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16話 勇者は朗読してはいけない 勇者に朗読してもいけない
しおりを挟む翌日も俺はミノタンからバスケットを受け取った。これにプラスして勇者が俺の手料理を食べたがっていたからサンドイッチでも作ってやろうとしたんだが…ゆで卵を茹でる前に鍋に落とし、トマトは切ろうとしたらグッチャグチャのスプラッターになった。
う、俺は食べなくても大丈夫な体になっていたから料理なんてこのかたしたことがなくて。それにしたってこの惨状…酷い。
食べ物は大事にしなくちゃいけないのに…どうしようって慌てたらどこからともなく現れたミノタンが「ナイスパニック」って卵とトマトの炒めものにリメイクして「本当は半熟がナイスだけどお弁当だからしっかり火を通しましょうネ」って最後まで調理してくれて【ティンが気持ちだけ弁当作ろうとしたけど結局ミノタンが作った卵とトマトの炒め物】になった。うん、大事なのは真心だよな。それがスパイスだよな。
そうして出向いた先で、決して子供に(女性にもだめかも)聞かせてはいけない呪文めいた物が俺の耳に響いた。
『アは愛撫のア、イは淫靡のイ、ウは売り専のウ、エは会陰のエ、オは自慰のオ、カは皮被りのカ』
( ´Д`)・;’.;’.、カハッ
雨上がりの清々しい午後が一瞬にして汚れそうな内容に俺は盛大に噴いた。そういうのは夜にやれ、いや違う。
雨雲が風で流れ爽やかな青空が見える窓辺に、若々しく凛々しい勇者が佇み、後世に残りそうな詩でも口ずさみそうな感じなのに…。
オマエハナニヤットルジャユウシヤー!!
『キは金玉のキ、クはク●ニのク、ケは獣耳のケ、コは肛門のコ、ザーメンシェイキングスプリットセックスソーマッチ』
美声だ。いや、違う!いかんだろう!?サシスセソをいい加減にしすぎだろう!?
「ディル!勇者ディル!その読み上げはやめなさい今スグASAP」
『え?
Anus
Sex
Anul
Penis?』
勇者は輝く笑顔で無邪気に暗唱した。そして頑是ない子供のように首をかしげた。意味を全く理解していないからこその天衣無縫の振る舞いだ。
(´;д;`)ユウシャ…
ちょっと俺は涙ぐみそうになってしまった。言ったやん、俺言ったやん。その明晰な頭脳を変な所に使うんじゃないと。清く正しく生きて国に帰れと。え?言ってない?聞いてない?心で思っただけ?
「ティン…私に国に帰れと言うのですか?それは、私の存在が耐え難いということですか?あの国に私が帰る場所はありません。この平和な街にこそ、私が夢見た理想と、こ、恋い慕う君がいるのに…帰れ、と?」
勇者は正座して床に手をついた。その指が、鋼鉄の熊手を突き刺したかのように石床にガリガリと計10本の爪痕を刻む。
ヤバい。
勇者の槌を手にしていなくても勇者パワーは健在だ。
「ディル、ディル、そうじゃなくてお前がさっき読み上げてた言葉は恥ずかしい言葉の羅列なんだよ。そんな声に出して言うもんじゃないんだよ」
「『愛撫や自慰や皮被り』はいけない言葉なのですか?エンシャントイーストリトルジャッパァン国の古式正しい『淫猥御呪音』だと聞いているのに。では『(T)に優しく愛撫した』も使い方が間違っているんですか?」
ぅぁぁぁあぁあぁ。誰だ勇者に変な事を教えたのは。この本か!?俺は勇者の傍らにあった本を掴み上げた。
『勇者は淫獣になりたい 黒騎士著 (成人向け決定版★待望の勇者編)』
「勇者、これから一緒に焼き芋しようか」
世界には焚書という行為がある。俺の記憶に間違いがなければ秦の始皇帝が言論や思想弾圧の為に初めた行為だ。確か焚書坑儒…。書物を焼いて儒学者を穴埋めにするやつだ。
誰かが書いた本を焼くなんて俺は本当はそんなことしたくない。だが漢ならやらねばならない時がある。
穴埋めはだめだ。
命大事にだ。
そして何より生きてる人を穴埋めなんかにしたらウェルカムマイホームいらっしゃいまっせー(歓迎光臨)★お茶菓子もあるよになってしまう。駄目だだめだ。
勇者は俺の言葉に嬉しそうに、保存壺らしきものから芋を取り出している。
しかし俺が『勇者は淫獣になりたい』を焚き付けにしようとすると、勇者は顔色を変えて電光石火の速さで俺から本を取り上げた。
「ティン!何ということをするんですか、借りた書物に火をつけるなど、許されないことですよ」
勇者のほうが背が高いから本を奪った手を上げられてしまうと届かない。
「ばかばか勇者、そんなエッチな本なんか燃やしちゃえ!害悪だ、毒される、勇者が穢される!」
俺は勇者の周りをぴょんぴょん跳ねるがと・ど・か・な・い!
「え?この本は勇者が鍛え上げられた逞しい肉体と決して折れない剣で魔物を千人斬りして魔物が身も心も改心するまで言葉を尽くして語り合う本だと…」
たぶんというか絶対違う。それは勇者が無尽蔵の性欲と逞しい肉体と中折しない肉剣で魔物を千人斬りして、魔物が泣いて許しを請うても肉体言語で嬲って攻め尽くすやつだ。そして千人斬りと言いながら千回犯られるのは俺だ。このお弁当を賭けても良い。
俺と勇者はしばし見つめあった。
「…勇者は俺の言うことを信じてくれないんだな。俺の言うことより、その本を渡した奴のことを信じるんだな?」
「ティン!君を信じているよ!でもこの本は燃やせません。僕の物ではなく人の財産だからです。読まずに返却すると約束します。僕はこの国の言葉はまだ読み書きが苦手で…きっと何かどこかで間違いがあったんだと思う。他にも言葉と文字を覚えるためにもらった書きつけがあるんだ。また君を悲しませることになるといけないから、見てくれないか?君に誤解されるのは辛いよ…」
勇者の横顔は嘘を言っているようには見えなかった。よし、書きつけぐらい見てやる。子供達に言葉も教えてるしな、俺。
よしやるぞ!
勇者宅に勇んで入った俺は後悔した。
『あ、だめ裂けちゃう』
『いや、大きすぎるの』
『こんな大きいの…入らないよ』
「これは服を買うときなどに、大きさが合わないときに使う言葉だと聞いています。ティン読んでくれますか?」
勇者は、女子が直視出来ないようなはにかんだ笑みを浮かべた。
『こんなに奥まで』『もういっちゃう』『動かないで』『もっと早く』
「これは街で(T)に乗るときだったかな、ええと辻馬車?使い方が難しいと…」
『こんなに濡れて』『ぐしょぐしょじやないか』『びしょ濡れじゃないか』『風邪を引いてしまうよ、脱ぐんだ』『こんなに肌が冷たい』
くっ、なんだこの似たような台詞の微妙にやらしいが怒る程でもないチョイスは…。誰のチョイスだ、まったく。
俺は書きつけを掴んだ。こんな書きつけで勉強してはいけない。勇者が歪んでしまう…。
「ディル、もしこの書きつけを全部燃やしてくれたら俺が『モーモータロウサン』を読んでやる」
ぼっ!と一瞬にして勇者の手にした紙に炎がまとわりつき何枚かの書きつけはその手の中で燃えつきた。なんのためらいも見せなかった。俺の手から勇者の手に渡るまで0コンマ何秒もかかってはいなかっただろう。流石勇者…。
「…へへっ…燃えたろ」
そ、その台詞は。何かが記憶をよぎりそうだ。(俺は背中に月がある奴のことを…忘却)
「ティン、『モーモータロウサン』は牛男の話じゃないよね?」
牛男と言った勇者の眉が寄っている。どれだけミノタンのこと嫌いなんだ、お前…。お前の食生活を気にしてくれる良い奴なんだぞ。
「桃から生まれた男が鬼退治に行く話だよ。昔話だよ」
俺の覚えのあるかぎり有名でポピュラーな話だから軽い気持ちで選択したのに、結果として勇者を物凄く落ち込ませてしまった。
「主人公は直接自分が被害を受けたわけでもないのに、よく知りもしない他人の伝聞だけで鬼という別種族を討ち払い財産を奪ったんですか…。しかもその際に素性の知れない無頼な仲間を引き連れて徒党を組んで荒らし回ったんですね。猿と犬…『去る』と『往ぬ』僕の側から去ったコンドーとここに往ないヴァィ…これは僕に対する戒めの物語……?」
ずぅぅんと音が聞こえそうなくらいに勇者は落ちこんでしまった。単なる昔話だって。何を考えたらそうなるんじゃー。曲解せずに素直に聞いてくれー。
俺の不用意な発言で勇者の心の傷をえぐってしまったようだった。
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