神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第五十二話 神殿で迎えられました。

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 微かなリップ音を残して、すぐに唇は離れていった。

「それで明日からの予定ですが……」
「……」

 何ごとも無かったかのように、オスカーが話しを続けている。
 え? え? 今の一瞬なんだったの?
 白昼夢? いや夜だし!

「……という日程になります。わかりましたか? カルス様」
「全っ然! これっぽっちも頭に入ってこねえわっ!」
「では、もう一度いたしましょうか」
「あのな、オスカー…ッ!」

 チュッ

(――ッ!)

「【もう一度】と言ったでしょう?」
「……な……なっ……」

 みるみる顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
 片手で唇を押さえ、わなわなと震えている俺を尻目に、

「少し夜風が強くなってきました。そろそろ戻りましょう。明日からの予定は三つ子に連絡しておきます。詳細は彼らにお尋ねください。お手をどうぞ」

 立ち上がったオスカーが、優美な笑みをたたえて、うやうやしく手を差し伸べてきた。
 そっと自分の手を重ねる……わけねえだろっ!
 シャッとネコパンチのようにハタキ落とそうとしたが、直前で素早く引っ込められた。

「よけんなっ!」
「よけなかったら痛いでしょうが」
「不意打ちでキスは卑怯だぞっ! しかも二回も!」
「ふたりきりでの夜の散歩で、このままキスどまりで家に帰してあげるのですから、むしろ感謝して欲しいくらいですよ。それとも、このまま部屋へあがって【大人の夜の時間】をもう少し愉しみますか? ……この前のように」
「――ッ!」

 俺を見下ろす表情が、あの晩、ベッドで覆いかぶさってきた野性的な顔と一瞬だけ重なった。
 両腕を縛られ、一方的になぶられた記憶が一気に蘇る。

「……い、いますぐ帰る」
「それは残念ですねえ」

 オスカーは性懲りもなく、再び手を差し伸べてきた。

 ……この指先は、気分次第で俺をどうにでもできるのだ。

 つい恐る恐るといった呈で、そっと手を重ねてしまった。
 少し震えてしまった指先を、気取られなかっただろうか?

 ドキドキと脈打つ心臓は、無事に家に戻るまでなかなか治まることはなかった。


 そうして俺は現在、馬車の中にいる。
 村の荷馬車とは、月とスッポンの乗り心地だ。これなら酔うことも無く、無事に王都まで辿り着けるだろう。
 パカポコ、パカポコ……馬のヒズメの音と、程よい揺れに誘われ、何度も舟を漕ぎそうになる。馬車だけど。

 ちなみに車内は、俺とオスカーが対面で座り、ガブリエルが俺の横に座っている。
 三つ子の残りはというと、驚くべきことに、他のいかつい護衛達に混ざって乗馬していた。

「ミカエルとラファエルも、こっちに乗せられないのか?」
「馬車に小姓は、ひとりいれば充分です」
「でも落馬でもしたら……まだ子供なのに危ないじゃないか」
「そこのガブリエルも彼らも、あなたのお傍へ上がるために、幼い頃から厳しい訓練や教育を受けてきました。私が選んだ者たちです。ご心配には及びません」
「え? そうなの?」

 こんな小さな頃から、俺なんかのために、なんの訓練させられてんだよ。

 ビックリしてガブリエルをみれば、満面の笑顔で頷かれてしまった。
 オスカーに信用されているのが余程嬉しいのか、胸を張ってちょっぴり誇らしげですらある。

「……せめて俺も、馬くらい乗れるようになりたいな」

 そうすれば、こういった分不相応な贅沢馬車も必要なくなる。
 アーチーだって王都まで馬で通っているのだから、自分だって……。

「必要ないですよ。それこそ落馬でもしたら一大事です」
「オスカーがそうやって甘やかすから、黒神子時代は一度も乗れなかったんじゃないか」
「あなたには自己治癒能力も運動神経も無いのですから、無用な危険から遠ざけるのは当然です」

 確かに俺は自分で自分を治せない。自分のための旨味なんてひとつもない。
 子供の頃、オスカーの目の前でよくすっ転んでは、涙と鼻水でぐっしゃぐしゃになりがら、顔面に薬を塗ってもらってた。
 かさぶたの痒みと戦いながら、他人を治療させられるってどうなのよ。

 ……過去を振り返るな俺。涙こぼれちゃう。

「この二年で何度か挑戦はしてみたんだけど、どの馬も触らせてはくれても、俺一人だと乗せてくれないんだ。動物には結構懐かれるのに、どんなに試しても駄目だった。馬も牛もロバも、可愛らしいポニーですらも、いざ乗ろうとすると、俺の腕からすり抜けていく……」
「それこそ動物的感で察するんじゃないですか? あなた一人で乗せたらすぐ落ちると」
「ダメ人間にも、挑戦する権利をっ!」
「はいはい、ご愁傷様ですね。もう着きますから、ダメ人間とバレぬよう、毅然とした態度でお願いします」

 隣りではガブリエルが、目を白黒させながら、俺たちの会話を聞いている。
 これが俺とオスカーの通常営業だ。
 酷いもんだろ? 慣れてくれ。


 大神殿の敷地内へ入り、オスカーのエスコートで馬車から降りる。
 迎えの神官たちに注目される中、ご要望通りまっすぐ前を向いて、毅然と降りてやったぞ。

 ドヤ顔でオスカーに目をやれば……
 見とらんのかーいっ!

「オスカー様、お久しぶりです」

 奴の視線は、嬉しそうに駆け寄ってきたひとりの人間に向けられていた。

 背中までまっすぐ伸びた、黒に近い深緑の髪に、黒くて大きな瞳、健康的な象牙色の肌に、舌ったらずな高く甘い声……どこぞのアイドルグループに所属してそうな美少女だ。

 いやいや、ここは女人禁制!
 隣りの俺を分かりやすく無視してるけど、おたく何処のどなた様?
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