星屑のリング/わたしの海

星歩人

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第3話 クルーたち

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 当初の目的宙域まで来たので、遅ればせながらのテッドの船長就任式を行い、クルーの配属を言い渡した。
 とは、言ってもテッドは抜け目無い、しっかりと必要最低限の乗務員を集めていた。しかも、コックまで揃えていた。

 この貨物船、ビックスペンダー号の航行の半分はオートパイロットと、デクドロイドがやってくれるから、人間様のクルーは、少数で充分足りる。
 操縦士と副操縦士、通信とレーダー技士、戦闘指揮士に機関士がいれば充分だ。

 医者も欲しいが、医療装置はあるし、遠隔手術も可能だ。応急措置なら、軍人くずれが二人もいるし、テッドもマリアもその程度のことはできるときている。コックといえばマルコは元々は薬剤師や化学系の技師だったらしいので、薬剤の調合などもできるというから、テッドの雇用の幅の広さには感服する。

 テッドの船長就任の祝賀会までは、和やかムードというか、お祭り気分でハイテンションだったクルーだったが、仕事の話に入ると、どっとテンションが下がった。

 あのいかれたコスチュームから、地味なクルーの制服に着替えさせたのもその要因のひとつだとは思うが、彼らの気の抜けようときたら、子供がおもちゃでも取り上げられたかのようだから、わたしもテンションさがる思いだ。

 それよりも、わたしはこいつらが遊び半分で来てはいないかと心配になってきた。そんなことよりも真っ先に確認しなくてはならいことがあった。本当なら出航前にはっきりさせねばならなかったが、まさか、いきなり出航させられるとは思いもよらない展開だった。

 わたしは、テッドだけならどうにか舵がとれる自信があったのがいけなかった。テッド以外は、わたしの話など聞いてはくれない。
 ローラがいればまだどうにかなったかもしれないが、研究論文執筆中だし、真面目な彼女が、この話にのってくる筈もなかった。
 とにかく、わたしは雇用主として確認すべきことを確認しなければならないのだ。

 「みなさん、意気消沈のところ申し訳ありませんが、みなさんは、自身のお仕事はどうして来たんですか?」

 これは、一番はっきりさせておかなけえばならない。不備があれば、わたしが彼らの仕事先から賠償金をとられることもありうる。
 まったく、変な法律だ。不正をしにくい世の中にしたいって、気持ちは分からんでもないけどね。

 一番心配なのは、ウルスラだ。彼女は、下手すりゃ宇宙貨物船どころか、仕事まで取り上げられかねない。仕事の重要度が恒星間国家級だから、慎重にいかねばならない。ここは手堅く、質問していくしかない。

「みなさんは、やってたお仕事は大丈夫なんでしょうね。休暇とか、休職とか、退職とか手続きはとってらっしゃるんでしょうね。
 その証明書を各自の端末からわたしの端末へ送っていただけますか。送り先はこちらからその経由路を送ります」

 わたしは、各自の端末に経由路情報と送信キーをクルーに送ったが、ひとりとして誰も返してこなかった。

「あんたらまさか、無断欠勤なの?」

 わたしは嫌な予感に脳裏をえぐられる思いがした。言葉も少し乱暴になっている。冷静にならねばならない。わたしはじっと彼らの目を見つめた。しばらくして、テッドが口を開いた。

「俺とマリアと姉ちゃんとサンチョスに、マルコは身内だから、ほとんど口約束だ。姉ちゃんは経営者で、店は支店長がしっかりやってるし、マリアも一応、半年の休暇もらってるし、サンチョスは雇用手続き更新したばかりだし、マルコもジュリアーノの許可はとってあるよ」

 テッドのところはさして心配してなかった。わたしの心配所は、ウルスラただ一人だった。わたしは、ウルスラの顔をなかなかまともに見れないでいる。苦手意識がこうもわたしの行動を揺さぶるとは思いも寄らなかった。

「ウルスラ、あんたはどうなの?あんた、確か人工知能開発チームの主任技士だよねえ.何十人もの科学者チームを傘下に持ってたわよね」
「そうだね。そういえば、そういうこともあったかな」

 何か嫌な予感のする言い方だ。このウルスラは天才ではあるが、一般常識は恐ろしい程に無いのだ。

「長期休暇届けとか出して来たのかしら。あそこって、簡単には辞められないとこだと聞いているけど。
 秘密厳守が厳しいところだし、辞めるには二、三ヶ月かかる筈だけど。わたしの調査情報では、あなたは現役バリバリの研究員みたいだけど。
 どうやって、遠距離の長期休暇を取れたのかしら?」

 わたしは答えを聞きたいあまり、わざとらしいカマをかけていた。なんと皮肉たっぷりに言ってしまったのだろう。わたしの大馬鹿野郎。

「遠距離届って何だ?そんなもん出してないよ。普通の長期休暇届けだよ」

 まさに悪い予感的中だった。たぶん、この娘が休暇を取れるのは研究施設がある人工惑星の中だけ。そこを越えた場合、無条件で逃亡罪がかけられる。だが、どうやって、警戒包囲網を抜けたのか謎だ。

「ねえ、ウルスラ。研究所の厳重な警戒網を抜けて。あなたは、どうやってテッドのところまで来たのかしら」

 わたしは気持ちを抑えようとしているのにどうしても好戦的な物言いになってしまっていた。こんな言い方ばかりしてたらウルスラがキレてしまうのではないかと、キモを冷やしてもいる自分がいた。
 我ながら肝っ玉の小ささに呆れてしまう。けれど、ウルスラは相変わらず黙ったままだった。そして、つららのように鋭利で、冷たい目線をわたしに返していた。ついには、一進一退の膠着(こうちゃく)状態に陥ってしまった。これからどうする。わたしには何の策もなかった。
 
「それはね、姉ちゃんが施設に届け物があって、立ち寄ったついでに乗せてきたんよ」

 さっきまでの落ち着いた大人の女性の声の主とは思えない、脳の奥にべっとりまとわりつくようなマリアのいつもの天然声が、この虚をついた。
 わたしはマリアに感謝したが、話の内容はいただけなかった。

 ステルス機能もあると言われているレッド・スパローの専用機で連れ出したという事実が更にわたしを窮地に追いやったのだ。
 外部スキャン出来ないシールドあるとか、テッドが以前話してくれていたことを思い出した。だから抜けられたのはいいが、施設を無断で出れたってことは結局、防犯システムをだましたに違いなかった。

「あ、それはね、姉ちゃんが施設に届け物があって、立ち寄ったついでに乗せてきたんよ。って、あんたら、買い物ついでみたいに言わないでくれるかなあ」
「でも、実際そんなもんだよ」

 こういう会話になったらマリアは話しにならない。わたしは、マリアとの会話をやめ、ウルスラの捜索指令が出ていないかをアンドロイドに検索指示をかけた。すると、天井モニタに出るわ出るわ、無数の手配書が投影された。
 逃亡、誘拐、いろいろな線で手配書が出回っていた。但し、政府機関での極秘扱いでだ。

「すげーな、お前の船の情報検索能力は、軍の情報局のデータに直接アクセスできんだな。さすが、宇宙戦艦だよな」

 テッドは天井モニターに出てくる検索データに驚嘆していた。

「あんたらの姉妹のしでかしたことは、とんでもないことになってるよ。ウルスラ、あんた、どんだけ重要な仕事してんのか自覚はなかったの?」

 ウルスラは、そういう問いかけでもまったく、動じない上に、答えてなどくれないことはわたしも分かってはいたが、黙って見過ごすことは責任者として出来ない。
 わたしは、そんなウルスラを脇において、気が気ではなかった。報告の仕方ひとつで、こちらの命運がかかっているのだ。

 だが、当のウルスラはと言えば、恒星間通信機で誰かと楽しげに会話している始末だ。この女は自分のしでかした事の重要性など微塵も感じてないと来たもんだ。
 なんてことだ。記念すべきわたしの初仕事でなんたる失態だ。家に連絡するか。軍の関係者に事情を話すか、わたしは焦るだけで、何ひとついい考えが浮かばなかった。

 しかし、次の瞬間、驚くべきことがおきた。周囲のありとあらゆるモニタの画面を警告の書面が埋め尽くしていた。

 万事休すとはことことだ。わたしは終わった。破滅した。このアホ娘のおかげで。

 しかし、わたしがひどく思い悩んでいる間に手配書が一瞬のうちに消えた。

 回線が切れたわけではない。ウルスラがハッキングして、データ改竄をやったのかとも思ったが、さすがにこの船からは侵入はできても書き換えまでは出来ない筈だ。
 プロテクトがかけられていることをわたしは知っている。ウルスラがいかに天才でもこれだけの長距離で短時間ではプロテクトの外側すら破れないはずなのだ。だから、わたしは、何が起きたのか事態をまるでつかめなかった。
 
「親父に連絡しといたから、心配しなくていいぞ、乳女!」

 心配するまでもなかった、この娘は、ダントス一族の金と権力でねじ伏せてしまった。さっきの通信はこのためのものだったのだ。

 怖いな、この娘の一家は、敵に回せない存在だ。

 それにしても、これはとんだ爆弾娘を拾ったものだ。これ以上のトラブルはごめんこうむりたいが、この娘の性格ではそれも無理だろう。

 わたしは大きなため息をついた。

 胃の中をゴキブリがはいずりまわる思いがしはじめた。せめてウルスラがアッカンベーでもしてくれれば、タンカをきってすっきり出来るのだが、仮に彼女がそれをやったとしても、今の自分の立場でそれは出来ないものなのだ。

 気を落ち着けるため、一時間後に仕事のブリーフィングを行うとして部屋に戻ることにした。

 人の上に立つとは大変なんだなとわたしは痛感した。

 テッドはあの若さで、荒くれものたちをまとめている。わたしなんかとは器が違うのだ。気が重い。とりあえず、シャワーでも浴びて横になろう。

 わたしは、そうやって現実から逃げてしまった。
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