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魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる

【2】勇者はマンションを持っている

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 勇磨はマンションを一つ持っている。
 一部屋ではない。マンションまるごとだ。
 その最上階に勇磨と真生は暮らしている。

 聖女だった真理との結婚を反対されて、両親とは絶縁状態の勇磨がなぜそんなものを持っているかというと、祖母の存在がある。スウェーデン人の祖父と結婚した祖母だ。

 元華族のお嬢様だったという祖母も、親族からの猛反対を受けて、駆け落ち同然に結婚したというから血筋かもしれない。
 貿易商だった夫について彼女もまた海外を飛び回っていた。夫が亡くなり日本に落ち着いたとき、受け継いだ財産はかなりのものだったらしい。

 勇磨が身重の妻を抱えて両親に勘当されたときも「あらあら困ったわね」と祖母は自分の持っていたマンションをぽんと勇磨に与えた。
 さらには真生が三歳のときにその祖母が亡くなり、彼女は勇磨に大半の財産を残した。
 訂正。勇磨はマンション一つだけではない。大金持ちである。

 この現代では働かなくても暮らしていける珍しい領主階級ロード。だから、毎日、真生の弁当をせっせと作ることが出来るのだ。
 働かずに自分の趣味こそだてに生きられるのは貴族の特権と真生は思う。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 スウェーデン人の血を引く勇磨は美形だ。よく見れば蒼が混じる薄茶の瞳に、光にすけると金色に輝く茶色の髪、くっきりとした目鼻立ちの、この平和な国の女共が大半好む優しげな雰囲気。
 これは祖父の血だろう。勇磨も直接会ったことのない祖父の若い頃の写真は、勇磨にうり二つで、こりゃ、祖母が勇磨にそっくり自分の財産残すわな……と思うほど。

 顔良し、背も高く手足も長く身体良し、さらには働かないで一生遊んで暮らせる財産。

 これで女が放っておく訳がない。実際、真生も彼に色目を使う女達を目にしてきた。二人が暮らしている勇磨が所有するマンションの入居者に、真生がそこの抹茶のシフォンケーキが好きでよく通うカフェの若い女三人が三人とも、勇磨に好意を抱いていることは、その視線でわかる。

 幼稚園にそれからくりあがった小学校の保護者まで。真生君のお父さんと、女ばかりの保護者会でこれが楽しみだとばかり、彼を囲んではしゃいだ声をあげる女達。
 なかでも、整形美人のそれなりに有名な女優が、このあとお茶やお食事でもとやたらしつこくいつも誘うのだ。

 勇磨はいつもやんわりと断っていたが、あるときの保護者会で彼が担任に呼ばれたすきに言ってやった。

「あんまり勇磨にしつこくすると、お前の顔を作った整形外科医の夫に言いつけてやるぞ」

 女はとたん青ざめ、バケモノを見るような目で小学二年生の真生から後ずさりして逃げていった。
 あとで勇磨に「助かったよ」と言われた。「あんまり度々声をかけられるから、今後そのようなお誘いは一切受けられませんと、きっぱりお断りしなければならないと思っていた」と。

 基本、人当たりは柔らかな勇磨は、そんな女達をうまくあしらい距離を取っていた。自分のすべての時間は真生にあるとばかり、幼稚園のときから一度も休んだことのない弁当作りに、学校の送り迎え。夕ご飯を作り一緒に食べ、風呂に共に入りキングサイズの大きな寝台で共に眠る。

 いくらまだ小さいとはいえ、ちょっとべったりすぎじゃないか? と周りの意見もありそうだが、前世では下僕にかしづかれていた魔王様は、全然、まったくそれを不自然に思わなかった。
 見合い話も山ほどあるようだが、それも勇磨はことごとく断っているようだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 授業の途中で真生は呼び出された。教頭に案内されて初めて校長室にはいれば、そこの応接セットには二人の中年の男女が腰掛けていた。

 「真生」と男のほうが名を呼びかけた。真生は答えなかった。知らない相手にいきなり呼び捨てにされるいわれはない。
 「あなたのお父さんが大変なのよ」とひどくわざとらしい口調で女が言った。

 朝礼などの壇上でいつも見るだけの校長が真生に説明するには、勇磨がいきなり倒れ病院に運び込まれたのだという。
 それで勇磨の両親、つまりは真生の祖父と祖母が迎えにきたのだと。

 たしかに二人は勇磨の両親なのだろう。セキュリティの厳しいこの私立の学校が、ただ祖父母ですと名乗っただけで校長室に通すとは思えない。
 とはいえ、それと二人の話を信じるのとは別だ。

「保護者に連絡してほしい」

 スマホは真生ももっているが、校内では禁止だ。すらすらと番号を言えば、教頭が自分のスマホで連絡を取る。

 長いあいだ鳴らしてから教頭は「どうやら出られないようだ」とその言葉に、“自称祖父母”は顔を輝かせて「いま、真生ちゃんのお父さんは大変なのよ」「さあ病院に向かおう」と気持ち悪い声で言ってくる。

 その二人を真生は見据えて言った。

「どこの病院?」

 「え、そ、それは……」と女が言葉に詰まり、男のほうが「私達も慌てていて、連絡受けて家を飛びだして、急いでこちらに迎えに来たんだ。ここを出たら病院がどこか問い合わせるから、私達と一緒に……」と言う。

「では、今ここでどこの病院か聞くことだって出来るだろう?
 それから、その病院に本当に勇磨がいるのか、ここにいる先生に確認してもらう」

 「なあっ!? 私達をうたがうのか!?」と男が憤慨し「なんて子なの!」と女が声をあげたが、すぐに女のほうが咳払いをして「ま、まあ、しっかりしてる子ね。勇磨の教育がよく行き届いているわ」ともちあげておいて。

「でもね、真生ちゃん。あなたのお父様は本当に危ない状態なの」
「そうだ、こんなやりとりをしている場合ではない。さあ来なさい!」

 真生の腕を掴もうとする男の手を振り払い、真生は突っ立っている校長の背に隠れた。

「私達はその子の祖父母だということは、あきらかなはずです」

 男が恫喝するように声をあげ、さらに学園理事の名をあげて、そちらから緊急事態だと連絡があっただろうと。
 道理であっさりと引き合わせたはずだ……と真生は納得する。そして声をあげた。

「俺の親権を持っているのは、常道勇磨ただ一人で、そこにいる自称祖父母じゃない。それに学校は俺を不審者に渡さずに保護する義務があるんじゃないか?」
「不審者ですって!?」
「私達はお前のおじいさまとおばあさまだぞ、真生!」
「俺がお前達に会ったのは今日が初めてだ。
 勇磨は両親から絶縁されたと言っていた」

 「お、お前達ですって! それにさっきから親を呼び捨てにするなんて、なんて子なの!」と女がいい、男のほうは「子供のいうことです」と校長達に薄ら笑いを浮かべながら。

「この子は覚えていないでしょうが、幼い頃は何度か会っているのです。ちょっとした諍いがあって、お互い気まずくなって足が遠のいていましたが、今は一刻も争う事態です。
 早くその子を父親に会わせたい」

 だから、真生を引き渡せという男に戸惑う校長にぼそりと真生はささやいてやった。

「安易に俺をそいつらに渡して、新聞の紙面に学校の名前と先生の名前、載せたくないよね?」

 それで校長は固まった。「と、とにかく確認を」と繰り返し「確認など必要ない。渡せ!」という祖父母と平行線の膠着状態となる。

「真生!」

 校長室の扉が勢いよく開いて、現れたのは勇磨だった。彼は固まっている校長の後ろにいる真生に大股に歩み寄り抱きあげる。
 そして「どうしてここに?」という顔をしている祖父母を見る。

「父さん、母さん、これはなんの誘拐騒ぎですか?」

 すぐに勇磨がかけつけてくれたのは、真生が持たされているセキュリティ会社の緊急通報ボタンを押したからだ。
 常に一緒にいるのに、こんなもの必要なのか?と思ったが、こんなときに役に立った。
 連絡だなんだと真生が主張したのは、勇磨が駆けつけるまでの時間稼ぎだ。
 勇磨が連絡に出なかったのもこちらに来るのを優先させたため。

「誘拐なんて、私達はその子の祖父母だぞ!」
「そうよ勇磨! かわいい孫に会いたいという私達の気持ちも考えてみて!」

 白々しい二人の主張を勇磨が冷ややかな目で見た。この顔を見たこともないというほど、彼は無表情に激怒していた。

「今後のお話は弁護士を通じてやりとりしましょう。今後一切、直接お話することはありません」

 あとは振り返りもせずに部屋を出て行こうとする勇磨の背に「そんな自分の子供かもわからない子のどこがかわいいの!」と女の声が飛んだ。

「他人の男の子供を押しつけるような真似をされて、あなたは死んだあの女に騙されているのよ!
 私はそんな子供、孫だなんて絶対に認めないわ!」

 母親の泣き叫ぶ声にも振り返らず、勇磨は真生を抱いて歩み去った。





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