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断罪エンドを回避したはずなのに今度は王妃になれと言われました
第五話 正しさと本当の気持ち※ その三
しおりを挟むサランジェ王国は大陸一古い国であり、その王宮もまた歴史を重ねてきた。
城外へと抜ける隠し通路や隠し部屋は当然あるはずで、そのことについて調べなかった自分はうかつだったとレティシアは、冷静に考えた。
隠し部屋の石の床の上に転がされて、両手には強力な魔封じの手鎖がかけられている。自分の周りを取り囲む男三人は、きらびやかな宮廷服に身を包んでいた。
顔は仮面舞踏会の定番である黒い仮面で覆っていて分からないが、宮廷にいてもおかしくない貴族であることは確かだ。それに今日はお茶会で、人の出入りに関しての監視も甘くなっている。
お茶会のあと庭から真っ直ぐに、自分の執務室に向かったレティシアだったが、人気のない部屋をいくつか抜ける途中で呼び止められた。
振り返れば衛兵二人に囲まれたアーリーがいて、その細い首には短剣が押し当てられていた。着いてくるように目配せされあとに従えば、手に魔封じの手錠をかけられて、隠し部屋へと突き飛ばされて、床に転がされた。
部屋で待っていたのが、レティシアを囲む仮面の男達だ。男達の背後に衛兵二人に囲まれて首筋に短剣を突きつけられたままの、アーリーの白い顔が見える。
「王太后様は散々犯して無惨な姿にしてから、殺して王宮の目立つ場所に放置しろというお話だったが」
「まあ、男だが綺麗な顔をしているな。なによりあの陛下が夢中になっているオモチャで遊べるかと思うと、ゾクゾクするな」
「その身体で陛下を籠絡して国を好き勝手にしてくれたんだ。短いあいだだったが良い夢を見られただろう?」
などとそちらこそ勝手なことを言ってくれる。
おそらくはレティシアがいま進めている宮廷改革で職を干された者達だろう。まったく無駄な女官制度といい宮廷には意味のない役職が無数にあって、そこで多額の俸給を受け取っている者達がいた。
前財務大臣の使い込みが発覚して国庫が空っぽなのだから、そんな無駄飯食らいに払う俸給はないとばっさりやったのだが、やはり恨みを買ったか……と冷静に考える。
「しかし陛下もよくこんな傷物に手を出したよな」
「その傷もご自分のせいだとおかわいそうに思っているんだろう?」
「こんな王家の紋章入りの眼帯をこれ見よがしにつけてな」
貴族の男の手が伸びてレティシアの顔から乱暴に眼帯を引きちぎるようにする。その顔に走る赤い傷跡に彼らは息を呑んだ。醜い傷だと嘲笑を浮かべようとした唇が奇妙な形にゆがんでいた。
レティシアはこの顔の傷に恥じることもない。ロシュフォールが言うように誇りにも思っていないが。
傷は傷だ。そして顔を伏せることもなく真っ直ぐ彼らを見たレティシアの姿に、男達は気圧されたのだ。自分達よりも細くか弱そうな容姿の手も鎖で魔法を封じられた相手に。
それでも彼は気高く美しかったからだ。その顔の傷さえ却って触れがたい神聖ささえ感じられるものであった。
男達は自分達の胸に沸き起こった、なにかをうち消すように一人が手を伸ばして、レティシアの胸元のシャツを引き裂くと白い胸を露わにする。
女のような膨らみのない平らな胸にさえ彼らは生唾をごくりとのみ込んだ。さらに無遠慮な手が下肢をおおう布を取り去るのにレティシアは無抵抗だった。
ここで抵抗して無駄に体力を消耗することはない。彼らが自分を姦すあいだは、自分もアーリーも殺されることはないということだ。
しかし、最初の一人が興奮したように胸や腹をなで回す無遠慮な手に、背筋にぞくぞくした悪寒がはい上がった。どうしようもない生理的な嫌悪という奴だが、レティシアはそれを意思の力で押さえつける。
自分は大丈夫だと目を見開きこちらを見ているアーリーの顔を見る。あまり見せたくないものであるし、見たくないのなら顔を背けてくれていればいいのに、たぶんこの少年の性格からして出来ないだろうことも分かっていた。
レティシアと彼はよく似ている。自分の立場であったなら、けして目を背けることはないだろうことも、わかっていた。
いつまでもレティシアの身体をなで回している男に「早くしろ」と後ろの男達が急かす。「そう焦るなよ」と言いながら、男は自分の下肢の前をくつろげた。
レティシアの細い脚を掴んで乱暴に開いて身体を割り込ませる。香油も慣らす行為も必要ないとばかりに。もっともそんな行為など逆におぞましいから、されたくもないが。
そのとき隠し扉が開いた。伸びた両手がアーリーの脇に立つ、二人の衛兵の襟首を掴んで無造作に放り投げた。
レティシアの白い身体をギラギラとした目で見ていた男達三人は当初それに気付かず、兵士達が後ろの部屋の床や壁に叩きつけられた、その音で振り返った。
ときには男二人もその拳を腹にたたき込まれて、どさりと倒れ込む。ゴキリと嫌な音がしたから肋骨ぐらい折れたかもしれない。
レティシアに乗りかかっていた最後の一人は懐から短剣を取り出して、自分の白い顔に突きつけようとする。がレティシアはその白い足を跳ね上げて、思いきり男の鼻面をかかとで蹴り飛ばしてやった。
鼻血を吹き上げて倒れ込む男の首をロシュフォールの片手が締め上げて、もう片方の手で仮面をはぎ取る。そして吐き捨てるように「ディ・バルー伯爵家のバカ息子か」とつぶやく。レティシアの記憶では王のハンカチ係という訳のわからない役職に、彼はついていたはずだ。当然その職は無くなったが。
「彼らを殺してはなりませんよ、陛下」
レティシアのあくまで冷静な声にロシュフォールは舌打ちするが、ほとんど裸の彼の姿を見て顔をしかめる。自分の上着を脱いで肩にかけて、ひょいと横抱きにする。
「一人で歩けます」
「いいから、大人しくしていろ」
ぎゅっと広い胸に抱きよせられて、その腕がかすかに震えていることにレティシアは気付く。「無事でよかった……」と安堵の言葉にぴくぴくと頭の上の耳が震えた。
そして、後宮で居を移した自分の部屋に運ばれて「なにも怪我はありません」と言っているのに、侍医の診察を受けさせられた。「私よりアーリーを」と言えば「あちらも別の侍医に診てもらっている」とロシュフォールが返した。お前の考えることはだいたい分かっているんだという顔だ。
侍医から「なにもお怪我はありません」と報告を受けて、ようやく安心したように息をはく。
侍医が退出して、ロシュフォールがうなるように言う。
「地下牢に放り込んだあいつら、やっぱり今すぐにでも首を刎ねてあの女の首と並べて、王都の広場にさらそうか? 二度とこんな馬鹿な気を起こす奴が現れないように」
「だから、あの者達を殺してはならないと、申し上げたはずです」
「だいたい、この程度で死罪など罰が重すぎます」とのレティシアの言葉に、ロシュフォールの男らしい眉が跳ね上がる。
「俺の愛するお前が他の男に穢されようとしていたのに、この程度だと!」
「そうです。王族に対して指一本でも傷つければ、立派な反逆罪ですが、私は一貴族です。貴族同士のもめ事ならば、ただの暴力事件ということになります」
理路整然としたレティシアの言葉にロシュフォールは「お前は確かに正しい」と深い深いため息を一つ。
「だけどな。俺の気持ちはどうなるんだ? 今でも、あの女とゲスな男共に対してはらわたが煮えくり返る気分なんだぞ」
「私だって嫌でしたよ。男に触れられるなど、生理的嫌悪はあって当然です。
ですが、男ですから女性のように妊娠する心配もありませんし、世間の名誉なども私は気にしませんから、あれは単なる暴力ということになります」
「お前なあ……」
どこまでも淡々としているように見えるレティシアに、ロシュフォールは半ば呆れたような顔となる。
「……だけど、私は嫌でした」
ぽつりとレティシアが漏らした。いまさっき言ったのと同じ言葉なのに、それはどこか途方に暮れたような響きがあった。いつもはピンと凜々しく立っている頭の上の銀色の三角の耳が、しおしおと倒れたのにロシュフォールは金色の目を見開いた。
「平気だと思っていたんです。今だって恐ろしくはありません。
でも、あなた以外に触れられるのはたまらなく嫌だった。あんなあんな男達と思っているのは私だって同じ……」
「レティシア」
たまらず名を呼んで、ロシュフォールがその細い身体を抱きあげる。耳もそうだが尻尾も力なくうなだれていて、顔を見ればあいかわらず無表情で、だがその蒼の瞳はゆらゆら揺れているように見えた。
きっと泣くことなどないのだろうけれど、ロシュフォールはそっと唇をよせて口づけた。
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