38 / 39
腕の中
しおりを挟む
「……イレー…ヌ?」
どうやら私は、彼のすぐ目の前に転移できたようです。
呼び出したのはアーシュのほうなのに、何をそんなに驚いているの?
彼は窓辺からこちらを見上げ、私の動きをゆっくりと目で追いかけ……むむ?
(ああっ! また浮かんでるぅ――!)
足元の遥か下に地面がっ! 私だけまだ外じゃないですか!
いきなり窓の外に、ぷかぷか浮かぶ神獣が現れれば、それは驚きますよね。
まずはこの状況を一刻も早く説明しましょう!
『アーシュ! 私飛べるようになりましたっ!』
『……』
『でもまだ姿勢が安定しなくて、気を抜くと落っこちてしまいそう……』
両腕で重心を取りながら、なんとか直立姿勢を保つように頑張ってみます。
でも、なかなかコツが掴めません。ぐらぐらしちゃう……。
アーシュの方に近寄りたくても、前に進む方法も分からないし、そもそも、地面への降り方を父様から聞き忘れてしまいました。
左手に握ったラゴの種を、緊張で握り潰してしまいそう……私の朝ご飯がっ!
『……イレーヌ。こちらに手を伸ばせますか?』
アーシュが窓枠から身を乗り出し、こちらに右手を差し伸べてきました。
考えに気を取られている間に、風に流されたのか、先程よりもアーシュが少し小さく感じます。
彼の表情も声も硬く強張り、射すくめるような真剣な眼差しでこちらを見上げています。そういえば、戻ってからまだ一度もアーシュの笑顔を見ていません。
……ここから黙って出たことを、怒っているのでしょうか?
部屋に戻ったら叱られてしまうのかな? アーシュに怒られるのは悲しいです。
右手を伸ばすのに、躊躇していると……。
『……イレーヌッ! どうかお願いです。そこは危険ですから、まずは部屋に入りましょう。さあ手を……っ!』
酷く切迫した様子で、アーシュが語気を強めてきました。
怒っているというよりも、心配してくれている?
私はおずおずと、アーシュの方へ右手を伸ばしました。
彼も窓枠から更に身を乗り出すようにして、右手を伸ばしてくれていますが、私が空中でグラついているせいで、指先が触れそうでなかなか届きません。
……あともう少しなのに。
身体がうまく制御できず、迷惑をかけている自分が情けないです。
いっそ重心をわざと崩して、落ちた方が早いのかも……。
そうです。私は頑丈だと父様が言っていました。少しくらいの怪我なら……。
手を伸ばすのをやめ、地面のほうへ気を取られていると、
『……イレーヌ』
『……』
『……イレーヌ、おいで』
励ますように、アーシュが初めて、柔らかな笑顔を向けてくれました。
見慣れた優しい表情に、自然とこちらにも笑みが浮かびます。心が楽になり、吸い寄せられるようにして前へ……進めたっ!
もう一度右手を伸ばせば、手首がぐいっと強く握られ、
『――ッ!』
気づいた時には、アーシュを下敷きにして床に転がっていました。
私を引っぱった勢いで、彼も後ろへ倒れてしまったようです。
『アーシュ! 大丈夫ですか!』
『大丈夫です。イレーヌこそ怪我は? 痛いところは?』
『私は平気です』
『そうですか。……よかった』
フウウーと、アーシュは大きく息を吐きだしました。
逞しい胸が、私の顔をのせたまま深く沈み込みます。
『……あなたはまるで小鳥のようだ。羽根のように軽くて、目を離した隙に窓から逃げてしまう』
『ごめんなさい』
耳に伝わる心拍数と、抱きしめてくる腕の強さが、彼の心配のほどを如実に現していて、申し訳なさでいっぱいになります。本当にごめんなさい。
『……あの……アーシュ。……こんなときになんですが……人間さんの言葉で【ごめんなさい】を教えてください。たぶんこの先、たくさん使うような気がします。いますぐに覚えたいです』
『……ふふっ。そうですね。良い機会なので覚えましょうか。ログーザ語では「ごめんなさい」と発音します。また一文字ずつ真似してみてください』
「ご」
「ご」
「め」
「め」
「ん」
「ん」
「な」
「にゃ?」
「さ」
「ちゃ」
「い」
「い」
「ごめんなさい」
「ごめんにゃ、ちゃい?」
『……完璧ですよ』
クックックッ……と、細かな笑いの振動が肌に直接伝わってきました。
なぜそんなに笑っているの?
「……あーちゅ。ごめんにゃ、ちゃい」
「……」
まずは一番に伝えたい相手に、試してみることにしました。
褒めるように、優しく何度も頭を撫でられたので……
ちゃんと言えたようです。
どうやら私は、彼のすぐ目の前に転移できたようです。
呼び出したのはアーシュのほうなのに、何をそんなに驚いているの?
彼は窓辺からこちらを見上げ、私の動きをゆっくりと目で追いかけ……むむ?
(ああっ! また浮かんでるぅ――!)
足元の遥か下に地面がっ! 私だけまだ外じゃないですか!
いきなり窓の外に、ぷかぷか浮かぶ神獣が現れれば、それは驚きますよね。
まずはこの状況を一刻も早く説明しましょう!
『アーシュ! 私飛べるようになりましたっ!』
『……』
『でもまだ姿勢が安定しなくて、気を抜くと落っこちてしまいそう……』
両腕で重心を取りながら、なんとか直立姿勢を保つように頑張ってみます。
でも、なかなかコツが掴めません。ぐらぐらしちゃう……。
アーシュの方に近寄りたくても、前に進む方法も分からないし、そもそも、地面への降り方を父様から聞き忘れてしまいました。
左手に握ったラゴの種を、緊張で握り潰してしまいそう……私の朝ご飯がっ!
『……イレーヌ。こちらに手を伸ばせますか?』
アーシュが窓枠から身を乗り出し、こちらに右手を差し伸べてきました。
考えに気を取られている間に、風に流されたのか、先程よりもアーシュが少し小さく感じます。
彼の表情も声も硬く強張り、射すくめるような真剣な眼差しでこちらを見上げています。そういえば、戻ってからまだ一度もアーシュの笑顔を見ていません。
……ここから黙って出たことを、怒っているのでしょうか?
部屋に戻ったら叱られてしまうのかな? アーシュに怒られるのは悲しいです。
右手を伸ばすのに、躊躇していると……。
『……イレーヌッ! どうかお願いです。そこは危険ですから、まずは部屋に入りましょう。さあ手を……っ!』
酷く切迫した様子で、アーシュが語気を強めてきました。
怒っているというよりも、心配してくれている?
私はおずおずと、アーシュの方へ右手を伸ばしました。
彼も窓枠から更に身を乗り出すようにして、右手を伸ばしてくれていますが、私が空中でグラついているせいで、指先が触れそうでなかなか届きません。
……あともう少しなのに。
身体がうまく制御できず、迷惑をかけている自分が情けないです。
いっそ重心をわざと崩して、落ちた方が早いのかも……。
そうです。私は頑丈だと父様が言っていました。少しくらいの怪我なら……。
手を伸ばすのをやめ、地面のほうへ気を取られていると、
『……イレーヌ』
『……』
『……イレーヌ、おいで』
励ますように、アーシュが初めて、柔らかな笑顔を向けてくれました。
見慣れた優しい表情に、自然とこちらにも笑みが浮かびます。心が楽になり、吸い寄せられるようにして前へ……進めたっ!
もう一度右手を伸ばせば、手首がぐいっと強く握られ、
『――ッ!』
気づいた時には、アーシュを下敷きにして床に転がっていました。
私を引っぱった勢いで、彼も後ろへ倒れてしまったようです。
『アーシュ! 大丈夫ですか!』
『大丈夫です。イレーヌこそ怪我は? 痛いところは?』
『私は平気です』
『そうですか。……よかった』
フウウーと、アーシュは大きく息を吐きだしました。
逞しい胸が、私の顔をのせたまま深く沈み込みます。
『……あなたはまるで小鳥のようだ。羽根のように軽くて、目を離した隙に窓から逃げてしまう』
『ごめんなさい』
耳に伝わる心拍数と、抱きしめてくる腕の強さが、彼の心配のほどを如実に現していて、申し訳なさでいっぱいになります。本当にごめんなさい。
『……あの……アーシュ。……こんなときになんですが……人間さんの言葉で【ごめんなさい】を教えてください。たぶんこの先、たくさん使うような気がします。いますぐに覚えたいです』
『……ふふっ。そうですね。良い機会なので覚えましょうか。ログーザ語では「ごめんなさい」と発音します。また一文字ずつ真似してみてください』
「ご」
「ご」
「め」
「め」
「ん」
「ん」
「な」
「にゃ?」
「さ」
「ちゃ」
「い」
「い」
「ごめんなさい」
「ごめんにゃ、ちゃい?」
『……完璧ですよ』
クックックッ……と、細かな笑いの振動が肌に直接伝わってきました。
なぜそんなに笑っているの?
「……あーちゅ。ごめんにゃ、ちゃい」
「……」
まずは一番に伝えたい相手に、試してみることにしました。
褒めるように、優しく何度も頭を撫でられたので……
ちゃんと言えたようです。
11
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています
ぽんちゃん
BL
希望したのは、医療班だった。
それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。
「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。
誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。
……けれど、婚約者に裏切られていた。
軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。
そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――
“雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。
「君の料理が、兵の士気を支えていた」
「君を愛している」
まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?
さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる