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手取り足取り
しおりを挟む「さぁ、今日はこれで終いだ」
鋼は朽木の手から縫い物を取り上げた。
「あっ!あぁー!?」
ほんの少しだけ眠くなって、うつらうつらと揺れてしまったすきに布を取られて、朽木は、慌てて取り返そうとした。
「ま、まだできてない…の」
「そうだな、続きは明日な」
針も糸もくるりと布の中に丸められて、朽木の縫い刺しのイツデは、箱の中に入れられてしまった。
「まだ、明るいから、縫い物したいです」
朽木にしては珍しく主張した。
力んだ握りこぶしがふるりと震えた。
「今ちょっと寝ていたろう?根を詰めるとお前、気が足りなくて明日一指しも出来なくなるぞ。だからこの後は日向ぼっこだ」
「日向ぼっこしながら、縫い物、します」
「だめ」
「…したいです」
「だめだ」
言うことを聞かないきかん子は、こうだーっと朽木の軽い身体は抱えられて日当たりの良い縁側に運ばれた。
端には大きな泰山木の木があり、枝ぶりも良く、日陰もある。
鋼に抱えられて、背中をあぶるように日に当てていると、朽木は心地よく、ふにゃふにゃと眠くなる。
はっ!こんなうとうとしている場合ではない。岩館に早く縫った布を贈らなくてはと思うのに、こうもしっかりと抱えられては動けず、陽は温かく、支える腕も胸も温かくて、眠気に勝てずに鋼に凭れてこくんと頭が下がる。
おかしい、変だよと朽木は眠い中で珍しくも自問する。
この大きなあやかしはおそろしいものだったはずだ。
あの時、金剛の後ろから影のように現れ手を引かれて格子戸の部屋に連れて行かれた時も、両肩を掴まれて部屋に入れられた時も、何かたくさん言われた時も。ただ恐ろしく、身体は勝手に震え、色んな所がきゅっと竦むか、後退りしたくなるか、言葉も出なかったのに。
それなのに数日の後、こうして抱えられて、日に当てられ、とんとんとたたかれたり、髪をくるくるとまとめられて、首の後ろをや頭の付け根を押されると、ふにゅぅと身体の気も力も抜けるようになる。
もとより強いあやかしには逆らえないが、何の恐ろしい事も痛い事もされず身体の強張りが日に日に溶けてゆく。
岩館の事を思うと、こんな日に当てられてのんびり過ごすなど申し訳なくてすぐにでも裁縫をしたいし、綺麗な水を汲みに行きたいが、何かをしようとすると必ずこの鋼の手が入る。
今するの、したい、邪魔をしないでと思う事もあるのだが、よくよく考えて見れば手を引かれなければ疲れて綺麗な水の所まで辿り着けない。針も糸も布も鋼がくれた。布に線をつけて、手を取って縫い方を教えてくれる。
あれ?と朽木は思う。
あれ?の先が霞がかったように眠くて遠く、うまく考えられない。
ただこうして鋼に凭れたり、抱えられていると前よりもずっとものを考えられるようになった気がするのだ。
そう思いながらも、朽木の身体はゆらゆらと揺れ、顔によく陽を当てた後は布団の上に転がされ、肩も背も、手足の先まで順繰りに揉み転がされ、とろとろと夢の中に入ってしまう。
軟らかく押されるたびに小さく声を上げながら朽木はいつしかすっかり寝入ってしまったのだった。
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