【完結】白豚王子に転生したら、前世の恋人が敵国の皇帝となって病んでました

志麻友紀

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【9】三百年の後悔

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 三百年前。

 大結界の儀は北の荒野を見渡すことが出来る、この日のために建てられた塔の上。塔には複雑な魔法陣が組み込まれ、最上階でリシェリードがこれを発動させることで、国全体を二重に覆う結界が作られる。
 魔法王リシェリードがその魔力と命をすべて捧げることによって。

 塔の最上階まで供を許されたのはヴォルドワンただ一人だった。だが儀式の間へはリシェリードのみが入った。
 精緻な魔法紋章が浮き彫りにされた両開きの扉が閉まる。そのほっそりとした背が消えるまでヴォルドワンは見送る。

 そして、扉が完全に閉まると、彼は床にあぐらをかいて座り、腰の魔剣をさやごと抜いて、己の前へとおいた。
 リシェリードが大魔法を発動すると同時に、彼もまたその命を絶つつもりだった。
 魔法王は、自分が亡きあとの次の王を指名し、王位継承の順位をけして違えてはならぬと厳命した。共に国の再興に尽くした者達にも事細かな“遺言”を与えたが、ヴォルドワンにはなにも言わなかった。

 昨夜の寝台の中でさえ……。

 ただ、塔への供はヴォルドワンしか許さなかった。
 それが最愛の人の答えだろうと……。
 供に逝くことを“許す”と。



「ヴォー……」



 扉の向こうからした声に、閉じていた目をヴォルドワンは開いた。



「死ぬな……」



 それは命令ではなく懇願の響きだった。ヴォルドワンは思わず立ち上がり、固く閉ざされた扉へと駆け寄る。

「死ぬな、ここで死ぬことは許さない!」

 次の口調は懇願ではなく絶対的な命令だった。魔力が込められた彼の言葉は、耐性のない者ならばそれだけで縛る術となる。
 だが、ヴォルドワンにはそれは通じなかった。彼は「なぜだ!リシェリ!」と叫び、石の扉の表面をその拳で叩いた。だが、閉じれば二度と開かぬようにされている扉は、びくともしない。

「あなたを失い。俺にただ生きろというのか?」
「北に向かい“皇帝”となれ。このラルランドを脅かす蛮族達をまとめよ。お前の未来はそこにある」

 リシェリードには予知能力があった。それは常に発動するわけではない。その能力も遥か先を見通せるわけではなく、目の前にいる人間の未来がかいま見える程度だと。
 それによって得がたい仲間を得、人々に助言してきた彼だが、ヴォルドワンには一切なにか言ったことはなかった。おそらくは自分の魔法を受け付けない体質にあるのだろうと思っていたが。

「出会いの瞬間、私には視えていた。お前は北の巨大な帝国の皇帝となる。……そこには私はいない」
「リシェリ。それでも私はあなたとともに!」
「行け、ヴォー!これは王としての大将軍のお前への最期の命令だ。いや、私の遺言……私の願いだ。生きろ、生きてくれ。私が居なくなっても……お前は……」
「あなたは、残酷な人だ、リシェリ。あなたを失って、なお私に生きろと……あなたの願いを私が拒めるだろうか?
 だが、私の心のすべてはここにおいていく。私はきっと、非情な北の皇帝として伝わることになるだろう。あなたを失った私の行く道は、色のない血塗られた荒野だ……」

 ふらふらと……彼らしくない足取りでヴォルドワンは塔を下り、北へと向かった。
 最後の最後で王を見捨てた裏切りの将軍の名は、こうしてラルランドの歴史から、名前さえ消された。ただ失踪しただけの将軍に人々がどうしてここまで苛烈な憎しみを抱いたのか。それは命を賭して、国を守った英雄王を亡くした悲しみの裏返しだったのかもしれない。

 だが、彼らは知らない。

 裏切り者の将軍は生きて北の地へと渡り、その褐色の髪が白くなるまでも戦いぬいて、ついには皇帝ツァーリとして北の巨大帝国の初代皇帝の地位についたことを。
 生きて皇帝となれ……と、それが魔法王の遺言であったことをだ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「……私を恨んでいるのか?」

 夜中にぽっかりと目が覚めて「水……」とかすれた声でリシェリードがつぶやくと、力強い腕に支えられて、口移しにあたえられた。
 こくりと呑み干して、天幕中はあいかわらず付けっぱなしのランプの柔らかな光に照らし出されている、目の前の端正な男の顔を見る。この男に抱かれたことを思い出す。
 そして、口からぽろりとこぼれたのがこの言葉だった。彼は「まさか」と笑う。

「後悔ならあるが」
「後悔?」
「あなたをさらって、北の地へと逃げればよかった。北でもなくとも地の果てでも、ラルランドが蛮族の馬蹄に踏みにじられようと知ったことかと……」
「世界の果てで、私とお前だけで幸せにか?私もお前も出来ないから、あそこで別れたんだ」

 この男ならばそうすることも出来ただろう。魔法が通じない腕で、リシェリードをがんじがらめにしてどこに連れ去ることも。ラルランドという国が無くなってしまえば、リシェリードとて守るための結界など張る必要もない。

「お前とて、ラルランドは見捨てられないから、私の考えに同意したんだ」

 「なぜあなたが!」と最初に大結界の話をしたときに冷静なこの男が珍しくも声をあらげた。幾度も話し合って、それでもこの方法しかないと二人で納得したはずだった。
 結局二人とも愛する祖国を見捨てるなど考えれなかった。

「……裏切ったのは私のほうだ」

 そうだ。魔法王を大将軍が裏切ったのではない。リシェリードがヴォルドワンを騙したのだ。

「あなたは初めから私の運命がわかっていたと言った。そこには自分はいないと。あなたは、あなたの運命を?」
「当たりもしない場末の占い師だって心得ていることがある。自分で自分の運命は見えない。ただ、お前の未来には私が居なかったというだけだ」

 髪を大きな手で撫でられて、男の胸にうつ伏せ、頭をのせて、目を閉じる。再びまどろみの中へと落ちながら。

「お前と私の未来はけして重なっていないことはわかっていた。わかっていて、それでもお前の情熱に……いや、自分の感情に負けた。
 なにがなにもかもわかっていらっしゃる魔法王だ聞いてあきれる」

 そう、当時人々が自分を讃えた言葉を口にして、リシェリードはくすりと笑う……そして、そのまま睡魔に身をまかせながら。

「それでも、私には後悔はない……あるか」

 お前を泣かせたという言葉は、眠りに吸い込まれた。





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