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第5話 ボクの資質

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「一緒のパーティーですって!」

 ディードの言葉に反応して、アージさんがボクの頬をつねる力は増す。

「そうだ、妾と2人っきりでゴセキの山を調べる。心配せんでもイイ。妾が手取り足取りミッチリと教えてやる」

「この子には、まだ早すぎます。まだ冒険者見習いになったばかり。それなのに、ギルドマスターともあろう方が、何を考えているのですか」

「そちは、此奴の何だ?配偶者か?それとも、内縁関係にでもあるのか?」

「い、いえ、それは。その···育ての親というか、保護者みたいなもので」

 アージさんは、ディードの突っ込みに少し言い淀んで歯切れも悪くなってしまう。

「見習いであろうが、ギルドに所属する以上は、ギルドのルールに従って貰う。ギルドからもイスイの村からも総動員の命令が出れば、ここでは誰も拒否することは出来んぞ。そうだな、ダンドールよ」

「ユーリシア様を守るのが、イスイのエルフ族の使命じゃて」

 組織に属している以上、否定することは出来ない。それでもアージさんは納得せずに、ディードを睨み付ける。

「まだ、乳臭いだけあって、本質が見えておらんの。本来は必要ないことだが、少しは納得させてやる。その前に、その手を離してやれ」

 その言葉で、アージさんはボクの頬をつねり続けていることに気付く。大きく変形し赤くなる頬と、薄っすらと浮かぶ涙を見て、ぎこちない笑みを浮かべる。

「もう、ローブを着ているから見てもイイわ」

「そりゃ、無いよ」

「何がですって?」

 アージさんの口角が上がるが、冷たい視線は笑顔に見えない。

「ルクール、今日は何をしていた?」

 ボクとアージの茶番を、ディードが遮ってくる。そして、ボクが最もアージさんに聞かれたくない質問でもある。

「それは、その···」

「ギルドマスターとしての質問だ」

「森での巡回依頼です」

「そうか、それで今日も魔物は見つけたのかな?」

 いつも通りにバーゲストを見つけただけなら、特に隠す必要なんてない。しかし、今日見つけたのは3体。しかも、その内1体は一回り以上も体が大きく、今までに見たことのない上位種。真っ先に報告しなければならない話だし、隠そうにもダーピアにも見られている。

 諦めて事の顛末を話始めると、横からのアージさんの怒気は強くなる。それに反して、ディードの機嫌は良くなる。2人の相反する反応が、さらにこの場の雰囲気を重くさせる。

「上位種が率いるバーゲストを、ラーキの罠に嵌めたか。これは想像以上だったな」

「ただ、運が良かっただけです。こんなの、実力でも何でもありません。いつ、命を落としてもおかしくない危険な行為です!」

「イスイの森はな、他の地域と比べてまだまだ魔物が少ない。森の巡回に出ても、空振りすることが殆どで、魔物と遭遇する確率は低いのだぞ」

「何が言いたいのですか?」

「ルクールはな、魔物を発見する確率が圧倒的に高いのだ。低ランクの依頼になっている理由は、殆どが森を巡回するだけで終わってしまうからだ。魔物を発見しなければ、報酬もちっぽけなものでしかない」

「···ルクールが、魔物を呼んでいるとでも言いたいのですか?」

「そう急くでない、最後まで話を聞け。妾の推測では、魔物の居場所が分かる。そうではないかな、ルクールよ」

 再び視線が、ボクに集まる。アージさんやディードだけでなく、今度はダンドールの視線も加わる。

「冒険者見習いが、高確率で魔物を見つけて、掠り傷一つ付けられたことがない。これは偶然とは呼べない、何かの秘密がある」

「ルクール、どうなの?」

 少しの嘘も見逃さないと、アージさんの顔が迫ってくる。

「うっ、と言われても···」

 胸騒ぎががするだけなんて言っても、絶対に信用してもらえない。ましてや勘だけを頼りにして、魔物と戦っていたなんてバレたら大目玉をくらうのは間違いない。戸惑うボクにさらにプレッシャーをかけるように、アージさんの顔が迫ってくる。

「本人は、自覚しておらんらしいな。尚更、妾が手取り足取り教えてやらねばなるまい」

「こんな非常時に、ギルドマスターの職務は大丈夫なのですか?もっと他に優先すべきことが、沢山あるのではないですか!」

 ディードの推測に確固たる証拠があるわけでもないが、だからといって明確に否定することも出来ずに、アージさんは問題の切り口を変えてくる。

「それなら心配せんでよい。明日から、ギルドマスターはダンドール。妾は精霊の巫女からも解放され、一介の自由気ままな冒険者に戻る。妾がルクとどうしようと、誰にも邪魔は出来ん」

「何ですって!」

 アージさんは、テーブルに両手を叩き付け腰を浮かせる。しかし、それを見たディードは笑みを浮かべる。

「ルクを落としてみせる。妾の本能が、そう言っておる。もう一度聞く、そちはルクの何なのだ?」

「ディードも悪ふざけは止めるのじゃ。アージも、一度落ち着け。本来なら、お主達を呼び出す必要はない。通達一つで決まる話を、わざわざ呼び出したのじゃ。その意味は分かっておろうに」

 残酷ではあるが、それが組織の現実。それを突きつけられて、アージさんは再びソファーに腰を下ろす。

「折角の世界樹の茶が冷めてしまうわ。まずは一口飲んで、落ち着け。少しは冷静に考えるのじゃ」

 ダンドールに促されて、皆が精霊樹の茶を一口飲む。他の紅茶と比べて香りの違いは分かるが、味は大差がない。

「どうじゃ、世界樹の茶の味は?まだ、この苦味の良さを理解するには長い年月が必要かもしれんがな?」

 そう言われて、もう一口飲んでみる。しかし、特別苦いとは感じない。飲み干してカップをソーサーに戻せば、まだアージさんはカップを持ったままで、目を閉じている。

「ルクは、妾とパーティーを組む。これで、良いな」

 改めてディードが宣言すると、今度はアージさんは何も言わない。そして、カップをソーサーに戻す音が聞こえる。

「ルクール。お主は、エルフとしての力はないが、特別な何かを持っておるようじゃ」

「えっ、ボクが?それって、どんな力?」

 でも自分から、ボクの胸騒ぎはスキルなんだとは言えない。違っていればバカにされるだろうし、アージさんからは大目玉をくらう。

「世界樹の茶には、魔力が濃縮されておる。魔力を消費した体には薬となるが、そうでなければ害を及ぼしてしまう」

 ダンドールから言われて、アージのカップを見れば、中身はほとんど減っていない。

「精霊の巫女となれるアージでも、一口だけで十分なのじゃ」

「えっ、ボクは···。耳だって長くないし、精霊魔法だって使えない」

「だから、妾の傍に居いておくのだ。もちろん、魔物を感じとる力があることは間違いなかろうし、期待しておるぞ」
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