て行きなさい」
「な、なんの権限があって、わたくしに出て行けと?わたくしは陛下からお役目を頂いたのですよ!お客様のあなたに言われる筋合いは……」
「私はお客様ではなく。この帝宮の奥のあるじだと、そう初日に陛下が侍従長以下の者達に通達したことを、あなたは聞いていなかったのですか?」

 そうなのだ。リシェリードは別宮にはいった初日に、皆に言い渡したと、あなたはすでに皇妃と同格の権限をもっていると、ヴォルドワンは言った。
 だから自由にふるまってかまわない。ただし、俺から離れることはけして許さないと続いたのであったが。




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