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第二章 臣下とは王のために存在する
前進あるのみ
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ギルバートは一命をとりとめたが、反動で寝込んだ。
ケガによる高熱と貧血のせいだが、心痛があったのは否定できない。
まどろみ、現実感がうすい中、かたわらには常にイブリースの気配があった。
うわごとのように何かを言った記憶はある。
視界も聴覚も水面で隔てたよう、イブリースの冷たい手が髪を漉いた。
ぬれたタオルを目元にあてがわれ、きもちよさに息をつき、また眠ったのを覚えている。
次にギルバートが目覚めたとき、あたりはすっかり明るくなっていた。
光が目にしみて、まばたきをくりかえす。
寝すぎたのか、目元が腫れぼったい。
それなのにまだ、まどろむような眠気があった。
ギルバートは寝返りをうち、室内に視線をめぐらせる。
ちかくにイブリースの気配はなく、彼の姿もない。
ギルバートはちいさく息を吐く。
おもったより落ち着いている。
胸はしめつけられるほどに痛いが、兄妹の関係は変わらない。
兄として、アンジェリカに愛情を注ぐ。
それはもう決めたこと、いまさら何があろうと揺らぐことはない。
だから今は、今後のことを考える。
――今回の事件、さっさと事後処理を終わらせて、長期休暇を確実なものにする。
正当防衛とはいえ、相手は王族。
裁判でも起こされたら、外聞が悪い。
そのせいでアンジェリカが肩身の狭い思いをするなど、耐えきれない。
その不安を払拭し、心おきなく彼女と別荘に行くためには――。
「……背に腹は代えられん」
ギルバートは腕を伸ばし、サイドテーブルの呼び鈴を鳴らした。
「――ギルバート」
呼ばれて、ギルバートは覚醒する。
ロベルトに用件を伝え、待っているうちに寝てしまったようだ。
「……ちちうえ」
半身を起こすだけで、めまいに襲われる。
きつく目を閉じたギルバートに、後方に控えていた使用人が、ヘッドボードにクッションを敷きつめる。
背中をあずけ、息をついたギルバートの寝具を手早くととのえ、サッと後方へと退がる。
目の前にいるのに、あいかわらず人としての気配が薄い。
だが彼女もれっきとした人間、今から話す内容を聞かれていい相手ではない。
「――今回の事件について、詳細をお話しします。人払いを」
ディビットはギルバートの言葉に軽くうなずく。
それだけで彼女たちは速やかに退室した。
ディビットはベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「聞こうか」
「結論から言います。俺はブラットリー・マクスウェルを殺しました」
ディビットは目を見開いたが、無言でつづきをうながした。
ギルバートは事件の詳細を語る。
魔術剣を座標に転移し、触手の魔術陣につかまり、白銀の枷で拘束されたこと。ブラットリーの魔人生成実験、白銀の小刀での拷問、争乱を止めるための戦い――その結末。
聞き終わったディビットは、うなる。
「にわかには信じられん。ブラットリー副所長は悪魔だったのか?」
「いいえ。彼は人間ですが、体内に悪魔が居ました」
「そんなことが? 知られざる王族の能力か……」
「公にできる内容ではありませんね」
ギルバートは目をほそめた。
「どうせ異形はすぐに焼却され、証拠は残らない。つまりこの情報は利用期限つき――活かし方はおまかせします」
「……留意しておく。――それで?」
「現場は、王都魔術研究所の地下」
「……なぜ、そう言い切れる」
ディビットの歯切れの悪さに、ギルバートは首をかしげた。
「彼の権威が通用し、念入りな実験準備ができる場所が他にありますか?」
「あるかもしれないだろう」
「地下に死体がある。調べればすぐにわかることです」
「いいか、ギルバート。王都魔術研究所は、王家主体の研究機関だ。仮定で捜査ができるほど、開放的な施設ではない」
「は? ……ああ、なるほど。王家に不利な情報は、にぎりつぶされるわけか。 ――では、こういうのはいかがでしょう」
ギルバートはうすく笑う。
「俺はあの日、仕事ではなかった。つまり王族が、ブレイデン公爵家嫡男に対して殺人未遂を起こした――」
「――待て。それはいささか強引ではないか」
「いいえ? 俺が瀕死であったことは、聖騎士エリオット・ローガンの証言からも明らかです。魔術陣、白銀の枷、白銀の小刀を用意する周到さからみて、計画犯罪に間違いありません」
ただ、とギルバートはディビットを見据える。
「これは“事件”なのか、“事故”なのか……建国記念祭をひかえた今、国王陛下はどのようなご判断を下すと思いますか?」
ディビットは渋い顔で、あごに手をあてた。
「……陛下への脅しはさておき、公爵家としても、王家と揉めるのは本意ではない。――国の捜査に、公爵家の調査員を同行させる。ただし人選は、私に一任してもらうぞ」
「かまいません。地下に死体もありますし、早急に調査を開始させたほうが、おたがいのためかと」
ディビットはあきらめたように立ちあがる。
首を横に振り、複雑な色をのせた目で、ギルバートを見やる。
「おまえとブラットリー副所長は、友人だと思っていたよ」
「……まさか。俺の周囲には、稀代の魔人に魅せられた人間しかいません」
ギルバートは冷笑し、目を逸らす。
「寝ます。明日には全快していることでしょう」
ディビットに背をむけ、ベッドにもぐりこむ。
背後のため息と、遠ざかる足音を聞きながら、ギルバートは目をつぶった。
ブレイデン公爵家からの報告は、王家に衝撃を与えた。
箝口令が敷かれ、調査は諜報機関「影」によって、極秘裏に行われた。
ブレイデン公爵家からの調査人を同行させ、入手した情報は当主のみに開示することを条件に、今回の出来事は“事故”として処理されることとなる。
その捜査の途中、ディビットは思いがけない事実を知る。
アルデは緊張していた。
本邸に入るのも初めてなのに、案内人の洗練された背中は、奥へ奥へと進んでいく。
こんな深部まで、庭師見習いが足を踏み入れても良いものだろうか。
呼び出しを受け、すぐに湯を浴び、最低限の身なりを整えてはきたが。
冷や汗をかきながら後を追っていると、りっぱな扉のまえで案内人――執事長のロベルトが立ち止まった。
「旦那様がお待ちです。くれぐれも、失礼のなきよう」
「はい」
ロベルトが扉を開けてくれるのに恐縮しながら、背筋を伸ばして入室する。
「失礼します」
「やあ、アルデ。座って待っていてくれ」
黒壇のデスクで書類をまくりながら、ディビットがやわらかく告げる。
アルデは明朗な返事をして、指定されたソファに腰を下ろす。
重厚感あふれるソファは、しっかりとした座り心地だ。
――さすが公爵家御用達の逸品だ。
ロベルトは、部屋の隅でティーセットを扱っている。
こちらを見ていないことを確認し、アルデは座面にそっと手のひらを這わせる。
肌に吸いつく滑らかな質感は、しなやかな弾力がある。
――何の革だろう。良くなめされているが、元は硬そうだ。
一部だけ、色合いがちがう箇所を見つけた。
革に転写された漆黒は、まるで焦げたような――。
「また待たせてしまったね」
アルデはハッと顔を上げ、手を膝にもどす。
ディビットは数枚の書類を手に、アルデの向かいに腰を下ろした。
姿勢を正したアルデに、ディビットは表情をやわらげる。
「そう固くなる必要はない」
「……はい」
「今日は、フェニクス商会のご令息と話がしたい。――いきなりで申し訳ないね」
アルデは首をかしげた。
「それはよろしいのですが、私でお役に立てるでしょうか」
なにせフェニクス商会は倒産済み。
従業員もバラバラになってしまい、所在を聞かれてもわからない。
販路や取引先への融通は、アルデの顔では通用しない。
アルデの疑問に、ディビットはしっかりとうなずいた。
「海竜堂の名に聞き覚えは?」
「あります」
海街にある商家で、貿易業を営んでいる。
多人種が在籍しており、どの国のどんな品でも輸入してくることで有名だ。
「フェニクス商会とは、なにか確執が?」
問われ、アルデは思い出す。
あまり人のことを悪く言わない父親が、彼らのことを「海賊」と呼び、毛嫌いしていたことを。
しかしアルデの知るかぎり、海竜堂とのおおきな揉め事は起きていない。
「……そのような記憶はありませんが、同業者なので、競合する機会はあったかと思います」
ふむ、とディビットはあごに手をあてる。
次いで、アルデをまっすぐに見た。
「フェニクス商会の倒産原因は彼らだ」
「……え?」
「だからこそ、借金を帳消しにする方法が見つかった。――いっしょに戦う覚悟はあるかい?」
アルデはぽかんとディビットを見つめた。
言われた内容のせいでもあったし、夢か現か聞きまちがいか、衝撃がおおきすぎて、すぐに理解することができなかった。
厳しいはずの現実が急に手のひらを返したよう、そんな都合のいいことがこの身に起きるとは信じられない。
ディビットは鷹揚にうなずく。
それでアルデは、これが現実であることを知る。
「もちろんです!」
いきおいよく立ち上がったアルデに、ディビットはおだやかに微笑んだ。
テーブルに紅茶が置かれた。
給仕はロベルト、ちらりと視線を向けられ、アルデはあわてて着席した。
ディビットがゆったりとティーカップを傾けるのを見て、アルデも紅茶を口にする。
フルーティーな香気が鼻に抜けた。
芳醇な味わいとすっきりとしたのど越しに、アルデは目を見張る。
――さすが公爵家御用達の銘茶。
感動とともに紅茶を見つめる。ティーカップの中で輝くふかい紅色に、アルデはハッとする。
――これはもしや、夏摘み紅茶では?
別名「紅茶の女王」。
フェニクス商会でも取り扱いはあったが、アルデが口にするのは初めてだった。
「――そんなに気に入ったなら、あとで茶葉を届けよう」
笑いを堪えたディビットに、アルデは我に返る。
「い、いいえ、めっそうもありません! 失礼いたしました」
顔を赤らめ、ティーカップをもどす。
珠玉の品に、はしゃいでしまうのは、昔からのクセだ。
もう子供ではないのだから、とアルデは自分に言い聞かせる。
「それで、旦那様。俺は――いえ、私は、どうすればよろしいのでしょうか」
動揺が口調にあらわれ、アルデは天を仰ぎたい気持ちになる。
礼を欠いていきなり話しかけたことも、その内容も、あまりにお粗末だ。
しかしディビットは、こだわりなくうなずいた。
「まずは話を聞いてほしい。内容は他言無用だ」
「わかりました」
「王都魔術研究所の副所長は、ブラットリー・マクスウェルという人物だ。彼は先日、事故で亡くなった」
「マクスウェル……伯爵家の方ですか?」
アルデの問いに、ディビットは感心したようにうなずく。
「よく知っているね」
「マクスウェル領の港町は、貿易の要ですから」
「そうだったね。――そして海竜堂の本拠地だ」
ディビットの言葉に、アルデは背筋を正す。
「事故調査のため、副所長室の資料が押収された。そのなかから、ブラットリー副所長と海竜堂が交わした違法取引の証拠が見つかった」
「違法取引……ですか」
ディビットはうなずく。
「“希少金属30キロとひきかえに、フェニクス商会の顧問弁護士、ピーター・スミスに、海竜堂に従属するよう王族命令を下す”と」
「……え?」
「海竜堂の目的は、フェニクス商会をつぶすことだ。手始めにピーター弁護士を取り込み、フェニクス商会の不正をにぎろうとしたが、どれだけ調べても出てこなかったらしい」
「うちの経営理念は『公正・明朗』でしたから」
ディビットはかすかに笑う。
「それを実行できていたのが素晴らしい。――焦れた海竜堂は実力行使に出る。発見された犯行計画書と、フェニクス商会の倒産の流れが一致した」
アルデは目をみひらく。
フェニクス商会が倒産したのは、大口の取引先があいついで倒産し、億単位の売掛金が回収できなかったからだ。
偶然にしては不運すぎると思っていたが、それが仕組まれたことならば、話は変わってくる。
「ええと、つまり、ジュエリーショップの強盗事件は……」
「海竜堂のしわざだ」
「医薬品を卸していた病院が、たてつづけに放火された事件は」
「海竜堂のしわざだ」
「では牧場の柵がこわれ、馬がすべて脱走したのも!」
「それはただの事故だ」
「あ、そうですか」
ディビットは書類を一枚めくった。
「だが先のジュエリーショップと病院の法律相談に、ピーター弁護士が買って出た。フェニクス商会の大事な取引先だから力になりたい、ともっともらしい理由を言いながら、彼の目的は裁判に負けること――つまり、海竜堂の隠蔽工作に一枚かんでいたというわけだ」
「……思い出しました。どれも犯人は『心神喪失』で無罪。盗品は行方不明で、火災の賠償もされず、泣き寝入りのような形になったと」
だからフェニクス商会は、売掛金を回収できなかった。
「さらにピーター弁護士は、お母さまを言いくるめて自己破産を阻止。結果として、お母さまは精神病を患った」
「……はい」
ことばにすると、ピーター弁護士の非情ぐあいが浮き彫りになる。
アルデには、それが意外に思えた。
ピーター弁護士は、進んで悪事に手を染めるようには見えなかった。
彼の細い目には、やさしい印象しかない。
いつもフェニクス商会のために尽力し、アルデのつたない疑問にも親切に答えてくれる、善良な男性。だから――。
「……王族命令には、それほどの強制力があるのですね」
日常生活で、王族の威光を感じることは少ないが、弁護士が太刀打ちできないほどだ。
きっと彼はどこにも相談できず、しかたなく従ったにちがいない。
「王族命令の強制力は、継承順位と比例する」
「では――」
「――ブラットリー副所長は第二十六位。断ったところで、職すら失わない」
「……え」
「ピーター弁護士は、多額の報酬を受け取っていた。彼は自分の意思で、フェニクス商会の敵になった」
言葉を失うアルデに、ディビットは諭す。
「金というのは魔物だ。人を変える魔力がある。そして金の奴隷になった人間には、破滅の道しか残らない」
アルデはうつむく。
こぶしがふるえているのを、どこか他人事のようにおもった。
「金の主人になりなさい。金を制御し、正しく動かす。君のお父さまがされていたのは、そういうことだ」
父の話に、アルデはハッと息をのむ。
いますべきことは、落胆ではない。
アルデが守るべきは家族。
そのために、公爵家のご当主様が力を貸してくれると言っている。
アルデは顔をあげ、背筋を伸ばす。
「私はなにをすればよろしいでしょうか」
アルデはしっかりと問う。
ディビットは太い笑みを浮かべた。
「ピーター弁護士を告訴する。アルデ・フェニクス。君はフェニクス商会の代表だ」
「はい!」
「公爵家の顧問弁護士をつけよう。あとは彼の指示に従い、その手で勝利をもぎとってこい」
アルデは起立する。
庭師見習いではなく、フェニクス商会の代表として、きっちりと礼をする。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「そう頑固に思い込む必要はない」
「――え?」
「ノブレス・オブリージュ。これは筆頭公爵家としての義務だ。――朗報を待っているよ、アルデ」
ディビットの温和な笑みに、アルデは目頭が熱くなる。
感謝の念を込めて、もういちどしっかりと頭を下げた。
アルデが退室し、ディビットは感心してうなずく。
「……素直ないい子じゃないか、ロベルト」
「左様ですか」
「息子にも、あれぐらいの可愛げがあればな……」
「おや、ご存じありませんか」
「なにがだ?」
「ギルバート様は素直でございますよ。先日も私の助言をまっすぐに受け取っておいででした」
「――なぜ父親の私ではなく、おまえに相談を!?」
「アンジェリカ様のことでしたので」
「う……む……」
とたんに勢いを無くすディビットに、ロベルトは涼しい顔で紅茶を入れ直す。
「旦那様。私からもお礼を申し上げます」
「……言うな。私には王族を訴える度胸は無い」
一介の弁護士ごとき、筆頭公爵家の相手ではない。
しかし王族の罪を白日のもとにさらすことはできず、それは海賊の罪ごと葬り去ることを意味する。
「それでも、私は旦那様を誇りに思います」
「王家に腹をみせる犬でもか」
「筆頭公爵家の使用人に借金があるなど外聞が悪い。……それでよろしゅうございましょう」
ディビットは無言で紅茶を口にする。
香り高い夏摘み紅茶は、胸のしこりをすこしだけ溶かした。
事はディビットの目論見どおりに進んだ。
裁判でピーター弁護士の有罪が確定、母親の自己破産が認められ、フェニクス商会の負債は免責。
もぎとった慰謝料は病院の支払いに充てられ、フェニクス家の負債は完済された。
「ほんとうですか!?」
歓声をあげたアルデは、ここが病室であることを思い出す。
集まった視線にペコペコと謝ると、同室の患者たちは気安い笑みを浮かべた。
医者はうなずき、アルデの肩をたたいて、退室した。
アルデは、ベッドで眠る父親を見つめる。
以前より顔色がよく見えるのは、医者の言うとおり、容態が安定したからか。
ちかいうちに意識がもどるだろうと告げられ、アルデは待ち遠しい気持ちでいっぱいだ。
父親が目覚めたら話したいことがたくさんある。
その最たることが、希望にあふれた現状だ。
「アルデちゃん、よかったなぁ」
話しかけてきたのは、真向いのベッドにすわる高齢女性だ。
「はい! おかげさまで、これからの入院費も免除されることになりました」
アルデの報告に、あかるい声があがる。
気のいい同室患者たちは、いつもアルデを気にかけてくれる。
口々によかった、よかった、と言いながら、ひまな入院生活につきものの、おしゃべりに移行する。
「こんな小さい子に支払わせるなんて、おかしいと思っていたんだよ」
「いい助成制度が見つかったのかい?」
「はい。勤め先の旦那様にご助力いただき、裁判で権利をもぎとってきました!」
胸を張るアルデに、患者たちが拍手を送る。
「よくがんばったねぇ」
「りっぱな子だよ」
「寝てばかりいないで、息子を褒めてやったらどうだい」
父親に冗談をとばす、その口調はあたたかい。
病室に、あかるい笑い声が満ちる。
さわやかな風がはいってきて、アルデはひらいた窓に寄る。
快晴つづきの空は、涼やかな碧だ。
遠くまでからりと晴れわたっている。
半年前、見上げた空はぶあつい雲におおわれ、一筋の光も見いだせなかった。
フェニクス商会は破産し、両親は自殺未遂で入院。かけこんだ職業斡旋所でロベルトに拾われ、ブレイデン公爵家の庭師見習いとなった。魔獣におそわれかけたところをギルバートに救われ、馬車の中でディビットに身の上を語った。それから一ヶ月。異例の速さで開かれた裁判で、借金は免責、入院費は免除されることとなった。
その怒涛の日々。
助けてくれた人々に、感謝せずにはいられない。
「……ありがとうございます」
みあげる空のまぶしさに、アルデは目をすがめる。
初夏の陽光はやわらかく、視界に入りきらないほど降りそそぐ。
「――アルデちゃん! こっちにきて、お菓子でも食べな」
「はい!」
アルデは笑顔でふりかえる。
おなじく笑顔で手招きをする、あたたかい人の輪に駆け寄った。
ケガによる高熱と貧血のせいだが、心痛があったのは否定できない。
まどろみ、現実感がうすい中、かたわらには常にイブリースの気配があった。
うわごとのように何かを言った記憶はある。
視界も聴覚も水面で隔てたよう、イブリースの冷たい手が髪を漉いた。
ぬれたタオルを目元にあてがわれ、きもちよさに息をつき、また眠ったのを覚えている。
次にギルバートが目覚めたとき、あたりはすっかり明るくなっていた。
光が目にしみて、まばたきをくりかえす。
寝すぎたのか、目元が腫れぼったい。
それなのにまだ、まどろむような眠気があった。
ギルバートは寝返りをうち、室内に視線をめぐらせる。
ちかくにイブリースの気配はなく、彼の姿もない。
ギルバートはちいさく息を吐く。
おもったより落ち着いている。
胸はしめつけられるほどに痛いが、兄妹の関係は変わらない。
兄として、アンジェリカに愛情を注ぐ。
それはもう決めたこと、いまさら何があろうと揺らぐことはない。
だから今は、今後のことを考える。
――今回の事件、さっさと事後処理を終わらせて、長期休暇を確実なものにする。
正当防衛とはいえ、相手は王族。
裁判でも起こされたら、外聞が悪い。
そのせいでアンジェリカが肩身の狭い思いをするなど、耐えきれない。
その不安を払拭し、心おきなく彼女と別荘に行くためには――。
「……背に腹は代えられん」
ギルバートは腕を伸ばし、サイドテーブルの呼び鈴を鳴らした。
「――ギルバート」
呼ばれて、ギルバートは覚醒する。
ロベルトに用件を伝え、待っているうちに寝てしまったようだ。
「……ちちうえ」
半身を起こすだけで、めまいに襲われる。
きつく目を閉じたギルバートに、後方に控えていた使用人が、ヘッドボードにクッションを敷きつめる。
背中をあずけ、息をついたギルバートの寝具を手早くととのえ、サッと後方へと退がる。
目の前にいるのに、あいかわらず人としての気配が薄い。
だが彼女もれっきとした人間、今から話す内容を聞かれていい相手ではない。
「――今回の事件について、詳細をお話しします。人払いを」
ディビットはギルバートの言葉に軽くうなずく。
それだけで彼女たちは速やかに退室した。
ディビットはベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「聞こうか」
「結論から言います。俺はブラットリー・マクスウェルを殺しました」
ディビットは目を見開いたが、無言でつづきをうながした。
ギルバートは事件の詳細を語る。
魔術剣を座標に転移し、触手の魔術陣につかまり、白銀の枷で拘束されたこと。ブラットリーの魔人生成実験、白銀の小刀での拷問、争乱を止めるための戦い――その結末。
聞き終わったディビットは、うなる。
「にわかには信じられん。ブラットリー副所長は悪魔だったのか?」
「いいえ。彼は人間ですが、体内に悪魔が居ました」
「そんなことが? 知られざる王族の能力か……」
「公にできる内容ではありませんね」
ギルバートは目をほそめた。
「どうせ異形はすぐに焼却され、証拠は残らない。つまりこの情報は利用期限つき――活かし方はおまかせします」
「……留意しておく。――それで?」
「現場は、王都魔術研究所の地下」
「……なぜ、そう言い切れる」
ディビットの歯切れの悪さに、ギルバートは首をかしげた。
「彼の権威が通用し、念入りな実験準備ができる場所が他にありますか?」
「あるかもしれないだろう」
「地下に死体がある。調べればすぐにわかることです」
「いいか、ギルバート。王都魔術研究所は、王家主体の研究機関だ。仮定で捜査ができるほど、開放的な施設ではない」
「は? ……ああ、なるほど。王家に不利な情報は、にぎりつぶされるわけか。 ――では、こういうのはいかがでしょう」
ギルバートはうすく笑う。
「俺はあの日、仕事ではなかった。つまり王族が、ブレイデン公爵家嫡男に対して殺人未遂を起こした――」
「――待て。それはいささか強引ではないか」
「いいえ? 俺が瀕死であったことは、聖騎士エリオット・ローガンの証言からも明らかです。魔術陣、白銀の枷、白銀の小刀を用意する周到さからみて、計画犯罪に間違いありません」
ただ、とギルバートはディビットを見据える。
「これは“事件”なのか、“事故”なのか……建国記念祭をひかえた今、国王陛下はどのようなご判断を下すと思いますか?」
ディビットは渋い顔で、あごに手をあてた。
「……陛下への脅しはさておき、公爵家としても、王家と揉めるのは本意ではない。――国の捜査に、公爵家の調査員を同行させる。ただし人選は、私に一任してもらうぞ」
「かまいません。地下に死体もありますし、早急に調査を開始させたほうが、おたがいのためかと」
ディビットはあきらめたように立ちあがる。
首を横に振り、複雑な色をのせた目で、ギルバートを見やる。
「おまえとブラットリー副所長は、友人だと思っていたよ」
「……まさか。俺の周囲には、稀代の魔人に魅せられた人間しかいません」
ギルバートは冷笑し、目を逸らす。
「寝ます。明日には全快していることでしょう」
ディビットに背をむけ、ベッドにもぐりこむ。
背後のため息と、遠ざかる足音を聞きながら、ギルバートは目をつぶった。
ブレイデン公爵家からの報告は、王家に衝撃を与えた。
箝口令が敷かれ、調査は諜報機関「影」によって、極秘裏に行われた。
ブレイデン公爵家からの調査人を同行させ、入手した情報は当主のみに開示することを条件に、今回の出来事は“事故”として処理されることとなる。
その捜査の途中、ディビットは思いがけない事実を知る。
アルデは緊張していた。
本邸に入るのも初めてなのに、案内人の洗練された背中は、奥へ奥へと進んでいく。
こんな深部まで、庭師見習いが足を踏み入れても良いものだろうか。
呼び出しを受け、すぐに湯を浴び、最低限の身なりを整えてはきたが。
冷や汗をかきながら後を追っていると、りっぱな扉のまえで案内人――執事長のロベルトが立ち止まった。
「旦那様がお待ちです。くれぐれも、失礼のなきよう」
「はい」
ロベルトが扉を開けてくれるのに恐縮しながら、背筋を伸ばして入室する。
「失礼します」
「やあ、アルデ。座って待っていてくれ」
黒壇のデスクで書類をまくりながら、ディビットがやわらかく告げる。
アルデは明朗な返事をして、指定されたソファに腰を下ろす。
重厚感あふれるソファは、しっかりとした座り心地だ。
――さすが公爵家御用達の逸品だ。
ロベルトは、部屋の隅でティーセットを扱っている。
こちらを見ていないことを確認し、アルデは座面にそっと手のひらを這わせる。
肌に吸いつく滑らかな質感は、しなやかな弾力がある。
――何の革だろう。良くなめされているが、元は硬そうだ。
一部だけ、色合いがちがう箇所を見つけた。
革に転写された漆黒は、まるで焦げたような――。
「また待たせてしまったね」
アルデはハッと顔を上げ、手を膝にもどす。
ディビットは数枚の書類を手に、アルデの向かいに腰を下ろした。
姿勢を正したアルデに、ディビットは表情をやわらげる。
「そう固くなる必要はない」
「……はい」
「今日は、フェニクス商会のご令息と話がしたい。――いきなりで申し訳ないね」
アルデは首をかしげた。
「それはよろしいのですが、私でお役に立てるでしょうか」
なにせフェニクス商会は倒産済み。
従業員もバラバラになってしまい、所在を聞かれてもわからない。
販路や取引先への融通は、アルデの顔では通用しない。
アルデの疑問に、ディビットはしっかりとうなずいた。
「海竜堂の名に聞き覚えは?」
「あります」
海街にある商家で、貿易業を営んでいる。
多人種が在籍しており、どの国のどんな品でも輸入してくることで有名だ。
「フェニクス商会とは、なにか確執が?」
問われ、アルデは思い出す。
あまり人のことを悪く言わない父親が、彼らのことを「海賊」と呼び、毛嫌いしていたことを。
しかしアルデの知るかぎり、海竜堂とのおおきな揉め事は起きていない。
「……そのような記憶はありませんが、同業者なので、競合する機会はあったかと思います」
ふむ、とディビットはあごに手をあてる。
次いで、アルデをまっすぐに見た。
「フェニクス商会の倒産原因は彼らだ」
「……え?」
「だからこそ、借金を帳消しにする方法が見つかった。――いっしょに戦う覚悟はあるかい?」
アルデはぽかんとディビットを見つめた。
言われた内容のせいでもあったし、夢か現か聞きまちがいか、衝撃がおおきすぎて、すぐに理解することができなかった。
厳しいはずの現実が急に手のひらを返したよう、そんな都合のいいことがこの身に起きるとは信じられない。
ディビットは鷹揚にうなずく。
それでアルデは、これが現実であることを知る。
「もちろんです!」
いきおいよく立ち上がったアルデに、ディビットはおだやかに微笑んだ。
テーブルに紅茶が置かれた。
給仕はロベルト、ちらりと視線を向けられ、アルデはあわてて着席した。
ディビットがゆったりとティーカップを傾けるのを見て、アルデも紅茶を口にする。
フルーティーな香気が鼻に抜けた。
芳醇な味わいとすっきりとしたのど越しに、アルデは目を見張る。
――さすが公爵家御用達の銘茶。
感動とともに紅茶を見つめる。ティーカップの中で輝くふかい紅色に、アルデはハッとする。
――これはもしや、夏摘み紅茶では?
別名「紅茶の女王」。
フェニクス商会でも取り扱いはあったが、アルデが口にするのは初めてだった。
「――そんなに気に入ったなら、あとで茶葉を届けよう」
笑いを堪えたディビットに、アルデは我に返る。
「い、いいえ、めっそうもありません! 失礼いたしました」
顔を赤らめ、ティーカップをもどす。
珠玉の品に、はしゃいでしまうのは、昔からのクセだ。
もう子供ではないのだから、とアルデは自分に言い聞かせる。
「それで、旦那様。俺は――いえ、私は、どうすればよろしいのでしょうか」
動揺が口調にあらわれ、アルデは天を仰ぎたい気持ちになる。
礼を欠いていきなり話しかけたことも、その内容も、あまりにお粗末だ。
しかしディビットは、こだわりなくうなずいた。
「まずは話を聞いてほしい。内容は他言無用だ」
「わかりました」
「王都魔術研究所の副所長は、ブラットリー・マクスウェルという人物だ。彼は先日、事故で亡くなった」
「マクスウェル……伯爵家の方ですか?」
アルデの問いに、ディビットは感心したようにうなずく。
「よく知っているね」
「マクスウェル領の港町は、貿易の要ですから」
「そうだったね。――そして海竜堂の本拠地だ」
ディビットの言葉に、アルデは背筋を正す。
「事故調査のため、副所長室の資料が押収された。そのなかから、ブラットリー副所長と海竜堂が交わした違法取引の証拠が見つかった」
「違法取引……ですか」
ディビットはうなずく。
「“希少金属30キロとひきかえに、フェニクス商会の顧問弁護士、ピーター・スミスに、海竜堂に従属するよう王族命令を下す”と」
「……え?」
「海竜堂の目的は、フェニクス商会をつぶすことだ。手始めにピーター弁護士を取り込み、フェニクス商会の不正をにぎろうとしたが、どれだけ調べても出てこなかったらしい」
「うちの経営理念は『公正・明朗』でしたから」
ディビットはかすかに笑う。
「それを実行できていたのが素晴らしい。――焦れた海竜堂は実力行使に出る。発見された犯行計画書と、フェニクス商会の倒産の流れが一致した」
アルデは目をみひらく。
フェニクス商会が倒産したのは、大口の取引先があいついで倒産し、億単位の売掛金が回収できなかったからだ。
偶然にしては不運すぎると思っていたが、それが仕組まれたことならば、話は変わってくる。
「ええと、つまり、ジュエリーショップの強盗事件は……」
「海竜堂のしわざだ」
「医薬品を卸していた病院が、たてつづけに放火された事件は」
「海竜堂のしわざだ」
「では牧場の柵がこわれ、馬がすべて脱走したのも!」
「それはただの事故だ」
「あ、そうですか」
ディビットは書類を一枚めくった。
「だが先のジュエリーショップと病院の法律相談に、ピーター弁護士が買って出た。フェニクス商会の大事な取引先だから力になりたい、ともっともらしい理由を言いながら、彼の目的は裁判に負けること――つまり、海竜堂の隠蔽工作に一枚かんでいたというわけだ」
「……思い出しました。どれも犯人は『心神喪失』で無罪。盗品は行方不明で、火災の賠償もされず、泣き寝入りのような形になったと」
だからフェニクス商会は、売掛金を回収できなかった。
「さらにピーター弁護士は、お母さまを言いくるめて自己破産を阻止。結果として、お母さまは精神病を患った」
「……はい」
ことばにすると、ピーター弁護士の非情ぐあいが浮き彫りになる。
アルデには、それが意外に思えた。
ピーター弁護士は、進んで悪事に手を染めるようには見えなかった。
彼の細い目には、やさしい印象しかない。
いつもフェニクス商会のために尽力し、アルデのつたない疑問にも親切に答えてくれる、善良な男性。だから――。
「……王族命令には、それほどの強制力があるのですね」
日常生活で、王族の威光を感じることは少ないが、弁護士が太刀打ちできないほどだ。
きっと彼はどこにも相談できず、しかたなく従ったにちがいない。
「王族命令の強制力は、継承順位と比例する」
「では――」
「――ブラットリー副所長は第二十六位。断ったところで、職すら失わない」
「……え」
「ピーター弁護士は、多額の報酬を受け取っていた。彼は自分の意思で、フェニクス商会の敵になった」
言葉を失うアルデに、ディビットは諭す。
「金というのは魔物だ。人を変える魔力がある。そして金の奴隷になった人間には、破滅の道しか残らない」
アルデはうつむく。
こぶしがふるえているのを、どこか他人事のようにおもった。
「金の主人になりなさい。金を制御し、正しく動かす。君のお父さまがされていたのは、そういうことだ」
父の話に、アルデはハッと息をのむ。
いますべきことは、落胆ではない。
アルデが守るべきは家族。
そのために、公爵家のご当主様が力を貸してくれると言っている。
アルデは顔をあげ、背筋を伸ばす。
「私はなにをすればよろしいでしょうか」
アルデはしっかりと問う。
ディビットは太い笑みを浮かべた。
「ピーター弁護士を告訴する。アルデ・フェニクス。君はフェニクス商会の代表だ」
「はい!」
「公爵家の顧問弁護士をつけよう。あとは彼の指示に従い、その手で勝利をもぎとってこい」
アルデは起立する。
庭師見習いではなく、フェニクス商会の代表として、きっちりと礼をする。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「そう頑固に思い込む必要はない」
「――え?」
「ノブレス・オブリージュ。これは筆頭公爵家としての義務だ。――朗報を待っているよ、アルデ」
ディビットの温和な笑みに、アルデは目頭が熱くなる。
感謝の念を込めて、もういちどしっかりと頭を下げた。
アルデが退室し、ディビットは感心してうなずく。
「……素直ないい子じゃないか、ロベルト」
「左様ですか」
「息子にも、あれぐらいの可愛げがあればな……」
「おや、ご存じありませんか」
「なにがだ?」
「ギルバート様は素直でございますよ。先日も私の助言をまっすぐに受け取っておいででした」
「――なぜ父親の私ではなく、おまえに相談を!?」
「アンジェリカ様のことでしたので」
「う……む……」
とたんに勢いを無くすディビットに、ロベルトは涼しい顔で紅茶を入れ直す。
「旦那様。私からもお礼を申し上げます」
「……言うな。私には王族を訴える度胸は無い」
一介の弁護士ごとき、筆頭公爵家の相手ではない。
しかし王族の罪を白日のもとにさらすことはできず、それは海賊の罪ごと葬り去ることを意味する。
「それでも、私は旦那様を誇りに思います」
「王家に腹をみせる犬でもか」
「筆頭公爵家の使用人に借金があるなど外聞が悪い。……それでよろしゅうございましょう」
ディビットは無言で紅茶を口にする。
香り高い夏摘み紅茶は、胸のしこりをすこしだけ溶かした。
事はディビットの目論見どおりに進んだ。
裁判でピーター弁護士の有罪が確定、母親の自己破産が認められ、フェニクス商会の負債は免責。
もぎとった慰謝料は病院の支払いに充てられ、フェニクス家の負債は完済された。
「ほんとうですか!?」
歓声をあげたアルデは、ここが病室であることを思い出す。
集まった視線にペコペコと謝ると、同室の患者たちは気安い笑みを浮かべた。
医者はうなずき、アルデの肩をたたいて、退室した。
アルデは、ベッドで眠る父親を見つめる。
以前より顔色がよく見えるのは、医者の言うとおり、容態が安定したからか。
ちかいうちに意識がもどるだろうと告げられ、アルデは待ち遠しい気持ちでいっぱいだ。
父親が目覚めたら話したいことがたくさんある。
その最たることが、希望にあふれた現状だ。
「アルデちゃん、よかったなぁ」
話しかけてきたのは、真向いのベッドにすわる高齢女性だ。
「はい! おかげさまで、これからの入院費も免除されることになりました」
アルデの報告に、あかるい声があがる。
気のいい同室患者たちは、いつもアルデを気にかけてくれる。
口々によかった、よかった、と言いながら、ひまな入院生活につきものの、おしゃべりに移行する。
「こんな小さい子に支払わせるなんて、おかしいと思っていたんだよ」
「いい助成制度が見つかったのかい?」
「はい。勤め先の旦那様にご助力いただき、裁判で権利をもぎとってきました!」
胸を張るアルデに、患者たちが拍手を送る。
「よくがんばったねぇ」
「りっぱな子だよ」
「寝てばかりいないで、息子を褒めてやったらどうだい」
父親に冗談をとばす、その口調はあたたかい。
病室に、あかるい笑い声が満ちる。
さわやかな風がはいってきて、アルデはひらいた窓に寄る。
快晴つづきの空は、涼やかな碧だ。
遠くまでからりと晴れわたっている。
半年前、見上げた空はぶあつい雲におおわれ、一筋の光も見いだせなかった。
フェニクス商会は破産し、両親は自殺未遂で入院。かけこんだ職業斡旋所でロベルトに拾われ、ブレイデン公爵家の庭師見習いとなった。魔獣におそわれかけたところをギルバートに救われ、馬車の中でディビットに身の上を語った。それから一ヶ月。異例の速さで開かれた裁判で、借金は免責、入院費は免除されることとなった。
その怒涛の日々。
助けてくれた人々に、感謝せずにはいられない。
「……ありがとうございます」
みあげる空のまぶしさに、アルデは目をすがめる。
初夏の陽光はやわらかく、視界に入りきらないほど降りそそぐ。
「――アルデちゃん! こっちにきて、お菓子でも食べな」
「はい!」
アルデは笑顔でふりかえる。
おなじく笑顔で手招きをする、あたたかい人の輪に駆け寄った。
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