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【4】この無能ども!貴様ら全員、北方(シベリア)送りだ!その2
しおりを挟む三百年前、リシェリード一世は大結界の術を用いて、北方の騎馬民族の侵入を防ぐ魔法の壁を築いた。結界は国中をおおい、この国は三百年のあいだ他国からの侵略を一切許したことがない。
だが、このときリシェリード一世は一つの“遺言”を残している。
結界が保つのは三百年。そのときまでに次の手を考えよ。
と……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「……三百年ものあいだ一体なにをしていたのですか?」
リシェリードの質問に「それはだな……」とロラルド王は、ひたいの汗を取り出したハンカチでふきふき答える。
「三百年の間があるのだ。結界のことはゆっくりと考えればいいと……」
「ようするに先送りし続けて、期限の三百年後が迫っているというのに、帝国に“いばら野”の第一の結界が破られるまで、誰も無策であったと」
冷ややかなリシェリードの言葉に、ロラルド王以下、その隣の第一王子トラトリオ、そして先の叛乱に加わらなかったために、その能力はともかく首だけは繋がった法服貴族の官僚達が首をすくめる。
「まあ、三百年のぬるま湯につかっていたのは、私も同じこと。結界が破られたという報告が来るまで、すっかり忘れていたのですから」
とはいえリシェリードの場合、前世の記憶が蘇ったのはほんの半年足らず前だ。
さすがに自分の“遺言”だ。三百年の猶予もあるのだから、残された者達がなんとかするだろうと思っていたが、その考えは甘かったようだ。
この無為無策の集団を転送にてまとめて、ただいま、北の国境にいる帝国軍の前に放り投げてやろうかと思った。いや、やめた。魔力の無駄であるし、帝国軍の馬蹄の前には、こやつらなど石ころ程度の障害にもならないだろう。
「今は結界より、目の前の帝国軍をなんとかしなければなりますまい。いばら野を突破されたとなれば、今度は“石積みの羊壁”となる。そこを破られればこの王都まで一直線だ」
羊壁とはずいぶんと牧歌的な名前であるが、その名のとおり羊が畑への侵入を防ぐための壁だ。
リシェリードはこの国ラルランドの周囲に二重の結界を張った。外側の結界と内側の結界との間には、人が住むことを禁じ緩衝地帯としたのだ。耕作されず茨が生える荒れ地となった場所が、いばら野と呼ばれるようになり、人も住めず畑も出来ないならば……と、羊の放牧地となった。そして、その羊を囲い込むために、低い石積みの壁が作られて、それから内側の結界は石積みの羊壁と呼ばれた。
現在、帝国軍は外側の弱くなった結界を破り、いばら野に軍を展開している。その数は正確には分からないが斥候の話では、優に三万は超えているという。
これに対して三百年の安寧に浸っていたラルランドの軍は貧弱だ。王家の近衛騎士団が百に、王都を警備する兵が五百。
それに各街や村の警察を兼ねた兵士隊に、貴族達の私兵をかき集めて五千行くかどうか。これではお話にならない。
徴兵してはどうか?という、将軍が先の叛乱により監獄塔送りのために、代わりに将軍となった軍人とは思えないひょろりとした将校の意見を、リシェリードは一蹴した。
「槍も握ったこともない農夫に槍を持たせて、三日で一人前に出来るのか?帝国軍は、いまにも内側の結界を破ろうとしているのだぞ」
「奴らご自慢の騎馬軍団に踏み潰されて一瞬で終わりだ」と言われて、将校は肩を落とす。
「では、あちらの示した和平の案を受け入れるのはどうだ?」
「和平ではなく全面降伏です、父上」
ロラルド王が相変わらずひたいに汗をかきながら半笑いの表情で口を開くのに、リシェリードは呆れた視線を向けた。
昔の野蛮な騎馬民族だった頃と違い、いきなりの侵入と略奪ではなく、帝国軍はこちらに宣誓布告の書状と降伏の勧告の書状を持った使者を立ててきた。
「し、しかし、帝国軍は抵抗せずに降伏するならば、こちらの命と財産は保証すると……」
「それは民に限ったことです。父上は、また頭にずた袋を被って処刑台の列に並びたいのですか?」
リシェリードは父だけでなく隣で、父の言葉に一瞬希望を見出したように、喜びの表情を浮かべた兄トラトリオを冷ややかに見た。この会議が始まって以来、この兄はひと言も口を開いていない。
父も兄もとたん、この間の叛乱のことを思い出したのか青ざめて震えている。死刑執行の直前まで二度もいくのは、二人ともゴメンだろう。
三百年の平和に王族の頭はお花畑になったのだろうか?いや、それはこの国の人間全体に言えるのだろうが、しかし、今の王と次代の王がこれとは、まったく頭が痛い。
先日の騒乱を一人で引っ繰り返したリシェリードは、白豚王子から白鳥王子と言われ、さらには始祖王の再来とまでささやかれていた。気弱な第一王子の兄を押しのけて、あの王子が王になるのでは、王国の将来が思いやられる……なんてみんなが表情を曇らせていたころから一転して、彼の二の王子こそ次の王になるべきだという声も大きい。
が、リシェリードは自分が王位に就くことは絶対にないと否定していた。始祖王が定めたとおり、王位継承順位を乱すことはならないと。
三百年の結界とともにこの“遺言”をリシェリードが定めたのは、次代の王としたのが自分のはとこで、己の子ではなかったからだ。
なにも血族にこだわることはない。能力あるものを次の王に……という声もあった。
その筆頭が“彼”だったわけだが、あいつは最後まで自分の供をすると頑なだった。
それに次代の王を能力主義としたならば、力が支配する血みどろの王位継承の内乱ともなりかねない。それでは折角築いた三百年のあいだの他国からの侵略のない平和な世界が台無しとなる。
だからこそ、リシェリードは王としては能力が足りないと知りつつ、平和な世界を治めるならばなんとかなるだろうと、次期王に気弱なはとこを指名し、さらには今後の王位継承順位は直系の長子から順番に、その順位を乱すことはならないと厳命したのだ。
その三百年後の結果がこの体たらくな訳だが。
「な、ならばどうする?」と聞いてくるロラルドにリシェリードはもう呆れなかった。王たるものが息子に聞いてどうする?など、この頭がお花畑の父には言ってもわからないだろう。
「私が戦に出ます」
「そ、そなたが?しかし、き、危険ではないか?」
この言葉にはさすがにリシェリードは再び呆れて、まじまじと横にいる父を見た。
「では、父上が軍を率いますか?」
「い、いや、ワシは王として王都を守らねば……」
と、ならばお前が出陣しろとばかりに隣の兄王子トラトリオを見るが、彼はさりげに目を反らした。
なんだこの場末の劇場のような冷ややかな笑いしかとれないような小芝居は……。
「父上、帝国軍が第二の結界を破れば、すぐにこの王都に攻め込んできます」
「そ、それはいかんぞ!」
「ですから、その前にいばら野で帝国軍を防ぐと言っているのです」
まるで子供に含んで聞かせるようにリシェリードは言った。うんうんと父王は納得したようにうなずく。
「それではお前が軍を率いて出陣すると?」
「いえ、全軍は王都の守りにおいておきます。私はそうですね。“見届け人”の宮廷魔道士数人を引き連れていけばいいでしょう」
リシェリードのように結界のある国境線まで一気に跳ぶことは無理だが、短距離を連続して転移できる魔道士達はいる。彼らは偵察の斥候として重宝されていた。
自分が“成功”したか“失敗”したか。いずれにしても王都への報告は必要だろう。もっとも成功したならば、リシェリードこそが一気にこの王宮に跳ぶわけだから、彼らは自分が“万が一”にも失敗したときのための備えだ。
その場合、命が惜しいならば王族に貴族達はただちに王都を捨てて逃げろと。さて西大陸の大半は帝国領ないしその属国であるから、逃げる先など、広い草原を越えた遠い東方世界しかないのだが。
そう、元は蛮族と呼ばれた騎馬民族の族長同士の集合体からはじまった帝国は、いまや領土を拡大し大陸の北方のほとんどを直轄領とし、南方にも属州や属国も従えた帝国を名乗るに相応しい大国となっている。
その小さな属州ひとつにもみたないラルランドを今さらどうして欲しがるのか?と帝国皇帝にリシェリードは言いたいが、三百年前結界によって排除された雪辱を果たしたいといったところか?
「軍も率いず、数人の魔道士のみでどうするつもりなのだ?」という父王の問いに、リシェリードは艶然と微笑み答えた。
「狙うはマルヴァール帝国皇帝ドラクラルの首ただひとつ。“暗殺”するのに兵など必要はありません」
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