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第4話 相棒
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定刻になりブリーフィングルームへ向かうわたしの足取りは重かった。
足が重い。船内は低重力なのにおかしなものだ。それに、そうだった。ここでは提督用の昇降椅子で真下のブリッジへ下がるだけでよかったことをうっかり忘れていた。
何をやってんだと、わたしは五十メートル歩いて提督室に戻った。
ブリッジ用の椅子に座ると、昇降スイッチを入れた。椅子はゆっくりと下がりはじめた。眼下にはわたしの素敵な職場になるはずだった空間の円卓に、あの連中がいる。
一応、いいつけは守ってくれてはいるようだ。
しかし、サンチョスは頬杖つきながら涎(よだれ)を垂らし居眠りしてる。マルコとマリアはカードでお楽しみ中。ウルスラはコンピュータをたたいてなにやら勉強か。
アーニャさんもコンピュータ開いて、インカムつけて通信中だ。仕事の商談だと人目でわかった。誰も話を聞く雰囲気じゃなさそうだった。
だらだら、ぐてぐて感だけがひしと伝わって来た。
テッドの姿がどこにも見当たらない。一段下の船長の座席にも見当たらない。どこにいったんだあいつ。
わたしは降りた提督席から立ち上がり身を乗り出して周囲をくまなく見回した。マリアがわたしに気づき手を振っている。ガキかあいつは。少しくらい年上の自覚を持てよ。
そして、わたしの胸をむんずとつかむ手があった。その指先を小刻みに動かし、くまなく揉みくだしていた。
「しっかし、おめー、胸の腫れ物。しばらく見ないうちに、相当にでかくなったなあ。うちの姉ちゃんよりでかくねーか。マリアは完全に抜かれたな。ウルスラと比べら、・・・いやいや、そんなことしたら、即座に爪で引っかかれそうだな」
「テッド、あんた」
わたしは、恥ずかしさと怒りで、テッドの首根っこを後ろ側面から手を回して捕まえると、いったん上にあげてから下へ叩き落した。しかし、あいつはとんぼを切って反転し、すっと手前の計器の先のフレームの淵に降り立ち、そこにうんこ座りをする。
「なんだ、案外元気じゃねーか。
さっきは、消え入りそうな顔色だったから心配したぞ。悩み事があるなら、俺に話せよ。なっつーても、おまえさんは、俺の”弟分”なんだからさ。
なんだったら、後で、一緒に風呂に入ってやろうか。背中だけでなく、前もしっかり、洗ってやるぜ。な、相棒」
『な、相棒』だけは何故か心が安らいだ。その前の風呂うんぬんの話だけだったら、更に足元に蹴りを入れているところだったが、わたしはあいつに『相棒』と呼ばれることに何故かいつも居心地の良さを感じさせられてきたのだ。
少々おおげさだが、わたしの居場所を見つけた感じがするのだ。わたしは、深呼吸をして、にこやかに言うことにした。
「テッド、みんなをしゃんとさせて。ブリーフィングを始めるわ」
「イェス、マム」
「それから、あんたにはみんなのリーダーをやってもらうわね。しっかり、束ねて頂戴。あなたなら、皆もついていくでしょうから」
さっきから考えていたわけでもなかったが、わたしの口からは自然とその言葉が出ていた。
「おまえが、やらなくてもいいのか」
「今は無理。無理をしゃかりきにやっても、空回りするだけ、でしょ。これ、あんたからの受け売りなんだけど。違ったかしら?」
テッドは薄く微笑むと、うんこ座りしていたフレームの淵から、すっくと床に降り立ち、わたしの両肩に手を当て、わたしを見下ろした。
おっといかんと、膝をまげ、目線をあわせてくれた。彼の澄んだ碧(みどり)の瞳が、その存在感を魅せつけるかのように、わたしに迫ってきた。
「少しは大人になったようだな、カレン。安心したぜ。それと、リーダーを仰せつかってなんだが、こっちからも頼みがある。雇い主としてのおまえさんの立場の否定はするつもりはない。当然、尊重する。
だが、仕事を行っていく上では、しばらくは、俺の相棒でいてほしいんだ。俺もその方が助かるんだ。俺が船長だから、おまえさんは、副長ってとこだな。だから、仕事の時は、副長席にいてくれ」
それはなんとも魅力的な誘いだった。雇い主と雇用者という関係のままだったら、わたしは、例え、テッドを皆のリーダーに据えても、雇用者目線から見える彼らの行動にやきもきせねばならないだろう。
だが、彼は、わたしを相棒とすることで、それを一蹴してくいれたのだ。わたしは気づいてなかった。いや、気づけなかった。テッドたちがいかれた格好でやってきたとき、わたしは彼らを歓迎すべきだったのだ。
なのに、「わたしは、雇い主です」って顔で迎えていたし、休みの確認でも彼らを平気で尋問していた。
公私混同はするな!は重要ではあるが、働き安い職場にする方が何倍も効率がいいはずなのだ。なにせ、彼らは、それぞれがその道のエキスパート。人格は多少破天荒だが、自分の仕事はきっちりこなすし、何より仲間意識が堅牢なほどに硬いのだから。
テッドの提案は、硬直したわたしたちの関係を仲間意識に変えることで、修復しようって寸法なのだ。子供の頃のように。それはまさに、願ったり、適ったりだ。
雇用者としてのカレン・トルディア・バッカスはこの提督席に鎮座し、テッド船長のクルーとしてのカレンは、副長として、仕事に加わる。
いいよ。やるよ、わたし。やってやる。必殺のトルネードパンチをぶちかましてやるよ!
足が重い。船内は低重力なのにおかしなものだ。それに、そうだった。ここでは提督用の昇降椅子で真下のブリッジへ下がるだけでよかったことをうっかり忘れていた。
何をやってんだと、わたしは五十メートル歩いて提督室に戻った。
ブリッジ用の椅子に座ると、昇降スイッチを入れた。椅子はゆっくりと下がりはじめた。眼下にはわたしの素敵な職場になるはずだった空間の円卓に、あの連中がいる。
一応、いいつけは守ってくれてはいるようだ。
しかし、サンチョスは頬杖つきながら涎(よだれ)を垂らし居眠りしてる。マルコとマリアはカードでお楽しみ中。ウルスラはコンピュータをたたいてなにやら勉強か。
アーニャさんもコンピュータ開いて、インカムつけて通信中だ。仕事の商談だと人目でわかった。誰も話を聞く雰囲気じゃなさそうだった。
だらだら、ぐてぐて感だけがひしと伝わって来た。
テッドの姿がどこにも見当たらない。一段下の船長の座席にも見当たらない。どこにいったんだあいつ。
わたしは降りた提督席から立ち上がり身を乗り出して周囲をくまなく見回した。マリアがわたしに気づき手を振っている。ガキかあいつは。少しくらい年上の自覚を持てよ。
そして、わたしの胸をむんずとつかむ手があった。その指先を小刻みに動かし、くまなく揉みくだしていた。
「しっかし、おめー、胸の腫れ物。しばらく見ないうちに、相当にでかくなったなあ。うちの姉ちゃんよりでかくねーか。マリアは完全に抜かれたな。ウルスラと比べら、・・・いやいや、そんなことしたら、即座に爪で引っかかれそうだな」
「テッド、あんた」
わたしは、恥ずかしさと怒りで、テッドの首根っこを後ろ側面から手を回して捕まえると、いったん上にあげてから下へ叩き落した。しかし、あいつはとんぼを切って反転し、すっと手前の計器の先のフレームの淵に降り立ち、そこにうんこ座りをする。
「なんだ、案外元気じゃねーか。
さっきは、消え入りそうな顔色だったから心配したぞ。悩み事があるなら、俺に話せよ。なっつーても、おまえさんは、俺の”弟分”なんだからさ。
なんだったら、後で、一緒に風呂に入ってやろうか。背中だけでなく、前もしっかり、洗ってやるぜ。な、相棒」
『な、相棒』だけは何故か心が安らいだ。その前の風呂うんぬんの話だけだったら、更に足元に蹴りを入れているところだったが、わたしはあいつに『相棒』と呼ばれることに何故かいつも居心地の良さを感じさせられてきたのだ。
少々おおげさだが、わたしの居場所を見つけた感じがするのだ。わたしは、深呼吸をして、にこやかに言うことにした。
「テッド、みんなをしゃんとさせて。ブリーフィングを始めるわ」
「イェス、マム」
「それから、あんたにはみんなのリーダーをやってもらうわね。しっかり、束ねて頂戴。あなたなら、皆もついていくでしょうから」
さっきから考えていたわけでもなかったが、わたしの口からは自然とその言葉が出ていた。
「おまえが、やらなくてもいいのか」
「今は無理。無理をしゃかりきにやっても、空回りするだけ、でしょ。これ、あんたからの受け売りなんだけど。違ったかしら?」
テッドは薄く微笑むと、うんこ座りしていたフレームの淵から、すっくと床に降り立ち、わたしの両肩に手を当て、わたしを見下ろした。
おっといかんと、膝をまげ、目線をあわせてくれた。彼の澄んだ碧(みどり)の瞳が、その存在感を魅せつけるかのように、わたしに迫ってきた。
「少しは大人になったようだな、カレン。安心したぜ。それと、リーダーを仰せつかってなんだが、こっちからも頼みがある。雇い主としてのおまえさんの立場の否定はするつもりはない。当然、尊重する。
だが、仕事を行っていく上では、しばらくは、俺の相棒でいてほしいんだ。俺もその方が助かるんだ。俺が船長だから、おまえさんは、副長ってとこだな。だから、仕事の時は、副長席にいてくれ」
それはなんとも魅力的な誘いだった。雇い主と雇用者という関係のままだったら、わたしは、例え、テッドを皆のリーダーに据えても、雇用者目線から見える彼らの行動にやきもきせねばならないだろう。
だが、彼は、わたしを相棒とすることで、それを一蹴してくいれたのだ。わたしは気づいてなかった。いや、気づけなかった。テッドたちがいかれた格好でやってきたとき、わたしは彼らを歓迎すべきだったのだ。
なのに、「わたしは、雇い主です」って顔で迎えていたし、休みの確認でも彼らを平気で尋問していた。
公私混同はするな!は重要ではあるが、働き安い職場にする方が何倍も効率がいいはずなのだ。なにせ、彼らは、それぞれがその道のエキスパート。人格は多少破天荒だが、自分の仕事はきっちりこなすし、何より仲間意識が堅牢なほどに硬いのだから。
テッドの提案は、硬直したわたしたちの関係を仲間意識に変えることで、修復しようって寸法なのだ。子供の頃のように。それはまさに、願ったり、適ったりだ。
雇用者としてのカレン・トルディア・バッカスはこの提督席に鎮座し、テッド船長のクルーとしてのカレンは、副長として、仕事に加わる。
いいよ。やるよ、わたし。やってやる。必殺のトルネードパンチをぶちかましてやるよ!
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