ボクは胸騒ぎスキルで、この世界を駆け抜ける!

さんが

文字の大きさ
上 下
19 / 27

第19話 ルクールの覚醒

しおりを挟む
「覚醒って何だよ」

 そう言いながらも、ボクに起こった異変に気付く。視界を遮るものに手を伸ばせば、ボクの髪がある。フードでもなく、頭に何かが乗っているわけでもなく、間違いなくボクの髪の毛。嫌いな耳を隠す程度の長さにまで切り揃えていたのに、今は肩にまで届いている。

「どうして、髪が?」

「なかなか悪くはなさそうだな。むしろ、長いほうが似合っておる」

「お似合いだと思います、ご主人様」

「そんな話じゃないって。こんなのが覚醒っていえるのか?」

 急に髪が長くなるなんて、ボクには恐怖でしかない。それに魔力の少ないボクの髪が長くなったところで、蓄えるものが無いのだから意味なんてない。
 しかし、状況を理解していないのはボクだけで、ディードもリオンも覚醒だと信じている。

「どれ、妾に見せてみろ」

 そう言いながら、ディードの右手がボクの髪へと伸びてくる。少しだけ軽く触れた後、手ぐしでとかすようにして幾度も感触を確かめると、今度は顔を近付けてくる。急に感じるディードの匂い。逃げようにも、狭い樹洞の中に逃げ場はないし、鮮明になる匂いに圧倒されて動くことが出来ない。

 ディードは被っているフード脱ぐと顔が露になり、ボクとディードの顔が触れてしまう。

「良き香りだ」

「なっ、何してるんだ?」

 ディードはボクの髪の匂いを嗅いでいる。そして、その後に少し口に含んだ気がする。それが何を意味するのか分からないボクには、ただの癖だとしか言えない。
 ボクの鼓動の高鳴りピークに達すると、ディードの匂いが遠ざかり、それが嬉しく寂しくもある。

「ルクールの髪を切っておったのは、あの小娘だろ」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「あの小娘なら、気付いておったはず。それを黙っているとは、過保護にも程がある」

「ボクの髪に、何か秘密があるの?」

 エルフ族にとって、髪色は精霊の加護を表し、髪の長さは蓄える魔力量を表す強さの象徴。しかし、ボクには精霊の加護もなく魔力も少ない、劣等感の象徴でしかない。
 だから、ボクの髪に少しでも力があるとなれば、少し期待してしまう。それで、ヒエラルキーの最下層を脱出出来るとは思わないが、劣等感からは解放されるはず。

「普通のエルフならば、髪に魔力を蓄える。しかしルクールの場合は違う」

「だから、それって何なんだよ」

 しかし、ディードは勿体ぶって中々教えてくれない。

「そう焦るな。妾も信じ難い話だから、心して聞け」

 ディードの顔からは笑みが消え、それは今までに見たことのない真面目な顔になる。

「ルクールの髪に宿っているのは、神通力で間違いない」

「えっ、神通力って?精霊の声すら聞こえないのに、神の力っ言われても……」

 精霊がこの世界の摂理を司るなら、その摂理をつくったのは神の力。しかし、聞いたことのない力に、“はい、そうですか。ボクには神通力が宿っています”と簡単に受け入れることなんて出来ない。ボクの分かりやすく訝しむ表情に、ディードはリオンの方を見る。

「ご主人様、神通力で間違いありませんわ。短剣に宿るミュラー様の力が大きくなっています。精霊は、失った力を取り戻すことがあっても、以前よりも大きくなることはありません。それを可能とするのは、神の力のみでございます」

 ボクの欲しかったものとは違い、全く想像することも出来ない力。神通力が本当だとしても、何が出来るか分からない未知の強大な力は、恐れでしかない。
 思わず長くなった髪に手が伸びるが、ボクには違いなんて分からない。ディード達とは違い、伸びた髪が肉体改造されている気がして、ボクを不安にさせる。

「ボクの体は、大丈夫?どこかに目が増えたり、腕が生えたりするんじゃ……」

「心配なら、妾が体の隅々まで見てやろう」

 ディードの顔はから真面目さが消え、再び何時もの悪戯な笑みを浮かべている。

「それなら私もお手伝いしますわ」

 そして、ディードに負けじと対抗してくるリオン。そんな茶番が出来るなら、大丈夫なのかと安心も出来る。しかし、2人はボクの服を脱がそうとし本気だ。

「まっ、まっ、待って。今は大丈夫だよ。それに自分でも出来る」

 ディードが髪をかきあげると火の球が現れ、何かを察したラドルは短剣の中に消えてしまう。ボクがディードとリオンに抵抗出来るはずもない。




「残念な知らせになるが、体は普通のエルフのままだ。どこにも変わりはない」

「残念ですが、尻尾もケモミミもありませんでしたわ」

 2人ともボクが変化することを望み、どこか楽しんでさえいる。ボクはジト目で対抗するしか出来ない。

「せっかく覚醒したのだぞ。しっかり変化を確かめておかねばなるまい。覚醒に心当たりがあるなら、それも聞いておく必要がある」

 ニヤッと笑うディードは、きっと女の勘でボクの思考を見抜いている。

「そんなのあるわけないだろ」

「皆まで言わずとも、ルクール様の気持ちは分かっております。覚悟をお決めになられたお顔になられました」

 リオンは表情こそ今までと変わらないが、尻尾を大きく振っている。僅かな鼓動の違いで、ボクの気持ちの変化を察しているに違いない。

「マズい、バーゲストが来る。それも異形種。ちょっと騒ぎすぎたかもしれない」

 休む為だけだの樹洞の中で、少し騒ぎすぎてしまった。

「トレントは、まだ気付かぬか」

 そう言って、ディードは木に触れる。魔物が近付けばトレントが教えてくれると言っていたが、ボクの胸騒ぎだけが、バーゲストを感じている。

「まだ気付いてはおらんが、近くには居ないといっとところだな」

 ボクの胸騒ぎを“違う”とは否定はしないが、トレントの能力も信用している。

「ルクール、もっと詳しく感じ取れるか?」

 もっと周囲を意識し、胸騒ぎを強く感じる方向を探す。

「こっちだな」

 その方向を指差せば、またディードは木に触れる。

「ほう、見つけたか。確かに、こちらに来るやもしれん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...