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らせつ
しおりを挟む「おまえを殺してしまった事は俺の最大のあやまちだった。すまなかったな」
らせつにそう告げられた時、チャイロは何を言われたのか分からずにぽかーんとした。
一人で起き上がれるようになったものの、出歩くには危ないということでチャイロは家で留守を命じられていた。
縁側に座り真っ白な花をつけたカシワバアジサイを眺めていた。
そのアジサイの花は丸い形をした花の集まりとは違って円錐形の花房はもっさりととして誰かのしっぽを思い出させた。
他に何をすることもなく綺麗だなぁとアジサイを眺めながら自分のしっぽを抱えていた時に不意に現れたらせつにそう言われたのだ。
その開いた口に小さなきび練りの団子を放り込まれる。
らせつの身体は腰まで届く長い髪の先まで青い靄に薄らと包まれている。青い三日月のように細身で、空で素早く身を翻す燕のように軽やかに動くが、信じられぬ剛力で、指二本でチャイロの首根っこを掴んで持ち上げてしまう。
整っているのに石か氷のように無表情で、その声も硬い。
もにゅもにゅと団子を噛みながら、チャイロは死んでからお詫びされてもなぁと耳の後ろをかいた。ぴこぴこと耳の先が動く。もうチャイロの前の身体は皮を剥がれ、血肉は裂かれて山に供えられた。謝られても戻れない。時を戻すこともできない。
新しい身体は狐の耳と尻尾はあるけれど、前のように狐に変化することも人化することも出来なかった。しかし山の中を走り回るわけでもないので思ったほど不便ではない。
「らせつはどうして今あやまるの?」
チャイロは自分を殺したらせつに対してもっと恐怖や怒りを感じて良い筈なのだが、その考えをを突き詰めようとするともやもやとした良く分からぬ心持ちになり、いつの間にやらもにゅもにゅとまた団子を噛んでしまうのだった。
難しい術の事は分からないが、らせつが自分と同じようなもののように感じられるのだ。
らせつもまた主人の術で身体を作られているのかも知れなかったが、チャイロは尋ねなかった。
「狐が燃やした御堂の清めと再建を手伝って来たのだが、お前の気配はかけらもなかったし、怒りも怨みもあの場所には残っていなかった」
「うん、その御堂とかに行った覚えはないし、あったとしてすごく昔に軒下か床下で雨宿りをしたとかそういうのだと思う」
無実の罪で殺されてしまったかと思うと悲しいが、自分が飛び出なければあの子が射られてしまったかもしれない…。あの子だって悪い子じゃないそれを伝えなければとチャイロは口を開いた。
「あの子も身体は大きくなったけれど、恨みとかで火をつける子じゃないよ。きっと大きな尻尾が倒したのに気がつかずに出て来てしまったんだよ。火の怖さもきっと分かっていなかったんだ。狐は火を使わないから…だから許してあげてね」
あの子…あの子と言わずにもっと違う呼び方をしていたような気がするのに、チャイロは思い出せず親指を噛もうとしてしまった。
その手をすかさず押さえて、らせつはまたその口に団子を放り込む。
「あの子というのは、お前を見捨てて一目散に山に駆け去ってしまったあの白い奴の事だな」
見捨てて、と云う言葉を聞くとチャイロは口の中に団子を含んだまま唇を引き結んだ。だがじわじわと眦に涙が溜まり、堪えきれずに雫がぽったりと落ちた。
その落ちた雫を舌先ですくい取ってしまうのだから、らせつの早技で眉間を射られてしまったのも仕方が無いように思えた。
「と、年若い者を助けるのは年長者の役目だもん。助けるために来たんだもん。逃がすために来たんだもん、だから見捨てられたんじゃないもん」
泣くのを堪えようと思ったのに我慢できずにチャイロはわんわんと泣き始めた。見捨てるという言葉が矢で射られるよりもチャイロの心を抉ったのだった。
「あー泣くな、泣くな。俺が主人に怒られてしまう。お前は仲間を助けるためによくやったのだ。俺の弓が早すぎただけだ。だからきっとお前が射られた事にも気がつかずに怖くて逃げてしまったのだろうな」
らせつは感情のこもらぬ棒読みで告げるとチャイロの身体を後ろから抱えてひょいと太腿の上に乗せてしまった。そしてやはり棒読みでよーしよしとチャイロの耳の後ろをかいた。あの恐ろしい音をたてた弓を引いたとは思えぬ繊細な手つきだった。
およそ憐憫とか同情とかいう感情の無さが、らせつの腕を早く正確にしてきたのだが子供のように泣いたり笑ったりするチャイロを見ていると空っぽの隙間に何かがふっと芽吹いたような気になる。らせつはそれが嫌ではなかった。
チャイロは感情が昂ったり、どうして良いか分からぬようになると、狐の名残りなのか何かを、特に手の親指をひどく噛んでしまうようなので、噛む前に団子をやってくれと主人から団子を盛った器を渡されていた。
気が昂って指を噛みそうになったら食べるのだぞと言い含めてチャイロに器を渡し、らせつは御堂の再建の手伝いに出たのだが、その間にチャイロは相当いらいらしたのかそれとも単に腹が減っただけなのか団子は数個しか残っていなかった。
主人の団子作りを見ていると簡単そうに見えるのだが、なんだかおぞましい物体をこねあげてしまった事のあるらせつはやはり団子作りは主人に任せようと思った。
「ほらチャイロ、あーんしろ」
らせつはチャイロをつついて促すと自分の左手の親指のもっちりした部分、母指球の辺りを噛ませた。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、チャイロはらせつの肉をためらいがちに噛んだ。団子より、もっちりとしている。
そうしてらせつに抱えられて、はむはむと彼の手を甘噛みしながら、庭の白いアジサイを見るのだがチャイロはどうしてもあの子の名前が思い出せなかった。
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