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第9話 キミは誰

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 ボクはまどろんでいた。意識がぼやけているというか、目でものをみていないというか、夢の中にいるような感じだ。
 周囲の音は水中の中から外の音を聞くかのように、はっきりと聞こえない。だけど、体が急に目覚めた。

 ボクは目をかっと見開いた。視界に入ったのは見慣れた天井だった。眼を上下、左右に動かし、周囲を見渡す。
 ここはラボだ。ボクは薄いローブ一枚を羽織ったという姿で、体にはいくつか電線やチューブのようなものがつけられていた。

 体には管やセンサーがつながっていた。真ん中の竿の穴にも細いチューブが入っていた。無意識の時につけられたようだ。意識があったら飛び上がるほど痛いからな。
 でも、なんでそれが視界に入っている?ローブで覆われて無いのは何故?
 いやいや、今、そこはどうでもいい。ボクは何をしていたかを思い出すんだ!

 心を落ち着けたら、次第に記憶がよみがえって来た。

 何故、ボクがこういう状況なのかを理解した。

 ボクは自らの研究の実験の被験者となっていたのだ。だけど、どうしたことか、ボクの意識の中には記憶が無い。いや、時間の経過は感じているが、それを退屈に思うとか、つらいと感じていた状況はなかった。

 実験は何らかの形で被験者の記憶に残ると推察していたが、自身でやってみても、はっきりとした記憶は残っていないこといが分かった。
 あとは、ボクを含めた他の被験者の実験データの分析結果が期待のものをはじき出してくれるかに期待したい。。

「キース、いえ、所長、お目覚めですね」

 とても聞きなれた声だ。でも、なんだかすごく懐かしい。一か月は聞いてなかった感じだ。ボクは覗き込んだ彼女の顔をまじまじと見た。

 見慣れた懐かしい女性の顔だが、すぐに思い出せない。頭の中でフラッシュバックする光景と、彼女の姿を重ね見るうちに、ふと、名前が頭に浮かび上がった。

 彼女の名はエレナ。ボクのラボの助手で、恋人でもある。

「やあ、エレナ。とても久しぶりだ」
「ええ、本当に久しぶりですよ」
 エレナは、嬉しながらも、かなり心配げで、不安そうな顔をしていた。ボクは嫌な予感がした。まさか実験中に何かのトラブルでも起きたのかと。

「初めに聞きたいが、これは時間通りの目覚めかな」
 ボクは彼女の表情の真意を聞き出したく、率直に確認した。
「いえ、かなり長かったです。はっきり申しまして、このまま起きられないのかと不安でした」
 期待を裏切らない答えが返って来た。やはり、気のせいではないようだ。

「あれから、どのくらい経ったの」
「15日と5時間です」
「そんなに!」
 15日も経っていたと教えられて、ボクは驚愕したが、感覚的には10日程度の時間感覚は意識できていた。

「道理で、体がだるいはずだ。せいぜい3日の筈だったのに。どうしてそんなに長く眠れたのかな」
「はい、他の被験者たちを遥かに上回る長さでした」
 エレナは、自在アームにつながったモニターを目元に運んで見せてくれた。確かに長い人でも2日が最長だった。ボクはとりわけバイタルも安定していて、本当にいい状態だった。2日の人は安定が見られない状態だった。他の人も同様で安定と不安定を繰り返している。

「ボクの体質、とりわけ、精神波長がこの実験にすごく馴染んだということなのかな?」
「そのようなデータが出ているかは、分析にかけないとわかりませんが、ドリームトリップと所長が呼称する時間が長く継続した事実はそうだと推察されます」
「他の被験者たちはどうした」
「精密検査をした後、体調状態によって1週間以内に帰しました。お言いつけ通り、彼らのコメントやアンケート結果を自室で見られるよう記録してあります」
「ありがとう」

 さて、ボクはどうしたものか、まずは体についている装置を外してもらって、体調を診てもらって、自由になったらシャワーを浴びて、被験者のデータでも見るか。
 でも、ふと、気づくことがあったので、すぐに聞くことにした。

「あ、そういえば」
「はい」
「コベナント博士が見当たらないけど、彼はどこにいるんだい?」
「博士の話は別室でお話します、今は、」
 なんか端切れが悪いなあ。すぐにも博士の見解を聞きたかったのに。急用でもあったのかな。うーん、起きたばかりでは、深い思考が妨げられてしまう。
 よし、トレーニングがてらに、他愛もないことを聞くとしよう。

「それとさあ、」
 しまった、この話題は、どうでも良すぎたが、口が止めようとしていない!
「竿の管はキミが通したの?・・・・・」

 いったい何を言っているのだボクは?
 無意識とはいえ、何を聞いているんだ!相当に脳天気だなボクは!

 当然のように、エレナは顔を真っ赤にした。見慣れているモノではあるだろうが、あからさまに言われると、そりゃ動揺するわな。周囲に助手もいるし、オレってバカだよ大バカだよ。
 そういうのはプライベートな時に聞けよ、このオタンコナス!口調も自虐呼称のオレになっちまっている。

「あ、それはワタシがしました!」

 後ろの方で、データ処理中のサラが手を挙げて言った。結構な地獄耳のようだ。

「そう、サラがね。そのだらんとした竿をむんずと握って、管を通したのよ。アタシの目の前で!さすがに目剥いたわよ!
 所長は他の被験者とは別になっていたから、つい、忘れてしまって、彼女が気づかなかったら、垂れ流しになっていたわね。
 さすがは、元看護士。頼りになるわ!」
「そういうキミは、元医師だったのでは?」

 また、気まずいことを言ってしまった。別に彼女を責める気は毛頭ないのだが、恋人だとどうしても、余計なことを言ってしまう。
 キース、ここは職場だ。公私混同は避けるんだ。とにかく、落ち着け、冷静に話をするんだ。

「あ、そうだ。社長には連絡したかい?」
「あ、はい。実験に入られる前に、言いつけいただいていた通り、所長がお目覚めになったので、さっき、社長に私が連絡をしておきました」
 サラが答えてくれた。なかなか優秀で気配りのきく娘だ。おっと、彼女ばかり見ていると、隣の鬼の機嫌を損ねてしまうぞ。

「エレナ、社長はボクがこういう状態なのに関して何か言ってなかったかい?」
「社長もこちらへ来られて、様子はご確認になられましたが、所長のバイタルが安定しておりましたし、ドリーム通信では所長の意思の反応が明確にありましたので、社長は、私に仮にこの状態が一か月続いても問題はないけど、筋肉のケアなどはしておいてくれと言っておられました。
 それで、眠られるときに体に薄い人工筋肉繊維のアシストプリントを張られておられたとは思いますが、私とサラで毎日、所長の筋肉へのマッサージやストレッチなどをしておりました」

 ふりちんのオジ、いや、お兄サンへのケアをご丁寧にどうもありがとう。でもなんでふりちん?
 せめてローブで覆ってってよ。ちゃんと隠せるようにつくってあったのに。緊急に作業したのはわかったけど、それめくったままにする?

 いくら知ってる仲とは言え、俺、所長だよ。数名とはいえ、女性の多い所員にふりちん姿を2週間も晒してたなんて。彼女らの日常見る風景の一部と化していたなんて、もうお婿に行けないなあ。
 馬鹿な思考はやめておこう。ボクは子供は作っても、社長のように家庭を持つ気は毛頭無いし、エレナもそれで理解しているのだから。心を取り直して状況を確認しよう。

「ドリーム通信でボクはどういう返事をしていたんだい?」
「とても心地よくて、温かいとおっしゃられていたそうです。その時のデータには幸せを感じた時に現れる波が頻繁に出ていました」
「それは不思議だな?」
「はい、実験の内容からはやや外れていました。精神状態が安定することは目的のひとつでしたので、これは期待通りの結果を得ました。
 ですが、幸せを感じるようなプログラムは入っておりませんでしたから、社長は所長が根っからのマゾでは無いのかと疑っておられましたわ」

 おいおい、エレナ、キミは何を言い出すんだ。社長もひどい冗談だな。

 ともあれ、不可解な結果が出たことは理解した。それとボクは夢の中で誰かに出会ったのだが、誰だったのかはっきりしない。姿があったわけではないが、霧のようにふれた感じだった。

 キミは誰? と、問うてみたが、答えはなかった。

 キミはいったい誰なんだい?
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