神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第五十六話 舞踏会に途中参加です。

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 オスカーにエスコートされながら、一歩ずつ慎重に歩みを進めた。

「カルス様、視線を上げて」

 うつむきがちだったところを注意される。
 無茶言うな。階段だぞ? 足元大事!
 ここで躓けば、俺はショックでド派手な階段落ちを披露することになる。

 恐怖心をこらえて渋々顎を上げれば、煌びやかに着飾った貴族たちが一面に広がっていた。
 俺が顔を上げた途端に、人々が瞠目し一斉にざわめきだす。
 やめて見ないで! ますます緊張しちゃうから!
 やっぱり晒し物じゃないか。出戻り神子としては非常に肩身が狭いぞ。オスカーの嘘つき。
 なんとか階段を降りきったところで、ひとりの精悍な男が待ち構えていた。

「おかえり。カルス」

 この国で黒神子の名を呼び捨てできる人間は限られてくる。国王とそして……、オスカーにエスコートされていた手は、当たり前のようにエイデン王子へと引き継がれた。

 ファーストダンスの相手は、事前に第一王子と決められていた。
 婚約解消した二人の関係、ひいては大神殿と王宮の間柄が、なんのシコリもなく良好なことを世間にアピールするためだ。
 オスカーとエイデン王子……犬猿の仲の両者も、今夜は俺を挟んで円満に微笑みあっている。

「カルスは貰っていくぞ」
「ひと踊りしましたら、速やかにお返しください」
「ふん。きさまのものではないだろうに」
「あなたのものでもありませんね」

 ……全然円満じゃなかった。

 穏やかな表情のまま、バチバチと小声でののしり合っている。
 ふたりとも変わったようでいて、こういうところはちっとも変わらない。勝手に外堀を埋めてから、互いの所有権を主張しあい、俺の気持ちはほったらかしだ。

(俺は誰のものでもねえよ)

 軽やかな演奏が始まり、フロアーの中央へ導かれながらも、俺の口からは重いため息がこぼれていた。


 …
 ……
 ……なんて時もありましたな。


(ひゃっほ――ぃ!)
(社交ダンスって、めっちゃ楽しいぃ――っ!)


 クルクルっと回って、腰を支えられての決めポーズ。
 たまに軽々と持ち上げられては高い高ぁ~い。

 とにかくエイデン王子のダンスが上手いのなんの。
 さすがは宮廷イチのモテ男。パートナーを自在に操るダンススキルも頼もしさもピカイチだった。王子と息を合わせてステップ踏むのが、もう楽しくって仕方がない。

 生演奏が進むにつれ、段々と踊るカップルが増えていく。オスカーもどこぞのグラマラスな美女と踊り始めたようだ。羨ましすぎる。

 そういや、前世で妻と出会ったのも盆踊り大会だった。楽しかった夏祭りの光景が頭をよぎる。
 しかも今世の俺の身体は、まだピッチピチの十九歳。バブル期の日本なら、ディスコで扇片手にフィーバー直前のお年頃なのだ。  
 はしゃいでる自覚はあるが、有り余る若さエネルギーは制御不能だ。音楽って怖いね。

「あーあ。損しちまったなあ」
「?」
「こんなに可愛い笑顔を見られるなら、もっと早くから誘うんだった」

 王子の少し切なさの混じった笑顔に、一瞬ドキリとさせられる。

 高貴な血筋にがっしりとした長身。甘い端正な顔立ち。明るくて豪快で超人気者。生まれた時から引く手あまただった女たらしの第一王子。今夜の気取った王族モードな正装も、腹が立つほどに違和感なく似合っている。

 そんな陽キャなこの人も、婚約者だった【私】が突然消えて、悩んだり後悔したりしたのだろうか? 己を責めたりしたのだろうか?

 結局、王子とは立て続けに三曲踊って、オスカーとも一曲踊ったのだが、最後に思いっきりオスカーの足を踏んづけてしまった。踏んだ俺の足首がグネりそうになったくらいだから、踏まれた側は相当痛かったはず。その証拠に、いつも涼し気な男の目元が苦痛で少しだけ歪んでいる。

「ご、ごめん! ワザとじゃないから!」
「……故意でなければ許されるとでも?」
「悪かったって!」

 一点集中で全体重をのせてしまった自覚はある。
 本当にワザとじゃなかったんだが、少しいい気味だと思ったことは、絶対に悟られてはならない。

 あたたかな拍手に迎えられながら踊り場をあとにすれば、軽食が用意された別の広間での挨拶ラッシュが待っていた。
 あー…、アイツとアイツ…コイツにも見覚えがあるわ。
 明日クビになる大司教と懇意な奴らで、【私】が孤児院で治療している時に、貴族の治療を優先しろと妨害されたこともあったっけ。

”私のことを覚えておいでですか?”
”ぜひ一度、我がサロンにおいでいただきたく……”
”妻が長年病気を患っておりまして……”
”私とダンスを……”

 激流のように美辞麗句や不躾(ぶしつけ)な要望が押し寄せてきたが、俺がジュース片手に愛想笑いをする間に、オスカーが右へ左へと受け流してくれた。凄い大船に乗った気分だ。なんて頼りになる船頭なんだ。でもごめんなさい。社交界への嫌悪感で、船酔いして今にも吐きそうです。

「ご機嫌いかがですかな? 黒神子様」
「――ッ!」

 そこへ救世主が現れた。
 あれほど押し寄せていた人波が、その老人……ドワイラクス元将軍の威厳に恐れおののき、瞬く間に引いていく。

「少しお顔の色が優れませんな」
「ご心配なく。老師にお会いできた喜びで緊張もほぐれました」
「嬉しいことを言ってくださる」

 優しく目を細めたドワイラクスは、次にオスカーへと視線をうつした。

「そなたは元気そうじゃの」
「……師匠がこのような場にお越しになるとは、天変地異の前触れでしょうか?」
「そう煙たがらなくても良かろうに。招待状が届いたから来たまでじゃよ。舞踏会に九十超えたジジイが来ては場違いかの?」
「社交界嫌いで有名なかたの言葉とは思えません」
「可愛い教え子の晴れ舞台となれば、重い腰も上がるというものじゃ。ああ教え子というても、そなたや殿下の事ではない。黒神子様と違って可愛げなど皆無じゃからの」
「そこは師匠譲りですから」
「ほんに可愛げのない」

 その時、絶妙なタイミングで噂の人物が通りがかった。
 煌びやかな取り巻きに囲まれた、ひと際華やかな存在……エイデン王子だ。
 目ざとく俺を見つけると、嬉し気に寄ってきたが、

「うげっ! 師匠!?」

 ドワイラクスの横で、長身が大きくのけ反った。

「なっ、なぜ師匠がここに! 今夜はヤリでも降るんじゃないのか。明日も祭事があるのに冗談じゃねえ!」
「ほんに可愛げのない。言葉遣いも荒すぎる。王族なのだから場所柄をわきまえてシャンとしなされ」
「俺の口の悪さは師匠譲りだ。館長気取って、妙な年寄り口調に切り替えやがって。今さら偉そうに説教されても響くものか」
「オスカーの口調は変わらぬようじゃが?」
「こいつの腹黒さこそ師匠譲りだろうが」
「あなたの女遊びも師匠譲りですね」

 最後にオスカーが突っ込んで、師匠と弟子のトリオ漫才が勝手に幕を開けた。とばっちりを恐れたのか王子の取り巻きはジリジリと後退していき、残された観客は俺ひとりとなった。

 ……このチケット、払い戻し可能でしょうか?
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