きつねのこはかえりたくない

小目出鯛太郎

文字の大きさ
上 下
8 / 20

ねどこ

しおりを挟む

 チャイロは敷かれた布団の上をごろごろと転がった。地面と違って汚れる事もなく柔らかく身体を受け止めてくれる。白狐がすんすん鼻を鳴らしながら、布団の外側をチャイロの動きを追って右往左往した。
 ふわふわの耳や首の後ろを掻いてやると頭を垂れてじっとしているが、つぶらな瞳はなんとはなく寂しそうだった。

 白い身体をころんとひっくり返してお腹を両手でわしゃわしゃかき回すと足をばたばたさせて、しかし逃げもせずにされるがままになっている。

 ぼうぼうになった毛をすいてやると、すんすん鳴いてチャイロに顔を寄せてきた。
 猫よりも長い鼻先をチャイロの頬に当ててぺろと舐めて来たが、晩に食べた肉の匂いがしたので、チャイロは起き上がりあぐらをかくと白狐を足の上に抱えた。

 前にもこうして抱えて撫でたような記憶はある。

 ふわふわぁ~とかなんとか言いながら。あるいは獣の姿で舐めてやっていたようにも思う。ネズミをいっぱい捕まえて来たような…。今の食事と比較するととても切ない。

「俺はおすだから、子育てなんかしないと思うんだけどなぁ…」
 もしかすると、純粋な狐とは異なり、獣人はそう云う事もするのかもしれない。

「そもそも俺の子?」

 ぎゃぎゃぅ!まるで違うとでも言うように白狐はぴょこんと跳ね起きた。
 ぐ、ぐ、ぐ、ぐぎゃぅぐぎゃぅといやいやをする様に頭をこすりつけてくるのだが、場所が悪いとチャイロは白狐の子の身体をまたくるりとひっくり返した。

「おまたを噛まれたらいやだからな~そ~れこしょこしょこしょ~」
 こうやってくすぐったり撫でたりする分には可愛いなぁと思うのだが、身体を擦りつけてこられると嫌な気分になってしまうのが難しかった。


「おや、チャイロはちびすけと仲良くなれそうかい」
 風呂上がりに紺色の浴衣を羽織った主人が上から覗き込む。

 チャイロはほれぼれと主人の黄金色に輝く瞳を見上げた。その上品な美貌にうっとりして、湯上がりのふんわりとした香りに包まれて、夢見心地になりそうなところを出し抜けにむき出しの足に爪を立てられてふぁっ!?と驚きの声をあげた。
 
 白狐が子供の姿ながらに妬いた目で見上げて、前足でチャイロの肌を引っ掻いていた。

「ちびすけ、次に悪戯したらお尻を百叩きだからな」

 チャイロがきゅっと真っ白な尻尾の付け根を掴むと、いぁぁぁぁと身も世も無いような悲しい鳴き声で白狐は鳴いた。


「チャイロが私に見惚れていたからやきもちを焼いたんだよ。姿は小狐でも中身は大人だからね」
「え?」

 チャイロは驚きのあまりに声を失った。
「これ、大人なの?」

「あれ?私は言わなかったかな?大きくなれないように私が力を吸ってしまってこんなに小さななりになったけれど、中身は大人の白狐だよ」

 主人は赤と黒の金魚の描かれた団扇うちわを手に、布団の上にどっかりと座り込んだ。が、チャイロはすっくと立ち上がり、白狐の襟首を掴んで持ち上げると、隣の部屋の戸を横に開けて、そこにそっと置いた。

「ちびすけ、伏せ」
 上目遣いで見上げてくる姿はまことに可愛らしいのだが、チャイロはすぱんと戸を閉めた。

 ぎぃぁぅうううと、またもや断末魔のような声を上げる白狐に「鳴いたら絶交!」とチャイロは低い声で言った。
 すぐさま鳴きやみ、代わりにかりかりと戸を引っ掻く音がする。「悪戯しても絶交!!」更に重い声で言い放つと隣の部屋は空き部屋のように音も無くしんとした。

 チャイロはすぐさま主人に飛び付き浴衣の胸に頭をこすりつけた。
 その様子が先程の小さな白狐と全く同じ様子である事は全く気がついていない。

「チャイロの可愛い声を聞かせてやるのかい?」
 主人の長い指がチャイロのぴんと立った耳の後ろをそっと掻いた。

「かわいくないし、なかないもん」
 チャイロは口ではそう言うものの、優しく撫で回され、特に腰からしっぽの辺りを丁寧に撫でられるとふにゃふにゃと骨まで溶けたように主人の身体に持たれかかった。

 はぁぅぅぅ…ぁぅ はぁぁぁぅぅぅ

 そうして布団の上に横たえられてぴったりと寄り添ったまま撫でられていると、そこでは無い場所がむず痒いような物足りないような狂おしい気持ちになって、主人のはだけた胸元に顔を押し付けたまま身体を震わせた。
 釣り上げられた魚のように身体は伸びるのに、足指の先はきゅっと丸まる。しっぽはふるふると喜びに震える。

 与えられる優しい手の感触を追って、すぐにぐったりと脱力する。

 主人の温もりと香りに包まれてチャイロは眠りに落ちていき、朝目覚めた時に二人の髪が絡まっているのを見るのが幸せだった。

 チャイロはそれで十分満足だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─

藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。 そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!? あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが… 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊 喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者 ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』 ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 Rシーンは※をつけときます。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

処理中です...