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第二章 臣下とは王のために存在する

狂喜の沙汰

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「――だから魔力濃度を高めるには、魔素まその蓄積が重要だ。野生鳥獣に魔素入りのエサを与えた結果、大型魔獣おおがたまじゅうに変化した。人間は経口摂取に限界があり、魔力回路まりょくかいろからの摂取が推奨される。そこで開発したのがこの装置! 魔力回路に結合部品を埋めておくだけで、着脱可能なコードからいつでも魔素を補給でき、快適な魔人ライフを――聞いてる?」
「き、いてる。……国立公園の、魔獣ッ……たいりょう発生は、おまえのせいか」

 体中を針で刺されるような激痛に、ギルバートの言葉はとぎれとぎれになる。
 ブラットリーはまったく悪びれない態度でうなずく。

「ギルくんの長期休暇は、ぼくのおかげだね」
「――ふざけるな!」

 やけくそ気味にさけんで、からだをよじる。
 みみざわりなくさりに顔をしかめ、見やった装置には「47」と表示されている。
 このままではいけない。
 実験を阻止するために、とにかく情報を集めなければ。

「悪魔を使役せずっ……魔人とは、呼べないぞ」
「そうだね」
「……どうやって、契約する」
「気長に待つ以外に、方法があるの?」

 質問に質問で返す――なにかを隠している可能性が高い。

「魔人を出荷して、どうする」
「さあ?」 
「……この国が、負けたら……研究どころじゃ、なくなるぞ」
「だってギルくん、負けないでしょ?」

 ギルバートは舌打ちする。
 あいかわらず全身は痛いし、拘束はきついし、きまぐれなイブリースは来る気配がない。

 そのうえブラットリーは帝国てきと通じている。

 王族のくせに、と罵倒しかけ、王族ほど自分勝手なやからはいないと考えなおす。

 王族にとって、臣下はこまだ。
 駒が王族に忠誠を誓うのは当然であり、王族のために働くのは当然。
 臣下とは王のために存在し、それ以上でも以下でもない。

 ブラットリーにとっては「素材」だろうが、本質的なところは変わらない。
 王族以外は人で無し――まったくもって、王族らしい考え方だ。

「……胸糞わりぃ」
「ほら、ギルくん。半分越えたけど、交渉しなくていいの?」
「――魔力と金しか持ってねぇよ!」

 激痛で思考がくずれて、いらないことを口走る。
 しまったと思う反面、それが事実なだけに、頭痛がひどくなる。
 すでに断られたもの以外に交渉材料など――。

「――本気で言っているの?」

 ブラットリーはギルバートをひたりと見据みすえる。

「今ぼくの目に映るものが、いちばんうつくしく価値が高い」
「――は?」
「稀代の魔人、ギルバート・ブレイデン」

 ブラットリーの瞳は、熱く生々しい。
 渇望のまなざしに、ギルバートはさっする。

 ブラットリーは、ギルバート自身を交渉の材料にしろと言っている。
 そんなものは交渉ではない――誘導ゆうどうだ。

 だとすれば、ブラットリーははなから交渉を受ける気はなく、これは実験の完遂までギルバートをおとなしくさせるための茶番だ。
 そもそも「交渉しろ」と言いだしたのはブラットリーの方、装置が100になるまでとのルールを作ったのも彼だ。
 あの時のギルバートは、自分に利があると思い込みたいほど動揺していただけに過ぎない。

 いまやるべきことは反省でも後悔でもない。
 実験を阻止するために、ギルバートができることは――。

「――召喚しょうかん

 ギルバートから漆黒の魔力が噴きだす。
 とっさに一歩引いたブラットリーが、魔力にはばまれ見えなくなる。

 白銀の枷に魔力をわれるが、召喚濃度に達するほうが早い。 

「イブリース!」
「――帰さないよ」
 
 銀の光が一閃いっせんした。
 ギルバートが起こした魔力の気流は、あとかたもなく消滅する。

「……は?」

 見上げた先、ブラットリーの手には、うつくしい小刀が握られていた。

「刃は白銀はくぎん。教会で祝福を受けた特別製だ」

 ブラットリーは薄く笑い、小刀をギルバートのふとももにあてがう。

「おま……え」
「ぼくは平和主義だ。でもギルくんに反抗はんこうされたら、ショックで手元が狂っちゃう」

 ブラットリーは小刀を立て、切っ先をふとももに押しつける。 
 あとすこしの力で、刃先はギルバートにもぐりこむ。

 祝福された白銀のきらめきが、ギルバートにあやまちをつきつける。

 ブラットリーの意志の固さを読み違えた。
 趣味で医師免許を取得する人間に、頭脳戦をいどんだ落ち度。
 白銀の武器で害され、ただで済むはずがない。
 だからおとなしく言う事を聞いて――アンジェリカの笑顔を曇らせるのか。

「……冗談じゃない」 

 はらは決まった。――俺はいまから、拷問をうける。 
 
「――召喚、イブリース!」
びるギルくんが見たかったなぁ」

 ブツリと皮膚がやぶれ、激痛がギルバートの脳天を直撃した。
 刺されたふとももが脈打ち、焼けるように痛い。
 はねる体が鎖をゆらし、ガチャガチャと思考をかき乱す。

「ああ、勝手に奥まで入っていく……もうすぐ大腿動脈だいたいどうみゃくだ」

 太い血管は、損傷すれば大出血し、命にかかわる。
 ギルバートは明滅めいめつする視界のなか、それでも魔力を解きはなつ。

「がんばっても、召喚濃度には達しないよ?」

 白銀は血と魔力をうばう。
 だからギルバートは「異変」をねらう。

 平和な国立公園で、わざわざ召喚をかける道理はない。
 なんどもびかけ不成立――その異変を、高位悪魔であるイブリースが感知できないはずはない。

「――ほんとうに強情なんだから」

 ブラットリーはあきれた口調で小刀を抜く。
 ふとももから血が噴きだし、ギルバートはこらえきれない声をあげる。

「イイ声で鳴くねぇ。もう片足もいっとく?」

 鳴り続ける鎖より、自分の呼吸音がうるさい。
 痛覚が飽和し、視界がゆらぐ。
 ブラットリーは無邪気な笑顔で、血まみれの小刀をふりあげ――。
  
 チーン! と電子音がした。

「できたぁ!!」

 パッと顔を輝かせ、ブラットリーは身をひるがえす。

 ギルバートは目をきつく閉じる。
 ブラットリーの浮かれる背中を見たくない。
 左手のコードが取れる感触がしたが、いっかな慰めにはならない。

『――ギルの趣味は、死にかけること?』
「イブリース……」

 まちのぞんだ声は一足遅かった。
 見上げたイブリースは、不機嫌極まりないオーラを放っていた。

『……僕のギルに、勝手なことを』
「とってくれ」

 ギルバートはかせをひっぱる。
 身じろぐたび、頭が沸騰しそうに痛い。
 イブリースはギルバートの枷を検分し、顔をしかめた。

魔喰まぐいは壊せない。くさりを切る』

 澄んだ音がして、ギルバートに自由がもどる。
 輪はついたままだが、手足が解放され、呼吸が楽になる。
 
 ギルバートは両手で、ふとももの圧迫止血をこころみる。
 刺し傷は深く、指の間から血があふれた。

『ギル、帰ろう。つかまって』
「……あの男を、処分してからだ」

 ギルバートは石壁の男を見やる。
 ブラットリーが男の拘束具を外している。
 解放された男は、重力に従ってくずれおちた。
 
 死にかけ・・・・がもっとも油断できない。
 ブラットリーは「魔人」をつくるといった。
 ならば悪魔と契約する目処は立っており、捨て身で「魂」を対価に願わせるなら、その内容は非人道的だと相場が決まっている。

 悪魔が出てくるまえに片をつける。
 一分一秒、無為むいに過ごすだけ、世界は争乱そうらんに近づく。

「イブリース、融合ゆうごうだ」

 いまのギルバートは歩けないどころか、魔術を構築する集中力すら保てない。
 しかしイブリースの翼があれば、男の首をはねることができる。
 
『――待った。僕がどうしてその血を飲まないかわかる? ケガがあまりにひどいからだ』
「すぐに治る」
『その魔力量じゃ治癒能力ちゆのうりょくは期待できない。だから帰ろう』

 イブリースがさしのべた手を、ギルバートは強い目で拒否する。

「――ギルバート・ブレイデンの名において要求する」
『ギル!』

 イブリースは手で、ギルバートの口をふさぐ。
 ギルバートはそれを血だらけの両手ではがす。

「俺と融合ゆうごうし、ダグ・ストーンの首をはねろ! 報酬は、俺の魔力だ」
『ああもう……さっさと終わらせるよ』

 イブリースがあきれて、ギルバートの背中に溶けこむ。
 衝撃で心臓がはねるのを、ギルバートは目をつぶってやりすごす。
 翼が生える感触に目をひらけば、視界は良好。 
 そばに転がるびたおのをつかみ、翼をふるわせた。
 一飛ひととびで距離をつめ、男の首めがけて斧を振りおろす。

「それはいけない」

 斧を止めたのは白銀の小刀、腕につたわるしびれに、ギルバートは目を見開く。
 片手でかんぺきに防御したブラットリーは、涼しい顔をしている。
 そのあまりの異常さ、考えられることはだたひとつ。

「――術具じゅつぐか!」
「ご名答」

 ブラットリーはニヤリと笑って、かるがると斧を押しかえす。
 ギルバートは後ろに跳びのき、突きぬける痛みに右足をかばう。
 頭を振って気を取りなおし、ブラットリーの小刀めがけて斧をぎはらう。

 体重をかけた攻撃は、騎士でも受け止めるのが困難だ。
 しかしブラットリーは、ギルバートを斧ごと弾きとばした。

 身構える間もなく、ギルバートは背中から石壁に激突する。
 息がつまって、視界が白い。
 床に落ちた反動で覚醒し、一瞬気を失ったことを知る。

「うれしいな。製品テストに協力してくれるなんて」

 ブラットリーの歌うような声が、耳に遠い。

「稀代の魔人のお墨付すみつき。なかなかどうして、最高の保証じゃない」

 ギルバートは床に爪をたて、身を起こす。
 体中が痛くて、ひどいめまいがした。
 
 ゆらぐ視界でとらえたブラットリーは、ダグをいつくしむように背後から抱きしめている。
 彼はギルバートを見つめながら、黒ぶちめがねをゆっくりと外した。

仕上しあげといこうか」

 二ィと細まる瞳は血のような赤。
 それはまるでイブリースあくまのような――。

「――ブラットリー・マクスウェルの名において契約する。勇ましき人生を選んだダグ・ストーン。ぼくの中の悪魔を、君に貸そう」
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