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第235話「シャケ、漸く一息つけ……なかった……」

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 皆様こんにちは、他国へ絶賛出張サービス中のマクシミリアンです。

 私は現在、ランスへの帰り道にあるバイエルラインの地方都市ライツィヒの酒場のテラス席で寛いでおります。

 勿論、お忍びで。

 あ、今ちょうど注文したバイエルライン名物のソーセージとジャガイモ料理、そしてビールが届きました。

 ジョッキから溢れるビールの泡とジュージューと音を立てるソーセージの香ばしい匂いが食欲をそそります。

「うむ、実に美味そうだ!さあ、頂くとしよう!」

 そして、そんな独り言と共にプツリと音を立てながらフォークを熱々のソーセージに突き立てて持ち上げた……のですが、熱すぎて火傷しそうなので少し待つことにします。

 あ、折角なのでソーセージが冷めるまでの間に、今の状況を皆様にご説明しますね!

 えーと、まず、目の前で湯気を立てている熱々の食事は頑張った自分へのささやかなご褒美です。

 つまり、今は束の間の休息中なのです。

 とは言え、まだ多くの問題の内一つを片付けただけですし、更に言えばこれを食べたらすぐに出発しなければならないので、本当に束の間なのですけどね……。

 正直、コモナ侵攻やランス国内での内乱の可能性、悪党への過度な締め付け等、まだまだ多くの問題を抱えており、予断を許さない状況なのですから。

 まあ、悪党云々の問題に関しては超一流のエージェントであるレオニーが対応しているので何も心配はしていませんが。

 閑話休題。

 ともあれ、数日前までは食事を楽しむ余裕など全くなかったことを考えれば、一つでも問題が……それも一番厄介そうな問題が片付いたのですから、今は素直にそれを喜ぶべきでしょう。

 いやー、それにしても厄介なバイエルライン関連の問題がスムーズに片付いて本当に運が良かったなぁ。

 まあ、イレギュラーだらけでかなり消耗しましたが……。

 あ!因みに私が片付けた問題と言うのは皆様もご存知の通り、このバイエルラインに独断で侵攻したセシルの処遇と、彼女に占領されたこの国の扱いについてです。

 というか、その問題を早期に決着させる為にわざわざ自分がここまで出向いて来たのです。

 私は当初、我が軍が攻勢限界に達して侵攻が停滞したところで上手く講和に持ち込み、バイエルラインから撤兵する代わりにセシルと我が国に対する謝罪と多少の賠償金を取れたらいいなぁ、ぐらいに思っていました。

 皆様は我がランスが戦闘で勝っているし、国力も断然上なのだからもっと強気で賠償金も領土もガッポリ取ったらいいのに、と思われることでしょう。

 しかし、中々そうもいかないのです。

 やはり、こちらから攻め込んでいますし、第三国の目もありますからね。

 いくらこちらが戦いを優位に進め、国力で勝っていても調子に乗る訳にはいきません。

 ヘタをすると世界対ランスの構図になってしまいますから……。

 が、しかし。

 良くも悪くもセシル率いる侵攻軍が強過ぎて、まさかまさかのバイエルライン王国が滅亡……。

 つまり、まさかの総取り!

 丸ごと占領です。
 
 ハッキリ言って私的には完全にノーサンキューな展開でした……。

 だって、広大な領地を獲得してしまうと統治が大変じゃないですか!

 考えてもみて下さい、戦争で荒廃した土地や壊れた城、そしてお腹を空かせた大勢の民。

 つまり、ランスはバイエルラインの土地を復興させつつ、痩せ細った民を食べさせなければならないのです。

 そして、いくら豊作だからと言っても小麦はタダでもなければ無限にあるわけでもないのです。

 しかも彼らにとって我々ランスは攻め込んできた側、つまり侵略者なので、ランスの統治に対しては当然、敵意剥き出しの筈で……。

 という感じで反乱や飢饉が頻発する事態が予想されるので、統治は困難を極めると思われました。

 ですから万が一バイエルライン側から金の代わりに領土の割譲を申し出られてもお断りしようと考えていたぐらいだったのです……。

 だから移動中にセシルがバイエルラインを滅ぼしたと聞いた時には絶望しましたよ……本当。

 しかし、奇跡が起きたのです!

 何と、セシルがばっちりバイエルラインの民の心を掴んでいたのです。 

 まあ、見る者を魅了する可憐な容姿を持ち、その上素晴らしい人格者である彼女なら当然なのかもしれませんが。

 兎に角、彼女の人気のお陰で占領計画は何とか纏まり、イラクやアフガンで苦労する米軍のようにならずに済んだのです。

 ただし、度重なる戦闘で心身ともに疲弊した、か弱く儚い貴族令嬢であるセシルに更なる重責を負わせなければならないことに心が痛みました……。

 特にドア越しに彼女のバイエルラインに残るという決意を聞いた時など涙が出そうでしたよ。

 勿論、彼女が断るなら共にランスへ帰るつもりでした。

 ですが責任感の強い彼女は、私がその話を切り出す前に、それを察して自ら言い出す形でここに残ると言ってくれたのです。

 きっと私の顔を立ててくれたのでしょう。

 本当に彼女には感謝しかありません。

 ああ、セシル……君はなんて素晴らしい女性なんだ!

 逆に私は情けなくも、この間の遠征の件も含めて彼女に助けられてばかり……。

 やはり彼女のような素晴らしい女性には私のような俗物は不釣り合いだったのだ!

 だから、婚約破棄は(やり方や理由は兎も角)ある意味で正しかったのだろうな。

 うむ、セシルには感謝の気持ちを込めて、何としても良い縁談を斡旋してやらねばな!(今回の戦争の原因も見合いな訳だし)

 ……おっと、いけない、いけない。

 考え事に集中し過ぎて折角のソーセージを冷まし過ぎてしまうところでした。

 さあ、今度こそ頂くとします。

 そして、フォークで刺したソーセージを持ち上げたところで……。

「食わないなら私が貰ってやろう!……はむっ!」

 と横から声がした直後、私のソーセージの上半分が食いちぎられました。

「なっ!?」

 あまりに突然で予想外な事態に驚愕した私は一瞬動けませんでした。

 そして私が驚いてフリーズしていると、食いちぎったソーセージを美味そうに咀嚼していた犯人は図々しくも言いました。

「そっちも代わりに飲んでやる、感謝しろ……んぐんぐ……ぷはぁ!生温いビールが五臓六腑に染み渡る!」

 は?何故そうなる!?

 しかも五臓六腑とかオヤジ臭いな……。

「え?いや、ちょ、ちょっと待……」

 と私がキョドりながら言い終える前に私のささやかなご褒美は犯人こと、謎の金髪ポニテ美少女メイドの胃袋に消えました。

 え?メイド!?

 しかも何故横取りしたの!?

 と、私が心の中でツッコミを入れていると、そのメイドは更に更に言いました。

「安心しろ、そのジャガイモも食ってや……ぐぇ!」

 そして、メイドのターゲットが唯一残ったジャガイモ料理に移った瞬間。

「止めるのですー!」

 今度は突然現れた、ちびっ子メイドがフライパンをポニテメイドの頭にフルスイングです。

「!!??」

 え!?何これ!?

 もう訳が分からないよ……。

 そして思考停止した私の前で凸凹メイドコンビによってコントが始まりました。

「うー……イタタ、リディ先輩……今の一撃は流石に酷くないか?」

 鉄製のフライパンで一撃されたにも関わらず、ポニテメイドは顔を顰めながら頭をさすっているだけです。

 え?ほぼノーダメなの!?

 あと、小さい方が先輩なんだ……。

「全然酷くないのですー!というか一般の方のご飯を奪うとはどういうつもりですかー!!」

 そんなタフネスとバイタリティ溢れる後輩メイドをちびっ子鬼軍曹メイドが叱責し、再びフライパンを振るいました。

 何というか……凄い絵面だな……。

「ぐふぅ!……い、いや、待ってくれ先輩!これは違うんだ!このすっとろい男が折角のソーセージを残そうとしたから、私は親切で代わりに食ってやろうと……」

 あ!なるほど!そういうことか!

 私が考え事に夢中で料理を残そうとしているように見えたから、代わりに食べてくれたのか……ってふざけんな!

 それにおい!私のことをすっとろいとか言うな!

 そして、私が心の叫びを口に出そうとした瞬間、

「このアホー!チェストー!」

 それよりも早く先輩メイドの鉄拳ならぬ鉄のフライパンが振り抜かれ、ボゴォ!という一際大きな鈍い打撃音を立てました。

「あべし!……きゅう~」

 今回はクリティカルヒットだったようで、流石の脳筋ポニテメイドも気絶してドサリとその場に倒れました。

 うわぁ……メイドの世界って怖い……。

 そんな事を思っていると、ミニ軍曹メイドがこちらを向いて言いました。

「はぁ、全くこの脳筋には困ったものなのですー、少しは大都市の代官としての自覚を持って欲しいのですよー……ん?あ、そうそう、そこのソーセージを食いちぎられたお兄さん」

「は!?……え、いや、あ、あのメイドさん!?その言い方だとあらぬ誤解をうみそうだから絶対やめてね!?」

 私が色々な意味で慌てながらそういうとミニ軍曹メイドは小首を傾げて可愛らしく少し考えてから言い直しました。

「むー?そうなのですか?うーんと……では幸薄げなイケメンのお兄さん」

「もう何でもいいよ……それで?」

 私が諦めて先を促すとミニ軍曹メイドはペコリと頭を下げて言いました。

「はいー、えーと、うちの脳筋がご迷惑をお掛けしてごめんなさいなのです。今後このようなことが無いようにフライパンに加えて中華鍋とか寸胴鍋とかホットサンド作るヤツとか使って厳しく教育しますのでー、どうかこのアホを許してやって欲しいのですー、勿論ここのお代はこちらで持つので……ウルウル~」

 そして、何やら恐ろしいことを言った後、目に涙を浮かべてそう言いました。

 後輩の為に頭を下げ、涙を流して許しをこうとは……この娘はいい先輩だな。

 うん、許す。

「え?あ、ああ、別に怒ってないから大丈夫だよ?」

 彼女の謝罪に私が優しくそう言った直後。

「ありがとうございますー……ふぅ、チョロい相手で助かったのですー、それではソーセージのお兄さん、私達はこれで失礼するのですー……あと勿論コレはきちんと躾けておきますので……」

 ちびっ子メイドはそう言い残し、気絶した後輩メイドの襟首を掴むと乱暴にズルズルと引き摺りながら去って行きました。

「……今のは一体何?」

 ま、まあ、いいか。

 メシぐらいもう一度頼めばいいしな。

 それから食事を頼み直した私は料理が出来るまでの間、また少し考えごとをしていました。

 えーと、バイエルラインでやるべき仕事は終わったし、次はどの問題を処理するべきか……マリー達か、フィリップか、レオニーか……。

 あ、そうそう、マリーやレオニー達と言えば先日お土産を送ったけど、喜んでくれるかなぉ。

 実はバイエルライン王都に滞在中に少しだけ時間があり、街でやっていた蚤の市で見つけた掘り出し物のアクセサリー類や剣を買って送っておいたのですよ。

 やっぱり付け届けって大事だからね!☆

 あと、ちょっと茶目っ気を出して、バイエルラインより愛を込めて、というメッセージを添えてみました。

 みんな笑ってくれるかなぁ。

 あ!いや、マリー以外はキモいとかいわれるかな?

 ま、まあ、大丈夫……だよね?

 さてと、ちょうど頼み直した食事がきたし、今度こそ食べるぞ。

 誰が何と言おうと……。

「殿下、本国より使いの者が来ております」

 と、思った瞬間に私服の近衛兵と顔馴染みの暗部員が近づいて来て、しかつめらしい顔で言いました。

 全く、何と間の悪いことか。

「………………分かった。あと君、今はお忍びなんだから私を殿下と呼ぶな」

「も、申し訳ありませんでした」

 生真面目な近衛兵はそう言って敬礼し、周囲の視線を更に集めました。

 こ、この野郎……。

「はぁ、もういい。それで?内容は?」

 一瞬キレかけましたが、何とか自制して暗部員に先を促しました。

 すると彼は深刻そうな顔で話し始めました。

「それがレオニー様についてなのですが……」

「レオニー?」

 と言うと……ああ!そうか!有能な彼女のことだ、きっとミッションコンプリートに違いない。

 さすレオ!(流石レオニー!)

「なんだ、もう仕事が終わったのか、流石はレオニーだ……」

 そう決めつけて私が顔を緩ませると、伝令は暗い顔で続けて言いました。

「……行方不明なのです」
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