星屑のリング/リングの導き

星歩人

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第六話 帰還

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 あたしたちは、持ち込めるだけ植物を採取した。

 目的物発見の一報は、中継通信機を経由して、シェルターへ送信された。テッド船長の声をかき消さんばかりの歓声がどっと沸いている。彼らにとってのお宝のこの植物は相当な値がついているのだろう。

 あたしは、安堵した。カレンとローラも植物の体組織の分析データの結果を見て、ハイタッチの大はしゃぎをしている。座席の小モニタにテッドがしきりにあたしを呼び出しているのに気づいた。あたしは回線を開いた。

『やったなあマキナおめでとうだ。俺たちにもいい小遣いが稼げたぜ』
『そうね。これもあんたのおかげだよ』
『あんた、か。それも悪くない。だが、気を良くするなよ。俺たちは砂漠の鼠。お尋ね者にこそなっちゃいないが、お宝と酒、そして女と喧嘩が三度の飯より好きな荒くれ者たちだ。だから、深入りだけはすんなよ。
 とは、言っても。お前さんも、箱入り娘って訳でもなさそうだから、テキトーによろしく頼むわ』
 あたしを騙して、植物を横取りしようとしてた泥棒がよく言うものだ。でもあのことはこの仕事を請け負てもらうことでチャラにしたのだ。ここでそれを持ち出すのは野暮だ。
『そうね。今度は手加減しないから、体鍛えておいてね』

 あたしはありったけのリップサービスで、小悪魔的に投げキッスをしてやった。あたしもこの旅に出る前にいろいろと演技の勉強もしていたのだ。
 でも、小賢しい女を演じるよりは無口な少年の方が演じやすかったのでそうしたまで、やっと使えて良かった。この程度のことで、あたしにメロメロになるようならアイツも大したこと無いのだけど。

 沸立っていた歓喜の声も静まった頃、カレンは浮上開始の号令をかけた。ようやく、帰還の途に着けるのだ。長く苦しい旅もこれで終わるのかと思うと少しばかり寂しい思いがよぎった。

 浮上は潜水よりも多くの時間を要する。なにせ砂の反発力が潜るときの十倍もかかるのだ。船体の材質は不明だがこの船は五千メートルは潜れるそうなので心配はさしてない。三十分かかって、ようやく千メールに達した。

 あと、五百メートル。

 実はこの区間の砂の密度が最も高いのでそうそう簡単には上がれなかった。そこでテッドは、もう一隻、自動航行できる潜水艇を出し、ワイヤーフックを引っ掛けて少しでも早く引き上げようとしてくれた。時間はあるのに何故か焦りを覚えてしまう心配性の自分に腹が立った。

 水深計は、ゆっくり上昇する。動きを凝視していると止まっているかのようだ。やがて、船内の照明が消え、赤い照明に切り替わった。そして警報が鳴った。

 深海から巨大なものが急速に浮上してくる知らせだった。探知機では巨大な何かの塊で、温度を持っていた。そうだ生物なのだ、それもかなり巨大だ。

『砂虫だ。こいつはとんでもなくでかい』カレンは叫んだ。

 コンピュータは浮上してくる生物を分析し、3D映像を作り出し、動きをシミュレートし始めた。入り江の底にあった、深く大きな海溝は、砂虫たちが別の海域へ移動するための通路だったのかもしれない。彼らは長い間深海に居た為、呼吸成分が欠乏し始め、呼吸をするために、浮上しているのだった。

 彼らはその大きく、複数の肺に呼吸成分である大気を埋めるために、二、三度、砂の海面に飛び出すのだ。こんなに接近した場所で、巨大な砂虫に飛び跳ねでもされたら、小さな潜水艇はうねりに巻き込まれ、故障もしかねない状況だ。けれどもさすがというか、カレンはテッドの相棒だった。

『テッド! 大物よ、仕留めて!!』

 カレンは大声で、砂虫のことを既に察しているであろうテッドに、砂虫捕獲の指示を出した。

『おうよ、まかせろ。ホセ!砲撃準備だ!』

 砂虫は潜水艇の横をかすめて登っていったようだ。あたしは、潜水艇の側面を突き抜ける波動を感じた。砂の密度が高いので、あまり大きな衝撃はこなかったが、潜水艇は何回もロールしていたことが計器から読めた。潜水艇の座席はジャイロ式なので、あたしたちは、船体がひどく揺らされても、常に水平状態を保てており、ひどい船酔いを避けることができた。

 船体が強い力でひどく大きく揺れたのは、たったの一回だけだった。おそらくホセさんが一発で仕留めたのだろう。とてつもなく大きな砂虫には違いなかったが、それをたったの一撃で仕留める砲銛手が実際にいるとは驚きだ。あとで、ゆっくりと、彼の武勇伝をきかせてもらいたいな。

 十分ほどして、潜水艇の姿勢も正常に戻った。カレンがテッドに引き上げ作業の再開を連絡しようと、マイクのスイッチを入れ、テッドを呼び出した。しかし、返事は無かった。
 マイクのある船長室の部屋越しに、かなり激しめの銃撃音や爆発音のようなものが入っていた。大物を仕留めた乗員達の歓喜の声でないことは、あたし達も分かっていた。どうやら、テッド達は、何者かの襲撃を受けているようだった。

『テッド、返事しろ。くそー、あの野郎、インカムのスイッチ切ってやがる』

 あたしたちは、何も出来ずに、ただただ、船長室の無線機のマイク越しの音を聞くしかなかった。ローラが子供達のことを気にしてか、子供達の名前を叫んでいる。あいにく、喋っているが土地の言葉のようで名前の部分しか判別できない。きっと、子供たちの安否が心配になっているのだろう。

「カレンどうしよう」

 あたしは何も出来ない自分を自覚した。口から出た言葉は”どうしよう”と来たものだ。この場所にいては何も出来ない。船上に居ても戦士でも無いあたしにできる事などありはしないだろう。もし、船が沈むようなことがあったら、命綱を船に託しているあたしたちも助からない。

「マキナ落ち着きな。テッドは、テッド達はさあ、こんなトラブルは日常茶飯事なのさ。あいつはこの程度のことでやられたりするタマじゃないさ。
 でも、応援は必要だ。どうもこいつは、砂虫級に大物のようだしな」

 あたしは、カレンが何を言っているのかよく分からなかった。彼女は確か”応援”と言った。この未曾有の危機から形勢を逆転できる味方でもいるという口ぶりである。

 カレンは脇にあるハンドルを握り、モニタを覗き込んで「よし」の声と共にハンドルの上にあるボタンを押し込んだ。ゴトンという金属音がしたが何が起きたかは検討がつかなかった。
 
 船内スピーカー越しには、甲板での銃撃音や飛行音のようなものがけたたましく鳴っていた。その音がテッドたちが攻撃を受けている音なのか、反撃している音なのかは想像もつかなかった。潜水艇内も消灯し、非常ランプが点灯した。

 これで終わりなのか、なんという不甲斐なさだ。

 無意識に絶望仕掛けた時、大きな爆発音が一発鳴った、数秒の時間をおいて大きな衝撃が船体からの牽引ワイヤーを通じて伝わり、潜水艇も大きく揺れたが、やがて何事もなかったかのようにすっとやんだ。

 あたしたちには、上で何がおきているかわから無い。無線はつながったままだが、爆音は既に止んでいる。

「やった、ウルスラ」とカレンは大声で叫び、握り拳をローラと合わせている。

 カレンが叫んだ「ウルスラ」という言葉に妙な懐かしさを覚えていた。誰なのと聞くべきなのだが、聞かなくていいと咎める自分がいる。

 その後は、ただ静かな時間がずっと続いた。あたしたちはシステムの状況を確認して、浮上プロセスの進行を再開した。潜水艇はゆっくり上昇していた。

 やがて九十分後、潜水艇は浮上を完了し船体は砂上船のカタパルトに固定された。
 あたしたちは、あせる気持ちを沈め、減圧室に入って待った。そして、ゆっくりと減圧室を出たが、周囲には人の気配が無かった。潜水服を脱ぎ、船員服に着替えると、カレンの指示で、戦闘装備と医薬品を持って、甲板へと向かった。甲板へ向かう途中、船長室、客室、船員室、電算室、医務室、食堂、厨房と巡回したが、誰も居なかった。

 やがて、甲板への階段付近で、甲板から悲鳴のような奇声が聞こえてきた。まさか犠牲者が。カレンの顔が緊張でこわばっていた。
 あたしたちは、腹ばいになりおそるおそる甲板に出た。しかし、甲板では以前も見た飲めや歌えや踊れやの大祝宴中だった。

 砂海の洋上の砂虫は、ホセさんの的確な銛撃ちで正確に急所を仕留められたのだろう、フロートを体中に巻かれ砂の海の上に背中の一部をさらした状態で浮んでいた。

「いよう、カレン。遅かったじゃねーか。かけつけに一杯やるか?」

 既に出来上がり状態のノックスさんが、樽の酒を柄杓でついで、カレンに差し渡していた。カレンは、その柄杓を奪うように受け取り、ゴクリと一気飲みした後、手酌で更に三杯飲み干すと、口の周りを右手で拭ってズカズカと人垣を分けて、中央で女性クルーたちと踊るテッドに詰め寄った。
 あたしは、ローラに手を引かれて、カレンの後を追い。カレンの真後ろにいる。

「いよ、カレン。遅かったじゃねーか、ンコでもし、」

 ベロベロに酔ってロレツも回らないテッドは飛んでも無い再会の一声を発した。

 もはや抑えられていたカレンの怒りは抑制が効かない状況となっていた。テッドが全部言い終わらないうちにカレンの右手は竜巻のようなエネルギーを纏いながら、テッドの顎を打ち上げるように炸裂してしまった。円弧を描いてテッドは後方に飛ばされ、甲板に大の字に倒れて気絶した。

 あたしがテッドを殴った時は、皆、心配そうに詰め寄ったのに、カレンがテッドを殴り飛ばすと、大歓声が湧いて、船員たちはカレンの右手を上げ、勝利を祝福している。理由はよくわからないが、これはよくある余興のようなものだと理解した。けれども、テッドの右手の親指は、あたしの時のように立てられてなく、口から泡も出ていた。これってやばくないの。

 間もなく、ドクことシェスカさんが、医療道具を持って駆けつけるのだが、簡単な検診だけしてその場に放置し、シェスカさんは樽酒を手酌で飲みだす始末だった。いったい、どうなってんのこの船のクルーは。

 あたしたちの後を追って来てくれたノックスさんが宴会になった訳を話してくれた。その話はこんなところだった。ホセさんが仕留めた砂虫の生態成分分析して、いつもどおり取引先の企業のにそのデータを送ったのだが、これまでにない良質のものだったらしいのだ。
 そこで、その企業はこれまでにない程の最高値の取引額を提示してきたのだった。船長も乗組員たちもたまらず祝宴となったのだ。

 でも、その間に激しい戦闘があったはずなのに、みんなその話は全然してなかった。周囲を見ても残骸らしいものは見つかってないし、船体はというと、なんかそれっぽい傷らしきものはあるのだが、それが新しいものなのかどうかまで判断つかなかった。あたし達の気のせいだったのだろうか。

 それにしても、まったく、ひどい話だ。あたしらよりも、砂虫の方が大事だなんて。でも、テッドならきっとこう言ったことだろう。

「お前たちが死ぬわけない。なんせ、この俺様が守っているんだからな」と、あの澄んだ迷いの無い碧色の瞳できっとそう言ったに違いない。

 今は、カレンの拳で夢うつつになているから、それも言えない状況だけど。でも、カレンって凄い。何とかという格闘技の選手の動きに似てたわね。スポーツ観戦とかあまりしないわたしだけど、あれは、そう、バーカーサースクラムのカルロスよ。

「ああ、久しぶりにすっとした」

 カレンは、あたしにそう言うと、ウィンクをして、舌をぺろっと出し、テッドに代って祝宴の中心に立ち、宴を大いに盛り上げだした。

 あたしはしっかりローラと手をつないでいたが、やがてそこに小さな手が加わった。ローラが面倒をみていた子供たちである。子どもたちはローラの手に、体にまとわりつきはじめる。小さな子たちは、気が動転したのか、ママと叫んで泣き出した。

「さあ、いい子だから、泣き止んで。私は無事だから」と、ローラは泣きじゃくる子供を抱いて、背中を軽く叩く。子供たちをあやすローラの姿は、まるで母親のように頼もしく見えた。

 あたしは実感した。テッドの砂上船、サンドクロール号が家族なのだと。今、このわずかな瞬間、あたしはテッドの家族、砂上船クルーの一員となった感覚を覚えた。

 それはこれまでにないとても居心地の良いものだった。

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 時は何もしなくても、一定間隔に前へ進んでしまう。砂上船での楽しいひとときが終わりを告げ、あたしは、あたしの家族が待つ場所へ帰ることとなった。

 テッドは馬鹿などんちゃん騒ぎをしながらも、準備を整えてくれていた。上空に大きな戦艦級の宇宙船が超望遠鏡で見え、そこから小型宇宙艇が降りて来るのが見えた。
 
 オアシスゼロのホテルの荷物も回収し、あたしはグレン家当の正装をしていた。黒い燕尾服のようでもある。男装の麗人とも言われた紅蓮の勇士像にならった服装らしいのだが、蓮に二十センチ近くも身長の及ばないあたしが着るとローティーンの少年にしか見えないのがしゃくである。

「マキナ、見違えたね。いえ、グレン・マキナ様とお呼びしないとかな。我がビッグスペンダー号の客人だからね。
 テッド。いえ、船長は一足先に船で出港準備中よ。私たちも行かなきゃね」

 カレンは長い襟の立った宇宙船乗り服を着ていた。男性が着ているのは良く見ているが、カレンのような凛々しい女性が着ているとより制服の威厳が生えるような気がする。しかも、今日の彼女はデュナンにいた時とは別人のようだった。髪はいつもの赤毛のツンツンの角が幾分ストレートになで降ろされ、色はプラチナブロンドだったし、肌の色も透き通る程に白かった。
 デュナンでの姿は変装だったのと聞こうと思ったがカレンの重厚な佇まいに軽口も抑えられてしまっていた。

 ローラを始めとする砂上船の家族のみんなに別れを告げ、連絡艇へ乗りこんだ。カレンは淑女と言うよりは紳士的な態度で、あたしを船内へ招き入れてくれた。果たしてカレンが所有する宇宙船とはどんなものなのか、期待に膨らむあたしの胸は高鳴りを抑えられないでいる。

 カレンとあたしは外が見渡せるラウンジに向かい合わせで座った。当然シートベルトは着用だ。カレンはモニタースのスイッチを入れ、宇宙艇のコクピットの様子を見せてくれた。ゴッツい感じのタフな宇宙漢(うちゅうおとこ)風の男と、筋肉質ではあるも姉(あね)さんタイプの女性が写った。見るからに軍人崩れという雰囲気だ。

『サンチョス、アーニャさん、準備出来たわ。上げてちょうだい』
『オッケー、ボス』
 あたしの中のカレン株はうなぎ上りに上昇した。あんな玄人の荒くれ者をアゴで使えるカレンの底知れなさに驚かされた。
 
 船はゆっくりと浮上を始めた。ジェット噴射ではなく、母船からの牽引ビームと磁力場浮揚であることが、手元のモニターの表示から読み取れた。製造メーカーはシュタットガルト社、職人技が売りの小さいが高技術力をウリとする会社だ。

 そういえばテッドの船や潜水艇にもシュタットガルトの機材が使われていたように思う。別に珍しいことでも無いけど、こうやってライバル会社の優れた技術を見せられると必要以上に意識してしまう。成層圏より下の世界では気流の変化と重力変化が重なるからオートパイロットと人力の主従を逆にしているのだろう。
 外界はデュナンの砂の海の模様がめまぐるしく波打って、様々な幾何学模様を呈している。砂の上にいると、とてもあの硬そうな砂が対流してるようには見えない。

 やがて窓の外は暗くなり、重苦しい金属どうしが接合するような音と振動が伝わった。やっぱり船は見せてくれないようだ。船内は貨物船というよりは豪華客船といった内容だた。たぶん来客用の通路だと察した。さすがに仕事場は見せてくれないようだ。

 カレンと入れ替わりに、今後はハウスキーパーのような感じの中年とまではいかながい大人の女性が出てきた。カレンはその女性をクレアと呼んでいた。カレンはクレアにあたしをどこかに案内するよう言いつけ、パーティで会いましょうと姿を消した。

 あたしはクレアに付き添われデュナンがよく見える展望客室へと招かれた。特別あしらえのシートに腰掛けると、クレアはメイドを呼んでお菓子と飲み物をふるまってくれた。そして、搭乗の説明を一通りして、メイドたちと奥へ下がっていった。

 あたしはお茶をしながら、デュナンの星を眺め、この星で出来事を一つ一つ思い出していた。それはそれは壮大なドラマのように思えたし、中身のあまりない大した事もないようにも思えていた。

 やがて、ベルト着用のアナウンスが流れ、座っている座席が亜高速航行シグナルが点滅し、あたしの体をゆっくりと倒し固定した。デュナンの様子は、展望室の窓から確認できているが、百秒前からの秒読み段階になると防御シャッターが降り、座席脇のモニター映像に切り替わった。

 秒読みは既に十秒を切っていた。ゼロをカウントした瞬間にデュナンは一瞬で光の点になり、瞬く無数の星々の中に埋もれてわからなくなった。

 ありがとう、みんな。
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