楽園をかたどったなら

ジンノケイ

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三章「噛み殺した願いを暴いて」

04 ※

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「ッあ……っん、ん——ッ……!」

 ソファに組み敷いて、性急にその身体を暴き貫く。
 それが多少乱暴な手付きでも、慣れていると言わんばかりにやはりアダムは応えた。
 ただ。まだジェッタが寝入ったばかりなせいか、声を堪えようと懸命に手の甲を口に押し当てる姿が余計に嗜虐を誘う。

「はぁ……はっ……ッぁ、あ!」

 快楽の波が少し落ち着いたかと唇を開いた瞬間に奥を突いてやれば、目を見開いて大仰に背筋を反らす。
 焦ってまた口を塞ごうとする手を捕まえて、ソファに押し付ける。アダムは珍しいくらいあからさまに狼狽えた顔を見せ、ドクター、と咎めるように呼んできた。

「なん、で……っあぁ、う……っん……!」

 問い詰めてこようとしたところをわざとゆっくり動いてやれば、もどかしそうに首を振る。
 ぎゅっと足の指を丸め、身を縮こませて燻る熱に耐えるさまはひどく愛らしく見えた。両手が塞がっているぶんあちこちに触れられないのがもどかしく、代わりに目の前の白い首筋を舐め上げる。

「……っ! んん、っ……ぁ」
「ヒトは……本当に、皮膚が薄いね」

 すぐ下に脈打つ血管を舌先に感じ、つい素直な感想が漏れた。猫系の獣人ほどではないが、ヒトのそれに比べれば分厚くざらついた獣人の舌では舐め続けるだけで痛めてしまいそうだ。
 牙を使えば食い破るくらいわけないのは当たり前で、そんな急所が無防備に晒されていることに思わず生唾を飲み込みたくなる。

「……ええ。紙なんかで切れる程度には」

 無言を貫いていたディランがやっと喋ったことで、少しばかり安堵したのだろうか。
 ふ、と緩く微笑んで以前のことを引き合いに出してくるアダムに、さっきまであんなに不安げにしていたのにと少しだけ可笑しくなった。

 ……そしてやっと、初めて、彼と普通に話をしたような気がして。
 目の奥がじわじわと熱くなる。このままではアダムの顔に涙が落ちると気が付いて、焦ってその身体を抱きしめた。

「ッあ……⁈」

 繋がったままでの急な動きに、アダムが身を竦める。
 両手は自由になったものの、のし掛かられるように身体全体で押さえつけられている状態。動いた結果より深く押し込まれた熱に悶えるも、これでは微塵も逃げられないだろう。

「……ドク、ター……っ? 今日、は……どうし——っ!」

 それでもなんとか様子を伺おうとしたらしいアダムの言葉は、予告なく再開された律動に掻き消えた。

「あっ、あ、——ッ! や、待っ……あ、ッ!」

 咄嗟に背中に回った手が必死に爪を立ててくる。相変わらずそんなものは抵抗にもならないが、声を殺すためなのか肩口に噛み付かれたのにはさすがに痛痒さを感じた。
 欲を叩きつけるたびに潤滑剤の絡む水音と、互いの息遣いがリビングに響く。
 やわらかくも熱く戦慄く柔壁の締め付けに酔いそうで、目の奥がチカチカ瞬くような感覚が離れない。

「う……っん、ん! ッあ、ぅう……!」

 苦しそうな呼吸に時折混ざる声をもっとはっきりと聞きたかったが、それ以上に今はこの顔を見られたくない。目が合えばそれだけでまた泣いてしまいそうで。
 手を離した五年前のあの日で、終わったはずだった。
 こうして再会しても、もう二度とアダムとは昔のようには戻れない。そのはずだったし、当然望んですらいなかったのに。
 ふと指先が触れてしまった心の距離に、本当の願いが引き摺り出される。

 ——アダム、僕は。
 ——君にもう一度、信じて欲しいんだ。

 今度こそ守りたいと願っている。この気持ちを伝えたら、それを素直にまっすぐ受け取って欲しい。
 ただそれだけをこんなにも切望しているなんて。全ては今更だ。彼に何をしたのか忘れてはいないだろうと、自分で自分を指差して罵倒したくなる。
 叶うわけがないし、叶えたいなど口が裂けても言えやしない。
 第一に守りたい、信じて欲しいなど欺瞞も甚だしい。この気持ちはきっと、己の罪を雪いだと思いたいだけの自己満足なのだから。

「ッ、んん、んっ! ぅっ!」

 こんな血迷った感情を、膨れ上がった欲として叩きつけられるアダムはたまったものではないだろう。
 奥の窄まりを責められ続けて、しがみつく腕がひどく力んでブルブルと震える。相変わらず肩に噛みついているのだろうが、傷になるほどでもない威力では痛みよりも彼の中から齎される快感のほうが優った。
 重怠い息を吐き出すと、それがディランにとっても限界の合図だと悟ったのかアダムが息を呑んで身を竦める。ほぼ同時に、より深いところを狙って突き上げた。

「っぅあ……あ、ッ! ——!」

 目を見開き、びくりと一際激しく跳ねる身体を押さえ付ける。ずっと肩を噛んでいた口が開き、中に注ぎ込まれる熱に声にならない悲鳴を上げた。
 二重にも三重にも生産性のない行為だと知っているはずなのに、孕ませたいという本能が白濁をより奥へ押し込もうとする。絶頂にびくつく内壁を何度も擦れば、ひっと短く声を漏らし首を振るさまに危うく熱が蘇りかけた。

「っ……ごめ、ん」

 ただでさえ頭の中はごちゃごちゃで、ずっと考えがまとまらない。
 このままでは取り返しのつかないことをしそうで、急いでアダムから離れようと身体を起こした。

「はっ……ぁ……っ」

 己を塞いでいたものが引き抜かれる感触に震え上がり、熱のこもった息を吐き出すアダム。その姿はとても直視できそうにない。
 ゆえに、大袈裟に目を逸らすディランを彼がどんな顔で見上げているのか分からなかった。

「……ドクター……」

 やたらとぼんやりした、幼い呂律に呼びかけられるまでは。
 恐る恐るディランがそちらへ視線を寄越したのと、力の入らない腕がゆっくりと持ち上がったのとは同時。細い指先が頬の毛並みをやわらかく梳く。
 その手つきの優しさに怯んだ時には、遅かった。
 未だ熱の引かない潤んだ青い瞳の中に映る自分が、決壊する。堰を切ったように溢れる涙がアダムの頬に点々と降り注いだ。

「……⁈」

 アダムが目を丸くし、頬を撫でていた手を硬直させる。
 今は目が合うだけで駄目になると、分かっていたのに。まるで自分のことを気遣うかのような優しい手に、緩められた表情に、もう内に引き戻せない願いが強く叫ぶ。

 ——許されたい。
 ——罪をではなく、ただこうして側にいて触れ合えることを。他の誰でも、何にでもなく、ただ君自身に。

 そんなことが叶いはしないと分かっているからこそ、この涙は止められない。願いを声に出せない代わりのように、次から次に溢れてくる。
 どうして急に泣き出したのかと、さぞアダムは困惑していることだろう。なのに何も言えず泣き止む様子もないディランを、彼は追求しようとはしなかった。
 固まっていた手が、するりと毛並みに沿って動く。
 アダムは何も言いはしない。唇を引き結び、形容しがたい苦しそうな表情を浮かべて。
 ゆっくり、何度も頬を撫でてくれた。

 勘違いしてはならない。
 これは許されたわけではない。ただ哀れんでもらえただけだ。現状は何も変わっていなくて、アダムからは未だ憎まれ失望されている。
 なのに、気付いてしまった願いだけはもう消えてくれない。

 どこにも行けない自分に、実に相応しい罰ではないか。
 自嘲するにしても微塵も笑えはしなくて。ディランはすべてを飲み込んだまま、撫でる手の優しさに目を閉じた。



【三章 了】
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