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魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる
【7】片腕に魔王を抱いた、もうコイツ一人でいいんじゃないかな?の勇者様 その1
しおりを挟むシンシャールの森をぬけて、たどり着いたのは魔族の村だった。
そこには人間もいて、ごくごく普通に露店を開いている魔族の村人と話している。
「ここが魔族の隠れ里か」
「知ってるのか?」
マオがぼそりとつぶやけばユウマが訊く。「昔、許した」と短く言えばユウマが不可解といった顔をした。
マオは続けて「奇妙だな」とつぶやく。それにユウマが「ああ」と頷く。同じ事を考えていたようだ。
「玉座の間であれだけ魔族に対して嫌悪を現したというのに、どうしてここでは人間と魔族が笑って話している?」
人間が平気で出入りしているならば、もはやここは隠れ里でもなんでもない、真っ先に人間共に焼き払われていても当然だろうと、マオは顔をしかめるが。
「あの“約定”が守られているならば、いまもここが平和なのは理解できるけどね。だけど、たしかにここだけ人間と魔族が仲良く暮らしているように“装っている”のは不自然すぎる」
そうたしかに魔族も人間達の笑顔もどこかわざとらしい。「約定?」とマオが訊ねたところで、「ユウマ様」と後ろから声がかかった。
振り返れば身なりの良い魔族の女がいた。「お久しぶりですね」と彼女は声をかけ「立ち話もなんですから、私の家へ」とさりげなく招待する。ユウマも知り合いらしく「レイラ、久しぶりだね」と応え、マオをうながし彼女のあとをついていく。
魔族の村人達と人間達は相変わらず笑顔で話していたが、二人が女の後を追い、背を向けたとたん突き刺さる幾つもの視線をマオは感じていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「今すぐにこの村から出て行ってください」
レイラと名乗る女村長の家に案内されたとたん、彼女は言った。「どういうことだい?」とユウマが訊く。
「この村にもあなたがたの手配書が伝令晶で送られてきたのです」
伝令晶とは魔族の使う遠く離れていても声や像を届けられる魔道具だ。魔王であるマオが倒されたあと、人間達もこれを使うようになったという。
ただし、使えるのは王侯に各地の領主、町や村の長だけだと、あとでマオは知る。
穢らわしい魔族と忌避しておいて、便利な道具だけを利用。さらにはそれを一般に流布することなく、特権階級のみが独占とは……と思ったが。
「今なら、伝令晶を私が見落としていたということにして、昔なじみのあなたは私と少し話をして、出て行ったということにできます」
それにマオが「甘いな」と女村長の発言を断じる。レイラはユウマの隣に立つマオを怪訝に見る。
「人間達の魔族に対する侮蔑と偏見はすさまじい。それでどうしてこの村が無事なのか俺は不思議だが、貼り付けた笑顔の“平和ごっこ”も俺達を取り逃がしたお前の失態で、たやすく崩れるぞ。
村を滅ぼす口実を人間どもに与えるつもりか?」
「そんな……」とレイラはつぶやくが、彼女の青ざめ震える様は、それがあながち考えられないことではないと現していた。
「この隠れ里の魔族達は、魔王討伐の旅にも協力してくれた。だから勇者と復興した王国の王の名のもとに、この村は保護されているはずだ」
そのユウマの言葉になるほど、それが“約定”かとマオは思うが「ハッ」と鼻で笑う。
「約定なんてものは破られる為にある。人界でも魔界でもどれほどの同盟や、けして違えない誓いなんてものが反故にされたと思うんだ?」
「まして、百年も生きない人間共は十年ひと昔前のことなどとっくに忘れている。栄光の勇者と王との約束だって、効力などとっくに失っているだろうさ」とマオが言えば、レイラは「そのとおりです」と憂いの表情でうなずく。
「はじめは確かにジグムント王は、この隠れ里を保護する約束をしてくださいました。
ですが、勇者ユウマがこの世界を去り、一年後に聖女マリア様がお腹の御子様共々、亡くなられてからは……」
「ちょっと待て」とマオはレイラの話を止めた。
「聖女とその子供は死んだということになっているのか?」
「ええ、王が王妃様と結婚なされて一年もたたずに。もうすぐ御子が産まれるというときの不幸に、国中が悲しみに包まれましたわ」
「…………」
なるほどジグムント王が玉座で「自分を殺せ」と叫んだはずだと納得する。
聖女に“逃げられた”醜聞を隠すために、彼女もお腹の子も亡くなったということにしたのだ。そこで魔族の紅い瞳を持つ我が子の存在など、ただちに抹殺せねばと思って当然だろう。
少し気になってレイラにさらに聞けば、ジグムントの浮気相手である領主の娘は、しっかり第二王妃の座に納まって、翌年生まれた子供が今の皇太子だという。
その皇太子の出来があまりよくないと評判だと、レイラはちらりと口にしたが、それはどうでもいいことだ。
そして、聖女の“死後”から王国の“監視”が徐々に厳しくなった……とレイラは暗い顔で語る。
「出入りの人間の商人はすべて王国の息がかかった監視者です。たまに関係のない旅人が訪れますが、それも私達は王国の人間と魔族の融和の象徴として笑顔で歓待してきました。
ですが、この村の外へ村人が出ることは許されてはいません」
禁止されてはいないが“隠れ里の住人の安全のため”と近くにある王国の役場も兼ねた軍の駐屯地への届け出が必要なのだという。
そして、いままで一度も許可など出たことはないと。
「ひとつ聞きたいんだが」とユウマが訊ねた。
「再びの勇者召喚に心当たりはあるかい?」
「この隠れ里は外界との接触は制限されていますから。それでも星のささやきで噂程度は……」
星のささやきとは魔族の能力だ。夜になると風にのって大地で繋がっている草花たちが、見聞きした世のことが流れてくる。
魔族でもそれなりの力があるもののみが持つが、この隠れ里の村長ならば、ある程度の“読み解き”は出来るだろう。
「まったく不確かな話なのですが、ドラドラル鉱山の奥底から魔竜が現れたと」
そこから採れる鉱石の供給が途切れて、この村の特産の魔道具の生産も止まっているのだという。通ってきている監視役の人間の商人の話でも、鉱山で事故が起こり一時的に供給が止まっているというから確かだろう。
魔族しか作れない魔道具はこの村の特産だが、それも王国に定められた物品と交換なのだという。きっと外では高価な値段で取引されているのだろうが、生活に不足はない品はもらっていると、女村長はどこか諦めたようなため息を一つついた。
「ドラドラルの山は魔界にあったはずだが」
「今は人界の領地だよ。王国を再建して、ジグムントが一番に着手したのは、あの鉱山を魔族から“奪還”することだった」
魔王が死んだ混乱のただ中だ。まだこの世界にいたユウマも作戦に参加したが、あっさりと手にいれることが出来たらしい。
ジグムント曰く、あの鉱山は元々王国のものだったが、魔族に奪われたと言われたそうだ。
よくもまあしらじらと嘘をつくとマオは思う。あの鉱山が人間の手にあったことなど一度もない。
鉱山はもともと人界と魔界を隔てる山地のただ中にある。魔石の鉱山だったが「そうか“野望”がかなって、国一つ滅ぼした鉱脈を手に入れたか」とマオはつぶやく。
ユウマが聞きたそうな顔をしたが「その話は長くなるのであとでな」とマオは手をひらひらさせた。
「悠長に話している時間なんてないぞ。監視役の人間達に俺達の姿は見られた」
ユウマが「ああ、そうだね」とうなずく。彼も村の中で自分達の背に突き刺さった視線に気づいていたようだ。
そして、レイラを見た二人は同じことを口にした。
「俺(僕)たちを役人に引き渡せ」
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