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しょんぼり
しおりを挟む悄然とする。項垂れる。座り込み膝をか抱える。この屋敷にこそないが、壁の雨染みのようにどんよりと暗いものになる。
岩館から手紙の返事を貰えなかった朽木は見て哀れになるほどしょんぼりとしていた。
依然牢に入れられたままの岩館に、鋼は朽木が一枚の半紙に書いた『いわだて』の文字を渡した。
返事の催促もせず、今日は声をかけることもしなかった。
屋敷に帰る。
手ぶらだった。
今日、朽木に渡すものは何もない。
小さな嘘だけを渡す。
実はそうなるだろうと分かっていた。
岩館と金剛の間に何の蟠りもなければ、岩館はすぐにでも書の道具を金剛に求めただろう。
金剛は、喜んでそれを渡しただろう。
だが、それはない。
今の岩館が金剛に何かを求めるという事は、まだ、ない。
「岩館はとても喜んで、朽木は元気にしているかと言っていたぞ。字が書けるようになったのかと驚いてもいたぞ」
朽木はその言葉に顔を上げた。
「あの牢に何もなかったから、朽木への返事が書けなかったのだ。あの牢には本当に何もないからな。朽木の手紙で驚かそうと思ったのだが、仇になってしまったな。手紙を出すと言っておけば良かったな。返事を楽しみにしていたのだろう?何も持って帰れなくて悪かったな」
自分で言いながら、鋼は空々しく思った。こんなつまらないことをする俺は悪い奴だな、と。
朽木は顔を上げて、横に首を振った。だが膝を抱えたまま頭が下がっていく。長い髪が根のように広がる。
「しかしその様子では、元気とは伝えてやれないな。朽木は、返事が無ければ書くのは嫌か?お土産がなければ縫い物をして贈るのも嫌か?」
「そ!そんなことない」
膝を抱えていた腕をどこにやって良いのか分からないのだろう、朽木は、あわあわと意味も無く手を振りばたつかせた。
「手紙も、縫い物もする。他のことも…する」
「よーしよーし、それでは次は手拭いをもう一枚縫おうか。出来上がったら朽木が会いたくて会いたくて恋しい顔をして縫ったと、言って渡してやる」
ほんの数秒朽木の動きが止まった。湯桶に赤い染料でも溶いたように赤くなった。顔の前にふるふると付き出す指の先までほんのりと赤い。
「元気だと言って、元気だと伝えて」
「うむ、わかった。…朽木がその笑顔の半分でも俺の帰りに浮かべてくれたらなぁ、俺もますます元気になれるのだが」
「!…お、おかえりなさいはがね」
お帰りと言ったものの、顔を両手で覆い朽木は正座したそのままの姿でばったりと前のめりに倒れた。
「さ、足の枷を外してやるぞ」
鋼がどっかりと横に座っても朽木は身体を起こさなかった。
「ほら、そのまま正座していては辛いだろう、枷を外すぞ」
「…あとで!」
両手で顔を覆い突っ伏したまま、朽木が団子虫か何かのようにもぞもぞと鋼の横から離れようとする。
その足指の先まで真っ赤に染まっていたので、鋼は笑い、しかし足りないと思いながらも、こんな日々が続けば良いのにと心の奥底に複雑な想いを抱えて、足の裏をくすぐってやった。
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