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四章「咲かない花を夢に見た」
02(アダム視点)
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「それは……確かに、何とかしないとね」
予想通りと言うべきか。
日中のジェッタとの出来事を聞いたディランは開口一番そう言って、口元に手を当て考え始めてしまった。自分との取引めいた口約束があるとはいえ、本来ならジェッタは彼とまったく関係のない存在なのに。
溜め息を吐きたくなるのをすんでのところで堪え、アダムはディランの次の言葉を黙って待った。ややあって、リビングのローテーブルを挟んで向かいに立つこちらをディランは仰ぎ見る。
「ジェッタは……元々は、普通に暮らしていた子だよね?」
「そのはずです。両親もいて、小さな町で家を借りていて……スラム暮らしではなかったと。なので世間ではたぶん、行方不明扱いになっていると思うんですが……」
「学校に行っていたことは?」
「ホームスクール、という制度を利用していたようです。ヒト似獣人を普通に受け入れてくれる学校は、ジェッタが当時住んでいた地域にはなかったそうで」
「……そうか」
ヒトであるアダムには本当に詳しいことまでは分からない。だがただでさえ差別されやすいヒト似獣人が、多感な子どもだけの閉鎖空間である学校という場所でどういう扱いを受けやすいかは何となく想像できる。
そして学校側もその対応が難しいからこそ、ヒト似獣人の子どもを受け入れたがらないのではないか。
苦々しい表情のディランを見るに、アダムの予想はあまり外れてはいないのだろう。
「そんな地域に住んでいたのなら、警察もろくに調査なんてしていないだろうね。ヒト似獣人の家族が襲われて子どもが連れ去られるなんてよくある話——で、終わっている可能性がある」
「……そういうものですか」
「嫌な話だけどね」
何故だか申し訳なさそうな顔をするディランから、アダムは無言で目を逸らした。
当時、学校にこそ行っていなかったもののジェッタは近所の同年代の子どもたちとはよく遊んでいたらしい。いずれも普通の獣人たちだったそうでその子たちから何かされたことはないが、保護者たちがいい顔をしていないのには気付いていたとジェッタは苦笑いした。
そんな周囲の大人たちの反応がジェッタの家を突然強盗が襲ったことに関係があるのではなど、まさかそこまで憶測でものは言えない。しかしまったく無い話ではないのではと、ディランの様子から伺えはする。
「だから、ジェッタのことは社会的におそらく曖昧になっていると思うよ。勝手に死亡扱いされていてもおかしくない」
黙ったままのこちらの心境を慮ってか、ディランの声音はひどく優しかった。
そういえば彼は医師で、特に今は普通の病院で普通の医師として働いていたなと思い出す。仕事中は患者に対してもこんな話し方をしているのだろうか。そんなことすら、自分には知る由もないが。
「……つまり、彼女に普通の生活を送らせるのはもう難しい……ということでしょうか?」
それより今はジェッタの今後だと思い直す。
あちこちに揺れてしまう心情をディランに悟られたくなくて、淡々とした口調になってしまった。それについて彼は何も言及してこない。その代わり「いや」とあっさり否定され、アダムは弾かれたように顔を上げた。
「確かに、地域によっては特にヒト似獣人の扱いはぞんざいだよ。でも、だからこそ——どうにでもできるって一面もある」
「……どういうことです?」
勿体つけた言い方に聞こえてしまい、アダムは眉を顰める。
獣人の言語を習得し対等に会話することこそ可能ではあるが、彼らの社会の仕組みそのものを完璧に理解できているとは決して言えない。
最初に助けてくれた猟師や元飼い主たちとの関わりで多少は獣人の暮らしを窺い知れたという程度だ。ジェッタのように一度社会から弾かれてしまったものをどうすればいいのかなど、最初から社会に属していない自分に分かるはずもない。
だからディランを頼ったのであり、その彼に警察もあてにできないと言われてしまえばもう打つ手無しかと考えてしまったのだが。
「それこそスラム街に行けば、戸籍もないヒト似獣人の子どもたちがたくさん暮らしている。ジェッタのように公的には行方不明になってそのままの子たちだったり、スラムで生まれ育った子だったり、いろんな訳ありの子たちがいるよ。アダムも、今日までに……たくさん見てきたとは思うけれど」
こちらの反応をそっと伺うように付け加えられた最後の言葉に、とりあえずアダムは頷いた。
飼育されていたとき以外はヒト似獣人のふりをして世の中に紛れていた以上、当たり前に彼らヒト似獣人の置かれている現状や向けられている目は知っている。そもそもディランが暮らすこの街に来る前は、スラムに近い地域にいたゆえ尚更だ。
両親を殺され耳と尻尾を切り取られたジェッタですら悲壮に顔を歪めるほどの状態にあるヒト似獣人の子どもたちが身を寄せ合い、日常的に犯罪に手を染めながら辛うじて生きているだけのさまも嫌というほど見た。
頷いただけで特に何も言わず、じっと見つめることでアダムはディランに続きを促した。
「……で、そんな子たち全てを国は救えないし、下手に関与もしない。表立って差別すると問題になる世の中になったとはいえ、できるだけヒト似獣人に公的なリソースを割きたくないのが本音だろうからね」
だから、とディランは指を立てる。
「戸籍のないスラム街生まれの子が街に流れてきたのを保護したから、引き取ることにした——なんて。そうお役所に申し出れば、大した追及もなく養子縁組が通るだろうね。むしろ喜んで推奨されるくらいかも」
「……それ、は」
さすがに例え話で、冗談だろうとアダムは思った。
適当がすぎる身寄りのないヒト似獣人の扱いに関してではない。そうすればジェッタにまた普通の暮らしがすぐに与えられると言わんばかりに、ディランが挙げた案についてだ。
なんとも言えないアダムの表情に気付いてか、ディランが苦笑いを浮かべる。
「僕の戸籍自体が偽装だらけだよ。今さら嘘が一つや二つ増えたって問題ない」
そういうことではない、とアダムは首を振った。
ジェッタを守ってくれればそれでいいと彼に求めたのは事実だが、嘘のなりゆきを並べ立てて養子縁組とは。あまりにもディランに負担が大きい。
もっと別のやり方があるはずだ。そう思って怪訝に凝視していると、ディランは緩慢に頬を引っ掻いた。
予想通りと言うべきか。
日中のジェッタとの出来事を聞いたディランは開口一番そう言って、口元に手を当て考え始めてしまった。自分との取引めいた口約束があるとはいえ、本来ならジェッタは彼とまったく関係のない存在なのに。
溜め息を吐きたくなるのをすんでのところで堪え、アダムはディランの次の言葉を黙って待った。ややあって、リビングのローテーブルを挟んで向かいに立つこちらをディランは仰ぎ見る。
「ジェッタは……元々は、普通に暮らしていた子だよね?」
「そのはずです。両親もいて、小さな町で家を借りていて……スラム暮らしではなかったと。なので世間ではたぶん、行方不明扱いになっていると思うんですが……」
「学校に行っていたことは?」
「ホームスクール、という制度を利用していたようです。ヒト似獣人を普通に受け入れてくれる学校は、ジェッタが当時住んでいた地域にはなかったそうで」
「……そうか」
ヒトであるアダムには本当に詳しいことまでは分からない。だがただでさえ差別されやすいヒト似獣人が、多感な子どもだけの閉鎖空間である学校という場所でどういう扱いを受けやすいかは何となく想像できる。
そして学校側もその対応が難しいからこそ、ヒト似獣人の子どもを受け入れたがらないのではないか。
苦々しい表情のディランを見るに、アダムの予想はあまり外れてはいないのだろう。
「そんな地域に住んでいたのなら、警察もろくに調査なんてしていないだろうね。ヒト似獣人の家族が襲われて子どもが連れ去られるなんてよくある話——で、終わっている可能性がある」
「……そういうものですか」
「嫌な話だけどね」
何故だか申し訳なさそうな顔をするディランから、アダムは無言で目を逸らした。
当時、学校にこそ行っていなかったもののジェッタは近所の同年代の子どもたちとはよく遊んでいたらしい。いずれも普通の獣人たちだったそうでその子たちから何かされたことはないが、保護者たちがいい顔をしていないのには気付いていたとジェッタは苦笑いした。
そんな周囲の大人たちの反応がジェッタの家を突然強盗が襲ったことに関係があるのではなど、まさかそこまで憶測でものは言えない。しかしまったく無い話ではないのではと、ディランの様子から伺えはする。
「だから、ジェッタのことは社会的におそらく曖昧になっていると思うよ。勝手に死亡扱いされていてもおかしくない」
黙ったままのこちらの心境を慮ってか、ディランの声音はひどく優しかった。
そういえば彼は医師で、特に今は普通の病院で普通の医師として働いていたなと思い出す。仕事中は患者に対してもこんな話し方をしているのだろうか。そんなことすら、自分には知る由もないが。
「……つまり、彼女に普通の生活を送らせるのはもう難しい……ということでしょうか?」
それより今はジェッタの今後だと思い直す。
あちこちに揺れてしまう心情をディランに悟られたくなくて、淡々とした口調になってしまった。それについて彼は何も言及してこない。その代わり「いや」とあっさり否定され、アダムは弾かれたように顔を上げた。
「確かに、地域によっては特にヒト似獣人の扱いはぞんざいだよ。でも、だからこそ——どうにでもできるって一面もある」
「……どういうことです?」
勿体つけた言い方に聞こえてしまい、アダムは眉を顰める。
獣人の言語を習得し対等に会話することこそ可能ではあるが、彼らの社会の仕組みそのものを完璧に理解できているとは決して言えない。
最初に助けてくれた猟師や元飼い主たちとの関わりで多少は獣人の暮らしを窺い知れたという程度だ。ジェッタのように一度社会から弾かれてしまったものをどうすればいいのかなど、最初から社会に属していない自分に分かるはずもない。
だからディランを頼ったのであり、その彼に警察もあてにできないと言われてしまえばもう打つ手無しかと考えてしまったのだが。
「それこそスラム街に行けば、戸籍もないヒト似獣人の子どもたちがたくさん暮らしている。ジェッタのように公的には行方不明になってそのままの子たちだったり、スラムで生まれ育った子だったり、いろんな訳ありの子たちがいるよ。アダムも、今日までに……たくさん見てきたとは思うけれど」
こちらの反応をそっと伺うように付け加えられた最後の言葉に、とりあえずアダムは頷いた。
飼育されていたとき以外はヒト似獣人のふりをして世の中に紛れていた以上、当たり前に彼らヒト似獣人の置かれている現状や向けられている目は知っている。そもそもディランが暮らすこの街に来る前は、スラムに近い地域にいたゆえ尚更だ。
両親を殺され耳と尻尾を切り取られたジェッタですら悲壮に顔を歪めるほどの状態にあるヒト似獣人の子どもたちが身を寄せ合い、日常的に犯罪に手を染めながら辛うじて生きているだけのさまも嫌というほど見た。
頷いただけで特に何も言わず、じっと見つめることでアダムはディランに続きを促した。
「……で、そんな子たち全てを国は救えないし、下手に関与もしない。表立って差別すると問題になる世の中になったとはいえ、できるだけヒト似獣人に公的なリソースを割きたくないのが本音だろうからね」
だから、とディランは指を立てる。
「戸籍のないスラム街生まれの子が街に流れてきたのを保護したから、引き取ることにした——なんて。そうお役所に申し出れば、大した追及もなく養子縁組が通るだろうね。むしろ喜んで推奨されるくらいかも」
「……それ、は」
さすがに例え話で、冗談だろうとアダムは思った。
適当がすぎる身寄りのないヒト似獣人の扱いに関してではない。そうすればジェッタにまた普通の暮らしがすぐに与えられると言わんばかりに、ディランが挙げた案についてだ。
なんとも言えないアダムの表情に気付いてか、ディランが苦笑いを浮かべる。
「僕の戸籍自体が偽装だらけだよ。今さら嘘が一つや二つ増えたって問題ない」
そういうことではない、とアダムは首を振った。
ジェッタを守ってくれればそれでいいと彼に求めたのは事実だが、嘘のなりゆきを並べ立てて養子縁組とは。あまりにもディランに負担が大きい。
もっと別のやり方があるはずだ。そう思って怪訝に凝視していると、ディランは緩慢に頬を引っ掻いた。
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