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【1】エルじぃは900歳 その3

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 といってもはなれない唇。糸杉のようにたおやかな身体をしならせて、アルマティは引き離そうとした男の頭を、両手で押さえるようにして欲望を解き放つ。

「飲むな……っ!」

 そういったのに、ごくりと目の前の太い首ののどがうごくのに、目の前の分厚い胸をトンと拳で叩いた。

「王が……」
「そんなもの関係ない。愛するあなたの蜜だ」

 薄い尻を両手で揉むようにされて、その狭間に指が滑る。アヌスを確認するように往復する乾いた指の感触に息を飲む。

「いいか?」
「ここまできて確認するのか? 私がダメといったら?」

 放出して少し余裕が出来た頭で返せば、困った顔で「止められない」という。思わずかわいくなって、その頬に口づけてやる。

「う……」

 唾液に濡れた太い指が入りこんでくる。初めはいつだってキツイ。息を吐いて、つとめて力を抜く。指が二本に増えて、かすめた奥に息をのんだ。きゅっと締め付けてしまう。

「ここか?」
「よせっ!」
「ダメじゃない。ちゃんと男にもここに感じる場所があると調べた。あなたに苦痛などあたえたくない」
「なにを……しらべて……るん……だっ!」

 一回そこで感じてしまえば、痛みは霧散して快楽へとすり替わっていく。指を三本に増やしてなお、そこをしつこくいじくり回している男に焦れて「早く!」とせがむ。

「あと、もう少し……っ!」
「ここをこんなに……してっ! このやせ我慢が!」

 割れた腹につくほどにそそり立っている太くて長いペニスを、アルマティはその繊手で握りしめて、いささか乱暴に上下に扱いてやる。

「まったく、あなたは!」
「ひゃっ! あぁぁあぁああっ!」

 一気に貫かれて己のものとは思えない声をあげる。きゅうっとなかのペニスを締め付けてしまい「く……」とウーサーがその男らしい眉間に皺をよせる。

「もっていかれそうになった」
「そしたら……早いと馬鹿にしてやれたの……にっ! あっ! あっ!」

 ゆるゆる動き出されて声をあげた。揺さぶられるままに、あとはあえいで。

「あっあっ! うああああぁあっ!」
「っ……くぅっ!」
「…………」
「…………」
「やっ! あっ! なんで……うごくっ!」
「一度で終わるわけがないだろうっ!」
「この絶倫っ!」
「それは二度どころか、三度して欲しいということか?」
「そんなこと……いってな……うあっ!」

 三度どころか、窓の外が白々と明けるまでされた。回数など数えるのはやめた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王の寝室の寝台から身を起こし、アルマティは開いたままの天蓋のカーテンの向こうはすっかり白い。日はとっくに昇っていた。

「まったく……なかなか離してくれないから、昼近くまでお前と寝こけるなどという、失態をおかしそうになったぞ」

 傍らで寝ている男を見る。何度も揺さぶられ、嬌声をあげながらも、これで最後というときにしがみついた耳元でなんとか眠りの旋律を一節、吹き込むことが出来た。
 離してもらええたのはついさっきのこと。己のつぶやきどおり、深く眠り昼近くまで起きないだろう、男の精悍な頬にそっと手を当てる。

「…………」

 なめし革のような張りのある肌をなぞる。太い首筋に広い肩。二十歳でレジタニアの再興を成し遂げたあとは、戦もない平和な世を築いた英雄王だが、日々の鍛錬を欠かすことなく、熱い肌の下にはしっかりとした戦いのための筋肉がある。それは衰えるどころか二十代のときより、三十代、四十代と分厚さを増したように思える。
 ほっそりとした容姿のまま永遠に変わることのないエルフの自分とは対照的な、歳月を重ねた人間の男の身体だ。
 細く白い指が肩をすべり、筋肉がもりあがる胸へと、そこに斜めに走る傷をたどる。それは割れた腹筋の上まで達するもので、ひと目で生死に関わるような大けがだとわかる。

「……まったく」

 アルマティはつぶやき目を一瞬閉じた。まぶたの裏に一瞬にして広がった赤の色に、すぐに開いてしまう。男のたくましい胸に当てた手の平からつたわる、力強い鼓動にほう……と息をつき、苦笑した。
 自分がまだあの“記憶”を怖れていることに。
 千年近く生きて、様々な命を見送ってきた。一人地上に残されたハーフエルフとして。あのアーサーの髪がまっ白になり、寝台に身を横たえる日々も見つめ、最後まで見届けた。

『これは“盟約”ではなく“願い”だ。王国が危機に陥ったとき……その末が生きていたならば助けてやって欲しい
 再興をその者が願うならば、それが“王の器”たるものならば助けてやってくれ』
『もし、私がその器たりえないと判断したら? 』
『……遠くへ逃がしてやってくれ。それでもなお、国と運命をともにするというならば、それはその者の運命だ……』

 かつて剣を握っていた大きな手が、枯れ枝のようになって、震えながら握りしめていた自分の手から滑り落ちるのを見た。



 なのに……。



 赤に染まった“あの子”を見たとき。

「死ぬな! 死ぬな! ウーサー! ここで倒れる馬鹿があるか!」
「アルマティ殿! 手当を!」
「下手な血止めなどでは間に合わん! 流れる血が多すぎる!」
「では、どうすれば?」
「死なせなどしない! 死なせるものか! 私が育てた愛し子だぞ!」
「アルマティ殿!」

 あれほどに取り乱したのは人の時間すれば気が遠くなるほど生きて初めてのことだ。自分にあのような感情の大波があることさえ知らなかった。
 長く生きてたった百年。瞬くまにアルマティの前を通り過ぎていく人の子に……。
 金色だった髪が白銀となった、その最後に知らされるなど。

「だから、私はお前と共にはあれない。お前の命が失われる、その日をアーサーのように眺めることなど出来ない」

 寝台に横たわる男の寝顔を見つめて、ふたたびその頬を優しくなでて、アルマティは告げる。
 そして、手にしたクリスタルの小瓶の中身を己の口に含み。
 男の唇にそっと口づけた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「起きろ、寝ぼすけ」

 ウーサーの高い鼻をアルマティの長い指がきゅっとつまむ。「ふがっ!」と間抜けな声をあげて、ウーサーが寝台から跳ね起きた。

「あれ? 俺はなんで裸?」
「……まったく昨夜のお前は酷いものだったぞ」

 王の広い寝台にこしかけたアルマティは昨夜の白い長衣の正装姿がから、普段の裾の短いチュニックスに細いパンツ姿へとなっている。腰までの長い銀の髪、白い額にはまるサークレットとその姿は、一つの乱れもない。
 昨夜、寝台から半身を起こす男の腕の中で乱れた。その名残さえ欠片も残さずに。

「……昨夜?」

 ウーサーがぱちぱちと瞬きをする。ぎゅっと眉間に皺を寄せて気難しい顔となる。「思い出せん」とうめくようにつぶやく。

「退位宣言をして、みんなの驚く顔が愉快だったのだが、そのあとは……」
「お前はあの“冗談”のあと上機嫌で酒を呑み大いに酔っぱらった。さらに私を己の私室に引っぱりこんで、自分の隠居後の理想の生活とやらをとうとうと語った。あげく『俺は自由だ! 』と素っ裸になって、寝台に両手両足を広げて寝た」
「…………」
「そのままでは風邪を引くだろうと、私は掛布をかけてやった。以上だ」
「……すまない」

 頭を抱えてウーサーがうめく。それを冷ややかに眺めてアルマティは「私に謝るより……」と口を開く。

「昨夜の馬鹿げた“冗談”を皆に謝るのが先だろう?」
「“冗談”?」
「お前の退位宣言だ。四十の男盛りで隠居する馬鹿がいるか。お前にはまだまだ働いてもらわねばならぬ」
「……いや十五で初陣し戦いの日々に身を置き、玉座について二十年。そろそろ後身にあとをゆずって、俺も楽をしようかと」
「なにが“後身”だ。ガレスはお前と同い年の弟だろう。あの生真面目な男が王冠を頭に載っけられて、泡を吹きそうな顔をしていたぞ」
「あれは一番愉快だったな。しかし、俺は本当にここらへんで楽隠居して自由気ままに……」
「いまでも十分“自由”にやってるだろう。“それだけ”が理由なら、周りを振りまわすな。とにかく皆に謝りにいけ。王としてのお前はまだまだ必要とされている」
「…………」

 そういわれるとウーサーはパチパと瞬きをして「たしかに楽隠居したい以外の“理由”はないな」とつぶやく。そして自分の胸に手をあてて、なにやら考えこむ。

「どうした?」
「なにかここらあたりがぽっかり空いたような気がするんだ。こう、もやもやするというか、大切なものを置き去りにしたような」
「四十の男がなにを乙女のようなことをいっている。とにかく、未だ青い顔だろうガレス以下の臣達に、昨日の“冗談”を謝ってこい」
「ん……」

 不承不承ウーサーがうなずいて、裸のまま寝台を降りる。身支度のための従者が控えている隣室へと、なにも隠すこともなく裸でいく。まあ、いまさら、なにも恥じらうような間柄でもないが。

「…………」

 アルマティは本人はわかっていないだろう、そのどこか寂しげな広い背中をじっと見送ったのだった。
 そして、その長いまつげをふせて、思うのは……。
 彼のとの初めての出会いと……一度目に“忘れ薬”を彼に使った“罪”だ。






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