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まつり
しおりを挟むチャイロは口をぽかんと開けて幾重にも連なる提灯を眺めた。
熟れたほおづきのような橙、曼珠沙華のような赤、白に様々な色で絵をつけたまばゆい提灯がこれでもかと並ぶ。
道の脇には屋台が立ち並び、食べ物や飲み物を片手に着物姿の人々が浮かれ歩いていた。
山の中の社は暗く静かで参る人も誰もいなかったのに、街の参道は人や物であふれかえっている。
甘いような香ばしいような、わけのわからぬにおいも入り混じるが、季節の割に涼やかな風がすっと流れて不快さを拭い去る。
「ごしゅじんさま」
チャイロは迷子にならないように軽く握られていた手を引いた。
「これは何のお祭りなの?」
星より多い灯火があり、酒樽と山のようなお供えが積まれ、数えきれぬ人が夜であるにも関わらずこれだけ参っているのだから、さぞかし名のある神様が祀られているに違いない。
「山神に感謝をするお祭りだよ」
主人の優しい声は、人混みの喧騒にかき消されもせずにチャイロの耳に届いた。
山神というものはたくさんいるのだろうかとチャイロはそろりと後ろを振り返った。
それともあの山神のためのお祭り?
山神は斜め後ろを祭りになど何の気のない様子で歩いている。
「後ろの山神のお祭り?」
「そうだよ。代替わりしても人はわからないからね」
言われて、思い出す。後ろを音もなく歩む山神は前の神を喰らって成り代わったのだった。
人にはわからない…ということは前の山神のために用意された祭りなのだろうか。
チャイロは周りを見渡した。
山にはないものばかりで、目が回りそうになる。視界の隅にまた山神が映る。
街の男達が着ているような黒い着流しだが、髪は結いもせず流れるままだ。黒い毛先が煙のように消えていくが誰も気に留めるものはいないようだった。
足先も下駄か草履を履いているのか分からないほど黒い靄に包まれている。
チャイロは手ではなく、主人の腰のあたりにへばりついた。
「なんだい?何か欲しいものでもあるのかな?」
「ううん」
チャイロは首を横に振る。後ろを歩く山神のように自分の手足も煙のように消えていってしまうのではないかという恐れが一瞬わきあがった。
煙のように紛れて、しかもこの人波に押し流されてしまいはぐれてしまっては、もう二度と会えなくなってしまうのではないかと思えた。
賑やかで物珍しい様子に目は惹かれたけれど、帰りたい気持ちが強まった。
だが用を済ませてもいないのに帰りたいとは言えない。
気持ちを表すように耳もしっぽもしんなりと垂れた。
元気の失せたチャイロの頭を撫でて主人は道端の店で、白い細い糸をふわふわに巻いた物を買った。
山神に供えるおはぎがあるけれど、白糸もお供えするのかなとチャイロは主人の手元を見つめた。
何故か近づいてくる。
「あーん」
主人に言われれば反射的に口が開いてしまう。
白いかたまりは紙より簡単にちぎれて、チャイロの口の中に収まりしゅわりと溶けた。
「…あ…あまい」
「わたあめだよ」
人は綿を飴に変えられるのかとチャイロはまじまじと見つめた。
「チャイロ、とけてしまうから食べておしまい」
促されて、ふわふわをちぎって口の中に放り込む。しゅわりしゅわりと一瞬で消える。
人混みの中にいたけれど主人と山神の体にさえぎられて、流れの止まった川の岩陰にいるようにそこだけ時が止まったかのように思えた。
ひとつまみを主人の方に差し出す。
紅唇の間にするりと消える。
残りのひとつまみを山神の方に差し出す。
困ったようなためらうような顔が見えた。
「あげる」
目測を誤ったのか黒い舌が指ごとわたあめを舐めたけれど、チャイロの指は儚く消えたりはしなかった。
食べ終わったチャイロは主人にしっかりと張り付いたまま夜の参道を歩いた。
山は夕闇に包まれて暗いが、境内はたくさんの提灯や篝火に照らされて昼のように明るい。
チャイロは首をかしげた。
目の前には立派な建物があるが、中は空っぽだ。
それなのに人々は、手を打ち鳴らし跪き、頭を下げて拝礼する。
「ねぇご主人様、人は何に何を祈っているの?」
「さぁ、それは各々に聞いて見ないとわからないねぇ」
山神はここにいるのに。チャイロはまたそっと振り返った。
黒い影のように佇む山神に誰も気づく様子もなく、近づく人もいない。
なんだか寂しいとチャイロは思いそれから首を振って思い浮かんだ感情を払った。
せっかく主人と祭りに来ているのに、どうして山神のことが気にかかるのだろう?
自分には主人とらせつがいるし、山神にはこれだけたくさんのお参りする人々がいるのだから。
夜なのに祭囃子も聞こえ、これだけ賑やかなのだから。
寂しいと感じたのは多分間違いなのだ。チャイロは自分に言い聞かせた。
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