異端の巫子

小目出鯛太郎

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おぼれる

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 おぼれる。
 簡単におぼれてしまう。


「エヌ、良い子だエヌ。こんな時は何て言うの」

 おかしい、どうしてここにいない人の声がするんだろう。
 俺を絡め取り、溺れさせたのは広い胸ではなく、のしかかる重みと熱さでもなく、慕わしい懐かしいような香りでもなく、声だった。


 いや、少しは香りのせいもあったかもしれない。
 脳髄をじわじわと侵食していく。
 聞こえるはずのない人の声と香り。


 シェスの声は、耳元で低く囁く声は泣きたくなるほどゼルドさんの声に似ていた。
 比べる事ができないくらい、そのものだった。
「こういう話し方をすると似ているだろう?」

 陽気なからかうような話し方でなく、落ち着いた重低音で囁やきかけられる。

 熱い手にしごかれながらほら、と促される。

「…きもちいい」

 
 …最初は痛かったのに今はもう、気持ちが良かった。
 優しく焦らされると気が狂いそうだった。
 ゼルドさんにされているみたいで。




 
 さきっぽを包む皮をゆるゆると動かされながら最奥を突かれる。


 ヘベスがそこに快感があると俺の身体に教えた場所を、指ではないものでいっぱいに満たされて、前に押し出されるように動かされるのに一歩も進むことは出来なかった。
 ここにいてはいけないと思うのに。


 ヘベスが出来なかったことをシェスはした。一つに繋がって気持ちが良い場所を突かれながら射精を促される。
 
 ただ出すんじゃなくて変なことを言わせようとする。

 素面しらふだったら笑い出すか、殴るかしたかもしれないけれど、この時は本当にどうにかして欲しかった。解放されたかった。

「…シェスおねがい」

 俺を包んでいる手の動きが緩慢になる。

「…シェスの大きなおちんちんで気持ち良くしてください。シェスのでいっぱいにしてください」


 シェスは、俺が年相応ではなく子供みたいに振る舞う事を望んでいた。舌っ足らずに甘えて、震えて、哀願して、我慢しきれずに粗相することを喜んだ。
 シェスは自分で言った。

 成熟した男より、未成熟な、腕の中にすっぽりと収まって決して一人では逃げられないようなちいさくて可愛い子が良いのだと。


 犯罪だ。

 それをよそでやったのなら。


 王宮の敷地の中に数えられないほどの人がいるけれど、上背があって屈強な男達の中でシェスの嗜好を満たせる相手はいなかったんだろう。そうでなければ、俺なんかに手をだすはずがなかった。

 俺は同じ歳の奴に比べれば小柄で少し痩せてあれも小さくて、でも俺は18を過ぎて子供ではない。

 シェスの嗜好を満たせる素材だった。


 そして俺達は同じ人が好きだった。
 多分それだけで十分だった。


「…ゼルド…あぁゼルド……っ…」

 シェスが俺を握り込んだまま腰を震わせる。ゼルドさんの名前を呼ぶ声は本来のシェスの声だった。俺の中で大きなシェスが暴れて弾ける。怖いくらいに中でじゅわっとあれがあふれて広がるのがわかる。


 俺もシェスの手を濡らす。

 肌が風呂上がりみたいに、汗ばんですべる。ぐしゃぐしゃになったシーツの上を盛りのついた獣みたいに転がる。

 
 愛しているなんて、到底本人には言えないような言葉をここで言わなくて良いよ。だってそんなの俺の耳に届いても何の意味も無い。
 エヌ愛しているよなんて、ゼルドさんの声で言わないでよ。虚しいだけだよ。


 好きだよ、でいい。


 嫌いな奴には勃たないだろうから、それは嘘の言葉じゃない。

 ううん、やっぱりそばにいるよぐらいでいい。その方が落ち着く。一欠片の嘘もない。



 ごめんね、ヘベス。
 シェスの腕の中にいながら俺は心の中で謝る。


 ヘベスへの答えが見えないまま、別の相手とこんなことをしている。


 前にも思ったじゃないか、と俺は遅すぎる後悔をした。


 前も自分が怖くなったじゃないか。


 俺を嘘でも好きだと言って、可愛いと撫でて抱き寄せる手があれば、相手が誰であれその手の持ち主の事を何一つ知らなくとも身を任せてしまうような自分の無鉄砲な部分が怖いと。

 そしてずっと抱え続ける寂しさが癒されない事が恐ろしいと。

 抗えば無理強いされることはなかったはずだ。立場的に。


 ふらふらになって、それでもシャワーを浴びて、よろける俺の身体をシェスは笑って簡単に抱き上げた。


 俺達は同じものが欲しいのに、お互いにそこには無いものを求めあって代替え品に満足したふりをしている。

 結局の所満たされたようで、何にも満たされないことを俺達は一晩のうちに理解して、そして次の夜も同じように溺れた。


 そうして溺れた後に、ぬくもりにつつまれて眠りながら、違う人と夜空を眺める夢を見るのだから、俺はどうしようもない人間だった。






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