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まほう
しおりを挟む氷魚のような白い指が伸びて、チャイロのつむじをさわさわと撫でた。
「あの縫い合わせた狐の身体は、チャイロがもし狐になりたくなったら使わせようと思ってこしらえたんだけれどねぇ。まぁ、あの黒いのに少し貸してやる事にしようか。チャイロが気になるようだったら、見に行くかい?」
「いかない」
チャイロは即答し、主人の背中にへばりついた。
「そうかそうか。それではあやつのせいでぐちゃぐちゃになった庭を片付けようかな。チャイロはお手伝いしてくれるかい?」
うん、とチャイロは頭をこすりつけた。
「外に出ても良いの?」
「私がすぐそばにいるからね、大丈夫だよ」
主人がそばにいなければどうなってしまうのだろうと思いながら、チャイロは靴を履かされてそろりと庭に出た。
木々は薙ぎ倒され、花壇は花が落ち、棚や小屋も壊れて酷い有様だった。
見れば山肌も崩れている。
チャイロがおろおろと辺りを見回している間に、主人が不思議な術で庭を綺麗にしてしまう。
「木は森に、葉は枝に、散りたる花も元の所に」
主人が倒木に手を当てて唱え、指を鳴らすと木の根が生き物のように伸びて倒れた幹を引き起こし、裂け目を樹皮が覆い細かい枝は多少折れてはいるが、嵐が過ぎた後ぐらいの様相に戻った。
「ごめんね、チャイロ」
唐突に謝られて、チャイロは首を傾げた。
主人に抱き寄せられて、胸に顔をうずめてよしよしと頭を撫でられる。顔を離すと主人の服は雨の雫が落ちたように所々濡れていた。
「私がもっとすごい術師なら、お前の身体を元通りにして返してやれたのにね。こんなに悲しい寂しい顔をさせてしまってごめんねチャイロ」
「寂しくないもん…でも目から水が出る」
主人の手伝いを何一つしないまま、チャイロは抱きしめられた。
「チャイロが前の事をあまり覚えていなくても、お前の仲間と話をさせてやるべきだったね」
「ごしゅじんさまとらせつがいるから寂しくないよ、でもなんで水が出るんだろう」
チャイロは鼻をすする。
つい昨日まではごすじん、としかうまく口が回らなくて言えなかったのが今日は言える。掃除の手伝いはできなかったが、もしかしてら明日はもっとちゃんと出来るようになるかもしれない。
身体から札が剥がれ落ちるごとに記憶は薄れて、その代わりに出来ることが増えていくのだから、そのうちひりひりとした胸の痛みもなくなり、目から水が落ちてくることもなくなるだろう。
崩れた山肌も、折れた庭木もみんな元通りになってみんな元通りになるはずだ。
チャイロは山の中腹から目を反らし、主人の黄金色の瞳を見つめた。空の太陽より確かな物はそれしか無いように思える。
だから主人の瞳が陰ると、耳もしっぽの毛も総毛立つ程に不安になり、微笑みの形になると簡単にとろけて、胸のうちに沸き起こった不安をすぐに忘れてしまった。
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