デッドライン

黒いたち

文字の大きさ
上 下
1 / 1

デッドライン

しおりを挟む
 私には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 深夜の街は、寝静まっている。
 その裏道を全力で走るのは、契約を履行りこうするためだ。
 定められた時刻に、定められた場所に到着する義務がある。
 
 この仕事は信用第一。
  
 しかし時計の針は無情かつ正確に時を刻み、「その時」はあっけなく通り過ぎた。
 途中で起こった、ネズミ・・・とのバトル――まさかあのような場所から、飛び出してくるとは思わなかった。
 
 そのせいで。
 
 薄汚いネズミに責任転嫁をこころみるが、どうにもうまくいかない。
 わかっている。自分の対応力が低いからだ。

 嘆いていても、はじまらない。

 闇のなか、ようやく到着した建物を、うっとおしく見やる。
 いっそ爆破してしまいたい。
 しかし私には金が必要だ。
 中にいる雇い主を、殺すわけにはいかない。 
 
 息を整え、閉鎖された建物へと歩をすすめる。
 薄明かりのれる裏口に、すばやく体を滑り込ませた。

「遅かったな、高梨たかなし

 背後からの声に、足がとまる。
 動揺を気取きどられないよう、私はゆっくりと振りかえった。

「ご機嫌よう、ボス。あやうく、ネズミと間違えるところでした」

 私の作り笑顔に、彼は腕を組みかえる。
 黒い制服に黒い帽子。
 鍛えぬかれた体は、威圧感がある。

「俺の管理区域に、ネズミが出ると思うのか」
「出たらボスが駆除くじょしてくださいね」

 なかば本気の軽口をたたき、仕事場へと向かう。
 三歩うしろからピタリとついてくるボスは、それ以上なにも言わなかった。

 扉を押しあけた私は、床の惨状さんじょうに閉口する。
 こびりついた赤い液体。潰れたトマトのようなモノと、飛び散ったピンクの肉片。

「……おまえの仕事を残しておいた」

 ボスは目をらし、壁に掛かっていたモップを投げる。
 私はため息と共にキャッチする。
 ボスはいつも掃除を忘れる。
 
 モップを滑らせると、べたつく感触。
 嘘つきなボスに、些細ささいな仕返しがしたくなった。

「今日もボスが、デッドラインをくぐるさまを、楽しみにしています」
「は?」
「毎晩、毎晩、仕事のたびに。いつか取り返しがつかなくなりますよ」

 そのとき、インカムに通知音が届いた。
 ターゲットだ。

 監視カメラの画像を凝視する。
 停車したのは白いセダン。
 運転席のスモークガラスが、ゆっくりと下がる。男だ。

 本業の開始に、私は大きく息を吸う。

「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ」
「ビックバーガーセット。コーラで」
「ただいま+20円で、ポテトLサイズに増量中です」
「じゃ、それで」
「かしこまりました」

 インカムを切り、ポテトを詰めながら、キッチンに声を投げる。

「ポテト中毒仲間のお出ましですね! ハーバード大学の教授によれば、『一度に食べてもいいフライドポテトは6本』だとか」
「高梨! 口より手を動かせ!」
「もう終わってまーす。ボスのビックバーガー待ちでーす」

 ドライブスルーは2時まで営業。Mバーガー金沢店は、今宵こよいも平和だ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

想い出に変わるまで

篠原 皐月
ライト文芸
学生時代の恋人と若くして結婚し、若くして未亡人になってしまった玲。代わり映えしない彼女の日常に、思わぬ方向から転機が訪れる。カクヨム、小説家になろうからの転載作品です。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...