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第3話 陰と陽
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カレンがわたしに差し出したのはハルカさんの仕事の請負に対する諸経費の請求書だった。契約が成立した場合、最終報酬の1割を依頼人の諸経費にあてていいというものなのだ。
だが、ハルカさん、もといタチアナさんが持って来た仕事の最終報酬は、1億3万ステラ。わたしたちが乗っている戦艦が2台買える額なのだが、その1割といえば、今のわたしたちがすってんてんになるほどの額なのだ。わたしは意識が吹っ飛びそうになった。
不正進入とはいえ、正式申請の仕事にしてしまった為、それに付帯する全ての条件がそのまま適用されてしまったのだ。
「これって、もしかしなくても、わたしのせいかな?」
考えるまでもない、100%わたしのせいだ。だが、ちょっとだけ、わたしも被害者よと言いたくて、両手を合わせて、これ合掌とかいうらしいけど、グレン家の女当主が流行らせたようで、可愛い女の子の謝罪ポーズなんだけど、ダメ元でやってみた。マリアみたく、年相応以下に。
「ごめんねカレンちゃん、お姉ちゃんが悪かったわ。本当にごめんなさい、てへ」
カレンの方を見上げると、殺意に満ちた目がわたしに向けられていたが、急に殺意が消えて穏やかになった。え、これで許してくれるの?わたしの方がびっくりさせられた。
「まあ、いいわ。ウルスラ・ダントス時代の悪行に今さら文句言ってもしょうがないし」
半分あきれられているのか、流石に演技とはいえ、わたしもやりすぎていた。と、いうよりあの家にいると、離れて暮らしていてもやたらと家からのチェックが入ってかなりいらついて、むしゃくしゃしてて、その憂さ晴らしをしていたのも事実なのだ。
若いころパパが出て行ったというのもうなづける。パパは、カレンの一件がすんだら、カレンの将来の話は別にしても、わたしをすぐに引き取るつもりだったんだけど、わたしが適度に才能発揮しちゃったんで、逆に家に縛られてしまったんだよね。
なんて罪作りなわたし。カレンと本当の姉妹になれるのはまだ先だね、ウルスラ・ダントス時代にやらかしたことって、これだけじゃないからね。
まいった。そう思って、ため息ついて、しょげていたら、顎が上に上げられた。そこに、生暖かい唇が重ねられた。カレンの厚いキスだ。姉妹なのにキスなんて、変だけど、逆らえない。とてもいい感じがする。心地いい。
「さっきの謝り方、とってもキュートだったから許しちゃう」
なんか、ほっとする。
うまく言えないけど。あの日から、ずっとこんな感じだ。やっぱり、わたしは家族として、迎えられていると思っていいのだろうな。
きっと、いいんだ。そうだ、そう思うことにしよう。
家族が身近にいるって、いい。これは正直なわたしの気持ちだ。今のわたしの部屋は、船内のカレンのお屋敷に移った。執事のアルフレッドも、ハウスキーパーのクレアも実に良くしてくれる。料理も、マルコが作る怪しげなものとは違って、体にとっても優しい。
ああ、でも。マルコの料理も悪くはないんだけどね。食材は怪しげでも、味は抜群なんだから、高級レストラン並みの味なのは確かなんだよ。
ただ、食事中の食材説明がいけない。黙ってくれてればいいのに、食材元のサンプルや写真、動画を見せてくれるんで、消化不良起こしそうだけど、テッドたちはバカ笑い。
あの人たちにとってはあれが日常なんだね。
***
深夜時間帯になった。わたしは自室のベットで、かれこれ2時間も天井を眺めている。天球画面にして星空を見ているけど、ちっとも眠くならない。
なぜだか、今日は寝付けない。わたしは、屋敷の防犯セキュリティを細工して、居住区に出た。普通に出てもいいけど、記録が残るし、夜更かししているとクレアがとにかく五月蝿い。もちろん、気遣いなんだけど。時にはそういう優しさが欲しくない時もあるんだ。
わたしって、かなり身勝手で、わがままだ。
居住区は、テッドたちが、ラウンジでドンちゃん騒ぎをやってたみたいだが、モニタでみたらすっかり寝てるようだ。全員、半裸であられもない姿で寝てる。
本当にこの人たち、おかしいよ。モザイクいれないとやばいものも、ハミ出ちゃってるんだけど、監視カメラに撮られている自覚はなさそうだ。
でも、この中に、アーニャさんは居なさそうだ。宴会にも出てなかったのだろうか。珍しいな、いつもは、テッドとマルコにバカやらせて、バカ騒ぎする中心人物なのに。
サンチョスは、相当飲まされたみたいだ。タチアナさんと飲み比べたってところかな。見たところ引き分けみたいだけど、サンチョスを酔い潰すなんて、豪快だなこの人。
表の顔、作りすぎてないか。みな、あの身のこなしと、美しい脚線美に釘付けで、ファッション雑誌にもモデルとして載ることもあるけど、まさか、大きな子供がいるって誰も想像できないだろうね。
それにしても、さんざん飲み食いしてくれちゃって、今、わたしたちお金ないんですけど。まったく、底なしだよ。
って、なきゃ、ないで作る連中だから言っても無駄か。
わたしたちが寝ているときは、デクたちが変わり仕事をしてくれる。わたしたちが起きている時は、活動率を下げてはあるけど、アンドロイドである彼らは休息をとる必要はない。
ただし、人工生態組織を持つイブだけは別だ。彼女は、休息を必要とする。だけど、それは体だけ、彼女の人格自体は、この戦艦のメインコンピュータ、FUY9000だから、それ自体は眠らない。
この人工知能の設計者がグレン家の若き次期当主さまっていうんだけど、一度もお顔、拝見したことないんだな。十代ってことしかわかってないけど、十代って、十歳から十九歳だから幅広すぎるよ。
喉が乾いたので、展望テラスでお茶を飲みに行くことにした。すると、先客がいた。シルエットですぐに誰だかわかった。アーニャさんだった。
強い酒を何本も出して、手酌で飲んでいた。本数からして相当に飲んでいるはずなのに、酔いつぶれていない。しかも、スケスケの黒の編みの下着姿とは。カレンが見たら卒倒するかな。右胸は先端がポロリしてるし、髪はぼさぼさだし。
「アーニャさんも眠れないの、あたしもなんだ」
「あん、あんた誰?
ああ、カレンか、相変わらず胸でけーなおまえ、十五でそれは犯罪だぞ」
アーニャさんの反応でわたしはきづいた。胸を小さくする装置をはめ忘れてきたことに。わたしは、ウルスラですと言っても、わからないだろうし、ここは、カレンでも、ウルスラでも問題ないので、カレンになりすますことにした。
「どうして、パーティに出なかったの?」
「パーティ?・・・・・・」
意識もうつろな彼女は、しゃっくりを繰り返しながら、上を見上げ、「どうして、パーティに出なかったの?」の言葉をぼそぼそと呟くのを繰り返す。
やがて、静かになった。これは良くない気配だ。だいたいこういう場合、次は大声でわめき散らし、周囲のものを投げるパターンだ。逃げ出したいよころだが、そっと様子を伺うことにした。やがて、彼女は、言葉を漏らした。その言葉は、ひどく弱弱しくて頼りなかった。
「パーティ、、、ああ、タチアナ姉さんの歓迎パーティのことか」
「それよ、どうして出なかったの。結構、盛り上がってたよ」
「盛り上がってた? あんたは出たの?」
「最初だけ少し、その後は、ウルスラと出ました。修羅場になること必至だったし」
「そっか。そうだよね。あたしらの宴会知ってるもんね」
アーニャさんは、まるで他人事のように、窓の外を眺めて、酒をあおっている。
「あんた、あの人から聞いたでしょ、テッドとマリアをあの人が育てたって話、」
わたしは、思い出した。あの人の乳で、テッドとマリアは育てられたから、母親みたいなものとか、なんとかという話を。
「あの人がいる場では、わたしなんか小者というか、ただの小娘なのよ。わたしはあの人の妹だし、すべてにおいてあの人に勝てないし。
母と姉じゃあ、勝ち目ないよ。あの人の場が出来たら、絶対に、テッドとマリアはとられちゃうし、マルコもサンチョスも、あの人の側についちゃう。あそこにはわたしの居場所はないのよ」
うああ、アーニャさんにこんなコンプレックスがあったなんて大発見だ。なんだろうなこの、雰囲気。一言も言えないのだけど。なんか言わないと、いけないような気がする。
「あの人が出て行くまで、わたし、しばらく休暇をいただけないかしら。といっても、外に出るわけじゃないわ、それだと契約違反になっちゃうからね。
この間、船の中に作ってもらった、本社の別室で仕事するわ」
わたしは少しだけ、アーニャさんに自分とカレンを重ねてみた。カレンとわたしは、自分では選べない運命で長年離れ離れになっていた。カレンはわたしの存在、双子の姉の存在を知らされていなかったけど、わたしはトラブルがあっちゃいけないってことで、あるとき事実を知らされた。
事実を知ったその後は苦しかった。殺伐とした家族関係の中で孤独に暮らす事に慣れていたのに、そんな事実を聞かされ、胸がかき乱された。だって、わたしの妹が、デュナンで知り合ったあの小生意気な少女だったからだ。
あの娘はちやほやはされてなかったし、テッドと本気で拳をぶつけあうというとんでもないお転婆だったが、自分に嘘をつかかない真っ直ぐな目をしていた。
わたしは単に、他人を装えばいいだけなのに、必要以上に彼女につらくあたり、しかとした。それは、彼女の真っ直ぐさへの嫉妬だった。カレンは自分が恵まれていても、泥水すすって這いつくばって生きる潔さを子供の頃から持っていた。
わたしは、いつかめぐりあえる妹の為に、一生懸命いいお姉さんになろうと努力していたのに、会ったその時点から、彼女は姉などいなくても大丈夫という顔をしていたのだ。 それがわたしには、たまらなかった。仮に、正体を明かしても、この娘はわたしを受け入れてはくれないのではないかという不安に襲われた。
わたしは演技を通り越して、いつしか本気でカレンをいびり、無視していた時期があった。研究所へ行ったのも、それに耐えられなくなってのこともあった。別に家の権力を使えば、ダントスの科学プラントに研究所作ることも可能だったのに。なんて小さいんだろうと、わたしは心の中で、自分自身を裁判にかけた。
そんな時だった、テッドが砂上船の船長の就任式にわたしらを招いたのだ。わたしは、相変わらず、カレンを無視してたが、ある時、貯蔵庫に二人とも閉じ込められてしまって、半日ほど一緒にいたことがあった。あの時、ふいにあの子は年の近い兄弟姉妹がいたらいいなと言い出した。
なんでそんなことを言い出したのか、きっかけはわからない。きっと、テッドとマリアのことを言っていたのだと思う。そのときに、あの子の本心が聞けた。わたしは聞いていないふりをしていたが。しっかり心に刻めるほどはっきり聞こえた。そう考えたら、素直になれた。
「ねえ、ウルスラ、わたしね、もし、わたしに年の近いお姉ちゃんがいたらね、前人未到の地を求めて、二人だけで航海に出たいと思うの。親友や恋人とかじゃだめなんだ。肉親じゃないとね。夢を分かち合いたいというかさあ、一緒に目的を果たしてみたいのよ
まあ、わたしが最後だから、隠し子の可能性もなさそうだし、無理な夢なんだけど、無いものねだりだけど、そういうのに何だかあこがれることが、たまにあるんだ。
わたしには、生き別れの姉妹がいるって、なんとなくそんな記憶があるんだよ。なんか変でしょ」
「ちっとも変じゃないんじゃないよ」
あの時はそんな風に返したかな。急にしおらしい態度に変わったものだからカレンちゃん、わたしのおでこに手をあてて、熱でもあるのと怪訝な面持ちで心配されたっけ。
あの時ばかりは、ゲロしてカレンちゃんに抱きついて詫びたくてどうしようもなかったなあ。
だから、この仕事で再びカレンに会ったとき、いてもたってもいられなくなっていた。パパからはもうじき、わたしとカレンの姉妹別離の問題が解決できるのメッセージが届いてはいたけど、わたしは待ち遠しかった。
しかし、今ここでわたしは何かを彼女に言うべきか迷っていた。わたしは結局、誰の干渉もうけずに、運命の中で今のやすらぎを得たのだ。人生は自身がきりひらくもの、伝わらない思いも、あるとき思いがけない方法で伝わるのだから。
「アーニャ、お前も眠れないのかい?」
タチアナさんが、これまた半裸のひどい格好で酒ビン持って立っていた。足はかなり千鳥足で、床にお酒をこぼしながらも、どうにかアーニャさんのテーブルについた。
「そういえば、アーニャ、子供のころのこと、覚えているかい。あたしたち、何かにつけていがみ合ってたね」
タチアナさんは、アーニャさんを見ながら、笑い顔で、昔話をきりだしていた。アーニャさんは、酔っていることが幸いしたのか、反応も柔らかで、どうにかタチアナさんの話を聞いているようだった。
彼女たちは、時には笑い、怒りながら、徐々に打ち解けあっているような雰囲気となり、やがて、彼女たちのた会話がわからなくなった。
彼女らは地元の言語で話しはじめたのだ。もはや何を話しているのか、分からないがアーニャさんが、タチアナさんに抱きつき泣き出したので、これは心配無用のいい雰囲気になったと考えて良いだろう。あたしは安堵して、その場を離れることにした。
「おやすみなさい。お二人とも、いい夢、見れますね」
だが、ハルカさん、もといタチアナさんが持って来た仕事の最終報酬は、1億3万ステラ。わたしたちが乗っている戦艦が2台買える額なのだが、その1割といえば、今のわたしたちがすってんてんになるほどの額なのだ。わたしは意識が吹っ飛びそうになった。
不正進入とはいえ、正式申請の仕事にしてしまった為、それに付帯する全ての条件がそのまま適用されてしまったのだ。
「これって、もしかしなくても、わたしのせいかな?」
考えるまでもない、100%わたしのせいだ。だが、ちょっとだけ、わたしも被害者よと言いたくて、両手を合わせて、これ合掌とかいうらしいけど、グレン家の女当主が流行らせたようで、可愛い女の子の謝罪ポーズなんだけど、ダメ元でやってみた。マリアみたく、年相応以下に。
「ごめんねカレンちゃん、お姉ちゃんが悪かったわ。本当にごめんなさい、てへ」
カレンの方を見上げると、殺意に満ちた目がわたしに向けられていたが、急に殺意が消えて穏やかになった。え、これで許してくれるの?わたしの方がびっくりさせられた。
「まあ、いいわ。ウルスラ・ダントス時代の悪行に今さら文句言ってもしょうがないし」
半分あきれられているのか、流石に演技とはいえ、わたしもやりすぎていた。と、いうよりあの家にいると、離れて暮らしていてもやたらと家からのチェックが入ってかなりいらついて、むしゃくしゃしてて、その憂さ晴らしをしていたのも事実なのだ。
若いころパパが出て行ったというのもうなづける。パパは、カレンの一件がすんだら、カレンの将来の話は別にしても、わたしをすぐに引き取るつもりだったんだけど、わたしが適度に才能発揮しちゃったんで、逆に家に縛られてしまったんだよね。
なんて罪作りなわたし。カレンと本当の姉妹になれるのはまだ先だね、ウルスラ・ダントス時代にやらかしたことって、これだけじゃないからね。
まいった。そう思って、ため息ついて、しょげていたら、顎が上に上げられた。そこに、生暖かい唇が重ねられた。カレンの厚いキスだ。姉妹なのにキスなんて、変だけど、逆らえない。とてもいい感じがする。心地いい。
「さっきの謝り方、とってもキュートだったから許しちゃう」
なんか、ほっとする。
うまく言えないけど。あの日から、ずっとこんな感じだ。やっぱり、わたしは家族として、迎えられていると思っていいのだろうな。
きっと、いいんだ。そうだ、そう思うことにしよう。
家族が身近にいるって、いい。これは正直なわたしの気持ちだ。今のわたしの部屋は、船内のカレンのお屋敷に移った。執事のアルフレッドも、ハウスキーパーのクレアも実に良くしてくれる。料理も、マルコが作る怪しげなものとは違って、体にとっても優しい。
ああ、でも。マルコの料理も悪くはないんだけどね。食材は怪しげでも、味は抜群なんだから、高級レストラン並みの味なのは確かなんだよ。
ただ、食事中の食材説明がいけない。黙ってくれてればいいのに、食材元のサンプルや写真、動画を見せてくれるんで、消化不良起こしそうだけど、テッドたちはバカ笑い。
あの人たちにとってはあれが日常なんだね。
***
深夜時間帯になった。わたしは自室のベットで、かれこれ2時間も天井を眺めている。天球画面にして星空を見ているけど、ちっとも眠くならない。
なぜだか、今日は寝付けない。わたしは、屋敷の防犯セキュリティを細工して、居住区に出た。普通に出てもいいけど、記録が残るし、夜更かししているとクレアがとにかく五月蝿い。もちろん、気遣いなんだけど。時にはそういう優しさが欲しくない時もあるんだ。
わたしって、かなり身勝手で、わがままだ。
居住区は、テッドたちが、ラウンジでドンちゃん騒ぎをやってたみたいだが、モニタでみたらすっかり寝てるようだ。全員、半裸であられもない姿で寝てる。
本当にこの人たち、おかしいよ。モザイクいれないとやばいものも、ハミ出ちゃってるんだけど、監視カメラに撮られている自覚はなさそうだ。
でも、この中に、アーニャさんは居なさそうだ。宴会にも出てなかったのだろうか。珍しいな、いつもは、テッドとマルコにバカやらせて、バカ騒ぎする中心人物なのに。
サンチョスは、相当飲まされたみたいだ。タチアナさんと飲み比べたってところかな。見たところ引き分けみたいだけど、サンチョスを酔い潰すなんて、豪快だなこの人。
表の顔、作りすぎてないか。みな、あの身のこなしと、美しい脚線美に釘付けで、ファッション雑誌にもモデルとして載ることもあるけど、まさか、大きな子供がいるって誰も想像できないだろうね。
それにしても、さんざん飲み食いしてくれちゃって、今、わたしたちお金ないんですけど。まったく、底なしだよ。
って、なきゃ、ないで作る連中だから言っても無駄か。
わたしたちが寝ているときは、デクたちが変わり仕事をしてくれる。わたしたちが起きている時は、活動率を下げてはあるけど、アンドロイドである彼らは休息をとる必要はない。
ただし、人工生態組織を持つイブだけは別だ。彼女は、休息を必要とする。だけど、それは体だけ、彼女の人格自体は、この戦艦のメインコンピュータ、FUY9000だから、それ自体は眠らない。
この人工知能の設計者がグレン家の若き次期当主さまっていうんだけど、一度もお顔、拝見したことないんだな。十代ってことしかわかってないけど、十代って、十歳から十九歳だから幅広すぎるよ。
喉が乾いたので、展望テラスでお茶を飲みに行くことにした。すると、先客がいた。シルエットですぐに誰だかわかった。アーニャさんだった。
強い酒を何本も出して、手酌で飲んでいた。本数からして相当に飲んでいるはずなのに、酔いつぶれていない。しかも、スケスケの黒の編みの下着姿とは。カレンが見たら卒倒するかな。右胸は先端がポロリしてるし、髪はぼさぼさだし。
「アーニャさんも眠れないの、あたしもなんだ」
「あん、あんた誰?
ああ、カレンか、相変わらず胸でけーなおまえ、十五でそれは犯罪だぞ」
アーニャさんの反応でわたしはきづいた。胸を小さくする装置をはめ忘れてきたことに。わたしは、ウルスラですと言っても、わからないだろうし、ここは、カレンでも、ウルスラでも問題ないので、カレンになりすますことにした。
「どうして、パーティに出なかったの?」
「パーティ?・・・・・・」
意識もうつろな彼女は、しゃっくりを繰り返しながら、上を見上げ、「どうして、パーティに出なかったの?」の言葉をぼそぼそと呟くのを繰り返す。
やがて、静かになった。これは良くない気配だ。だいたいこういう場合、次は大声でわめき散らし、周囲のものを投げるパターンだ。逃げ出したいよころだが、そっと様子を伺うことにした。やがて、彼女は、言葉を漏らした。その言葉は、ひどく弱弱しくて頼りなかった。
「パーティ、、、ああ、タチアナ姉さんの歓迎パーティのことか」
「それよ、どうして出なかったの。結構、盛り上がってたよ」
「盛り上がってた? あんたは出たの?」
「最初だけ少し、その後は、ウルスラと出ました。修羅場になること必至だったし」
「そっか。そうだよね。あたしらの宴会知ってるもんね」
アーニャさんは、まるで他人事のように、窓の外を眺めて、酒をあおっている。
「あんた、あの人から聞いたでしょ、テッドとマリアをあの人が育てたって話、」
わたしは、思い出した。あの人の乳で、テッドとマリアは育てられたから、母親みたいなものとか、なんとかという話を。
「あの人がいる場では、わたしなんか小者というか、ただの小娘なのよ。わたしはあの人の妹だし、すべてにおいてあの人に勝てないし。
母と姉じゃあ、勝ち目ないよ。あの人の場が出来たら、絶対に、テッドとマリアはとられちゃうし、マルコもサンチョスも、あの人の側についちゃう。あそこにはわたしの居場所はないのよ」
うああ、アーニャさんにこんなコンプレックスがあったなんて大発見だ。なんだろうなこの、雰囲気。一言も言えないのだけど。なんか言わないと、いけないような気がする。
「あの人が出て行くまで、わたし、しばらく休暇をいただけないかしら。といっても、外に出るわけじゃないわ、それだと契約違反になっちゃうからね。
この間、船の中に作ってもらった、本社の別室で仕事するわ」
わたしは少しだけ、アーニャさんに自分とカレンを重ねてみた。カレンとわたしは、自分では選べない運命で長年離れ離れになっていた。カレンはわたしの存在、双子の姉の存在を知らされていなかったけど、わたしはトラブルがあっちゃいけないってことで、あるとき事実を知らされた。
事実を知ったその後は苦しかった。殺伐とした家族関係の中で孤独に暮らす事に慣れていたのに、そんな事実を聞かされ、胸がかき乱された。だって、わたしの妹が、デュナンで知り合ったあの小生意気な少女だったからだ。
あの娘はちやほやはされてなかったし、テッドと本気で拳をぶつけあうというとんでもないお転婆だったが、自分に嘘をつかかない真っ直ぐな目をしていた。
わたしは単に、他人を装えばいいだけなのに、必要以上に彼女につらくあたり、しかとした。それは、彼女の真っ直ぐさへの嫉妬だった。カレンは自分が恵まれていても、泥水すすって這いつくばって生きる潔さを子供の頃から持っていた。
わたしは、いつかめぐりあえる妹の為に、一生懸命いいお姉さんになろうと努力していたのに、会ったその時点から、彼女は姉などいなくても大丈夫という顔をしていたのだ。 それがわたしには、たまらなかった。仮に、正体を明かしても、この娘はわたしを受け入れてはくれないのではないかという不安に襲われた。
わたしは演技を通り越して、いつしか本気でカレンをいびり、無視していた時期があった。研究所へ行ったのも、それに耐えられなくなってのこともあった。別に家の権力を使えば、ダントスの科学プラントに研究所作ることも可能だったのに。なんて小さいんだろうと、わたしは心の中で、自分自身を裁判にかけた。
そんな時だった、テッドが砂上船の船長の就任式にわたしらを招いたのだ。わたしは、相変わらず、カレンを無視してたが、ある時、貯蔵庫に二人とも閉じ込められてしまって、半日ほど一緒にいたことがあった。あの時、ふいにあの子は年の近い兄弟姉妹がいたらいいなと言い出した。
なんでそんなことを言い出したのか、きっかけはわからない。きっと、テッドとマリアのことを言っていたのだと思う。そのときに、あの子の本心が聞けた。わたしは聞いていないふりをしていたが。しっかり心に刻めるほどはっきり聞こえた。そう考えたら、素直になれた。
「ねえ、ウルスラ、わたしね、もし、わたしに年の近いお姉ちゃんがいたらね、前人未到の地を求めて、二人だけで航海に出たいと思うの。親友や恋人とかじゃだめなんだ。肉親じゃないとね。夢を分かち合いたいというかさあ、一緒に目的を果たしてみたいのよ
まあ、わたしが最後だから、隠し子の可能性もなさそうだし、無理な夢なんだけど、無いものねだりだけど、そういうのに何だかあこがれることが、たまにあるんだ。
わたしには、生き別れの姉妹がいるって、なんとなくそんな記憶があるんだよ。なんか変でしょ」
「ちっとも変じゃないんじゃないよ」
あの時はそんな風に返したかな。急にしおらしい態度に変わったものだからカレンちゃん、わたしのおでこに手をあてて、熱でもあるのと怪訝な面持ちで心配されたっけ。
あの時ばかりは、ゲロしてカレンちゃんに抱きついて詫びたくてどうしようもなかったなあ。
だから、この仕事で再びカレンに会ったとき、いてもたってもいられなくなっていた。パパからはもうじき、わたしとカレンの姉妹別離の問題が解決できるのメッセージが届いてはいたけど、わたしは待ち遠しかった。
しかし、今ここでわたしは何かを彼女に言うべきか迷っていた。わたしは結局、誰の干渉もうけずに、運命の中で今のやすらぎを得たのだ。人生は自身がきりひらくもの、伝わらない思いも、あるとき思いがけない方法で伝わるのだから。
「アーニャ、お前も眠れないのかい?」
タチアナさんが、これまた半裸のひどい格好で酒ビン持って立っていた。足はかなり千鳥足で、床にお酒をこぼしながらも、どうにかアーニャさんのテーブルについた。
「そういえば、アーニャ、子供のころのこと、覚えているかい。あたしたち、何かにつけていがみ合ってたね」
タチアナさんは、アーニャさんを見ながら、笑い顔で、昔話をきりだしていた。アーニャさんは、酔っていることが幸いしたのか、反応も柔らかで、どうにかタチアナさんの話を聞いているようだった。
彼女たちは、時には笑い、怒りながら、徐々に打ち解けあっているような雰囲気となり、やがて、彼女たちのた会話がわからなくなった。
彼女らは地元の言語で話しはじめたのだ。もはや何を話しているのか、分からないがアーニャさんが、タチアナさんに抱きつき泣き出したので、これは心配無用のいい雰囲気になったと考えて良いだろう。あたしは安堵して、その場を離れることにした。
「おやすみなさい。お二人とも、いい夢、見れますね」
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