鬼の名語り

小目出鯛太郎

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根無し木

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「さてね、どこから話そうかね。あんたは自分が木のあやかしだってのは分かるのかい?」

 なつめの問に朽木くちしは頷き、遅れて「はい」と答えた。

「そうかい。あんたとあたしはね、似た所があるんだよ。そこは本当は考えさせてやりたいんたげど答えを先に出すよ。あんたもあたしも元は木だけれど、今は、『根無し木』て所だよ。根が無いからあたし達は地面から養分を吸う事が出来無い。分かるかい?火風水ひふみの精は独りだって生きていけるけど、木はねぇ、特に根無し木は誰かに頼らないと生きていけないんだよ」

 朽木は真面目な顔で棗の話を聞いていた。右の耳から左の耳へ流れている感があるが『誰かに頼らないと生きていけない』その部分はかっちりと何かが嵌ったように理解出来た。
 
 岩館に頼って生きてきたし、今は鋼に頼りっぱなしだ。

「一人分でも大変だけれど、あんたの腹に種があるとね、二人分の養分おまんまが必要になるんだよ。二人分、分かるかい?一人分では足り無いのも分かるかい?」

養分おまんまをはんぶんこしちゃだめ?」

 皺が多いながらもきりっとした棗の顔が、笑顔になった。

「あんたは優しい子だねぇ。あんたが人なら分けてあげられたかもしれないけどね、あやかしはね、弱いものを吸っちまうんだよ。気をつけていてもね、ふっと緩んだ隙に種は流れたり消えたりしちまうんだよ」
 朽木の苦悶している顔を見て説明が長かったと思い、棗は言い直した。

「ようはあんたのやり方では、種はこの世に生まれる事なく亡くなってしまうのさ」

 青褪めるおもてによしよしと声をかける。恐らくこのか弱い木のあやかしだけではどうにもならなかっただろう。しかし幸いにこの子には力の強い鋼がついている。しかも鋼は良く面倒を見ているようだ。

「あんたにはね、鋼がいるからね。二人分鋼から気を分けてもらうんだよ。今までだって分けて貰っているだろう?」

 朽木が分かったような分からないような顔で棗を見返す。そこで棗は鋼が言っていた事に思い当たった。『愚かと言うより物知らず』
 どうやって根無しの身体がここまで育ったかは分からないが気を貰うことがどういう行為か全く理解していない顔だった。


「御探りの仕方を教えてあげるからね、おばばの言うとおりに家でやるんだよ、いいかい?」

 
 根無しの木は乾いているだろう?水を飲まないとかさかさするだろう?と聞かれて朽木は頷いた。身体の奥が乾いているかどうかね、ゆっくり指で探ってやるんだよ。じっくり時間をかけてそこがひたひたになったら、鋼から気を貰う準備が出来たって事になるんだよ。分かるかい?と促され、朽木は「ひたひた…」と唱えた。
「ひたひたでもびしょびしょでも良いわいね、とにかく濡れたら準備が出来たってことさぁね」


「からだが乾いているのに、ぬれるの?」
 何の羞恥も色気もない顔で明け透けに尋ねられ、棗は鋼の事を哀れんだ。

 朽木が閨で真面目な顔でどうしてそこにれるの、どうして腰を動かすのと聞いてきそうな気がしてならない。

「…ぬれてくるんだよ。鋼の横で御探りをしても良いし、ひたひたになってから鋼を呼んでも良いし。もしあんたがね一生懸命やってみてどうしてもひたひたにならなかったら、その時は鋼に御探りしてくださいってお願いしても良いし、言えなかったらね、こう夜に横になった時に鋼の指をきゅっと握ればいいからね」


 無垢な、澄んだ瞳を見ていると教えている棗の方が何やら恥ずかしい気持ちになってくるのだから、これは確かに鋼が頼んでくるはずだ。


「鋼は、気を分けるのいやじゃないのかなぁ…」
 朽木が見当違いの呟きを漏らすの聞いて、棗は苦笑いした。

「嫌じゃないからあんたを大事にしているのさねぇ。今日家に帰ってやってみるんだよ。途中でわからなくなったら、何の怖い事もないよ、鋼にねぇ、全部お任せしますって言ってあんたは目を瞑って鋼に引っ付いていれば良いんだからね。出来そうかい?」

 朽木が不安気に頷く。
「それからね。最後に忘れちゃいけないのは、御探りも気をもらうのもね鋼にだけしてもらうんだよ、他の人について行っちゃいけないよ、いいね」

 あんたみたいなぼーっとしている子はぱっくり食べられちゃうからね、と棗は朽木を脅かすのも忘れなかった。

 弱いものは庇護が無ければ生きていけないと言うことを再度しっかりと教えねば…と棗は思うのであった。
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