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おそなえ
しおりを挟む玄関に誰かの気配があったのだが、らせつが行くと脱兎の如く逃げ去る物音がした。
らせつの背後からチャイロが覗くと、玄関前には雉が二羽並べてある。反対側には死んだ兎と葉っぱの上には赤いヤマボウシの実がいくつか転がっていた。
『こわいおにいさんや、チャイロに帰ってくるよう伝えておくれ』
玄関から離れた茂みから、さきっぽだけがほんのりと黒い狐の耳先だけを見せて疲れた声がした。
『山神にとってかわったクロガネが荒れて荒れて仕方がないのだよ…』
『カエッテキテオクレカエッテキテオクレ』
「やつら、何か言っているようだが…」
チャイロの目は狐耳より赤いヤマボウシの実に釘付けだった。
狐であった頃は雉も兎肉もごちそうで、骨のかけらになるまでずっとしゃぶっていたけれど、今目の前にある肉は食材であってごちそうではなかった。身体が変わると嗜好まで変わるのか。
色々忘れてしまったのに、熟したヤマボウシが甘いことは覚えている。
「これ、食べてもいいの?」
食欲の権化となったチャイロの鼻先を、らせつはきゅっと摘んだ。
「それを拾う前に、奴らがなんと言っているかちゃんと聞いてやれ」
『カエッテキテオクレカエッテキテオクレ』
茂みの中で縮こまりながら訴える声が聞こえたが、チャイロは首を横に振った。
「いやだ、帰らない」
らせつが茂みに向かってひと睨みすると、痩せて萎んだ尻尾が二つ茂みから森へと飛び出し駆け去って行った。
獣の姿は狐に見えるだけで、知り合いなのかどうかさえチャイロには分からなくなっていた。
「肉は、建て直している山神の社にでも供えるか。ああ、でもチャイロはこれを食べたいか?」
赤い甘い実は食べたい。でも食べると帰らなくてはいけないような気がする。チャイロはぐぬぬと歯噛みした。
「…食べ、たくない!」
つぶつぶとした表皮は硬くて美味しくないが、中の黄色い部分はとろりと甘いのだ。種が多くて邪魔だがそれを差し引いても山には少ない甘味である。チャイロはよだれが出そうになるのを両手で顔を押さえる。
らせつが沈んだ面持ちでチャイロのつむじをくるくると撫でた。
「俺はやはり、お前に対してひどいことをしてしまったな」
切長の眼は青白い氷のように冷ややかだったが、それはチャイロに向けたというより何か別のものに向けられているようだった。
「もし今山に駆け去って行った狐がお前の親兄弟だとしても俺には分からないし、お前も相手が誰だか分からなくなっているだろう?白いのや他の狐との間にあった縁も俺が切ってしまったのかと思うとお前に申し訳ない」
チャイロは両手を回して、らせつの固い胸に頬をくっつけた。
「らせつは前にも謝ったから、もういいの。新しいチャイロになって、ご主人様とらせつがいるからもういいの」
きゅるると緊張感も何もなくチャイロの腹が鳴った。
よだれも出そうだった。
新しい身体は何故か前の何倍もお腹がすいた。
見えず食べれない縁よりも、よしよしと頭を撫でて団子やゆで卵をくれるらせつのほうがチャイロは大事だった。
らせつの方は命だけでなく奪ったものの大きさに後悔していたのだが、チャイロは逆に日が経つにつれ良いことも悪いことも過去のことはみな忘れていってしまった
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