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第一章 兄とは妹を守るために存在する

俺と妹を引き離そうとは、万死に値する!

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 晴天にめぐまれた朝は、希望に満ちていた。

 色づいた満開の並木道は、舞い散る花びらを、ふわりふわりと優しく風にのせていく。
 ぬけるような青空の下、真新しい制服の群れが、錫色すずいろの門をめざして歩く。

 そのなかに、同じ制服を着た少女と、背の高い礼装の青年がいた。

 見送りだろうか。
 整った顔立ちの二人に、生徒からはチラチラと視線が送られる。

 石畳いしだたみのわずかな段差に、青年が手を差しのべる。
 少女が白い手を重ねる光景は、まるで一枚の絵画のようだ。 

 姫と騎士のような情景に、周囲から感嘆のため息がもれる。

 門に着いた少女が、足を止めた。
 宝石のような碧眼へきがんで、青年を仰ぎ見る。

「お兄様、ここまでで結構です。ありがとうございました」

 期待を裏切らない澄み切った声は、耳に心地良い。
 兄と呼ばれた青年――ギルバートは、騎士団の人間が二度見するような、やわらかい表情を浮かべた。

「会場まで送ろう、アンジェリカ。式典を後方で見学しているから、なにかあればすぐに来るんだ。いいね?」

 アンジェリカが、小首をかしげる。
 入学する国立魔術学院は、生徒の自立心を育てる一環いっかんとして、保護者の立ち入りは原則許可されていない。
 入学式も、保護者は出席できないと聞いて、父がヤケ酒をあおっていたのは、先月のことだ。
 めずらしく兄がディナーに間に合った日だから、知らないはずはない、と思うが。



 アンジェリカの疑問を体現するかのように、守衛しゅえいが近づいてきた。

 年の頃は五十ほど。
 厚みのある体格の男だ。

 彼は、これまでにさまざまな人間を見てきた。
 その経験から、自分は守衛のプロだという自負があった。

 人好きのする笑顔をうかべ、おだやかに口をひらく。
 
「保護者の方ですか?」

 まずは一声かけ、相手の出方をうかがう。
 あとは、頭に入った膨大ぼうだいな対人データから、最適なものを選びとるだけだ。
 長年、無数の苦情に対応しながら、会得えとくした技だ。
 
 青年は、二十の始めといったところ。
 恐るべき相手ではない、と慢心した彼の眼前に、一枚の上質な紙がつきつけられた。

 でかでかと押された朱印は、一目で高貴な印影だとわかる。
 朱印の文字を読んだ守衛は、視線が流れるように定まらず、何度も何度も確認する。

「先月、ぐうぜんにも玉璽ぎょくじのある通行手形を下賜かしされた。これがあれば、国内で入れない場所は無い」

 追い打ちのような青年のセリフに、守衛の顔が、青を通り越して白になる。
 彼の矜持きょうじが音を立てて砕け、やけくそのように頭を下げて、声を張り上げた。

「失礼いたしました! どうぞ、お通りください!!」 

 守衛は緊張がピークに達し、耳鳴りがした。
 まるで、遠くから怒声が追いかけてくるようだ。
 周囲が大きくざわめいて、やっとそれが現実の音だと気付く。

 じょじょに近づいてくる複数の野太い声は、口々におなじ単語をえるように叫んでいる。

「上だ!」

 誰かが空をゆびさす。
 つられて、空を見あげた。

 巨大きょだいな影が、次々と通過した。
 学び舎ギリギリの高さで旋回せんかいする姿に大きな歓声があがり、講堂からも、やじうまが身を乗りだす。

 その数、三騎。

 鳥よりもはるかに大きい、天駆けるりゅうの上から叫ばれる言葉が、人名だと理解できる距離までせまった瞬間であった。

 吹きすさぶ風から守るように、ギルバートがアンジェリカの盾になる。
 猛禽類もうきんるいのようなするどい目つきで、頭上をにらんだ。

「俺と妹を引き離そうとは、万死にあたいする!」

 流れるように抜刀ばっとうする青年を見て、守衛は思った。

 なにこの危険人物。
 玉璽手形なんか、ぜったい持たせちゃいけない人種でしょ。
 国王様は、おどされでもしたの?



 ちなみに、大正解である。
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