1 / 1
退職届が消える謎
しおりを挟む
私はリーフ。
天馬騎士団の、雇われ厩務員だ。
翼の生えた馬、天馬の世話を任されている。
担当していた天馬が、冬を越せずに亡くなった。
愛馬を失った騎士は、一昼夜、天馬からはなれず、そのうえ自害を企てたので、拘留されてしまった。
風のうわさでは、憔悴しきって、退職したと聞いた。
あのとき目にした彼の悲しみはすさまじく、私にもっとできることがあったのではないかと、自責の念にとらわれた。
眠れない日がつづき、しごとにも支障がでるようになったために、退職を決意した。
天馬は好きだ。
だけど、厩務員としては失格だ。
なんて私は弱い。
皆、乗り越えているのに、どうして私には、できない。
こんなことぐらいで、と思ったときに、号泣していた騎士を思い出した。
こんなこと、などと言っては、もうしわけない。
彼にも、亡くなった天馬にも。
退職したら、しばらくはのんびりしよう。
そうして萎える心をはげまして、退職届を手に、職場へと向かった。
「紛失ですか?」
ユアン室長に、おもわず聞きかえす。
私の退職届が、行方知れずになったらしい。
「探しているが、時間がかかりそうだ」
「……もういちど、書いてきます」
探すより、あたらしく書いたほうが早い。
「そうか。では、次は責任を持って、団長室まで持っていく」
退職届には、室長と天馬騎士団長のふたりのサインが必要だ。
その日は定時でまっすぐ帰り、二枚目の退職届を完成させた。
三日後。
ユアン室長に呼ばれた私は愕然とした。
「またですか!?」
「団長の机に間違いなく置いたが、見ていないと言われた」
「ええ……」
退職届という重要な書類が、なぜ二回もなくなるのか。
「すまんな」
「いえ……妖精の悪戯かもしれませんね」
理解の範疇に収まらない出来事を、妖精の悪戯と呼ぶことがある。
人の目に見えない妖精が、悪戯をしたという、おとぎ話の一種だ。
妖精のせいにしなくては、やってられない。
はは、と力なく笑った私を見て、室長は片眉を上げた。
「次はおまえが直接団長に渡してこい」
「私がですか?」
「妖精に負けず、がんばってくれ」
「なんですか、それ」
たしかに、自分で持っていくのが一番確実なので、了承した。
次の日。
三回目にもなると、退職届を書くのにも慣れてきた。
朝一でユアン室長にサインをもらい、団長を探して歩く。
団長室、訓練場、食堂までのぞくが、キラッキラの銀髪を見つけることができなかった。
天馬騎士団長イグナーツ・エルメスタは、見目麗しい。
女性のようにも見えるが、細身の体躯はひきしまっており、槍をふるうすがたは雄々しい。
魔法の才能にも長け、オリジナル魔法をたくさん開発し、魔法界に革命をもたらした。
強く美しい団長には、国内外にファンが多い。
天馬を駆れば、失神者がでることもある。
「銀雷の妖精」という二つ名がつくほどだ。
いつぞや、新聞で天馬騎士団の特集が組まれたことがあった。
団長へのインタビューの中に「好きな女性のタイプは?」という質問があった。
完全に、新聞の売り上げをねらった質問である。
イグナーツ団長の答えは、こうだった。
――天馬に詳しいと素敵ですね。一緒に天馬について語り合いたいです。
新聞の刊行後、王都中の本屋から天馬関係の本が消えるという、社会現象が巻き起こった。
天馬が好きな団長だから、と厩舎に寄った私は、息をのんだ。
イグナーツ団長が微笑みながら、天馬の首を優しくなでていた。
まるで、一枚の絵画のようだ。
ここに宮廷画家が同席していないことが悔やまれる。
人の気配に、団長がこちらを向く。
「……リーフ?」
団長は、いち厩務員である私にも、気さくに声をかけてくれる。
「おつかれさまです」
退職したら、団長に会うことも無くなるのか。
感傷的な気分に浸っていたら、団長が間近まで来ていた。
「あ、まぶしい、まぶしいです、団長」
キラッキラのご尊顔の威力に耐えきれず、持っていた紙でさえぎる。
すると、いきなり団長が私の手首をつかんだ。
「ひえっ」
「退職届? リーフ、どういうこと?」
「圧が、圧がすごいです、団長」
「給与が足りないなら、手当を見直すけど」
「充分すぎるほどいただいておりますっ」
「だろうね」
団長が、パッと手首の拘束を解いた。
だいじょうぶ?
私の手首、浄化されてない?
「理由を聞いても?」
その言葉に、背筋がひやりとした。
天馬の死に耐えきれないから辞めたい、など、天馬騎士団の団長に、言えるはずがない。
「い、一身上のつごうで」
これでごまかされてくれないことぐらい、わかっているが、言いたくないという気持ちなら、すこしは伝わるだろうか。
悪いことなどしていないが、なぜか後ろめたい気持ちになり、団長から目を逸らす。
無言の時が流れる。
厩舎には、天馬の鼻を鳴らす音や、馬具が擦れて金具どうしがぶつかる音だけが響く。
吸い込んだ空気には、真新しい干し草と馬糞が混ざった、慣れ親しんだ匂いがした。
「……かなしいな」
憂いを帯びた声音に、おもわず団長を凝視する。
彼は、はかなげに微笑んでいた。
なにこの美しい光景。
あ、やばい。目が浄化される。
「だ、だn、だんちょ」
正しくは、だんちょう、の5文字すら噛んでしまうほどの破壊力だ。
正しくは、ってなんだ。ちょっとおちつこう自分。
「俺はね、リーフ。きみとは、いい関係を築けていると、おもっていたよ」
「光栄です」
即答すると、団長がふわりと笑った。
あ、この顔、好き。
つられて、へらりと笑ってしまう。
そのとき、手から退職届が落ちた。
「あ」
ひろおうとかがんだ私の動きが止まる。
退職届から足が生えたかとおもうと、あっというまに厩舎の外に逃げていった。
「うぇぇえええ!?」
あまりのことに、追うか追わないかの判断すらできなかった。
私の大声に、おどろいた天馬たちが蹄で床を蹴る。
初歩的な失態に、手で口をふさぐ。もう遅いけど。
「妖精の悪戯かな」
「こ、これが……?」
ごくり、と生唾をのみこむ。
もしかして、いままでの退職届も、こうやって行方不明に……?
「もう一通、準備しておいてよかったです」
懐から予備の退職届を取り出す。
そのとき、手の中でもぞりと動きがあり、とっさに退職届を握りしめた。
「逃がしませんよ」
「適応能力が高いな」
「足が生えても、退職届は退職届です。首輪が要るかもしれませんけど」
「なるほど。リーフ、きみの案を採用しよう」
両腕をつかまれたかと思うと、団長が一瞬で距離を詰めた。
そしていきなり、団長が私の首に噛みついた。
「ぃ――!!」
悲鳴が上がるのを、必死でこらえる。
また大声を出すわけにはいかない。
「天馬のために声を押さえたんだね。リーフはいいこだ」
痛くて熱くて、視界に水の膜が張る。
ぼやけたまま見上げると、団長の唇が、私の血で濡れていた。
それを舐めあげる団長の妖艶さに、視線が釘付けになる。
しかし直後、足元で動くものに目を奪われた。
「退職届四号っ」
いつのまにか落としていた最後の退職届が、どこかに走り去っていくところだった。
「あれに名前つけたの? 俺の名前は呼ばないのに」
「あ、ちか、ちかいです、団長」
「噛んじゃってごめんね。追跡魔法を仕込むために、俺の魔力を体内に入れる必要があったんだ」
至近距離で浴びるキラッキラのオーラが強烈すぎて、団長のお言葉が頭に入って来ない。
「ゆるしてくれる?」
「は、はいっ」
「そんなあっさり? どこまでゆるしてくれるか試してもいい?」
「え? え?」
おいつめられるように背中が壁についたところで、第三者の声がした。
「そこまでだ、イグナーツ」
「去れ、ユアン」
団長の肩越しに、ユアン室長の姿が見えた。
「さすがに部下が不憫になってきた」
団長がふりかえり、肩で室長にぶつかった。
そのまま厩舎の端まで、室長を連行していく。
ふたり、仲良しだな!?
「優秀な厩務員を失うのが惜しいと、おまえも言っていただろう」
「天馬好きの女なんか、腐るほどいるぞ」
「俺はな、天馬について、話し合いたいんだ。毎時間毎分毎秒、学術的・専門的な観点からの意見が聞きたい」
「なら、厩務員室に来ればいいだけの話だ」
「いや? 天馬に向ける慈しみの表情を、俺にも向けて欲しいとは思っている」
「その顔で落とせなかったんだろ? あきらめろ」
「リーフは渡さない」
「なぜそうなる」
「おまえも一通、握りつぶしただろ」
「気が変わる方に、賭けただけだ」
ボソボソと聞こえる会話は、私の耳まで届かない。
ユアン室長が団長を振り切って、私の前に来た。
「リーフ。おまえの消えた退職届だが」
ガッと槍の穂先が、ユアン室長の首筋につきつけられた。
「ユアン。首に蚊が止まっているぞ。殺してやろうか」
「イグナーツ。わかったから早まるな」
団長が槍を下ろす。
ユアン室長は額の汗をぬぐい、どこか遠くを見ながら口を開いた。
「退職届が消えたのは、妖精の悪戯だ」
「知っています。退職届から足が生えて、どこかに逃げていきましたから」
「んん゙!?」
変な声を出した室長に変わり、イグナーツ団長が続けた。
「リーフ知ってる? 妖精は、天馬が好きなんだ」
「そうなんですか」
「だから、いつも天馬のために一生懸命がんばってくれているリーフが好きで好きで好きで好きでたまらないから、退職してほしくなかったんだ」
「それって……妖精が、私の仕事を、認めてくれたって、ことですか」
「そうだ」
「そうだね」
室長と団長が、同時に答える。
私の胸が、熱くなった。
「……うれしいです」
厩務員失格な私を、認めてくれる存在がいた。
たとえ、目に見えない妖精だとしても。
それが、こんなにも勇気になる。
「室長、私、もう少し頑張ってみます」
「そうか」
「妖精が悪戯してくれて、よかったです」
「バカ! そんなこと言って、知らねぇぞ!」
急にあわてだしたユアン室長の肩に、イグナーツ団長が手を置いて、もたれかかる。
ふたり、仲良しだな!?
「リーフ。これからも末永くよろしくね」
ふわりと笑う団長につられて、へらりと笑う。
天馬を驚かせない声の大きさで、私は元気に返事をした。
天馬騎士団の、雇われ厩務員だ。
翼の生えた馬、天馬の世話を任されている。
担当していた天馬が、冬を越せずに亡くなった。
愛馬を失った騎士は、一昼夜、天馬からはなれず、そのうえ自害を企てたので、拘留されてしまった。
風のうわさでは、憔悴しきって、退職したと聞いた。
あのとき目にした彼の悲しみはすさまじく、私にもっとできることがあったのではないかと、自責の念にとらわれた。
眠れない日がつづき、しごとにも支障がでるようになったために、退職を決意した。
天馬は好きだ。
だけど、厩務員としては失格だ。
なんて私は弱い。
皆、乗り越えているのに、どうして私には、できない。
こんなことぐらいで、と思ったときに、号泣していた騎士を思い出した。
こんなこと、などと言っては、もうしわけない。
彼にも、亡くなった天馬にも。
退職したら、しばらくはのんびりしよう。
そうして萎える心をはげまして、退職届を手に、職場へと向かった。
「紛失ですか?」
ユアン室長に、おもわず聞きかえす。
私の退職届が、行方知れずになったらしい。
「探しているが、時間がかかりそうだ」
「……もういちど、書いてきます」
探すより、あたらしく書いたほうが早い。
「そうか。では、次は責任を持って、団長室まで持っていく」
退職届には、室長と天馬騎士団長のふたりのサインが必要だ。
その日は定時でまっすぐ帰り、二枚目の退職届を完成させた。
三日後。
ユアン室長に呼ばれた私は愕然とした。
「またですか!?」
「団長の机に間違いなく置いたが、見ていないと言われた」
「ええ……」
退職届という重要な書類が、なぜ二回もなくなるのか。
「すまんな」
「いえ……妖精の悪戯かもしれませんね」
理解の範疇に収まらない出来事を、妖精の悪戯と呼ぶことがある。
人の目に見えない妖精が、悪戯をしたという、おとぎ話の一種だ。
妖精のせいにしなくては、やってられない。
はは、と力なく笑った私を見て、室長は片眉を上げた。
「次はおまえが直接団長に渡してこい」
「私がですか?」
「妖精に負けず、がんばってくれ」
「なんですか、それ」
たしかに、自分で持っていくのが一番確実なので、了承した。
次の日。
三回目にもなると、退職届を書くのにも慣れてきた。
朝一でユアン室長にサインをもらい、団長を探して歩く。
団長室、訓練場、食堂までのぞくが、キラッキラの銀髪を見つけることができなかった。
天馬騎士団長イグナーツ・エルメスタは、見目麗しい。
女性のようにも見えるが、細身の体躯はひきしまっており、槍をふるうすがたは雄々しい。
魔法の才能にも長け、オリジナル魔法をたくさん開発し、魔法界に革命をもたらした。
強く美しい団長には、国内外にファンが多い。
天馬を駆れば、失神者がでることもある。
「銀雷の妖精」という二つ名がつくほどだ。
いつぞや、新聞で天馬騎士団の特集が組まれたことがあった。
団長へのインタビューの中に「好きな女性のタイプは?」という質問があった。
完全に、新聞の売り上げをねらった質問である。
イグナーツ団長の答えは、こうだった。
――天馬に詳しいと素敵ですね。一緒に天馬について語り合いたいです。
新聞の刊行後、王都中の本屋から天馬関係の本が消えるという、社会現象が巻き起こった。
天馬が好きな団長だから、と厩舎に寄った私は、息をのんだ。
イグナーツ団長が微笑みながら、天馬の首を優しくなでていた。
まるで、一枚の絵画のようだ。
ここに宮廷画家が同席していないことが悔やまれる。
人の気配に、団長がこちらを向く。
「……リーフ?」
団長は、いち厩務員である私にも、気さくに声をかけてくれる。
「おつかれさまです」
退職したら、団長に会うことも無くなるのか。
感傷的な気分に浸っていたら、団長が間近まで来ていた。
「あ、まぶしい、まぶしいです、団長」
キラッキラのご尊顔の威力に耐えきれず、持っていた紙でさえぎる。
すると、いきなり団長が私の手首をつかんだ。
「ひえっ」
「退職届? リーフ、どういうこと?」
「圧が、圧がすごいです、団長」
「給与が足りないなら、手当を見直すけど」
「充分すぎるほどいただいておりますっ」
「だろうね」
団長が、パッと手首の拘束を解いた。
だいじょうぶ?
私の手首、浄化されてない?
「理由を聞いても?」
その言葉に、背筋がひやりとした。
天馬の死に耐えきれないから辞めたい、など、天馬騎士団の団長に、言えるはずがない。
「い、一身上のつごうで」
これでごまかされてくれないことぐらい、わかっているが、言いたくないという気持ちなら、すこしは伝わるだろうか。
悪いことなどしていないが、なぜか後ろめたい気持ちになり、団長から目を逸らす。
無言の時が流れる。
厩舎には、天馬の鼻を鳴らす音や、馬具が擦れて金具どうしがぶつかる音だけが響く。
吸い込んだ空気には、真新しい干し草と馬糞が混ざった、慣れ親しんだ匂いがした。
「……かなしいな」
憂いを帯びた声音に、おもわず団長を凝視する。
彼は、はかなげに微笑んでいた。
なにこの美しい光景。
あ、やばい。目が浄化される。
「だ、だn、だんちょ」
正しくは、だんちょう、の5文字すら噛んでしまうほどの破壊力だ。
正しくは、ってなんだ。ちょっとおちつこう自分。
「俺はね、リーフ。きみとは、いい関係を築けていると、おもっていたよ」
「光栄です」
即答すると、団長がふわりと笑った。
あ、この顔、好き。
つられて、へらりと笑ってしまう。
そのとき、手から退職届が落ちた。
「あ」
ひろおうとかがんだ私の動きが止まる。
退職届から足が生えたかとおもうと、あっというまに厩舎の外に逃げていった。
「うぇぇえええ!?」
あまりのことに、追うか追わないかの判断すらできなかった。
私の大声に、おどろいた天馬たちが蹄で床を蹴る。
初歩的な失態に、手で口をふさぐ。もう遅いけど。
「妖精の悪戯かな」
「こ、これが……?」
ごくり、と生唾をのみこむ。
もしかして、いままでの退職届も、こうやって行方不明に……?
「もう一通、準備しておいてよかったです」
懐から予備の退職届を取り出す。
そのとき、手の中でもぞりと動きがあり、とっさに退職届を握りしめた。
「逃がしませんよ」
「適応能力が高いな」
「足が生えても、退職届は退職届です。首輪が要るかもしれませんけど」
「なるほど。リーフ、きみの案を採用しよう」
両腕をつかまれたかと思うと、団長が一瞬で距離を詰めた。
そしていきなり、団長が私の首に噛みついた。
「ぃ――!!」
悲鳴が上がるのを、必死でこらえる。
また大声を出すわけにはいかない。
「天馬のために声を押さえたんだね。リーフはいいこだ」
痛くて熱くて、視界に水の膜が張る。
ぼやけたまま見上げると、団長の唇が、私の血で濡れていた。
それを舐めあげる団長の妖艶さに、視線が釘付けになる。
しかし直後、足元で動くものに目を奪われた。
「退職届四号っ」
いつのまにか落としていた最後の退職届が、どこかに走り去っていくところだった。
「あれに名前つけたの? 俺の名前は呼ばないのに」
「あ、ちか、ちかいです、団長」
「噛んじゃってごめんね。追跡魔法を仕込むために、俺の魔力を体内に入れる必要があったんだ」
至近距離で浴びるキラッキラのオーラが強烈すぎて、団長のお言葉が頭に入って来ない。
「ゆるしてくれる?」
「は、はいっ」
「そんなあっさり? どこまでゆるしてくれるか試してもいい?」
「え? え?」
おいつめられるように背中が壁についたところで、第三者の声がした。
「そこまでだ、イグナーツ」
「去れ、ユアン」
団長の肩越しに、ユアン室長の姿が見えた。
「さすがに部下が不憫になってきた」
団長がふりかえり、肩で室長にぶつかった。
そのまま厩舎の端まで、室長を連行していく。
ふたり、仲良しだな!?
「優秀な厩務員を失うのが惜しいと、おまえも言っていただろう」
「天馬好きの女なんか、腐るほどいるぞ」
「俺はな、天馬について、話し合いたいんだ。毎時間毎分毎秒、学術的・専門的な観点からの意見が聞きたい」
「なら、厩務員室に来ればいいだけの話だ」
「いや? 天馬に向ける慈しみの表情を、俺にも向けて欲しいとは思っている」
「その顔で落とせなかったんだろ? あきらめろ」
「リーフは渡さない」
「なぜそうなる」
「おまえも一通、握りつぶしただろ」
「気が変わる方に、賭けただけだ」
ボソボソと聞こえる会話は、私の耳まで届かない。
ユアン室長が団長を振り切って、私の前に来た。
「リーフ。おまえの消えた退職届だが」
ガッと槍の穂先が、ユアン室長の首筋につきつけられた。
「ユアン。首に蚊が止まっているぞ。殺してやろうか」
「イグナーツ。わかったから早まるな」
団長が槍を下ろす。
ユアン室長は額の汗をぬぐい、どこか遠くを見ながら口を開いた。
「退職届が消えたのは、妖精の悪戯だ」
「知っています。退職届から足が生えて、どこかに逃げていきましたから」
「んん゙!?」
変な声を出した室長に変わり、イグナーツ団長が続けた。
「リーフ知ってる? 妖精は、天馬が好きなんだ」
「そうなんですか」
「だから、いつも天馬のために一生懸命がんばってくれているリーフが好きで好きで好きで好きでたまらないから、退職してほしくなかったんだ」
「それって……妖精が、私の仕事を、認めてくれたって、ことですか」
「そうだ」
「そうだね」
室長と団長が、同時に答える。
私の胸が、熱くなった。
「……うれしいです」
厩務員失格な私を、認めてくれる存在がいた。
たとえ、目に見えない妖精だとしても。
それが、こんなにも勇気になる。
「室長、私、もう少し頑張ってみます」
「そうか」
「妖精が悪戯してくれて、よかったです」
「バカ! そんなこと言って、知らねぇぞ!」
急にあわてだしたユアン室長の肩に、イグナーツ団長が手を置いて、もたれかかる。
ふたり、仲良しだな!?
「リーフ。これからも末永くよろしくね」
ふわりと笑う団長につられて、へらりと笑う。
天馬を驚かせない声の大きさで、私は元気に返事をした。
1
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
ある警部補の事件記録『ままならない命』
古郷智恵
ミステリー
不治の病を患っている女性、「青木望美」が毒薬を飲み亡くなった。しかし、その女性は病により毒薬を一人で飲む力もなく、何者かが手助けをしたのは明らかだ。
容疑者としてその女性の恋人「黒川冬樹」、恋人の父親「黒川康之」、女性の母親「青木愛」が上げられた。
果たして、これは他殺か自殺幇助か、それとも……
警部補三島がこの事件を調査する……
―――――――――――――――――――
※前作と同じく劇作風に書いています。
※前作との繋がりは探偵役が一緒なだけです。これからでも読めます。
※毒は(元ネタはありますが)ほぼオリジナルなので、注意してください
※推理要素は薄いと思います。
ヴィーナスは微笑む
蒼井 結花理
ミステリー
誰もが憧れる、学園のアイドル【河野瑞穂(こうの・みずほ)】。 誰もが羨む美貌と、優雅さを兼ね備える‘完璧’な才女。
同じクラスの【七瀬舞(ななせ・まい)】も彼女に魅了された一人だった。
そんな舞に瑞穂は近づき、友達になりたいと声をかける。
憧れの瑞穂から声をかけたれた優越感に浸る舞は、瑞穂が望むことはなんでも叶ようと心に決める。瑞穂への強い想いから、舞は悪事に手を染めてしまう。
その後も瑞穂の近くで次々と起きていく不可解な事件。
連続していく悲劇の先にある結末とは。
僕は警官。武器はコネ。【イラストつき】
本庄照
ミステリー
とある県警、情報課。庁舎の奥にひっそりと佇むその課の仕事は、他と一味違う。
その課に属する男たちの最大の武器は「コネ」。
大企業の御曹司、政治家の息子、元オリンピック選手、元子役、そして天才スリ……、
様々な武器を手に、彼らは特殊な事件を次々と片付けていく。
*各章の最初のページにイメージイラストを入れています!
*カクヨムでは公開してるんですけど、こっちでも公開するかちょっと迷ってます……。
忘却の魔法
平塚冴子
ミステリー
フリーライターの梶は、ある年老いた脳科学者の死について調べていた。
その学者は脳内が爆弾でも仕掛けられたかのように、あちこちの血管が切れて多量の脳内出血で亡くなっていた。
彼の研究には謎が多かった。
そして…国が内密に研究している、『忘却魔法』と呼ばれる秘密に触れる事になる。
鍵となる人物『18番』を探して辿り着いたのは…。
俺のタマゴ
さつきのいろどり
ミステリー
朝起きると正体不明の大きなタマゴがあった!主人公、二岾改(ふたやま かい)は、そのタマゴを温めてみる事にしたが、そのタマゴの正体は?!平凡だった改の日常に、タマゴの中身が波乱を呼ぶ!!
※確認してから公開していますが、誤字脱字等、あるかも知れません。発見してもフルスルーでお願いします(汗)
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
カトレアの香る時2【二度殺された女】
Yachiyo
ミステリー
長谷部真理子(37歳)は姉の内藤咲(40歳)を殺した殺人容疑で逮捕される。当初真理子は記憶喪失で自分の犯行だと思い出せなかった。死体は上がらす状況証拠だけで逮捕状がでていたのだ
しかし、記憶が戻り直ぐに自分の犯行だと思い出し刑に服していた真理子。そんなある日、ラブホテルで殺人事件が起きる。死体の身元は死んだはずの内藤咲だった!真犯人は誰なのか?元極道の妻で刑事の小白川蘭子(42歳)とちょっとお茶目な刑事仲村流星(36歳)コンビは事件を解決出来るのか!
白雪姫の接吻
坂水
ミステリー
――香世子。貴女は、本当に白雪姫だった。
二十年ぶりに再会した美しい幼馴染と旧交を温める、主婦である直美。
香世子はなぜこの田舎町に戻ってきたのか。実父と継母が住む白いお城のようなあの邸に。甘美な時間を過ごしながらも直美は不可解に思う。
城から響いた悲鳴、連れ出された一人娘、二十年前に彼女がこの町を出た理由。食い違う原作(オリジナル)と脚本(アレンジ)。そして母から娘へと受け継がれる憧れと呪い。
本当は怖い『白雪姫』のストーリーになぞらえて再演される彼女たちの物語。
全41話。2018年6月下旬まで毎日21:00更新。→全41話から少し延長します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
団長と室長仲良いですね〜
団長の想いが届きますように!
ふたりは飲み仲間です。
団長への応援、ありがとうございます!