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秘密の本
しおりを挟むうーん。俺の向かいでシェスさんがキッシュをむしゃぁ!と食べた。
幸いというかキッシュは切った物を大皿にドーンとあるので、俺はどうぞどうぞと勧めた。
おかしい…。同じ大きさの物が俺の皿にもあるんだけど、決してそれは一口で飲み込めるような大きさではない。じゃがいもとほうれん草、それに俺が好きな海老が入っている。
俺の好物が海老と伝わったのか、食事によく海老が出るようになった。小エビの時もあれば、巨大な海老のヴァプールだのテルミドールとかもある。名前聞くと呪文みたいだよな。
ヴァプールが蒸し料理で、テルミドールは半身になった海老にクリームのソースをかけ、チーズなんかをふって焼き上げたものだ。どちらもうまい。料理長は天才だ。
きっとそのうちエビフライなんかも出てくるに違いないと俺は思っている。
サラダもシェスさんの前に、言い方は悪いんだけどなんだか餌みたいに大きな器に入っている。
スープも器が大きい。
巨人族の食器のように見えて笑ってしまう。
シェスさんは澄ました顔でスープを飲んだ。
食べ方は豪快なんだけれど、啜ったり咀嚼の音がしない。噛まずに飲み込んでる?
料理のマナーが身についてる人はそうなのかな?
スープはベーコンと、細かく切った野菜がたくさん入った優しい味の物だ。
スープなんて、俺、最初の頃はずるずる啜っちゃって、直しましょうねってクレオさんに言われていた。気が緩むとずるっと音を立てちゃうので、マナーに関してはすぐに注意してねとへベスにもお願いしてある。
ま、会食とかまだないから、ひどい失敗をしたこともない。そしてセルカの巫子は病弱なんて設定になってるらしいよ。うーん。
全ては飛空挺のせいです。
でも、その設定のおかげで?面倒な晩餐会などは出席を断りやすいみたい。
へベスは、もしどこか参加しようという気になればいつでも、と言ってくれる。
きっとお偉い方の集まりなのに、断れちゃうのがすごいよね。レベリオでの巫子の扱いって何なんだろうと考えてしまう。
「うまい、さすが宮付きの料理は違う。格別だな。感謝しますエヌ様」
シェスさんは何か取ってつけたように言った。
作ったのは厨房の人で、俺何にもしてないからいいけどね。
ちらっと伺うとへベスは糸みたいな細い目でシェスさんを見ていた。
シェスさんは予定の14時より早く星養宮に到着して、食事を前にした俺の前でお腹をぐぎゅぎゅうぅぅぅと鳴らした。
「あ、お気になさらないでください」
…と言われても、無視できるはずがない。
急に外出するの言い出したのは俺だしね。
「えーと、もし良ければお昼を一緒にどうですか?」
言ってから、料理たくさんあるのだろうかと振り返ってへベスの顔を見たら、もう糸目だった。
「ご用意致します」
へベスも一緒に食べようと言ったら、私はカートリッジですでに済ませておりますと言われちゃった。カートリッジ?なんかそういうのあるのか…。
堕落の夕飯みたいに一緒に食べれたら良いのに。
食後、すぐにでも出かけるのかと思いきや、俺はいつも通り午睡を取るように言われた。その間に二人話す事があるらしい。
えー。
眠くないから早く行きたい。
嫌な事があったけれど、俺はあの美しい建物が好きなんだ。
そうして文学館に向かい、入り口で待ち構えていた館員の方に案内され、中で銀色のカードを受け取った。これが貸出証になり、借りる時は本と一緒にカウンターに出し、返却時はカードは不要ですと説明された。本が重かったり多い時は、星養宮まで届けてくれるとの事だった。
また、文学館にない本も題名や作者がわかれば他から取り寄せるし、興味のある分野があれば良く読まれている物などを取り寄せたり、写しを送ってもらう事も出来ると言われた。
うわぁ。ありがたや…。
セルカでは、本は貴重で先代はともかく俺は借りれなかったんだよね。
必要があれば図書館や神殿で書き写さなくちゃいけなかったから、取り寄せしてもらえるだけで嬉しいし、写しを送ってもえらえるのもすごく助かる。
最後に文学館内の案内図を渡された。
どの分野がどこの書棚に置かれているかの概略と、手洗いや講義室、休憩所などが記されている。
「ぶらぶら見ても大丈夫?」
何を借りるか決めてなかったのでそう聞くと二人とも勿論ですと頷いた。
あの美しい青いステンドグラスを下から見上げる。
壁の色が暗いのに、文学館が沈んだ雰囲気を持たないのはやはりこのステンドグラスから柔らかい光を投げかけているからなんだろう。
壁は夜空の色。本棚は黒檀で黒く、手すりや、本棚に架けられたスライドする梯子や所々に設置された机も黒い。
要所に可動式のライトがあるので題名が読みにくい事もない。
前に来た時は気が付かなかったけれど、壁際には回転式の書見台が置いてあって、レバーをゆっくりと回すと、本のページを開いたまま、何冊も閲覧できるようになっていた。
挿絵がとっても綺麗で、でもこれは神話とか活劇とかかな?絵的に。
『神話における魔導体系』挿絵が綺麗なので手に取った。
古い歴史は勉強しなくて良いって言われたけど、魔導に関係するんだったらいいかな?
挿絵も多そうで、読みやすそうだし。
隣の本を取ると『魔導大全(上)』と書いてある。魔導のことはほんと、わからないから、ぺらっと中をめくってみた。
『カマルは白い裸身をザラムの逞しい肉体の上に預け、ザラムの腕が体に絡みつくのを許した。互いの性器は昂り腹につくほど硬く反りかえり、カマルはすぐに手で触れるだけでは身体の奥の疼きが治らない事に気づき、己のまだ硬い隘路に導き入れた。カマル、お前の身体が傷ついてしまう、と…』
うわぁっ!?
え! え!?
危うく本を落とす所だった。
少し離れた場所に立ったへベスがどうかしましたか?というように視線を投げて寄越す。
「だ、大丈夫、本を試しに読もうとしてちょっと落としそうになっただけ」
表紙と本は透明なツルツルしたフィルムで貼り付けてコーティングしてあるようなのに、こ、これが魔導大全なの?
それともさっきのは何かの比喩?
もう一度ページを捲って見た。
『突き上げられる快楽に喘ぎ薄い腹が呼吸で震えるように波打ち、絶頂の余韻で吐き出された白濁が腹に飛び散った。しかしザラムは夢中になり哀願の喘ぎなど聞こえぬようにさらに腰の動きを早め、二人の身体は熱を放ち肌は汗ばみ…』
こ、これって。
何でこんなのが。本の後ろの方のページを開いてみると『愛慾の輪舞曲』とある。
ひゃー違う本じゃん!表紙と中身全然違う本じゃん!!
おれはその本をそっと書架に戻した。誤魔化すように貰った案内図を広げた。だめだ、なんか広げただけで全然頭に入ってこない。
あの事で先代に叩かれて責められたよりも強烈だ。
だって、これって自分で触るんじゃなくて男二人で、その…。
『魔導大全(下)』を書架から引き出した。
『四大元素における火風水土に電気、木、金を加えた七種の基本元素を根底においた場合四大あるいは五大元素における相生及び相克の関係は宗教的理由により異なる場合がある。主神が諫めとして齎す雷と、電気の解釈の違いにより…』
…ええええ。
下巻はちゃんとそれっぽい本だった。こっちは何か夜に読んだら眠気を呼んでくれそうな内容だ。どうしてこんな事になっているんだろう。
ううう。
…気になる。
…あの本の中身が気になる。
でもあんなの読んでる事が知られたら大変だよね。貸出する時に中を捲られたりしたら…。
俺はうろうろと次の棚に移動した。伝記が並びその背表紙の中に飛空艇の開発者インフェリス・ザラモンと言う文字を見つけた。
これは何の問題も無く借りれそう。
インフェリスって、あの公爵家のインフェリスなのかな?公爵家が開発に関わったりするんだろうか。
産業の発展に関わった方の伝記や自伝はあるけれど、その内容について詳しく書いた工学や化学の本は、文学館にはあまり置いていないようだった。
俺は案内図を見ながら少し離れた美術の棚へ向かう。素描の本を少し見て無機物の絵の多い物を選んだ。
俺、絵は描くけど習ったことはないからな。
それから水彩の技法と書かれた本を手に取る。それは表紙に描かれた船の絵が良かったからそのまま持つ。
あとは適当に進んだ棚でえいっと適当に本を引き出した。『階級闘争論』うぇぇぇ。
うん、まぁ孤児だった俺が底辺なのは間違いないし、これから会うかもしれない方々の事を知っておく必要もあるしなと、それも持った。
それから悩んだ末に、『魔導大全(上•下)』が置かれた棚に戻って両方を取った。
「エヌ様、お持ちします」
音もなく静かに近づいたへベスが手を出す。
ひゃーーーへベス!暗殺者になれるよ…。
「そ、そんな重くないから大丈夫。ほ、ほら護衛は手が空いていないとね」
あ、七冊も持ったけれど、何冊まで借りれるのか聞いてなかったや。
「今日これだけ借りれるかな?」
手続きに参りましょうかと、へベスが先に立つ。
今気づいたけれど、他の誰一人とすれ違う事も、目が合う事もない。…というかカウンターに二人館員の方がいるだけだ。
え、もしかして利用の制限というか立ち入り禁止になっていないよね?と聞くと館員の方は目を泳がせ、へベスはこの時間は講義中でしょうと答え、館員の方が愛想笑いのように頷いた。
「星養宮までお届けいたしますが」
そう言われたけれど。あれが気になっちゃって…。本の貸し出し手続きを終わるまでそわそわしてしまった。
中身は捲られることはなかった。
何かの機械に本の後ろと貸出証を順に当てるだけで終わった。
ほっとした。
何事もなく、本を借りて星養宮に戻れた。
「もっと他の場所に行きたければ時間もあるし案内できるんだが」
砕けた口調でシェスさんが言ってくれた。
…多分あの本を目にする前なら俺は喜んでその提案に賛成したと思う。
「シェスさん、急に言ったのに来てくれてありがとう。今日は本を読むことにするよ。あの、またお願いします」
「いつでも遠慮なく。そのために俺がいるわけだから」
にこりと人好きのする笑顔で彼は頷いた。
横にいるへベスは細い糸目のままだった。
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