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【3】この無能ども!貴様ら全員、北方(シベリア)送りだ!その1
しおりを挟む三百年前。大きな王国があった。それはこの西の大陸の半分を占めるほどのものであり、豊かで穏やかな治世は五百年ほど続いていた。
が、そこに暗黒の影が差す。“魔女”の存在だ。
それまで善政を行っていた王は、この魔女の色香に狂い。言われるがままに奢侈に走り、国庫を空にし民に重税を課すようになった。
そんな王に意見した勇気ある家臣もいたが、そのことごとくが叛逆者として死罪となり、民の叛乱もまた、見せしめとばかり魔女の虜となった魔兵士達に虐殺された。
国は荒れ、北の国境は遊牧の民に度々脅かされたが、魔女を傍らに毎夜の宴会と寝台での享楽に溺れる王はこれを放置。辺境の蛮族の蹄に荒らされた畑からも、民の血税を絞りとった。
そこに一人の若い魔法使いが立ち上がる。それがリシェリードだ。彼は宮廷魔術師長の父を持ち、その父は魔女の危険性を最初に王に忠告したために、自死を命じられた。
だけでなく、彼の治める魔法使いの村にも兵が派遣されて、最初の皆殺しの討伐が行われた。リシェリードはたまたま村を離れていたために、生き残った唯一の魔法使いだった。
彼は同じく王や魔女の迫害を受けた民をまとめて、魔女とそれに狂った王と戦い。勝利を治めた。
人々に望まれて彼はラルランドの初代国王となる。疲弊した国を治めるため北方の騎馬民族に荒らされた土地は見捨てざるをえず、国土は大幅に縮小した。
魔法王が発動した大結界によって、国境には鉄壁の防御が敷かれ、以後三百年、一度たりともラルランドの領土は他国に侵されることはなかった。
その三百年の平和をもたらしたリシェリード一世は半ば神格化されて、民に敬愛されている。
そして、三百年後、リシェリードは同じ名前で、この王国の王子に生まれ変わった。
白豚王子というあだ名の、民にまったく愛されない王子として。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
婚約破棄を言い渡したとたん、その前世の記憶が蘇ったのはなんとも皮肉だった。
理不尽な婚約破棄。しかし撤回する気はなかった。予知能力を持つ自分の目には、目の前にいる聖女の正体と、それがもたらす破滅の未来がハッキリと見えていたからだ。
毅然とした態度で王宮の広間から去った聖女に対し、リシェリードに明らかに非難の目が向けられる。しかし、それを傲然と跳ね返すように胸を張って、リシェリードは広間を出た。
「殿下、私達の婚約式はいつにしましょうか?」
腕にはダントラ男爵令嬢がしがみついて、甘ったるい声を出す。聖女に婚約破棄を言い渡してすぐに、ほとぼりを冷ますことも知らずに、自分との婚約を強請るなどまったく、恥知らずで底の浅い女だ。
リシェリードはその手を乱暴に振り払った。「殿下?」と呆然とする、そのコルセットで押し上げられた胸だけが自慢の男爵令嬢をまじまじとリシェリードは見た。まったく、こんなののどこがよかったのか?自分の趣味の悪さに毒づきたくなるが。
「お前ももう用済みだ」と冷たく言い放つ。
「聖女に階段から突き落とされただの、ドレスを破かれただの。そんな戯れ言、この私が本気で信じていると思っているのか?
まあ、あの氷女を追い出す口実になったことは褒めてとらす。が、お前のような胸だけになけなしの悪知恵が詰まったような女はゴメンだ。婚約などあり得ない」
神格化されたリシェリード一世だが、それに隠れて彼が大変な毒舌であったことは、世の人々には知られていない。
デジーはその言葉に青ざめ、次に顔を怒気に赤くして。
「なによ!この白豚王子!あなたなんか、王子でなかったら、こちらからゴメンよ!」
とまあ王族に対する不敬罪にあたいする言葉を吐き散らして、ドレスの脇をむんずと掴んで大股に去って行った。まがりなりにも男爵令嬢が品性のかけらもない。
残されたリシェリードは、広間から出た王族専用の控え室。その小部屋に掛かる鏡を見た。
たしかにそこには白豚と言われてもしかたない姿があった。髪の色と瞳の色は昔の自分のままだが、その輪郭は見る影もない。
「さて、次の“争乱”まではマシな姿になっていないといかんな」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
今世の母である王妃ナチルダは、聖女との婚約破棄に憤慨し、すぐに彼女を神殿から呼び戻すようにリシェリードにキャンキャンと叫んだ。彼女は第二王子たる自分の息子を次代の王にしようと、この聖女との婚約を画策したのだ。
「聖女などお飾りの王妃にしておけばいい。あなたは男爵令嬢なり、好きな娘を愛妾を持てばいいのよ!」と、自分のキツく嫉妬深い性格ゆえに、夫たるロラルド王に愛人の存在を認めなかったことを棚にあげて好き勝手なことをいう、母をリシェリードは一喝した。
「王位継承順位からいえば、トラトリオ兄上が次代の王です。弟が兄を押しのけて王となれば、争乱の元となる。王位継承順位をけして乱すことはならぬと、始祖たる魔法王のお言葉を忘れたか。
目をさまされよ、あなたはこの国の国母たる王妃だ、母上!」
それだけでナチルダは、なにかつきものが落ちたように大人しくなった。そう、彼女もまた聖女など真っ赤な偽りの魔女の毒にやられて、自分の子を王にしたいという野心に火をつけられていたのだ。
母を大人しくさせたリシェリードは、王都郊外離宮へと籠もった。世間では聖女を王宮より追放した天罰だなんて噂されていたが。
そう、風の精霊によってリシェリードの耳には、宮殿で大神殿で、そして王都のあちこちで進んでいく魔女の企みは、すべて耳に入っていたのだ。
離宮に籠もるあいだは瞑想三昧。魔力循環によって物を食べる必要などほとんどない。一月ほどで、身体についた余分な肉はすべてそぎ落とすことが出来た。
さらに王都での陰謀が着々と進むのを静観すること二ヶ月。ついに自分のいる離宮にも大貴族の私兵共がやってきた、宮廷服の上着をはぎ取りシャツとズボンの裸足の姿にして、頭にずた袋を被せた。
そして、一番最初に処刑台へと引き上げられたのだ。
処刑台はリシェリードによって粉々に撃ち砕かれたが……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
王宮の廊下。リシェリードが歩いてくるのに気付くと、廷臣達は脇へと退いて頭を下げる。
以前の白豚王子に対しては義務的だったものが、今の“白鳥王子”と呼ばれる彼に対しては、敬愛の念が見てとれる。
口に含むと本当に甘いのではないか?と思われる蜂蜜色の黄金の髪は、窓から差し込む日の光にキラキラと輝いて、天然の冠をその頭に被っているようだ。
抜けるような青空の瞳には、理知的な光が宿り、どんな宝石よりも美しい。小さく形のよい卵型の顔の輪郭、ツンと少し上向きの形のよい愛らしい鼻に、小さな薔薇色の花のような唇。
背は十八という年頃の男性にしては低いが、手足はすらりと長く、華奢だ。そのほっそりとした身を包む、白に青の刺繍の上着もぴったりと。
以前はレースや宝石でごてごてと、その太った身体をよけい膨張させるように悪趣味に飾りたてていたが、今は本当に必要最低限のレースに宝石しか身につけていない。それがまた、この王子のたぐいまれな美貌を引き立てる。
三百年の国の安寧に社交界はすっかり爛れて、男性も女性も華美なほどに衣装を飾り立てていたが、この王子の姿に男性の服装も簡素に、また女性のドレスも影響を受けるようになっている。
通り過ぎていったリシェリードの後ろ姿を、頭を下げていた青年貴族は「ほう……」とため息とともに見送り。
「何度、お見かけしても緊張するな。聖女の婚約破棄の騒動からは、とうてい信じられないお姿だ」
「その聖女との婚約破棄もまた、未来を見通されての英断だったと、今では言われているぞ」
そうもう一人の貴族が話し、二人はうなずきあう。
「まさしく、あの方は始祖王リシェリード一世の再来だ」
顔を見合わせた二人は力強く頷きあったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
さて、開かれた会議にて。場所は王の私的なサロンとなったのは、主立った大貴族や法服貴族と呼ばれる高級官僚、あげく将軍までが監獄塔にいるからだ。ようするに残った者はわずかで、だだっ広く立派な議場で話し合うのも空しいということだ。
そこで、リシェリードは淡々と口を開いた。
「それで北方から帝国軍が進軍してきたと?」
かつてのリシェリード一世が切り捨てた北の領土。そこの騎馬民族は一つにまとまり、大きな帝国となっていた。
先の三日争乱からたった一月。今度はその帝国が攻めてきたというのだ。
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