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はじめてのソロキャンプ
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「ついに明日か」
私、宮崎 萌は、せっかくの土曜日を満喫できないでいた。
理由は、経理部への異動という辞令だ。
おおざっぱな性格を自覚しているので、不安しかない。
すがるように、スマホで癒される方法を検索する。
「森のマイナスイオンを浴びることで、身体の緊張がゆるみ、心からリラックスできます」
家でダラダラしているより、建設的かもしれない。
「県営の森林公園って、近かったよね」
検索すると、ホームページがあった。
「キャンプ場もある」
子供の頃、家族でキャンプをした記憶がよみがえる。
「1泊700円!? オンライン受付してる。今日は空きあり。オートサイトって?」
気になる項目を、クリックしていく。
「車が停められる区画のこと。電源はなし。野外卓・長椅子・U字溝あり」
オートサイトの写真には、4人掛けの木のテーブルセットと、Uの字になった長いコンクリートが映っていた。
「ということは、テントさえあれば、700円でキャンプできるってことか」
引っ越しの時に、親からキャンプ道具を押し付けられたのを思い出す。
「押入れにあった気が」
探してみると、テントと網と紙食器が出てきた。
「大自然の中で、一人焼肉とビールのコンボを楽しんでやる」
そうつぶやきながら、私はオートサイトを予約した。
「めっちゃいい……!!」
森林公園という名前どおり、キャンプ場は木に囲まれた場所だった。
オートサイトは一区画ごとに区切られ、それぞれ高低差や、適度な距離があった。
炊事場やトイレは、思っていたよりキレイだった。
「さっそく1本あけちゃおう」
行く途中でスーパーに寄って、肉と酒を仕入れてきたのだ。
「うまい!」
ビールを飲みながら、テントの設営にとりかかる。
なげるだけの、ポップアップ式だ。
「つぎは、バーベキューの準備だ」
周囲の木の枝を、U字溝にあつめる。
火おこしは、1缶飲みきってからにしようと、木のテーブルセットにすわる。
ああ。自然っていいなぁ。
すごく自由だ。
そんなことを思いながら飲んでいると、黒のSUV車がやってきて、隣の区画に停まった。
アウトドアにピッタリなオフロード車だ。
ベテランのキャンパーがおりてくるんだろうな、と思っていたら、運転席からでてきたのは、若い男性だった。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
いきなりあいさつをされて、あわてて返す。
そうか。アウトドアって、出会った人にあいさつするんだっけ。
あいさつを終えると、彼はこちらを気にも留めず、車から荷物を下ろしはじめた。
おたがい、キャンプをしにきてるんだし、人のことなんて構わないだろう。
そう思いながら、ビール缶をかたむけた。
「ライターが無い」
大問題が発生した。
「せっかく黒毛和牛を買ったのに!?」
クーラーボックスが無いから、早く食べないと腐ってしまう。
それはすごくもったいない。
なにより、もう黒毛和牛の腹になってしまっている。
ちらり、と隣の区画を見る。
乗ってきた車からしてキャンプ慣れしてそうだなとは思っていたが、隣の区画は、おしゃれなキャンプ用品であふれていた。
おちついたブラウンのテントと、その上にピンと張られたタープは同色だ。
木の道具箱には、車輪と取っ手がついていて、テーブルがわりになっている。
さきほど、ガスバーナーでお湯を沸かして、コーヒーを入れているのを見た。
アウトドアチェアにゆったり座った彼は、のんびりと読書をしていた。
火はあるってことだし、頼んだら分けてくれないかな。
でも、初対面でいきなり頼むのも……。
私は、恥ずかしさと黒毛和牛を天秤にかける。
決めかねて、ビールをもう1本あけた。
「どうも! となりの宮崎 萌です!」
3本目のビールをあけたとき、とりあえず言ってみればいいじゃん! とひらめいた。
「え!? あ、滝本 岳です」
爽やかなあいさつを決めた私に、彼がおどろいたあとにあいさつを返す。
最初と逆だな。
それがおかしくてクスクス笑う。
「火を貸してください!」
「火、ですか?」
滝本さんが首をかしげる。
「ライター忘れちゃって、肉が焼けないんです」
「なるほど。了解しました」
滝本さんが、道具箱から片手鍋のようなものを出す。
よくみると、底が網状になっている。
「バーナーで炭に着火させて、お渡しします」
今度は、私が首をかしげる番だった。
「木を燃やしてもらえればいいんですけど」
「え?」
「え?」
おたがいに首をかしげあう。
「状況がわからないので、そちらの区画に行ってもいいですか?」
「どうぞー」
うちの区画に来た滝本さんは、U字溝を見て、まばたきをした。
「バーベキューをするんですよね? 焚火ではなく」
「高級黒毛和牛~!」
「あ、いい肉」
おもわず肉を見せびらかす。
「あの、宮崎さん」
「萌でいいですよ! そしてがっくんと呼んでいいですか!?」
「あ、はい。では萌さん。つかぬことをお聞きしますが、キャンプのご経験などは」
「こどものとき以来です!」
「でも、テントはコールマ……んん? ペグ打ちしてないんですか?」
「ペグ打ち?」
「風で飛ばされますよ?」
「そういえば、最初に投げた場所から動いてるなって思ってた」
テントが風で動いた事実がおもしろく、声を出して笑ってしまう。
「よければ、やりましょうか?」
「おねがいしまーす!」
がっくんがペグ打ちをしてくれるのを、うしろから覗きこむ。
「やってみます?」
「はい!」
「ロープをひっぱる方向とは、ぎゃくの方向に傾けて打ちます。地面が固いなと思ったら、むりせず、すこしずらして、刺さる場所に打ちます」
がっくんは、教えるのが上手だった。
そのうえ、火をつけた炭までくれた。
「ありがとう! おれいに、いい肉食べていって! あ、ビール飲む?」
がっくんが、ふきだした。
「じゃあ、せっかくなので一緒にバーベキューをしましょう。俺の食材も持ってきますね」
がっくんが食材を焼いては、私の皿に入れてくれる。
私は食べて飲むだけだ。最高。
「がっくんも飲みなよ」
「俺、あまり酒が強くなくて」
「チューハイもあるよ」
ストロングって書いてないから、たぶん――
「3%」
「それならいただきます」
いい肉は、すばらしくビールと合った。
「がっくんがいてくれて助かったよ! アウトドア上手でいいなぁ」
「萌さんこそ、お酒が強くていいなぁ」
「そうかな?」
「部長が飲ませてくる人だから、いつも一次会で記憶があやしい」
「わかる。けっきょく上には逆らえないというか。私も、いきなり異動になって、月曜から経理部……気が重い」
「おれ、しごと経理だけど、たのしい、よ……?」
なぜ疑問形?
そう思いがっくんを見ると、彼の頭がふらふらしていた。
「がっくん、缶みせて」
「はい」
アルコール度数を確認する。
7%だ。
「ごめん。7%だった」
「ねむい……」
「テントいく?」
がっくんがうなずいたので、彼のうでをひっぱって、テントまで連れていく。
テントのファスナーを開けた時、彼がよろめいて、支えきれずにふたりしてテントの中に倒れこんだ。
マットが敷いてあったから、痛くはなかったけど、びっくりした。
「がっくん、だいじょうぶ?」
「うー……」
うめいて、がっくんは動かなくなった。
至近距離の寝顔は、起きている時よりも幼くみえる。
それをながめていたら、私もだんだん眠くなってきた。
テントのファスナーを閉めて、隅にあった毛布をふたりでかぶる。
直後、私はすこんと眠りに落ちた。
「うわあ!!」
大声で目が覚めた。
「も、萌さん、なんで……俺、きのう……?」
そのセリフに、すこしの悪戯心がわいた。
「がっくんおはよー。君に押し倒されてさ」
「え!?」
がっくんの顔から血の気が引く。
「す、すみません! 謝って済むことではないですが!」
「済むけど」
「俺の気が済みません!」
「ごめん。さっきの冗談」
「この状況で、それを信じろと?」
頭がかたいなー。
さすが、仕事が経理の人間。
「じゃあ、次に会ったら、キャンプのしかた教えてよ」
「……え?」
「で、その時には仕事の愚痴もたまっているだろうから、つきあってね」
「はい。なんでも相談してください」
やけに律儀な声音で返答され、それがおかしくて笑ってしまった。
月曜日が来るのは憂鬱だったけど、すこしだけ気持ちが楽になった。
「おはようございます! 本日付けで経理部に異動になりました、宮崎 萌です!」
「おはよう、宮崎君。経理部長の杉山です。おーい、滝本くん」
「はい」
眼鏡をかけた、怜悧そうな男性が近付いてきた。
なんか、どこかで見たような……?
「慣れるまで、彼にいろいろ教えてもらってね」
「あっ! がっくん!」
「萌さん、その呼び方は」
「あれ、知り合い? じゃあ滝本君、あとはよろしく」
そういうと部長は席にもどっていった。
わたしのデスクは、がっくんの隣だった。
「びっくりした~」
「俺は昨日、名前を聞いた時にわかりましたけど」
「あはは、そっか。でも、よかった」
「なにがですか?」
「がっくんが楽しいって言った経理の仕事だから。やる気が出てきた」
「それはなによりですが……あの、俺いちおう先輩ですからね?」
「寝顔はあんなに幼かったのに」
「萌さん!?」
彼のあわてぐあいがおかしくて、小さく笑う。
「また会ったので、キャンプ教えてくださいね」
「その前に仕事をお教えします」
「愚痴も聞いてくれるんですよね?」
「愚痴になる前に、相談してもらえると助かります」
その律儀な声音は、キャンプ場で彼が言った言葉に重なる。
「無理せず、がんばってください」
「はい! がっくんに負けないぐらいの、ソロキャンパーになります!」
「そっち……というか、ソロにこだわられるとちょっと……」
がっくんが何かを言ったと同時に、部長が声を張り上げた。
「金曜日の19時から、宮崎君の歓迎会をやるぞー!」
がっくんの顔が、わかりやすく引きつる。
「だいじょうぶです。がっくんのお酒は、私が全部飲みます」
「本当ですか、萌さん。助かります」
密約を交わし、がっしりと握手をする。
そうして、ふたりで目を見合わせて笑った。
私、宮崎 萌は、せっかくの土曜日を満喫できないでいた。
理由は、経理部への異動という辞令だ。
おおざっぱな性格を自覚しているので、不安しかない。
すがるように、スマホで癒される方法を検索する。
「森のマイナスイオンを浴びることで、身体の緊張がゆるみ、心からリラックスできます」
家でダラダラしているより、建設的かもしれない。
「県営の森林公園って、近かったよね」
検索すると、ホームページがあった。
「キャンプ場もある」
子供の頃、家族でキャンプをした記憶がよみがえる。
「1泊700円!? オンライン受付してる。今日は空きあり。オートサイトって?」
気になる項目を、クリックしていく。
「車が停められる区画のこと。電源はなし。野外卓・長椅子・U字溝あり」
オートサイトの写真には、4人掛けの木のテーブルセットと、Uの字になった長いコンクリートが映っていた。
「ということは、テントさえあれば、700円でキャンプできるってことか」
引っ越しの時に、親からキャンプ道具を押し付けられたのを思い出す。
「押入れにあった気が」
探してみると、テントと網と紙食器が出てきた。
「大自然の中で、一人焼肉とビールのコンボを楽しんでやる」
そうつぶやきながら、私はオートサイトを予約した。
「めっちゃいい……!!」
森林公園という名前どおり、キャンプ場は木に囲まれた場所だった。
オートサイトは一区画ごとに区切られ、それぞれ高低差や、適度な距離があった。
炊事場やトイレは、思っていたよりキレイだった。
「さっそく1本あけちゃおう」
行く途中でスーパーに寄って、肉と酒を仕入れてきたのだ。
「うまい!」
ビールを飲みながら、テントの設営にとりかかる。
なげるだけの、ポップアップ式だ。
「つぎは、バーベキューの準備だ」
周囲の木の枝を、U字溝にあつめる。
火おこしは、1缶飲みきってからにしようと、木のテーブルセットにすわる。
ああ。自然っていいなぁ。
すごく自由だ。
そんなことを思いながら飲んでいると、黒のSUV車がやってきて、隣の区画に停まった。
アウトドアにピッタリなオフロード車だ。
ベテランのキャンパーがおりてくるんだろうな、と思っていたら、運転席からでてきたのは、若い男性だった。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
いきなりあいさつをされて、あわてて返す。
そうか。アウトドアって、出会った人にあいさつするんだっけ。
あいさつを終えると、彼はこちらを気にも留めず、車から荷物を下ろしはじめた。
おたがい、キャンプをしにきてるんだし、人のことなんて構わないだろう。
そう思いながら、ビール缶をかたむけた。
「ライターが無い」
大問題が発生した。
「せっかく黒毛和牛を買ったのに!?」
クーラーボックスが無いから、早く食べないと腐ってしまう。
それはすごくもったいない。
なにより、もう黒毛和牛の腹になってしまっている。
ちらり、と隣の区画を見る。
乗ってきた車からしてキャンプ慣れしてそうだなとは思っていたが、隣の区画は、おしゃれなキャンプ用品であふれていた。
おちついたブラウンのテントと、その上にピンと張られたタープは同色だ。
木の道具箱には、車輪と取っ手がついていて、テーブルがわりになっている。
さきほど、ガスバーナーでお湯を沸かして、コーヒーを入れているのを見た。
アウトドアチェアにゆったり座った彼は、のんびりと読書をしていた。
火はあるってことだし、頼んだら分けてくれないかな。
でも、初対面でいきなり頼むのも……。
私は、恥ずかしさと黒毛和牛を天秤にかける。
決めかねて、ビールをもう1本あけた。
「どうも! となりの宮崎 萌です!」
3本目のビールをあけたとき、とりあえず言ってみればいいじゃん! とひらめいた。
「え!? あ、滝本 岳です」
爽やかなあいさつを決めた私に、彼がおどろいたあとにあいさつを返す。
最初と逆だな。
それがおかしくてクスクス笑う。
「火を貸してください!」
「火、ですか?」
滝本さんが首をかしげる。
「ライター忘れちゃって、肉が焼けないんです」
「なるほど。了解しました」
滝本さんが、道具箱から片手鍋のようなものを出す。
よくみると、底が網状になっている。
「バーナーで炭に着火させて、お渡しします」
今度は、私が首をかしげる番だった。
「木を燃やしてもらえればいいんですけど」
「え?」
「え?」
おたがいに首をかしげあう。
「状況がわからないので、そちらの区画に行ってもいいですか?」
「どうぞー」
うちの区画に来た滝本さんは、U字溝を見て、まばたきをした。
「バーベキューをするんですよね? 焚火ではなく」
「高級黒毛和牛~!」
「あ、いい肉」
おもわず肉を見せびらかす。
「あの、宮崎さん」
「萌でいいですよ! そしてがっくんと呼んでいいですか!?」
「あ、はい。では萌さん。つかぬことをお聞きしますが、キャンプのご経験などは」
「こどものとき以来です!」
「でも、テントはコールマ……んん? ペグ打ちしてないんですか?」
「ペグ打ち?」
「風で飛ばされますよ?」
「そういえば、最初に投げた場所から動いてるなって思ってた」
テントが風で動いた事実がおもしろく、声を出して笑ってしまう。
「よければ、やりましょうか?」
「おねがいしまーす!」
がっくんがペグ打ちをしてくれるのを、うしろから覗きこむ。
「やってみます?」
「はい!」
「ロープをひっぱる方向とは、ぎゃくの方向に傾けて打ちます。地面が固いなと思ったら、むりせず、すこしずらして、刺さる場所に打ちます」
がっくんは、教えるのが上手だった。
そのうえ、火をつけた炭までくれた。
「ありがとう! おれいに、いい肉食べていって! あ、ビール飲む?」
がっくんが、ふきだした。
「じゃあ、せっかくなので一緒にバーベキューをしましょう。俺の食材も持ってきますね」
がっくんが食材を焼いては、私の皿に入れてくれる。
私は食べて飲むだけだ。最高。
「がっくんも飲みなよ」
「俺、あまり酒が強くなくて」
「チューハイもあるよ」
ストロングって書いてないから、たぶん――
「3%」
「それならいただきます」
いい肉は、すばらしくビールと合った。
「がっくんがいてくれて助かったよ! アウトドア上手でいいなぁ」
「萌さんこそ、お酒が強くていいなぁ」
「そうかな?」
「部長が飲ませてくる人だから、いつも一次会で記憶があやしい」
「わかる。けっきょく上には逆らえないというか。私も、いきなり異動になって、月曜から経理部……気が重い」
「おれ、しごと経理だけど、たのしい、よ……?」
なぜ疑問形?
そう思いがっくんを見ると、彼の頭がふらふらしていた。
「がっくん、缶みせて」
「はい」
アルコール度数を確認する。
7%だ。
「ごめん。7%だった」
「ねむい……」
「テントいく?」
がっくんがうなずいたので、彼のうでをひっぱって、テントまで連れていく。
テントのファスナーを開けた時、彼がよろめいて、支えきれずにふたりしてテントの中に倒れこんだ。
マットが敷いてあったから、痛くはなかったけど、びっくりした。
「がっくん、だいじょうぶ?」
「うー……」
うめいて、がっくんは動かなくなった。
至近距離の寝顔は、起きている時よりも幼くみえる。
それをながめていたら、私もだんだん眠くなってきた。
テントのファスナーを閉めて、隅にあった毛布をふたりでかぶる。
直後、私はすこんと眠りに落ちた。
「うわあ!!」
大声で目が覚めた。
「も、萌さん、なんで……俺、きのう……?」
そのセリフに、すこしの悪戯心がわいた。
「がっくんおはよー。君に押し倒されてさ」
「え!?」
がっくんの顔から血の気が引く。
「す、すみません! 謝って済むことではないですが!」
「済むけど」
「俺の気が済みません!」
「ごめん。さっきの冗談」
「この状況で、それを信じろと?」
頭がかたいなー。
さすが、仕事が経理の人間。
「じゃあ、次に会ったら、キャンプのしかた教えてよ」
「……え?」
「で、その時には仕事の愚痴もたまっているだろうから、つきあってね」
「はい。なんでも相談してください」
やけに律儀な声音で返答され、それがおかしくて笑ってしまった。
月曜日が来るのは憂鬱だったけど、すこしだけ気持ちが楽になった。
「おはようございます! 本日付けで経理部に異動になりました、宮崎 萌です!」
「おはよう、宮崎君。経理部長の杉山です。おーい、滝本くん」
「はい」
眼鏡をかけた、怜悧そうな男性が近付いてきた。
なんか、どこかで見たような……?
「慣れるまで、彼にいろいろ教えてもらってね」
「あっ! がっくん!」
「萌さん、その呼び方は」
「あれ、知り合い? じゃあ滝本君、あとはよろしく」
そういうと部長は席にもどっていった。
わたしのデスクは、がっくんの隣だった。
「びっくりした~」
「俺は昨日、名前を聞いた時にわかりましたけど」
「あはは、そっか。でも、よかった」
「なにがですか?」
「がっくんが楽しいって言った経理の仕事だから。やる気が出てきた」
「それはなによりですが……あの、俺いちおう先輩ですからね?」
「寝顔はあんなに幼かったのに」
「萌さん!?」
彼のあわてぐあいがおかしくて、小さく笑う。
「また会ったので、キャンプ教えてくださいね」
「その前に仕事をお教えします」
「愚痴も聞いてくれるんですよね?」
「愚痴になる前に、相談してもらえると助かります」
その律儀な声音は、キャンプ場で彼が言った言葉に重なる。
「無理せず、がんばってください」
「はい! がっくんに負けないぐらいの、ソロキャンパーになります!」
「そっち……というか、ソロにこだわられるとちょっと……」
がっくんが何かを言ったと同時に、部長が声を張り上げた。
「金曜日の19時から、宮崎君の歓迎会をやるぞー!」
がっくんの顔が、わかりやすく引きつる。
「だいじょうぶです。がっくんのお酒は、私が全部飲みます」
「本当ですか、萌さん。助かります」
密約を交わし、がっしりと握手をする。
そうして、ふたりで目を見合わせて笑った。
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