神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

文字の大きさ
上 下
49 / 59

第四十九話 後片付けをしましょう。

しおりを挟む
 七人分の食器ともなれば、洗う量も多い。

 気合いを入れつつ台所へ向かうと、アーチーが自然と横に立って手伝い始めた。
 俺が洗って、アーチーが拭く……何故だ。こいつは客のはずなのに、いつの間にかヌルッと、ふたりの共同作業になっちまってる。断るタイミングを完全に逃してしまった。

 三つ子も手伝いたがったが、洗い場はそこまで広くないし、先にアーチーがいたから断った。しょんぼりと戻っていった小さな背中が可愛い。あとでたくさん頭を撫でてあげよう。

「……ユキたちは、しばらくここで暮らすのか?」

 手際よく皿をフキフキしながら、アーチーが尋ねてきた。

「うん……元々俺が身を寄せられる場所って限られてるんだ。黒神子って奇跡の象徴みたいにされちまってるから、諸外国からも狙われやすくてさ。警備が厚い王宮や大神殿とか、ここみたいな厳重な造りの建物じゃないと、国からの許可が下りないんだよね。じいちゃん達も巻き込んじゃったのは悪かったと思ってる」
「おじいさんたち以外に家族は?」
「……そんなものいないよ」

 実の両親は、黒神子を【女神の代わり】に出産し、大神殿へ【捧げた】ことで、国から莫大な褒章を得たらしい。要は代理出産の褒美だ。役目を終えれば、親権も無くなるし、赤の他人同様になる。幼い頃に何回か挨拶されたきりで、それ以降交流なんて全くない。もう顔すら覚えていない。

「……そうか。ツラいことを聞いたな。すまない」
「ううん。子供の頃はそりゃ寂しかったけど、今はじいちゃんたちがいるし、アーチーや村の人とも交流できて、本当に世界が広がったんだ。前よりも感情が豊かになったっていうか……村には感謝してもしきれないよ」

 決められたルーチンを黙々とこなす大神殿の生活よりも、この二年間で身体も心もずっと健康的になれた気がする。なにより【孤独】を感じることが少なくなった。

「……ユキ」
「ん?」

 時折金色をまとう眼差しが、何か言いたげにこちらを見ている。

「アーチー?」
「……おじいさんたちにとって……もちろん村との繋がりは大事だが、……あの人たちへの一番の恩返しは、ユキが幸せになることだと思う」
「……」
「俺も……ユキには幸せになってほしい」
「……大丈夫だって。心配性だなあ」
「おまえの大丈夫はあてにならない。前にピザ窯を作ったときも、最初適当にやって大失敗したろ? 火を入れたら見事に崩れた」
「……むぅ」

 あのときは、河原から重い石を運ぶ時だけ、アーチーに手伝ってもらった。

 彼には翌日作り方を教わる予定だったが、俺はどうしても我慢できなかった。
 自分ひとりで偉業を成し遂げたかったのだ。立派な窯を作って、アーチーをびっくりさせてやろうと息巻いていた。
 ひとりで出来るもん!

 そしてなんとか、まる一日かけて自分流に石を積み上げ、隙間を粘土で埋めて、一晩かけて火を燃やし……朝には瓦礫の山だけが残っていた。

 翌日訪れたアーチーが、膝から崩れ落ちた光景を、俺は一生忘れないだろう。
 ……俺の黒歴史はいくつあるんだ。振り返りたくない。

「これは、ココでいい?」
「うん」

 拭いたそばから、アーチーがどんどん食器を仕舞っていってくれる。
 いつもは踏み台が無いと届かない場所へも、高身長の助手にかかれば、スイスイと片づけられていった。


「ありがとうアーチー。またね」
「ああまた……必ず」

 本人はまだ働き足りない様子だったが、コイツに甘えていたらキリがない。
 頼りがいの塊だから何でもやりたがるのだ。休講日くらい充分に身体を休めて欲しい。
 作り置きしていた味噌や漬け物、焼き菓子をたんまりお土産に渡しておいた。

 それに、俺が医学図書館へ通うようになれば、頻繁に会えるようになるだろう。決して永の別れというわけではない。

 ここは、離れとはいえオスカー所有の敷地内だ。監視の目も当然ある。
 奴はちょっとその……俺への執着が特殊だから、おかしな方向にアーチーが疑われでもしたら厄介だ。それだけは避けたい。

 まだ腹が膨れて動く気がしない。
 クワを支えに突っ立って、ぼんやり畑を眺めていると、

「……カルス様は、アーチー様と恋仲なのですか?」
「――ッ!」

 後ろから急に声をかけられて、心臓が飛び出るかと思った。
 慌てて振り向けば、三つ子が妙にモジモジしながら、上目遣いで並んで立っている。

 ……かわいい。

 じゃねえよっ!
 いきなり何を言いだすんだ。

「ばあちゃんたちがさっき変なこと言ってたけど、アーチーは親友だから」
「そ、そうでしたか。不躾(ぶしつけ)な質問をして申し訳ありません。あの……僕たち、小姓なのに少し混乱してしまっていて……。ではカルス様のお相手は、やはりオスカー司教ということで……」
「へ?」
「「「え?」」」

 パチクリと顔を見合わす。

「ちげーわっ!」
「「「違うんですかっ!」」」

 俺たちの声に驚いて、近くの枝から一斉に小鳥が飛び立った。
しおりを挟む
白光猫の小説情報を随時更新中です。
twitterアカウント ⇒ @shiromitsu_nyan
感想 25

あなたにおすすめの小説

イケメンは観賞用!

ミイ
BL
子爵家の次男として転生したオリバー・シェフィールドは前世の記憶があった。しかし、チートとしての能力は皆無。更にこれといって特技も無い。 只、彼の身体は普通ではなかった。 そんな普通ではない身体に生まれた自分の価値はこの身体しかないと思い悩む日々…を過ごすこともなく趣味に没頭する彼。 そんな彼の趣味は"美しい男性を観て楽しむ"ことだった。 生前、◯ャニーズJr.が大好きだった彼は今世でもその趣味を続け楽しく過ごしていたが、父親に持ってこられたお見合い話で運命の歯車が動き出す。 さらに成人を間近に迎えたある日、彼は衝撃の事実を知らされたのだった。 *タグは進む内に増やしていきます

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

処理中です...