1 / 33
第一章 兄とは妹を守るために存在する
本日、もっとも重要な式典は、妹の入学式。以上だ。
しおりを挟む
「入団式? なぜ俺が出席せねばならん」
「団長だからです」
執務室に、尊大な舌打ちがひびく。
黒い本革の椅子にふんぞり返り、行儀悪く机に足を乗せているのは、二十代始めの青年だ。
艶のある蜂蜜色の髪をかき上げ、涼やかな碧眼を憎々しげに歪めている。
四年前から王立騎士団の竜騎士団長を務める、ギルバート・ブレイデンである。
彼の態度の悪さは今に始まったことではないので、副団長であるエリオットは、気にせず続けた。
「ですから、明日の休暇は認められません」
「玉璽が押してあっただろう」
「国王を脅すのはおやめくださいと、先月も申しあげましたが」
「アンジェリカのために最善を尽くして、なにが悪い」
アンジェリカとは、ギルバートが溺愛する、年の離れた妹だ。
まったく悪びれたところがない態度に、エリオットは思わずため息をついた。
前方からなにかが飛んできて、エリオットは、とっさに首をかたむける。
間一髪でかわしたそれは、背後の壁に突き刺さる。
小さな影しか見えなかったので、振りかえり確認すると、それは羽ペンだった。
「貴様、なんだその態度は。いいだろう。特別に、先週のアンジェリカの、使用人への慈愛あふれるエピソードを披露してやろう」
「結構です。深夜まで残業している身には、堪えますので」
「待て、いま何時だ」
「日付が変わったところです」
多忙を極める竜騎士団の、団長と副団長は、明るいうちに帰宅できたことなど、数えるほどしかない。
「こうしてはおれん! アンジェリカの晴れ姿を脳内に焼きつけ、学院まで護衛し、式典での一挙一動を余すところなく見届けなくては!」
重い。
エリオットがげんなりしている間に、ギルバートが扉に向かう。
その腕を、エリオットはすかさず捕獲する。
「離せエリオット。不敬罪で牢にぶちこまれたいか」
「貴方こそ。反逆罪での極刑をお望みですか」
いま逃すと、彼は絶対に入団式に来ない。
つかんだ手に力を込めると、ギルバートがつぶやいた。
「術式展開」
ギルバートの腕から、電撃のような魔力が駆ける。
エリオットは、たまらず手を離す。
直後、エリオットを囲うように、透明な壁が出現した。
魔力の箱に閉じ込められたエリオットは、唖然とたたずむ。
油断した。
というか、王立の建物内は、魔術が発動しない仕組みではなかったのか!?
「こんなこともあろうかと、カーペットの下に魔術陣を書いておいて正解だったな」
「そんなことをする暇が、あったんですか」
魔術陣は、難解な古代文字を正確に書き写す必要があるため、一朝一夕では完成しない。
手間に比べて威力は弱いが、確実に発動させたい時に使用されることが多い。
「よく聞け、エリオット」
凛とした声音に、エリオットはハッと顔を上げる。
目の前には、威厳に満ちあふれた、団長然としたギルバートの姿があった。
「兄とは妹を守るために存在する。つまり、本日、もっとも重要な式典は、妹の入学式。以上だ」
騎士団の制服をひるがえし、ギルバートは颯爽と執務室をあとにする。
言っている内容は、まったく意味がわからなかった。
エリオットがあらゆる手段でようやく魔力の箱から脱出した時には、空が白みはじめていた。
寝不足と疲労の中、昇る朝日に、エリオットは固く誓う。
――あいつ、絶対に、連行してやる。
「団長だからです」
執務室に、尊大な舌打ちがひびく。
黒い本革の椅子にふんぞり返り、行儀悪く机に足を乗せているのは、二十代始めの青年だ。
艶のある蜂蜜色の髪をかき上げ、涼やかな碧眼を憎々しげに歪めている。
四年前から王立騎士団の竜騎士団長を務める、ギルバート・ブレイデンである。
彼の態度の悪さは今に始まったことではないので、副団長であるエリオットは、気にせず続けた。
「ですから、明日の休暇は認められません」
「玉璽が押してあっただろう」
「国王を脅すのはおやめくださいと、先月も申しあげましたが」
「アンジェリカのために最善を尽くして、なにが悪い」
アンジェリカとは、ギルバートが溺愛する、年の離れた妹だ。
まったく悪びれたところがない態度に、エリオットは思わずため息をついた。
前方からなにかが飛んできて、エリオットは、とっさに首をかたむける。
間一髪でかわしたそれは、背後の壁に突き刺さる。
小さな影しか見えなかったので、振りかえり確認すると、それは羽ペンだった。
「貴様、なんだその態度は。いいだろう。特別に、先週のアンジェリカの、使用人への慈愛あふれるエピソードを披露してやろう」
「結構です。深夜まで残業している身には、堪えますので」
「待て、いま何時だ」
「日付が変わったところです」
多忙を極める竜騎士団の、団長と副団長は、明るいうちに帰宅できたことなど、数えるほどしかない。
「こうしてはおれん! アンジェリカの晴れ姿を脳内に焼きつけ、学院まで護衛し、式典での一挙一動を余すところなく見届けなくては!」
重い。
エリオットがげんなりしている間に、ギルバートが扉に向かう。
その腕を、エリオットはすかさず捕獲する。
「離せエリオット。不敬罪で牢にぶちこまれたいか」
「貴方こそ。反逆罪での極刑をお望みですか」
いま逃すと、彼は絶対に入団式に来ない。
つかんだ手に力を込めると、ギルバートがつぶやいた。
「術式展開」
ギルバートの腕から、電撃のような魔力が駆ける。
エリオットは、たまらず手を離す。
直後、エリオットを囲うように、透明な壁が出現した。
魔力の箱に閉じ込められたエリオットは、唖然とたたずむ。
油断した。
というか、王立の建物内は、魔術が発動しない仕組みではなかったのか!?
「こんなこともあろうかと、カーペットの下に魔術陣を書いておいて正解だったな」
「そんなことをする暇が、あったんですか」
魔術陣は、難解な古代文字を正確に書き写す必要があるため、一朝一夕では完成しない。
手間に比べて威力は弱いが、確実に発動させたい時に使用されることが多い。
「よく聞け、エリオット」
凛とした声音に、エリオットはハッと顔を上げる。
目の前には、威厳に満ちあふれた、団長然としたギルバートの姿があった。
「兄とは妹を守るために存在する。つまり、本日、もっとも重要な式典は、妹の入学式。以上だ」
騎士団の制服をひるがえし、ギルバートは颯爽と執務室をあとにする。
言っている内容は、まったく意味がわからなかった。
エリオットがあらゆる手段でようやく魔力の箱から脱出した時には、空が白みはじめていた。
寝不足と疲労の中、昇る朝日に、エリオットは固く誓う。
――あいつ、絶対に、連行してやる。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


妹ちゃんは激おこです
よもぎ
ファンタジー
頭からっぽにして読める、「可愛い男爵令嬢ちゃんに惚れ込んで婚約者を蔑ろにした兄が、妹に下剋上されて追い出されるお話」です。妹視点のトークでお話が進みます。ある意味全編ざまぁ仕様。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~
真心糸
ファンタジー
【あらすじ】
ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。
キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。
しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。
つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。
お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。
この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。
これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる