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【3】二人放浪~初陣~そして、かけがえのない…… その2

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 十五の初陣でありながら、恐れを知らぬウーサーの戦いぶりに、翻る青のマントの背を追う、騎士や兵士達の士気もまたあがる。ウーサーのようにたった一人でオークの相手は出来なくとも、数人で協力すれば、ただ力まかせな単調な攻撃のみのオーク達は、人間の兵達には敵わずにその巨体は、動けぬワイバーンの背から転げおちた。
 魔軍は総崩れとなった。逃げ出す者達が少しでも出れば、元から団結力などない魔族だ。我先に生き延びようと駆け出す。なかにはワイバーンの背から飛び降り、相棒を見捨てて背を向けるオークもいた。
 ウーサーは逃げるオーク達を公爵領の外へと追い出すと、深追いをすることなく兵士達を率いて戻って来た。
 オルグの軍の手駒はまだある。また攻めてくるだろう次に備えなければならない。初陣にして見事な引き際といえた。

「アルマティ!」

 馬から飛び降りたウーサーは、駆け寄ってきてその白い手を取る。貴婦人にするようにうやうやしく、頭をたれた己のひたいに押し当てて。

「今日の俺の勝利をあなたに捧げる」
「馬鹿者、それは共に戦ってくれた者達のものだろう?」

 アルマティが冷ややかにいえば、ウーサーはくるりと背後にいる義勇兵達に公爵家の兵士達を振り返り。

「今日の勝利は私、ウーサーのものではない。みんなの勝利だ。みんながいたからこそ、この勝利がある。そしてこれがレジタニアを取りもどす第一歩だ!」

 兵士達の歓声があがるなが、鮮やかな微笑みを浮かべた若き王子の横顔を、アルマティは見つめたのだった。
 誇らしげな笑みを浮かべたままこちらを見たウーサーと視線が重なる。それはアルマティの目線よりも少し上になっていた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 オルグはこの北の“叛乱軍”を叩きつぶそうと、幾度も召喚し増強した魔軍を送り込んできた。
 そのたびにウーサーの武勇に、アルマティの知略、そして人々の団結によってそれをはねのけた。そして戦いのたびに、ウーサーの元へと諸侯達が次々とはせ参じた。最初は地理的に近い北方の諸侯。次に東方に西方。海に面した南方はともかく、いまやウーサーの勢力は、王都に居座る魔軍をぐるりと囲む形になった。
 オルグは王都にひきこもって出てくることはない。もともと臆病で慎重な者なのだ。この闇の魔道士を完全に叩きつぶすには、やはり王都に乗り込む必要があるようだ。
 この勢いで王都に乗り込もうという諸侯を、逆になだめたのは意外にもウーサーであった。彼はまだ時期ではないと、みなにいった。
「戦いの連続によって、兵は心も体も疲れている。オルグの奴は穴熊のように引きこもり王都からは出て来ないのだ。しばしの休息をとっても、我がレジタニアを守護する神々も怒るまい」
 これはウーサーではなくアルマティの考えだった。十八に成長していたウーサーはそれでも十八の血気盛んな若者だった。勢いにのる周囲と同様、彼もこのまま王都に乗り込む気、満々であったのだ。

「ダメだ。このまま皆を休ませろ。勝利の高揚に酔ってはいても、この三年は連戦の連続がお前も皆も気づかぬうちに疲れている。なに休むといっても三月ほどのことだ」
「三月も! そのあいだにオルグは魔族を魔界より召喚し軍を建て直すぞ。俺もみんなも疲れてなどいない、気力は充実している! この勢いのまま!」
「馬鹿者。前しか見てない奴は、目の前の石に足下をすくわれると、いつも教えていただろう? 目の前のオルグだけでなく後ろも見ろといっているのだ」
「え? 後ろ?」
「安心しろ。相手は三か月も休ませてはくれん。せいぜいが一月のうちに事はうごくだろう。とはいえ、それで兵にとっては十分な休息にはなる」

 はたしてアルマティの詠み通りに、一月後にことは動いた。
 これまで静観を決め込んでいた北の隣国キプロタが攻め込んできたのだ。アルマティがひそかに放っていた密偵達の報告では、キプロタの王はオルグと密約を結んでいた。ウーサー軍の背後をつけば、キプロタに接するレジタニアの領土を割譲すると。
 領土の切り売りとは身食い同然の自滅行為あるし、そもそも魔族のオルグが本当にそれを守るとは思えない。しかし、キプロタ王は目の前の領土の欲に惑わされた。
 しかし、キプロタが攻め込んでくるという情報はその日時までこちらにはわかっていた。そしてわざと国境の警備を手薄なものとして、警備の兵には戦うふりをして逃げろとの指令を出していた。
 ウーサー率いるレジタニア軍の背後を見事についたと思っていたキプロタ軍は、意気揚々と逃げる警備兵を追いかけた。狭い渓谷を大軍で押し合いへし合い出た、平原にて彼らは愕然とする。
 そこで待ち構えていたのは白銀の甲冑をまとったウーサー率いる兵士達が居並ぶ姿。ウーサーの「全軍突撃!」との声に、今度はキプロタ軍が大混乱となった。
 背後は狭い渓谷、とてもすぐに後退は出来ない。そこにレジタニア軍が突撃してくる。キプロタ軍は柔らかな肉のように、レジタニア軍の馬蹄に踏み潰されて蹂躙された。
 運良く渓谷に逃げ込んだ者達にも、悲惨な運命が待ち構えていた。両わきの崖の上から岩や土砂が降り注ぎ、彼らはそのまま生き埋めとなった。
 逃げ道を塞がれ、目の前で生き埋めとなった仲間達のうめく声に、残りのキプロタの兵士達は武器をすててあっさりと投降した。
 戦いは半日もせずに決着した。
 だから、アルマティも油断していたのだ。
 勝利の歓声あげる兵士達に囲まれて、笑顔でそれに応えるウーサー。
 レジタニア軍の兵士達が歓呼の声をあげる様を、捕虜となったキプロタ兵が虚ろな目で見ていた。が、その幾人かの目がくわりとあり得ないほどひらかれる。ぶわりとその身体がふくれあがる。

「魔物だ!」
「捕虜が魔物に変わった!」

 それは人の血を媒介して呼び出された闇の魔獣達。アルマティは内心で「しまった!」と叫ぶ。オルグの手によりキプロタの兵にあらかじめ仕込まれていたのか。
 もとからキプロタが勝利しようとしまいと関係ない。領土など割譲する気はオルグにはないこととはわかっていた。
 あれが狙うのはレジタニア軍の要であるウーサーの命のみ! 

「退け! ウーサー!」

 叫んでもこの馬鹿が逃げるなんてことはしないことわかっいた。周りには彼を守ろうとする兵士達に騎士達がいる。が、彼ら一人一人では魔獣よりも弱い。とっさの事態に隊列も作れず、ただ肉の壁としてウーサーの盾となろうとする覚悟は、さすがであるが。
 ウーサーがそんな彼らを見捨てるはずもなく、愛馬の腹を蹴って、彼らの壁をとびこえたウーサーは自ら魔獣の群のなかへと飛びこんで、その剣の一閃で次々に闇の獣たちを葬り去って行く。
 アルマティもまた銀の流星のごとき矢で、ウーサーに飛びかかろうとする魔獣達を次々と消滅させていった。そして、弓を構えたまま手綱も握ることなく、その乗り手の意思を感じた馬は、真っ直ぐウーサーの元へと駆けつける。
 そして、最後の魔獣が飛びかかったのはウーサーではなく彼の傍らにいた兵士であった。一匹の魔獣を切り捨てたウーサーは振り返り、とっさであろう。馬から飛び降りて、その兵士と魔獣の前に己の身体を割り込ませた。

「ウーサー!」

 魔獣の爪がウーサーの銀の甲冑をまとった肩から腹のあたりをあっさりと切り裂く。アルマティは叫びながら、弓をすてて抜き放ったレイピアで魔獣の眉間をひと突きする。魔獣たちまち消滅したが、それをアルマティは見ることはなく、鮮血にまみれて倒れたウーサーに駆け寄る。

「死ぬな! 死ぬな! ウーサー! ここで倒れる馬鹿があるか!」

 「ウーサー! ウーサー!」とアルマティはその言葉しか知らないとばかりさけんだ。事実、いつもは冷静な頭の中には、目の前に映る血濡れの愛し子の姿しかなかった。
 「アルマティ殿! 手当を!」と叫ぶガレスに「それでは間に合わない!」と怒声をあげる。

「下手な血止めなどでは間に合わん! 流れる血が多すぎる!」
「しかし、このままでは殿下が!」

 ガレスの横にいた騎士が叫ぶ。「そんなことなどわかっている!」とアルマティは怒鳴り返した。

「死なせなどしない! 死なせるものか! 私が育てた愛し子だぞ!」

 流れる血を抑えるようにアルマティはウーサーの傷を両手で押さえた。こんなことであふれる血は止まらない。わかっている。
 目をとじて己の生命力を注ぎこむ。天と大地とつながるエルフの力を、それこそ自分が死なないギリギリまで。




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