偽りの器(旧:ほむんくるす)

小目出鯛太郎

文字の大きさ
上 下
3 / 10

西瓜の種2

しおりを挟む




『うぎゃうわぉぇえええ』

 おれは悲鳴をあげた。

 マスター!ますたぁぁぁぁああ“!?


 おれはマスターが手に持った物に悲鳴をあげたんだよ、マスターが怖いわけじゃないんだよ!?
 おれは精一杯狭いガラス瓶の中で身をよじった。

 マスターが手にしていたのは、昨日食べた西瓜の皮だった。

 美味しくないと言って赤い実部分はおれにくれて、残りの皮は捨てたのだと思っていたのに。

 マスターの白い指が掴む皮にはいっぱい、む、む、む、虫がぁぁぁあああ。甲のある虫が多いよぉ。


 皮を虫寄せの餌にしたようだった。

 いろんな種類の虫が一心不乱に西瓜をんでいる。


 うぁぁぁ。ますたぁぁぁぁ。やだぁぁぁぁぁ。どっかにぽいしてよぉぉぉぉぉぉ…。


 おれは虫、嫌いだった。
 だってもなにも、奴らおれの体を齧るんだもん。共生?無理だよ!完璧な敵対関係だよ。共存なんてありえなぁい、われは断固反対するぅ!おれは勇ましく両腕を突き上げた……ものの…しぉしぉとしおれた。


 戦闘態勢ファイティングポーズだと思われたら、マスターは喜んで瓶の中に虫を入れるに違いなかった。


 マスターが子供みたいな無邪気な笑顔で一匹の虫を摘んで、おれに見せつけるようにガラス瓶に近づける。
 黒くてつやつやして、鋏を持ったような頭。鎧を着たように固そうだし、隙きのないこいつはきっと古代なんちゃら時代の重盾兵士か何かの生まれ変わりに違いなかった。

 マスターがそれを別の空っぽのガラス容器に入れたのでおれはほっとした。

 そうしておれを油断させて、マスターはまた別の虫を「ほら、こんなすごいのもいるぞ」とつまみ上げた。次の奴は一本角だった。
 そいつも黒くてつやつやしている。黒くて一本角だからきっと、堕落した一角獣ユニコーンの生まれ変わりなんだろうな。
 可哀想に、こんな丸っこくなっちゃって。たてがみもないし、足も短くなっちゃって…。


 じゃぁ、手足のひょろ長いしわしわのおれは何の生まれ変わりだったんだろうと記憶を探るんだけど、思い出せない。
 
 マスターが何度もおれを切ったりするから、そのたびに何か大事なものを失くしていってるような気がするよ。
 おれは前にマスターとなにかすごく大事な約束をしなかった?

 ずっと…

 ずっとなんだろう?

 その後に続く言葉が思い出せない。



 マスターにとってその2匹の黒い虫は、他の虫とは違うようだった。
 マスターは残りを皮ごと黒い鳥のいる鳥かごに入れてしまった。そしていそいそと戻ってくると満足そうに二匹の虫を眺めた。

 そしてまた何か思いついたように立ち上がると鼻歌を歌いながら部屋を出ていく。
 こんなに子供みたいに落ち着きなく、でも上機嫌なマスターは久々じゃないかしらん…。


 戻ってきたマスターの手には白い皿が、そしてその上には切られた桃と西瓜の切れ端が。
 おやつだ!

 おれの喜びをよそに、マスターはそれをどちらも虫にやってしまった。

『マスター!おれのは??』

 なんてこった。マスターの視線は二匹の虫に注がれ、おれが手を振るのに気がつかない。

 む、虫にマスターの寵愛を奪われるなんて…。

 あの虫達はもっと高貴な誰かの生まれ変わりなんだろうか…?そうでなければマスターがあんなに気にかけるはずないよね?

 ねぇねぇマスター、こっちを見てよ。おれはぺっちぺっちとガラス瓶を中から叩いた。

 あんなちっちゃな虫に焼きもちを焼くのは嫌なんだけど。

 なんだか変な気がした。
 お前はおれだけを見ていれば良いのだ…って言ったのはマスターじゃなかったっけ?
 確かにおれだけを見ていて欲しいけど…。
 あれれ…。

 おれがちゃぷちゃぷと溶液を揺らすのがうるさかったのか、マスターはまた黒い布を取り出した。
 あんな虫にはおれの大好物の桃をあげるのに、おれには黒い布だけだなんて…。ひどいよマスター。

 ガラス瓶は黒い布で覆われてしまい、おれはしばらくの間暗闇のなかでもにょもにょと蠢いていたけれど、残念ながらその日布が取られることはなかった。

 昨日みたいにおやすみの言葉さえなくて、おれは寂しくてさみしくて、どうにかなってしまいそうだった。
    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

山奥のとある全寮制の学園にて

モコ
BL
山奥にある全寮制の学園に、珍しい季節に転校してきた1人の生徒がいた。 彼によって学園内に嵐が巻き起こされる。 これは甘やかされて育った彼やそれを取り巻く人々が学園での出来事を経て成長する物語である。 王道学園の設定を少し変更して書いています。 初めて小説を書くため至らないところがあるかと思いますがよろしくお願いいたします。 他サイトでも投稿しております。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...