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業の国
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しおりを挟む七番目があれでもないこれでもないと、輝石を摘んで小さな箱の中に戻す。
「どんなのが良いの?」
「えっとね、こうやって結んだ時に揺れたりしてなんか動きが出るようなのが良いんだけど」
その時、さらりと風が吹いてクルスの頬を下から上に撫で上げた。視線を上げた先に飾り用の羽が下がっていた。風が吹く方へと揺らされる。飾ってある高さが違うと意外に気がつかない物だなとクルスは手を伸ばした。
白、黒、茶色、染めたのか鮮やかな水色や黄色の羽もぶらさがっていた。
「羽とか合わせて見る?」
クルスが指さす方を見て、七番目は黒い羽根を一枚手に取った。陽にかざすと青にも紫にも輝いて見える。
「これを一緒にすると全然違ったふうに見えるね!僕は青が好きだけど、ズオルトには赤が似合うから。この色が入ったらまとまって見えるかなぁ」
嬉しそうに素材を合わせる七番目の様子をクルスは微笑ましく見つめた。
明日も明後日もずっとこうして笑っていられたらいいなぁと思う一方で、足元の影よりも濃い不安がまさしく断ち切れぬ影のようにクルスに纏わりついていた。
この不安に蓋をして、何もかも忘れて、闘技場に近づかなければ良いのだ。
静かに生きていくためにはそれが一番だと頭ではわかっていた。
ふと、七番目があの男とお揃いの飾りを持てたら嬉しいのではないかと思い、クルスは懐を探った。買ってもお釣りが来るほどに手持ちはあった。七番目はズオルトから金の腕輪をもらっているようだし、本当はズオルトからお揃いの品をもらった方が嬉しいだろうけれど。
七番目が手にしたような赤と青の小さな輝石を選び、黒い羽を選んだ。
アディムにも何か、とクルスはその場を見渡したが、羽飾りも首飾りも腕輪もあまりアディムに似合うように思えなかった。帰りにどこかで座りの良い座布団でも買おう、綺麗な刺繍がされたのを。
七番目に預かっていた銀貨を返して、互いに支払いを済ませる。
贈り物を入れる小さな麻の袋もお金がかかるらしく、小銭を払うとクルスは店先でそれを七番目に渡した。お返しが出来ないと言う七番目を、また買い物に付き合って欲しいから、最初の友達だからと言いくるめる。
本当に言いたいことは別にあった。
だが上機嫌の七番目を目の前にすると、どうにも言い出し辛かった。
闘技場を出た時には高い位置にあった太陽はもう降りてきていた。大通りを歩く人の数は多く、むしろ昼の熱気や日差しを避けていた人々が夜を待てずに出歩き始めて昼よりずっと増えていた。
「クルス、待ってぇ」
人に押されて離れそうになり、クルスは七番目の伸ばされた手を繋ぐ。
自分と同じような、大人になりきれない頼りない手だった。
「何か食べたい物はある?欲しいものでもなんでも」
「ううん、大丈夫!ないよ」
川の流れに逆らう小さな魚のように二人は人混みの中を歩いた。
この頼りない手の持ち主に、君は明日殺されるかもしれないなどと、不安を抱かせるような言葉を言う必要があるだろうか。クルスは自分の胸に訊いた。
七番目は闘技場のズオルトの元へ戻りたいと言うだろうか?
お土産を手にした輝かんばかりの笑顔を見れば、聞くまでもなかった。
七番目は心からの贈り物を渡して、幸せな夜を過ごすだろう。
だがその次の朝は?
祭りが終わってもまた会えるはずだと思えないのは何故なのか。
七番目の幸せを妬んでしまったからかもしれないと思うと、クルスは振り返ることができなくなった。
闘技場は近づいてくる。
沈みつつある夕日に照らされ、空も雲も建物の壁も血を吸ったように不気味に赤い。
「あの、今日は外に…お祭りに連れて行ってくれてありがとう。またね」
別れを告げて闘技場の中へと入って行こうとする小さな背中に、クルスは声を振り絞った。
「七番目!!」
振り返った少年は、世の善悪を知らず、苦楽から解放されているようなあどけない無垢な瞳をしていた。
「もし困った事があったら祈りの間へ行って!」
七番目は言われた事が分からぬように斜めに首を傾けて、とりあえずという感じでこくんと頷いた。
待ちきれぬように駆け去って行く背中をクルスは一人見送った。
胸の中に湧き上がる不安が、全くの取り越し苦労で、もしくはつまらぬ嫉妬であるならば明日も明後日も変わらずにいる事ができる。
きっと砂の国での変わらぬ日々が続く。
乾き果てた砂煉瓦のような心を抱えて。
クルスは暗くなり始めた道を歩き始めた。
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