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【6】変わらぬもの その1
しおりを挟む傷を癒したウーサーは再び戦場に戻った。
北のキプロタの大敗北を見たというのに、オルグの甘言を受けて、東のサザラテラ、西のストボーンと周辺国が攻め込んできたのだ。それも東のサザラテラと西のストボーンは連動したかのように同時に動いたのだ。
これもずる賢いオルグの策に違いない。自分は安全な王都に引きこもったまま、召喚した魔族を、そして欲に惑った人間達を動かす。今度もレジタニアの領土を割譲するという条件をちらつかせたのだろう。
これにたいしてウーサーもアルマティも自軍を分けるなどという愚かな選択はしなかった。まず西のストボーンを総戦力をもって待ち構えた。
ストボーンのほうはレジタニアが軍を半分にわけると思い込んでいたからこそ、自国の出せる“全軍”で西の領土を奪えると思いこんでいたのだろう。
しかし、その思惑はあっさりと裏切られて、待ち構えていたのは陽光をはじく銀色の甲冑をまとったレジタニアの騎馬兵全軍が居並ぶ姿。その突撃を受けてストボーンの軍はあっさりと敗走した。さらにはストボーン王自身が捕虜となる屈辱付きで。
一日どころか半日で戦の決着をつけたレジタニア軍は、馬主を帰して東へと向かった。昼夜を問わず馬も人も激走し、たった三日で大陸最大のレジタニアの国土を横断出来たのは、アルマティが指導し、魔道士と薬師達の総動員で大量に作ってあったポーションの存在があった。
飲めば疲れ知らずのこの薬を、人にも馬にも使用したのだ。常用するのはよくないが、この非常時だ。馬上でウーサーも騎士達も、がぶ飲みし。また馬にも飲み水にまぜて飲ませた。
突然現れたレジタニア軍にサザラテラは、ストボーン軍同様大混乱となった。こちらも乗っていた輿ごと、サザラテラ神聖王が捕虜となる屈辱付きで。
かくしてキプロス、サザラテラ、ストボーンの三国は、賠償としてレジタニアに接する領地を割譲する形となった。
ウーサーは王子の身であり、悲願である王都奪還はなしていないが、あの始祖アーサーを凌ぐ、レジタリア最大の国土を築くことになった。
周辺三国との新たな国境線の取り決めも済んだところでウーサーはいよいよ、王都奪還へと全軍をすすめた。彼はこのとき二十歳となっていた。 いきなり王都に迫ることなく、新生レジタニア軍は、オルグの力を削ぐようにおさえていた周辺の領地を次々に開放していった。そこには過去ウーサーを裏切り売ろうとしたアジュール公爵領も含まれていた。
ウーサーはその領地を弟のガレスにノーザンフォークの公爵位とともに与えた。兄が十五でレジタニア奪還に立ったのと同時に、その元へと駆けつけて支え続けた弟が、公爵位と領土を継ぐのに異論を唱えるものは誰もいなかった。
魔都と化していた王都にいよいよレジタニア軍は乗り込んだ。固い城壁と魔界からの邪悪な闇の結界に守られた王都の守りは堅いように思われていたが、それはたった三日の王都の包囲で、あっさりと陥落した。
それは始祖アーサーと盟友であったアルマティの残した置き土産。オルグも見つけられなかった、王宮からの脱出路であった。十歳のウーサーが王宮を脱出するときにも使った。
そして、今度はそのウーサーとアルマティ、数十人の手練れの騎士達が、魔城とかした王宮内へとその隠し通路を逆に潜入。オルグの力の源となっていた、魔界へと通じる魔法陣を破戒した。
これによって闇の結界は消滅。城門はこの日のためにアルマティと技術者達の手によって開発された、破城槌によって撃破されて、新生レジタニア軍が一気になだれ混んだ。
凶悪な魔族だが、もともと彼らにまとまりはない。さらに魔界からの闇の魔力の供給も、あらたな魔物の増強も望めないなか、初めは交戦しようとした彼らも、散り散りに逃げ惑った。しかし、魔界への逃げ道が破壊されて、どこに逃げ場があるだろう?
また、闇の結界が消えてしまえば、彼らが苦手な陽光が燦々と降り注ぐ、魔力の供給もない身体では、それに耐え切れることもなく、彼らの身体は悲鳴とともに崩れさっていく。
オルグは往生際悪く、小さなネズミに化けて逃げようとしたが、それを見逃すアルマティではない。銀の流星のような矢に貫かれて、オルグは黒いもやとなって、そこにさした金色の陽光に焼かれて完全に消滅した。
王都は奪還され、ここにレジタニアは本当の意味で再興した。
神官達によって王都は浄化され、まだところどころ破戒のあとはあるが、王宮の神殿の聖堂にてウーサーの戴冠式が行われたのは、王都奪還より三か月後のことだった。
そのウーサーの頭に王冠を被せたのは、大神官ではない。ウーサーの希望もあったが、人々の希望もあった。
あなたしかいないといわれれば、アルマティもため息ながらに受けるしかなかった。
かくして、緋色にアーミンの毛皮の縁取りのマントをまとったウーサーの頭上に、アルマティは王冠を載せた。
跪く王と、白い長衣に額に銀水晶のサークルレットをつけた、銀の髪の美しいエルフが彼に王冠を授ける姿は、当代一の絵師の手によって描かれて、王宮のホールに代々飾られることになる。
若き王には、当然のようにそれに相応しい王妃を……という声が同時にあがっていた。一度は亡国の危機となりなから、逆に周辺諸国の火事場泥棒的な侵略を退け、始祖アーサ王以来変わっていなかった国境を広げた。ウーサーの結婚相手としてはその諸外国の姫との婚姻は逆に必要もなかった。
むしろ、国内のしかるべき貴族の姫を……という話もあったが、こちらもまたどの家の抜きんでたものはない状態であった。王都がオルグの手に落ち、ウーサーが亡国の王子となったとき、誰も彼に手を差し伸べなかった。己の領土を守るためとはいえ、どの家もその後ろめたさがある。
有力なのは始祖アーサーの建国からの家である、辺境伯も同時に持つ公爵家であるが、こちらの辺境伯位も有名無実化していた。レジタニアの国土が拡大した故に、彼らの領土も国境の要に位置するものではなくなったからだ。
ウーサーはアルマティの助言もあり、併合したキプロタ、サザラテラ、ストボーンの領土を国有地とした。併合された領地の者達は、最初は新たな主となったレジタニア王によって奴隷のように搾取されるのではないか? と怯えていた。しかし略奪も行われることもなく、納める税もレジタニアの民と同じもの。それも以前の領主が自分達より搾り取っていた税より軽いものとあれば、新しい王の御慈悲に歓喜の声をあげた。彼らもまた歳月を重ねるうちに、レジタニアの民として融合していくことになるだろう。
かくして、レジタニア王の力は以前よりも、その権力、財政ともに、他の貴族達を遥かに凌ぐものを手に入れたといえた。亡国の憂き目にあったこそというべきか。それでも、一度は魔都と化した王都の再建には数年を有したが。
それまでは結婚など考えられないというウーサーの言葉であったし、強力になった王の力を前に、己の娘との結婚をと迫れる貴族達はもはやなかった。
その王の力にウーサーは奢ることなく、始祖アーサーが教える騎士道の精神のまま、貴婦人達にはうやうやしく丁寧に接しはした。が、特別な誰かを作ることなかった。
王が舞踏会のダンスにて、令嬢の白い手をとるたびに噂はいくつもうまれ、また消えていった。
そして、ウーサーは独り身のまま二十五となった。
そしてウーサーが即位して五年、祝いの宴の夜。 彼の私室のバルコニーに呼び出されたアルマティは、ウーサーの真っ直ぐ自分を見る金色の瞳に、そこに宿る熱に息を飲む。
忘れ薬を飲ませて失わせたはずのそれが、蘇っていたのだ。
「湖のアルマティ。あなたは俺が見たもののなかで一番美しい。どれほどの出会いがあろうとも、あなたよりも輝けるものを俺はしらない。
あなたを愛している」
ああ……とアルマティは目を伏せた。また彼はくり返そうというのか?
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