上 下
77 / 79
業の国

76

しおりを挟む

 七番目があれでもないこれでもないと、輝石を摘んで小さな箱の中に戻す。

「どんなのが良いの?」

「えっとね、こうやって結んだ時に揺れたりしてなんか動きが出るようなのが良いんだけど」

 
 その時、さらりと風が吹いてクルスの頬を下から上に撫で上げた。視線を上げた先に飾り用の羽が下がっていた。風が吹く方へと揺らされる。飾ってある高さが違うと意外に気がつかない物だなとクルスは手を伸ばした。
 白、黒、茶色、染めたのか鮮やかな水色や黄色の羽もぶらさがっていた。

「羽とか合わせて見る?」

 クルスが指さす方を見て、七番目は黒い羽根を一枚手に取った。陽にかざすと青にも紫にも輝いて見える。
「これを一緒にすると全然違ったふうに見えるね!僕は青が好きだけど、ズオルトには赤が似合うから。この色が入ったらまとまって見えるかなぁ」

 嬉しそうに素材を合わせる七番目の様子をクルスは微笑ましく見つめた。
 
 明日も明後日もずっとこうして笑っていられたらいいなぁと思う一方で、足元の影よりも濃い不安がまさしく断ち切れぬ影のようにクルスに纏わりついていた。
 この不安に蓋をして、何もかも忘れて、闘技場に近づかなければ良いのだ。

 静かに生きていくためにはそれが一番だと頭ではわかっていた。

 
 ふと、七番目があの男とお揃いの飾りを持てたら嬉しいのではないかと思い、クルスは懐を探った。買ってもお釣りが来るほどに手持ちはあった。七番目はズオルトから金の腕輪をもらっているようだし、本当はズオルトからお揃いの品をもらった方が嬉しいだろうけれど。

 七番目が手にしたような赤と青の小さな輝石を選び、黒い羽を選んだ。


 アディムにも何か、とクルスはその場を見渡したが、羽飾りも首飾りも腕輪もあまりアディムに似合うように思えなかった。帰りにどこかで座りの良い座布団・クッションでも買おう、綺麗な刺繍がされたのを。


 七番目に預かっていた銀貨を返して、互いに支払いを済ませる。
 贈り物を入れる小さな麻の袋もお金がかかるらしく、小銭を払うとクルスは店先でそれを七番目に渡した。お返しが出来ないと言う七番目を、また買い物に付き合って欲しいから、最初の友達だからと言いくるめる。


 本当に言いたいことは別にあった。
 だが上機嫌の七番目を目の前にすると、どうにも言い出し辛かった。

 闘技場を出た時には高い位置にあった太陽はもう降りてきていた。大通りを歩く人の数は多く、むしろ昼の熱気や日差しを避けていた人々が夜を待てずに出歩き始めて昼よりずっと増えていた。

「クルス、待ってぇ」
 人に押されて離れそうになり、クルスは七番目の伸ばされた手を繋ぐ。
 自分と同じような、大人になりきれない頼りない手だった。
「何か食べたい物はある?欲しいものでもなんでも」


「ううん、大丈夫!ないよ」
 川の流れに逆らう小さな魚のように二人は人混みの中を歩いた。



 この頼りない手の持ち主に、君は明日殺されるかもしれないなどと、不安を抱かせるような言葉を言う必要があるだろうか。クルスは自分の胸に訊いた。

 七番目は闘技場のズオルトの元へ戻りたいと言うだろうか?
 お土産を手にした輝かんばかりの笑顔を見れば、聞くまでもなかった。


 七番目は心からの贈り物を渡して、幸せな夜を過ごすだろう。

 だがその次の朝は?
 祭りが終わってもまた会えるはずだと思えないのは何故なのか。


 七番目の幸せを妬んでしまったからかもしれないと思うと、クルスは振り返ることができなくなった。

 闘技場は近づいてくる。
 沈みつつある夕日に照らされ、空も雲も建物の壁も血を吸ったように不気味に赤い。


「あの、今日は外に…お祭りに連れて行ってくれてありがとう。またね」
 別れを告げて闘技場の中へと入って行こうとする小さな背中に、クルスは声を振り絞った。

「七番目!!」

 振り返った少年は、世の善悪を知らず、苦楽から解放されているようなあどけない無垢な瞳をしていた。


「もし困った事があったら祈りの間へ行って!」

 七番目は言われた事が分からぬように斜めに首を傾けて、とりあえずという感じでこくんと頷いた。



 待ちきれぬように駆け去って行く背中をクルスは一人見送った。
 胸の中に湧き上がる不安が、全くの取り越し苦労で、もしくはつまらぬ嫉妬であるならば明日も明後日も変わらずにいる事ができる。


 きっと砂の国での変わらぬ日々が続く。
 乾き果てた砂煉瓦のような心を抱えて。

 クルスは暗くなり始めた道を歩き始めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

嫌われ者は異世界で王弟殿下に愛される

希咲さき
BL
 「もう、こんなとこ嫌だ…………」  所謂王道学園と呼ばれる学校に通っていた、ごく普通の高校生の仲谷枢(なかたにかなめ)。  巻き込まれ平凡ポジションの彼は、王道やその取り巻きからの嫌がらせに傷つき苦しみ、もうボロボロだった。  いつもと同じく嫌がらせを受けている最中、枢は階段から足を滑らせそのままーーー……。  目が覚めた先は………………異世界だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー  自分の生まれた世界で誰にも愛されなかった少年が、異世界でたった1人に愛されて幸せになるお話。 *第9回BL小説大賞 奨励賞受賞 *3/15 書籍発売しました! 現在レンタルに移行中。3話無料です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

淫獄桃太郎

煮卵
BL
鬼を退治しにきた桃太郎が鬼に捕らえられて性奴隷にされてしまう話。 何も考えないエロい話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

処理中です...