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第四十九話 後片付けをしましょう。
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七人分の食器ともなれば、洗う量も多い。
気合いを入れつつ台所へ向かうと、アーチーが自然と横に立って手伝い始めた。
俺が洗って、アーチーが拭く……何故だ。こいつは客のはずなのに、いつの間にかヌルッと、ふたりの共同作業になっちまってる。断るタイミングを完全に逃してしまった。
三つ子も手伝いたがったが、洗い場はそこまで広くないし、先にアーチーがいたから断った。しょんぼりと戻っていった小さな背中が可愛い。あとでたくさん頭を撫でてあげよう。
「……ユキたちは、しばらくここで暮らすのか?」
手際よく皿をフキフキしながら、アーチーが尋ねてきた。
「うん……元々俺が身を寄せられる場所って限られてるんだ。黒神子って奇跡の象徴みたいにされちまってるから、諸外国からも狙われやすくてさ。警備が厚い王宮や大神殿とか、ここみたいな厳重な造りの建物じゃないと、国からの許可が下りないんだよね。じいちゃん達も巻き込んじゃったのは悪かったと思ってる」
「おじいさんたち以外に家族は?」
「……そんなものいないよ」
実の両親は、黒神子を【女神の代わり】に出産し、大神殿へ【捧げた】ことで、国から莫大な褒章を得たらしい。要は代理出産の褒美だ。役目を終えれば、親権も無くなるし、赤の他人同様になる。幼い頃に何回か挨拶されたきりで、それ以降交流なんて全くない。もう顔すら覚えていない。
「……そうか。ツラいことを聞いたな。すまない」
「ううん。子供の頃はそりゃ寂しかったけど、今はじいちゃんたちがいるし、アーチーや村の人とも交流できて、本当に世界が広がったんだ。前よりも感情が豊かになったっていうか……村には感謝してもしきれないよ」
決められたルーチンを黙々とこなす大神殿の生活よりも、この二年間で身体も心もずっと健康的になれた気がする。なにより【孤独】を感じることが少なくなった。
「……ユキ」
「ん?」
時折金色をまとう眼差しが、何か言いたげにこちらを見ている。
「アーチー?」
「……おじいさんたちにとって……もちろん村との繋がりは大事だが、……あの人たちへの一番の恩返しは、ユキが幸せになることだと思う」
「……」
「俺も……ユキには幸せになってほしい」
「……大丈夫だって。心配性だなあ」
「おまえの大丈夫はあてにならない。前にピザ窯を作ったときも、最初適当にやって大失敗したろ? 火を入れたら見事に崩れた」
「……むぅ」
あのときは、河原から重い石を運ぶ時だけ、アーチーに手伝ってもらった。
彼には翌日作り方を教わる予定だったが、俺はどうしても我慢できなかった。
自分ひとりで偉業を成し遂げたかったのだ。立派な窯を作って、アーチーをびっくりさせてやろうと息巻いていた。
ひとりで出来るもん!
そしてなんとか、まる一日かけて自分流に石を積み上げ、隙間を粘土で埋めて、一晩かけて火を燃やし……朝には瓦礫の山だけが残っていた。
翌日訪れたアーチーが、膝から崩れ落ちた光景を、俺は一生忘れないだろう。
……俺の黒歴史はいくつあるんだ。振り返りたくない。
「これは、ココでいい?」
「うん」
拭いたそばから、アーチーがどんどん食器を仕舞っていってくれる。
いつもは踏み台が無いと届かない場所へも、高身長の助手にかかれば、スイスイと片づけられていった。
「ありがとうアーチー。またね」
「ああまた……必ず」
本人はまだ働き足りない様子だったが、コイツに甘えていたらキリがない。
頼りがいの塊だから何でもやりたがるのだ。休講日くらい充分に身体を休めて欲しい。
作り置きしていた味噌や漬け物、焼き菓子をたんまりお土産に渡しておいた。
それに、俺が医学図書館へ通うようになれば、頻繁に会えるようになるだろう。決して永の別れというわけではない。
ここは、離れとはいえオスカー所有の敷地内だ。監視の目も当然ある。
奴はちょっとその……俺への執着が特殊だから、おかしな方向にアーチーが疑われでもしたら厄介だ。それだけは避けたい。
まだ腹が膨れて動く気がしない。
クワを支えに突っ立って、ぼんやり畑を眺めていると、
「……カルス様は、アーチー様と恋仲なのですか?」
「――ッ!」
後ろから急に声をかけられて、心臓が飛び出るかと思った。
慌てて振り向けば、三つ子が妙にモジモジしながら、上目遣いで並んで立っている。
……かわいい。
じゃねえよっ!
いきなり何を言いだすんだ。
「ばあちゃんたちがさっき変なこと言ってたけど、アーチーは親友だから」
「そ、そうでしたか。不躾(ぶしつけ)な質問をして申し訳ありません。あの……僕たち、小姓なのに少し混乱してしまっていて……。ではカルス様のお相手は、やはりオスカー司教ということで……」
「へ?」
「「「え?」」」
パチクリと顔を見合わす。
「ちげーわっ!」
「「「違うんですかっ!」」」
俺たちの声に驚いて、近くの枝から一斉に小鳥が飛び立った。
気合いを入れつつ台所へ向かうと、アーチーが自然と横に立って手伝い始めた。
俺が洗って、アーチーが拭く……何故だ。こいつは客のはずなのに、いつの間にかヌルッと、ふたりの共同作業になっちまってる。断るタイミングを完全に逃してしまった。
三つ子も手伝いたがったが、洗い場はそこまで広くないし、先にアーチーがいたから断った。しょんぼりと戻っていった小さな背中が可愛い。あとでたくさん頭を撫でてあげよう。
「……ユキたちは、しばらくここで暮らすのか?」
手際よく皿をフキフキしながら、アーチーが尋ねてきた。
「うん……元々俺が身を寄せられる場所って限られてるんだ。黒神子って奇跡の象徴みたいにされちまってるから、諸外国からも狙われやすくてさ。警備が厚い王宮や大神殿とか、ここみたいな厳重な造りの建物じゃないと、国からの許可が下りないんだよね。じいちゃん達も巻き込んじゃったのは悪かったと思ってる」
「おじいさんたち以外に家族は?」
「……そんなものいないよ」
実の両親は、黒神子を【女神の代わり】に出産し、大神殿へ【捧げた】ことで、国から莫大な褒章を得たらしい。要は代理出産の褒美だ。役目を終えれば、親権も無くなるし、赤の他人同様になる。幼い頃に何回か挨拶されたきりで、それ以降交流なんて全くない。もう顔すら覚えていない。
「……そうか。ツラいことを聞いたな。すまない」
「ううん。子供の頃はそりゃ寂しかったけど、今はじいちゃんたちがいるし、アーチーや村の人とも交流できて、本当に世界が広がったんだ。前よりも感情が豊かになったっていうか……村には感謝してもしきれないよ」
決められたルーチンを黙々とこなす大神殿の生活よりも、この二年間で身体も心もずっと健康的になれた気がする。なにより【孤独】を感じることが少なくなった。
「……ユキ」
「ん?」
時折金色をまとう眼差しが、何か言いたげにこちらを見ている。
「アーチー?」
「……おじいさんたちにとって……もちろん村との繋がりは大事だが、……あの人たちへの一番の恩返しは、ユキが幸せになることだと思う」
「……」
「俺も……ユキには幸せになってほしい」
「……大丈夫だって。心配性だなあ」
「おまえの大丈夫はあてにならない。前にピザ窯を作ったときも、最初適当にやって大失敗したろ? 火を入れたら見事に崩れた」
「……むぅ」
あのときは、河原から重い石を運ぶ時だけ、アーチーに手伝ってもらった。
彼には翌日作り方を教わる予定だったが、俺はどうしても我慢できなかった。
自分ひとりで偉業を成し遂げたかったのだ。立派な窯を作って、アーチーをびっくりさせてやろうと息巻いていた。
ひとりで出来るもん!
そしてなんとか、まる一日かけて自分流に石を積み上げ、隙間を粘土で埋めて、一晩かけて火を燃やし……朝には瓦礫の山だけが残っていた。
翌日訪れたアーチーが、膝から崩れ落ちた光景を、俺は一生忘れないだろう。
……俺の黒歴史はいくつあるんだ。振り返りたくない。
「これは、ココでいい?」
「うん」
拭いたそばから、アーチーがどんどん食器を仕舞っていってくれる。
いつもは踏み台が無いと届かない場所へも、高身長の助手にかかれば、スイスイと片づけられていった。
「ありがとうアーチー。またね」
「ああまた……必ず」
本人はまだ働き足りない様子だったが、コイツに甘えていたらキリがない。
頼りがいの塊だから何でもやりたがるのだ。休講日くらい充分に身体を休めて欲しい。
作り置きしていた味噌や漬け物、焼き菓子をたんまりお土産に渡しておいた。
それに、俺が医学図書館へ通うようになれば、頻繁に会えるようになるだろう。決して永の別れというわけではない。
ここは、離れとはいえオスカー所有の敷地内だ。監視の目も当然ある。
奴はちょっとその……俺への執着が特殊だから、おかしな方向にアーチーが疑われでもしたら厄介だ。それだけは避けたい。
まだ腹が膨れて動く気がしない。
クワを支えに突っ立って、ぼんやり畑を眺めていると、
「……カルス様は、アーチー様と恋仲なのですか?」
「――ッ!」
後ろから急に声をかけられて、心臓が飛び出るかと思った。
慌てて振り向けば、三つ子が妙にモジモジしながら、上目遣いで並んで立っている。
……かわいい。
じゃねえよっ!
いきなり何を言いだすんだ。
「ばあちゃんたちがさっき変なこと言ってたけど、アーチーは親友だから」
「そ、そうでしたか。不躾(ぶしつけ)な質問をして申し訳ありません。あの……僕たち、小姓なのに少し混乱してしまっていて……。ではカルス様のお相手は、やはりオスカー司教ということで……」
「へ?」
「「「え?」」」
パチクリと顔を見合わす。
「ちげーわっ!」
「「「違うんですかっ!」」」
俺たちの声に驚いて、近くの枝から一斉に小鳥が飛び立った。
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