楽園をかたどったなら

ジンノケイ

文字の大きさ
上 下
16 / 23
四章「咲かない花を夢に見た」

02(アダム視点)

しおりを挟む
「それは……確かに、何とかしないとね」

 予想通りと言うべきか。
 日中のジェッタとの出来事を聞いたディランは開口一番そう言って、口元に手を当て考え始めてしまった。自分との取引めいた口約束があるとはいえ、本来ならジェッタは彼とまったく関係のない存在なのに。
 溜め息を吐きたくなるのをすんでのところで堪え、アダムはディランの次の言葉を黙って待った。ややあって、リビングのローテーブルを挟んで向かいに立つこちらをディランは仰ぎ見る。

「ジェッタは……元々は、普通に暮らしていた子だよね?」
「そのはずです。両親もいて、小さな町で家を借りていて……スラム暮らしではなかったと。なので世間ではたぶん、行方不明扱いになっていると思うんですが……」
「学校に行っていたことは?」
「ホームスクール、という制度を利用していたようです。ヒト似獣人を普通に受け入れてくれる学校は、ジェッタが当時住んでいた地域にはなかったそうで」
「……そうか」

 ヒトであるアダムには本当に詳しいことまでは分からない。だがただでさえ差別されやすいヒト似獣人が、多感な子どもだけの閉鎖空間である学校という場所でどういう扱いを受けやすいかは何となく想像できる。
 そして学校側もその対応が難しいからこそ、ヒト似獣人の子どもを受け入れたがらないのではないか。
 苦々しい表情のディランを見るに、アダムの予想はあまり外れてはいないのだろう。

「そんな地域に住んでいたのなら、警察もろくに調査なんてしていないだろうね。ヒト似獣人の家族が襲われて子どもが連れ去られるなんてよくある話——で、終わっている可能性がある」
「……そういうものですか」
「嫌な話だけどね」

 何故だか申し訳なさそうな顔をするディランから、アダムは無言で目を逸らした。
 当時、学校にこそ行っていなかったもののジェッタは近所の同年代の子どもたちとはよく遊んでいたらしい。いずれも普通の獣人たちだったそうでその子たちから何かされたことはないが、保護者たちがいい顔をしていないのには気付いていたとジェッタは苦笑いした。
 そんな周囲の大人たちの反応がジェッタの家を突然強盗が襲ったことに関係があるのではなど、まさかそこまで憶測でものは言えない。しかしまったく無い話ではないのではと、ディランの様子から伺えはする。

「だから、ジェッタのことは社会的におそらく曖昧になっていると思うよ。勝手に死亡扱いされていてもおかしくない」

 黙ったままのこちらの心境を慮ってか、ディランの声音はひどく優しかった。
 そういえば彼は医師で、特に今は普通の病院で普通の医師として働いていたなと思い出す。仕事中は患者に対してもこんな話し方をしているのだろうか。そんなことすら、自分には知る由もないが。

「……つまり、彼女に普通の生活を送らせるのはもう難しい……ということでしょうか?」

 それより今はジェッタの今後だと思い直す。
 あちこちに揺れてしまう心情をディランに悟られたくなくて、淡々とした口調になってしまった。それについて彼は何も言及してこない。その代わり「いや」とあっさり否定され、アダムは弾かれたように顔を上げた。

「確かに、地域によっては特にヒト似獣人の扱いはぞんざいだよ。でも、だからこそ——どうにでもできるって一面もある」
「……どういうことです?」

 勿体つけた言い方に聞こえてしまい、アダムは眉を顰める。
 獣人の言語を習得し対等に会話することこそ可能ではあるが、彼らの社会の仕組みそのものを完璧に理解できているとは決して言えない。
 最初に助けてくれた猟師や元飼い主たちとの関わりで多少は獣人の暮らしを窺い知れたという程度だ。ジェッタのように一度社会から弾かれてしまったものをどうすればいいのかなど、最初から社会に属していない自分に分かるはずもない。
 だからディランを頼ったのであり、その彼に警察もあてにできないと言われてしまえばもう打つ手無しかと考えてしまったのだが。

「それこそスラム街に行けば、戸籍もないヒト似獣人の子どもたちがたくさん暮らしている。ジェッタのように公的には行方不明になってそのままの子たちだったり、スラムで生まれ育った子だったり、いろんな訳ありの子たちがいるよ。アダムも、今日までに……たくさん見てきたとは思うけれど」

 こちらの反応をそっと伺うように付け加えられた最後の言葉に、とりあえずアダムは頷いた。
 飼育されていたとき以外はヒト似獣人のふりをして世の中に紛れていた以上、当たり前に彼らヒト似獣人の置かれている現状や向けられている目は知っている。そもそもディランが暮らすこの街に来る前は、スラムに近い地域にいたゆえ尚更だ。
 両親を殺され耳と尻尾を切り取られたジェッタですら悲壮に顔を歪めるほどの状態にあるヒト似獣人の子どもたちが身を寄せ合い、日常的に犯罪に手を染めながら辛うじて生きているだけのさまも嫌というほど見た。
 頷いただけで特に何も言わず、じっと見つめることでアダムはディランに続きを促した。

「……で、そんな子たち全てを国は救えないし、下手に関与もしない。表立って差別すると問題になる世の中になったとはいえ、できるだけヒト似獣人に公的なリソースを割きたくないのが本音だろうからね」

 だから、とディランは指を立てる。

「戸籍のないスラム街生まれの子が街に流れてきたのを保護したから、引き取ることにした——なんて。そうお役所に申し出れば、大した追及もなく養子縁組が通るだろうね。むしろ喜んで推奨されるくらいかも」
「……それ、は」

 さすがに例え話で、冗談だろうとアダムは思った。
 適当がすぎる身寄りのないヒト似獣人の扱いに関してではない。そうすればジェッタにまた普通の暮らしがすぐに与えられると言わんばかりに、ディランが挙げた案についてだ。
 なんとも言えないアダムの表情に気付いてか、ディランが苦笑いを浮かべる。

「僕の戸籍自体が偽装だらけだよ。今さら嘘が一つや二つ増えたって問題ない」

 そういうことではない、とアダムは首を振った。
 ジェッタを守ってくれればそれでいいと彼に求めたのは事実だが、嘘のなりゆきを並べ立てて養子縁組とは。あまりにもディランに負担が大きい。
 もっと別のやり方があるはずだ。そう思って怪訝に凝視していると、ディランは緩慢に頬を引っ掻いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

処理中です...