ざんねんな妖精

黒いたち

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ざんねんな妖精

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「だから、この本屋をつぶしてカフェにしましょう!」
「却下」

 即答すると、リーフはぷくっと頬をふくらませた。
 こしに手をあて、緑の羽をふるわせる。

「おい、鱗粉りんぷんとばすな。本が汚れる」
「また虫あつかいして! わたしは由緒ただしき紅茶の妖精ですよ!」
「由緒ただしき妖精が、ハエトリガミにひっつくのか」
「あ、あれは、ちょっと甘い匂いにさそわれて……」

 もごもご言いよどむリーフに、俺はためいきをつく。
 三日前、ハエトリガミに人形がひっかかっていると思ったら、妖精だった。
 令和も五年目、俺も正直、自分がおかしくなったと疑ったが、現実だった。
 妖精が見える人間は、一定数いるらしい。
 特に人の念をあびつづけるような職種――うちのような古書店を営む人間は、見える確率が高いらしい。

 リーフと名乗った妖精は、どうしても俺に恩返しがしたいと言い張った。
 断っても、それが妖精界の決まりだからと、かたくなにそばを離れない。
 ならばと店のしごとを手伝わせてみたが、本の一冊も持ちあげられない。
 そのうえ、自分は紅茶の妖精だから、紅茶に関するしごとしかできないと開き直るしまつだ。
 
「俺はコーヒー派だからな」
「わたしをハエトリガミ派だと思ってます!? ひどいです、ご主人様」
「『ご主人様』はやめろって」
「じゃあ、か……奏和かなとさん……」
「却下」
「うええ!?」

 店の扉があいた。
 むかしながらの引き戸は、カラカラと軽快な音をたてる。
 手でリーフを追いはらうと、彼女はすごすごとカウンターの下に隠れた。

「こんにちは、かなとくん。きょうも男前ねぇ」

 常連客の坂本ばあさんだ。
 注文した本をうけとったついでの、世間話がくそながい。
 それにつきあえてしまうぐらい、この店はひまだ。

 やっていけるのか、と聞かれることも多いが、半年前までブラック企業につとめていた俺は、金をつかう暇がなかったおかげで、そこそこ貯金がある。
 職場で大量に吐血した思い出がなつかしい。
 ただの胃潰瘍いかいようだったが、死を意識したあの瞬間に、退職を決意した。

 しばらく家でごろごろしていたら、両親から、世界一周旅行にいきたいから店を継いでくれ、と頼まれた。
 つぶれてもいいなら、と引き受けたが、のんびりとした古書店の空気が、意外と肌に合っていた。
 
 日がな一日、書架の整理をしたり、読書をしていたある日、ハエトリガミ事件が起きる。
 それからは、店をつぶせとおどしてくる妖精に立ちむかう日々――自分でつぶすのはいいが、人に言われてつぶすなどお断りだ。

「それじゃまたね。かなとくん」
「はーい。そこの段差でころぶなよ」

 うふふ、と笑って、坂本ばあさんは帰っていった。
 カウンターから、リーフがひょっこり顔を出す。

「はあー、今日のおはなしも面白かったですね」
「どこがだよ」
「商店街で猫がケンカして、水をぶっかけた魚屋のご主人が、動物愛護家のおばさんにしこたま怒られているところに、通りかかった警察官が駆けよったら、生き別れた姉におばさんが激似で、泣きながらの職質に、お散歩中の園児たちがなぐさめに突撃した感動の実話……! 猫も浮かばれます!」
「猫は生きてる」

 つっこみ、イスに座って肩をまわす。

「あー、つかれた。今日もよく働いたな」
「坂本のおばあちゃんと、おはなししただけですよね」
「いちばんの重労働だろ」

 いって、おおきく伸びをする。

「おつかれなので、紅茶をれますね」
「コーヒーがいい」
「紅茶の妖精は、コーヒー豆にはさわれません!」

 プリプリ怒りながら、リーフは店の奥にある居住スペース――キッチンのほうに飛んでいった。
 俺は近くのハードカバーをひらき、文字の世界に没頭していく。

「どうぞ、奏和かなとさん」

 呼ばれて、顔をあげる。
 カウンターのティーカップには、琥珀色の液体。柑橘系の香りに、薄雲の湯気が立つ。
 そっと口にふくめば、マイルドな苦みとふくよかな香りが鼻にぬけた。 
 コーヒーとはちがう。だけどおいしい。

 じっと俺を見ていたリーフは、頬を上気させ、ほこらしげに胸をはる。
 
「どうです! 本屋の一角いっかくに、カフェスペースをつくる気になりましたか?」
「却下」
「ええー! めちゃくちゃ譲歩したのにー!」
「おまえ、いつまでうちにいるつもりだ」
「それは、ええと……奏和さんに恩返しするまで、ぜったいに離れません!」

 プイッとリーフが背を向ける。
 緑の羽は、夕陽をあびてうつくしくきらめく。
 ながめていると、「夕焼け小焼け」のメロディチャイムが聞こえてきた。
 五時だ。

「今日は閉店。またあした」
「あしたこそは、カフェの経営者講習を受けに行ってもらいますよ!」
「いちいちハードルが高いな」
「わたしのすばらしい恩返しのためです」
「……いろいろとおかしいだろ」
「えー、なんでですかー」

 口をとがらせるリーフに、俺はおもわず吹きだした。

「わたしは真剣ですよ!」
「だって……おまえ……」
「どうして笑うんですか!」

 頬をふくらませるリーフを前に、俺はえんりょなく笑いつづける。
 どうしてもなにも、リーフの提案など、すべて却下だときまっている。
 おまえの羽をもうすこし見ていたいだなんて、おかしくて笑いが止まらない。
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