神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第五十五話 王様と対面しました。

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 そういうオスカーこそ、普段の聖職者らしい禁欲的な仮面を一切脱ぎ捨てていた。
 白を基調とした聖騎士の正装が、薄い水色の髪と白皙の美貌にマッチし、どこぞの攻略ゲームに出てきそうなクール系貴公子キャラへとジョブチェンジしている。

 ……ずるい。
 俺だってそういう、軍服みたいなキリッとしたデザインを希望したのに!

 蓋を開けてみりゃ、男物だか女物だか分からない、レースと刺繍だらけな深緑のパンツドレスを着つけられていた。
 九分丈のふんわりとした布が腰回りを覆っているため、後ろから見るとまんまドレスだ。腰で絞られたデザインが、俺の華奢なボディラインを一層際立たせている。イジメですか? 

 さらに髪には付け毛がほどこされ、細かく結い上げられてしまった。なんとこれは、俺が二年前にバッサリ切った地毛である。
 捨てるのは罰が当たるとばあちゃんに泣きつかれ、「なら売り飛ばす?」と提案したら、罰当たりめがとじいちゃんに叱られた。

 ……めんどくせえ。俺の髪の毛、超めんどくせえ。

 結局ふたりに委ねてそれっきりだ。それが引っ越しの際、オスカーの部下に目ざとく発見されたらしい。
 木箱に収められ、隠すようにしてタンスの奥に仕舞われていたそうだ。
 ……うん。完璧に【へその緒】扱いだね。

「そろそろ行きましょう」

 オスカーにうながされて、渋々控室から出た。
 ここからは舞踏会へと続く死のロードだ。うう、進みたくないよう。村に帰りたいよう。

「まだ、ふてくされているんですか。往生際が悪いですねえ」
「……おまえもドレス着て化粧されてみろ。俺の気持ちが分かるから」
「生憎そういった趣味は持ち合わせておりません」
「気が合うな! 俺もだよっ!」
「黒神子様が両性なことは周知の事実です。たまに女性的な服装をされたところで、全く違和感はないですよ」
「ほんとに? 変態っぽく見えない? 指さされて笑われない?」
「なにを馬鹿なことを……、さあ、もうすぐ着きますので、速やかに猫を被ってください。ここからが大事です」
「にゃあ」
「……」
「……すみません。調子に乗りました」
「分かってくだされば結構です」

 あの重厚な扉の向こうは、王族専用の貴賓室らしい。
 だだっ広い舞踏会会場を、飲み食いしながら上から見渡せるようになっている。オペラ座で言えば中央ボックス席のVIPルームみたいなもんだ。

 神殿に籠りがちだった【私】は、こんな煌びやかな社交場とは無縁の生活だった。
 もちろん前世でもそうだ。骨の髄まで庶民オブ庶民だ。
 そんなアウェイな環境で、これから国王に会うんだってさ。
 神の御使いなので、頭を下げる必要はないって言われたけど、緊張するなって方がおかしいよね。

 でも部屋へと通された途端、俺は何もかもがアホらしくなった。

(……キャバクラかよ)

 前世で社畜の頃、上司に連れまわされた店と大して変わらん。

 二年ぶりに会った王様は、胸元が下品に開いた、いかにも愛人っぽい女性たちを侍らせ、ご満悦で酒席を楽しんでいる。相変わらずお盛んなことで。

「国王陛下にご挨拶申し上げます」

 まずはオスカーが軽く礼をし、型通りの挨拶をした。
 つられて自分も頭を下げかけたが、慌てて立て直す。
 あっぶねー! 
 根が日本人なものでつい! 習性って怖え!

 俺と目が合った瞬間、王様は嬉しそうにニンマリと嗤った。
 重い腰をあげて、ゆっくりと近づいてくる。

 まだ六十代のはずだが、不自然に痩せててシワだらけな容貌は相変わらずだ。クスリでもやってんのか? 快楽に耽り過ぎて、若い愛妾たちに精力しぼり取られてたり? よう知らんけど。

「久方ぶりだな。息災にしておったか」
「はい。陛下もご機嫌麗しく」
「まずは礼を言わせて欲しい。再び宮殿に戻ってくれたことに心から感謝する。そなたが戻るのを一日千秋の思いで待ちわびていた。ようやく顔を見られて嬉しく思うぞ、カルス」
「身に余るお言葉です」
「慣れぬ市井の生活はさぞ不自由だったろうに、やつれるどころか、いっそう艶やかさが増しておるではないか」
「……」
「オスカー司教、ここまでの案内役大義であったな。そうそう! そなた目当ての女人たちが、首を長くして待ちかねておったぞ。カルスのことは余に任せ、下で存分に楽しむがよかろ……」
「恐れながら陛下」

 粘つき始めた空気を、オスカーが両断した。

「私などより、今宵の主役は黒神子様でございます。いまこの瞬間にも、信徒一同、神の御使いの御登場を心待ちにしているはずです。ここで陛下がひとりじめなされば、あらぬ火種の元となりましょう」
「なっ……」
「お許しくださいませ。陛下のご温情を誤解されてはと思い、つい差し出口を」

 取ってつけたような詫びだが、エロジジイ(王様)はこめかみをヒクつかせただけで、何も言い返してはこなかった。
 この腹黒ドS司教は、王様の弱みまで握りこんでいるらしい。

 毒を以て毒を制す。
 他人の性格の悪さを、こんなにも頼もしく思ったことはなかった。


 こうして第一関門(王様のセクハラ)は、オスカーの活躍により突破することができた。
 いよいよ敵の本陣(舞踏会)へと突入だ。


”カルス聖猊下、オスカー司教猊下、お成り”


 ぎょええ~! ファンファーレやめい!
 途中参加でヌルっと滑り込むつもりだったのにぃ!

 それに何だよ「聖猊下(せいげいか)」って?
 そんな大仰な尊称初耳だぞ。大魔王感ハンパねえわ。

 ダンス演奏が止められ、静まり返った会場中の視線が、大階段を下りる俺たちへと突き刺さる。本陣に切り込んでものの数秒で、俺の心は討ち死にした。

 無念でござる。
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